第五WAVE 躍動する者
単独で潜行を開始した零式部隊の1人、琴平(ことひら)は伏潜種(ハイド)以上に暴れていた。
「オラオラオラッ!寄って集って死に晒せぇぇ!!」
(バチュンっ)(バチュンっ)
壁や床からひょっこりと頭を覗かせた瞬間、弾け飛ぶ。
中には足から出てくる伏潜種に対しては膝を撃ち抜き、落下中に眉間を撃ち抜く。
これに対して伏潜種は為す術なく、空中で両腕を上げたまま死んでしまう。
粗雑、荒々しいという言葉が外から見ると似合ってしまうがその指先は機械と同等かそれ以上。
脳から指先までの信号の伝達速度はコンマ05を記録した。
これは人間の限界を優に超えていて、琴平よりは遅いが同等の記録を出しているのが零式部隊。
信号の伝達には最低でもコンマ1はかかると言われているが、身体能力だけではなく伝達速度までもが人間離れしている。
逆に言えばそれだけの伝達速度を有しているからこそ、飛び抜けた身体能力を制御できているともとれる。
とにかく処理速度が常軌を逸している。装着しているヘッドセットの検知よりも速い。
天井から落ちてきた伏潜種、ディスプレイでロックオンした時には血飛沫を上げていた。
「お前らの血は赤色かぁぁああ!!」
飛沫は鮮血の赤。化け物には似つかわしくない色である。相場では青か緑と決まっている。
横穴を駆け抜ける琴平、誰も彼女を止められない。その時までは。
(((スンっ)))
潜行からしばらく一方的な虐殺を続けていた時、伏潜種が数分前と明らかに違う動きをした。
3体同時出現にいい配置だ。左右の壁に1体ずつ、後ろの天井から1体。
「くたばれやっ」
コンマ05の早撃ちは正面2体を見事に撃ち抜いたが、後方への対応は当然ながら遅れる。電磁兵器(レールガン)が2丁のため、必然的に瞬時に撃退できるのは2体が限界。
振り向きざまに撃つが頭皮を掠めて天井に消えていった。
天井から逆さまに出てきたからこそ、最小限の体の露出で状況の確認ができ、素早い退避を可能にした。
「チッ退くのかよ…。
さっきまでと状況がまるっと変わった、何か考えて動いてやがる。知恵を身につけたか、これは少し…厄介だぜ」
無意識か、ほんの僅かに真っ赤な口端を上げた。舌なめずりは恰好の獲物を見つけた獰猛な獣のそれだった。
彼女の名前は琴平(ことひら) 梓(あずさ)。
普段はタンクトップの白シャツにハーフジャケット。レザーパンツ。厚底ブーツを着用している。
お腹に風を当てる格好が好き、ギラギラの目が好き、怖がられる目つきが好き、目の前で手を叩かれても瞬きしないのが好き、野菜は生が好き、リップはマット系が好き、自分の好きなところはいくらでも出る自分が好き。
常に自己肯定感が最高にある。
初任給で親に買ったワインのおまけで貰った桃色のヘアピンがトレードマークで毎日着けている。
丹波(たんば) 彰(あきら)は心の底から笑う。鳥かごから放たれた鳥のように。
「ヒャッハー!!生きてるってすんばらしぃぃ!!
最初はビビったけどもう慣れたぜ、こんちきしょー!」
(バチュンっ)
「ワッチィっ!!」
天井から出てきた伏潜種(ハイド)を撃ち落としたあと、落ちてきた体を受け止め、あまりの熱さに盛大に驚く。
手袋は触れた部分だけ溶け落ちた。
「案外触ってみるもんだな。独特な触り心地だが熱さは問題ねぇ。
男は我慢だろ?へへっ」
顎の汗を拭い、さらなる伏潜種(ハイド)を求めて先に進む。
丹波(たんば) 彰(あきら)。
ノーテンキさなら誰にも負けない。
休日は体を動かす事がほとんどで、友達と運動をしている。球技全般を得意としていて、運動神経はかなりいい。
絶対的にモテない。
全ての事に疑問を持たない。自分の信じた事だけを信じて生きる。
バカであれ。思考停止は幸せの第一歩。
佐久間(さくま) 真美(まみ)は恐れている。伏潜種(ハイド)と自分に。
「わ、私なんかにできるはずがない…みんな1人で行っちゃったし、どうすれば」
不安を言葉にしながら穴を進み、時折後ろを振り返るが誰もいないことに心が挫ける。
そんな佐久間ににじり寄る伏潜種(ハイド)。
壁から左腕を出したあと、上半身だけを横に倒して姿を見せた。
なぜか下半身は壁の中に入ったまま動きを止める。
「いや!やめて…来ないで」
震える腕で電磁兵器(レールガン)を構える。
震えが収まらず照準が定まらない。ピッピッとロックオン時のサポート音が外れてロックオンする度に繰り返し鳴らされる。
(ピピッピー。ピピッピー)
ついに全身を壁から出し、腕と足を大きく動かして走り出す。
自然と足が退いていくが伏潜種の方が前進のため速く、徐々に距離は縮まっていく。
「う…うぅぅ。やらなきゃ、やらなきゃ、私しかいないんだから。はぁはぁ…私しかいない……」
呼吸は大きく乱れ、目を強く閉じる。
左手を右手に添えて無理やり震えを止める。
「えやぁん!」
(バチュンっ)
銃口から僅か30cmまで接近していた伏潜種は眉間を撃ち抜かれて弾け飛んだ。
撃ち終わりと同時に目を開ける。
「綺麗……」
散った肉片をもの惜しそうに見つめ、流動性を持つ肉体は地面を侵食していく。
(バチュンっ)(バチュンっ)
散った肉片はさらに散る。
「ヤハッ!もっと見せてよ…もっと…ねぇもっとお!」
佐久間の中にあった歯車は順当に狂った。生物の死、それも人型の生物の死を前に、心ある者としての理性が殺すことを拒絶反応していた。
殺されるか殺すか。頭の中で何度も何度も駆け巡り、考えがまとまらず混乱状態に陥った状況での発砲。
脳がこの状況に適応するために殺す事への忌避感を無くすことにした。
しかし、すべてが思い通りにとはいかず、歯車を狂わすはずがネジが数本飛んでしまった。
極限状態での殺傷への忌避感を無くすはずが、死に様に芸術性を感じるようになってしまった。
酷く歪んだ感性は、この場合に限り正常である。
「うー、体温調整されててもあつ━━」
(ジーーーパっ)
「うそっ。なんで!えっちょ!やめてよ、そんな…」
少しでも涼もうとジッパーを下ろしたところ、途中でつっかえてしまった。
谷間が顕になった絶妙なところで。
「いや、恥ずかしい」
ギュイギュイっと上下に動かしても噛んでしまって動かない。それよりも、無駄に大きな胸が弾んでストレスを増やす。
「んーもうっ。とりあえず戻ろう」
シェルターに戻ってから考えることにした。
(バチュンっ)(バチュンっ)
死体撃ちに目覚めてしまった異常者となって、1回目の潜伏を終了した。
佐久間(さくま) 真美(まみ)。
野暮ったくて寡黙な印象を持つ顔。黒髪長髪で質量の大きそうな後ろ髪と目にかかりそうな前髪に大きめの眼鏡。
見た目から感じる印象そのままに内向的な性格で休日は部屋の中に吊るしたハンモックの上で小説を読んでいる。
爬虫類を数種類飼っていて、ペットと話す時は饒舌になる。
シェルター横で1人うずくまる佐久間。
誰かがシェルターに戻ってくる度に声をかけられ胸開きジッパーを見られる羽目になった。
全てが裏目に出て、余計に目立ってしまった。
うぅ。みんな心配してくれる優しい人で逆に注目集めちゃって見られちゃったよぉ。
何かあった?入らないの?気分悪い?そういうのじゃないので心配しなくて大丈夫です!
はぁ、1人になりたい。誰とも会いたくない。
「あれ、さくまみどうしたの?イメチェン?」
また来ちゃった。あっ琴平さんだ。
この人、おかしいくらいに周り見てるし優しいんだよなぁ。
こういう人に私もなりたい。かっこいいなぁ。
「途中で引っかかっちゃいまして上にも下にも動かないんです」
琴平さんにならちゃんと話せる。軽く受け取ってくれそうだからかな。同性でも気後れするのに琴平さんと話すのは嫌しゃない。
「いいなぁ」
「え?」
何が!?どこのなにを羨んだの。私とは真反対の人種だから言ってることがわからない。
「私お腹出してないと気分でないじゃん?」
知らないよ。そんなめんどくさい制約があるんですか。てゆーか、人前でそんなハレンチな。エッチな。男がお腹を見て発情して絡んできたらどうするんですか。男はケダモノなんですから。
どこかの学校にはうなじを見て発情するおかしな人がいるらしいですよ!
「だからさ、今も本調子じゃないんだよね、風邪ひいた時みたいに体が重くて重くて」
ここ戦場ですよ。命落とすかもしれない場所ですよ、呑気にも程がある。てゆーか、デバフが重すぎる!
「なんかこれ着てないとやばいみたいなこと言われたから安易に開けれないじゃん?そこんとこ、さくまみは大丈夫だった?」
へ?そういえばそんなことを言われたような。地上とは気温が別次元だから肌の露出は控えろって言ってた気がする。あっ。
やー!!完全に忘れてた。暑さからすっかり忘れてた。え?私の胸大丈夫だよね?火傷してないよね?ん?
(ぺちぺち)
「な、なんともない?かも?」
「なら、私もやっちゃおっと」
(ジーーーパっ)
琴平さんは、大胆にもおへその下までジッパーを下げる。
うわぁ、度胸もすごいけどお腹すごい綺麗。私とは全然違う。シュッとしたお腹。
思わず触りたくなるような…って!えっ。違うから!私、発情してないからっ!
でもなんだか少し気が楽に。
「もしかして恥ずかしくて外にいたの?」
「…はい」
「じゃあ、もう気にする必要ないよ。
これが正装だから!」
「え?」
「だってこれ着てる女は私たち2人だけじゃん?てことはこれが女の正装ってことになるでしょ。
この国では少数より多数が尊重されるんだから…ね」
自分のやりたいことをやって私の心まで軽くしてもらって、なんてできる女なんだ琴平さん。
俯いてるのがバカみたいに思えてきた。なんてったって私は多数派なんだからね。
普通、そうこの格好は当たり前なんだ。
「ははは、ですね」
「それにさくまみはナイスボディだから出しといた方がいいよ、絶対」
「や、やめてくださいっ」
もぉー!つんつん突くなぁ!
シェルター内で話し合いが始まった。最初の話題はもちろん、突然伏潜種の動きが良くなったことについて。
「なんなんだあれ?まるで意思を持ってるみたいな動きだったよな?」
「それについて壱式から報告があります」
「お?気になるねぇ」
「原因は私たちにあると思われます」
「それはどうして」
「一度、眉間を外し仕留め損なった後、壁に引っ込んで姿をくらましました。
そのあとから、奇襲を始め動きが変わり最後に日本語を発しました」
「「「「「なっ!?」」」」」
ほとんどが柳の言葉に面を食らったように驚くが、零式は違った。
普段と同じように澄ました態度を崩さない。
「零式の皆さんは驚かないんですね」
「別に驚く程のことじゃないですし、我々の場合は動きが変わっても対処出来ますから……ね?」
「まぁな」「だな」「なんとか」「はい」
「そ、そうでしたか。なんとも心強いですね。
ですが我々ははっきりいって苦しいです。弍式の皆さんは?」
「そうですね」「やばい」「パないって」「あれ以上かよ」
「なので我々は変わらず部隊で連携して撃退を進めます。伏潜種の知性がどれほどあるのか、見極めたいと思ってます」
「言語を解するか。意思疎通でもされたらたまったもんじゃないな。単騎ならどうにかなったが」
「ま、見極めたところでって感じですけどね。なんせ、殺れるのは潜行機動鎧装(マン・イン・ザ・デイドリーム)を持った私たちだけなんですから」
((((……))))
終始、余裕を見せる零式に少なからず鬱憤が溜まっていく壱弍式の面々。
自分たちは平気だからと話し合いにはほとんど参加せず気を休ませている。何を考えているのかわからない不気味さへの苛立ち。
人間離れした身体能力を持つ者たちを心の底から信用することは出来ない。
協力的じゃないこの状況を見れば信用出来ないのは当然の結果となる。
初日からギスギスが深まっていく事に、この先を心配する者もいる。なんせ、このシェルターで身を休め、同じ作戦の下動いているのだ。
少しくらい信頼関係を築きたいと思うのも当たり前だ。
それを零式は無視し、個人を優先している。
その能力の高さについ頼りたくなってしまうが、その態度がそれを拒む。
その時が来たならば、仕事上の事だと割り切る他ない。背に腹はかえられないというやつだ。
零式の独断に嫌気がさす中、みんなが思う。
(((それと、ジッパー開けすぎじゃない??)))
たとえ嫌悪感を抱いている相手だとしても気にはなってしまう。
潜行開始から1日、未だ精神は正常だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます