第六WAVE 我が道をゆく

 地上、特設本部。


「喋る個体が出てきたか。事態は急を要するぞ、油断すれば手に負えなくなる。

 我々は祈ることしかできないのか…」

「若葉社長、余っている潜行機動鎧装(マンデイ)はもう無いのか?もう少し人を送ることはできないのか?」


 社長らしからぬ白衣を着た男に視線が集まる。それもそのはず、彼は生粋の研究者だ。

 日々研究室にこもって何かを造っている。


「難しいと思います。恐らくここからさらに戦闘は激化すると思われますから、それだけ潜行機動鎧装(マンデイ)も破損するでしょう。そのための予備が不足することだけは避けたいので、これが限界です」

「なぜ、もっと量産しなかった!」

「そうだ、そうすれば速やかな排除も可能だったはず」


「さあ?私に言われても困りますね。誰がこんな事態を予想できましたか?誰が撃退できる形を整えましたか?私以外何かしました?

 他人の力に縋りつかないでいただきたい。己の無力を棚に上げて自分ではけっして動こうともしない。


 1度でも頭を下げてみたらどうですか、まずはそこからでしょう。

 とりあえず、ここにいてもやることがないので私はこれで失礼します。私にはこれからやらなければならないことがありますので。では」


 白衣を翻し部屋を出ていった若葉を何人かは恨めしそうに睨んでいた。

 しかし、誰も引き止めることができなかった。

 若葉が部屋を後にすると、堂々と不満を漏らし始める。



「なんなんだあの男は。自分の研究が上手くいったからって…。

 大丈夫なんだろうな?」

「恐らく問題無いかと。彼は研究者です、興味が無いことには無関心、心配されるだけ無駄でしょう」

「ですね、今は願うしかありません、一刻も早く殲滅させられることを」

「できるのか?アレを殲滅なんて」

「やってもらうしかありません」


 畑違いの3人はこそこそと言葉を交わし不満を嘆いている。

 特に苛立ちが顕著な尾縄(おなわ)は頬をかく。




 琴平が進む中、足裏を何かが刺激した。

 地面の揺れを一瞬考えたが、即座に改め跳んだ。


 視界に入ったのは拳を突き上げて出てきた伏潜種(ハイド)。

 そのポーズに気味悪さを感じながらも冷静に対処する。



「シャキーンっ」


 ポーズに合わせた言葉を発した。アニメなら周りにキラキラが飛んでてもおかしくないポーズ。


「チィっ、マジで喋んのかよ」

「オマエ、オレタチトオナジデジョウブダナ」

「一緒にすんな、気色わりぃ。まぁ?美人と同じになりたいってのは分からなくもないけどなっ!」

「ナニイッテルカワカラナイ」

「そこは頷いときゃいいんだよっ!」


(バチュンっ)


 即座に撃退できたが安心できない。



 意思の疎通ができんのかよ。これは、時間をかけちゃダメなやつだ。見つけたら片っ端から潰してく。


 会わせるな、考えさせるな、動かせるな、生きる暇を与えるな。


 単独の伏潜種(ハイド)を出会い頭に撃退する。これが1番楽な撃退方法だ。

 行動を1つ増やすだけで脅威度がぐんと跳ね上がる。



(ヌルっ)


 その証拠にほら、壁から抜け出した伏潜種(ハイド)の高速移動。1歩目から最高速に入って初速と終速の差が無いから普通のヤツなら目が追いつかない。


 そう、普通のヤツならな。


 照準を合わせるために手首を巻きながら引き金を引く。


(バチュンっ)



「殺しにくるから殺すだけ。命の連鎖は巡るんだ、蛮行(ばんこう)一切(いっさい)その身に還(かえ)る。

 黄昏(たそがれ)たいなら連れてくぜ。片道切符の黄泉(よみ)の国」



 オレタチ……か。群れが形成されてんのか?他を認識できてるってことはどこかで他の個体と顔を合わせてるってことだよな。こりゃ、想像以上に厄介だぞ。最初にエンカウントした時よりも確実に動きが良くなってる。




(バチュンっバチュンっ)


 空気が微かに鼓膜を揺らした。

 そう遠くないところで電磁兵器を使った音だが、2発ほぼ同時というのが琴平には引っかかった。



「粗末な命は救えねぇぞ」


 最悪を想定して音の方へと走り出す。


 走るというよりも跳んでいる。

 ほぼ直線の洞窟内では小回りは必要なく、普通に走るよりも格段に速い。


 それは零式の共通認識であり、人間の非常識でもある。


 50kgを背負ってする動きではない。




 潜行機動鎧装(マンデイ)を着た男は電磁兵器(レールガン)をだらりとぶら下げ、両手には自動小銃を持っていた。


(チッ、バカ野郎が)


 電磁兵器(レールガン)でなければ殺せない。知ってか知らずかその愚かな判断は死に至る。



「ヨワイ、コイツヨワイヨ」


「ひぃっ!!喋った……声を出すだけじゃないのか。言語を理解してるとでもいうのか…バケモノがぁ!!!」


(ダダダダダダダダっ!!)


 2丁の自動小銃が火を噴き続け、数十発の弾丸が伏潜種(ハイド)の体に撃ち込まれる。


(ビビったな。いくら連射できても意味ねぇんだよ。体内に残った弾丸が再生の養分になる)


 それでもいくら効かない、再生するとはいえ、ほんの数秒間に数十発もくらえば威力に体が押される。

 男もたたらを踏み尻もちを着きそうになるも、自動補助に立たされる事で伏潜種(ハイド)との距離が空いたのを確認して、琴平は晒された眉間に撃ち込んだ。


(転んでくれた方が視界は開けたんだけどな。関係ねぇか)


(バチュンっ)



 一瞬前まで自分を殺そうとしていた相手が目の前で消滅したこの状況を未だ飲み込めてない男のそばに立つ。



 遅れて琴平の存在に気づいて驚きのあまり叫び銃口を向ける。


「どぉうわぁっ!」


 恐ろしいことに琴平は銃口を鼻先に向けられても微動だにせず話を始める。



「はぐれたのか、置いてかれたのか知らないけど、とりあえずシェルターに帰るぞ。

 あんた1人じゃ死にそうだ」


「うぇ?……あっ失礼しました!

 弐式部隊所属の高木です。助けていただき感謝します」


 上擦った声を出すもすぐに立て直し感謝を述べた。

 シェルターに向かって歩きながら話を聞いて状況を整理する。



 数分前、弐式部隊の下へ3体の伏潜種が同時に現れた。連携を取って対処するはずが、指示よりも先に体が反応してしまい、分断された後に2体は他の弐式を追い1体がその場に残った。

 あまりの近さに電磁兵器(レールガン)で急所を撃ち抜けず自動小銃に握り変えたのだと。



「正しい判断ができなきゃすぐに死ぬぞ」

「全くその通りで面目ないです」

「わかってるなら切り替えてこ!次があるんだから」

「はい」


 32歳高木、19歳琴平に励まされる。


 高木(たかぎ) 正義(まさよし)。

 趣味はドラマ鑑賞で好きなジャンルはミステリとサスペンス。

 1人用のレザー素材のソファに座ってドラマに入り込むのが至高。その間、妻は防音室でクラシックを聴きながらヨガをしている。

 好きな音楽家はハチャトゥリアン。



 2人がシェルターに着くと弐式の4人が待ち構えていた。

 高木を見つけると駆け寄り頭をバシバシと叩かれていた。



「あの!ほんとにありがとうございました。このご恩は必ず」



 一段落つき、琴平は1人椅子に座り込み、靴を脱いで大きなため息を吐く。



「靴底完全に持ってかれたなぁ。あー、タイツもじゃん」


 気づいてはいたが気にしてる余裕が無かった。手に取ると靴底のほとんどが焼け溶けて無くなっていた。

 ほんの一瞬触れただけでこれほどまでに崩れてしまう。改めて気付かされる伏潜種(ハイド)の脅威。

 タイツもガッツリと溶かされ、かかとだけが布に覆われていることに強い違和感を覚えた。



「……ビロビロが気になる。えいっ!」


 ささくれ剥きたくなる症候群に似た症状だ。ついつい指先でいじってしまい……。


「やべっ」


 ビリビリっとふくらはぎまで破れてしまった。

 経験したことないだろうか、めくれてる部分だけをつまんでちぎろうとしたら広がってさらに酷くなってしまったことなど。

 さらにさらにと進めていくとついに出血してしまい後悔してしまうことに。


「いやぁん、これじゃ気持ち悪い。

 なんとかして綺麗に切り取りたい。そいやそいや」


(ミリミリミリ……)

(ミリミリミリ……)




「うん。イケてんじゃん」


 格闘の末、左足太ももが顕(あらわ)になった。右足はそのままなのが妙に色香を漂わせている。

 つま先には口紅と同様、深紅のペディキュアが見えている。



 大丈夫なのは確認済みだが念の為にと洞窟の中に入って足に異常が無いか確かめる。

 既にジッパー全開きだ、体が200°Cに耐えるのはわかっている。

 いつか、蒸れを嫌がってビキニぐらいの面積まで減らしてしまう未来がみえる。



 その後、合流した零式のみんなに驚かれることになったが、むしろ誇らしそうにしていた。

 ファッションの最先端を行く者。という顔で乗り切ることにした琴平。


 そもそも琴平の格好を気にするのも今更な零式の面々。

 ここに集まった時の私服に比べれば十分大人しい格好だった。



 この先戦闘が激化することで、男も女も関係なく露出は増えていくだろう。

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