第四WAVE 激化する戦場

 伏潜種(ハイド)撃退から遡ること数時間前。

 神奈川県藤沢市江の島へと召集がかけられた5人の自衛隊員。

 全国に散らばっている5人はそれぞれの交通手段で江の島へとたどり着く。



 出水(いずみ) 誠司(せいじ)。琴平(ことひら) 梓(あずさ)。千葉(ちば) 豪志(ごうし)。丹波(たんば) 彰(あきら)。佐久間(さくま) 真美(まみ)。



 この5人は江の島到着後、施設で全ての情報を伝えられ、即座に潜行することとなった。



 特殊操逐潜行機兵隊。零式部隊。


 彼らは類稀な身体能力を有し人間を逸脱しているため、潜行機動鎧装(マン・イン・ザ・デイドリーム)を着ることなく着衣者と同等以上の動きが可能であることが証明されている。

 故に彼らは潜行し、速やかな伏潜種(ハイド)の撃退をある人物に命じられ地下9600mまで降りてきた。



 そして現在。

 零式部隊の1人。琴平(ことひら) 梓(あずさ)がシェルターの上から伏潜種を電磁兵器(レールガン)で撃退した。

 琴平に助けられた形となった壱式部隊はその後、シェルター内で他の零式部隊と顔を合わせた。



 ティータイム中の零式部隊の視線を集める中、柳(やなぎ)が一歩前に出る。

 黒いラバースーツを着た彼ら5人はまだ20代前半かそこらだろうか、やなぎから見て一回り以上若い印象を持つ。



「えー、まずは初めまして。初めましてで合ってますよね?」

「はい」


 柳の挨拶に1番手前にいた筋骨隆々でフレッシュな男、出水(いずみ)が答える。

 ここが死地だと知っているのか知らないのかすごく落ち着いている。それは彼ら全員に言えることだが。

 

「我々との関係性はどのように考えていますか」


 少なくとも柳は彼らのことを知らされていない。知らされていないのには理由があるのか、現場が混乱するようなことは極力しないでほしいと思う柳は、挨拶よりも休息を欲している。

 仲間を失いかけたのだ、整理する時間が必要だ。


「我々は同業者ですから協力関係ですかね。

 自己紹介が遅れました、特殊操逐潜行機兵隊。零式部隊隊長を務めます、出水(いずみ) 誠司(せいじ)です」


「「零式部隊っ!?」」


 壱式部隊の面々は驚きを隠せないでいる。なんせ知らされていない部隊が存在したのだから。

 公にされていないのは同じだが、部隊の中でも秘密にされていることに少々上との連携が億劫になると奥歯をかみ締める。

 面倒くさそうな匂いがプンプンとしてくることに気が重くなる。



「先程、電磁兵器(レールガン)を扱っていましたがなぜあのようなことが……」


 柳にとっては理解不能。いくら電磁兵器(レールガン)が小型化されたからといっても、その反動は極限まで鍛え上げた巨漢の肉体でさえもグロテスクな結果となるのは明白。

 だからこそ開発されたのが潜行機動鎧装(マンデイ)。これ無くして電磁兵器(レールガン)を扱うことなど不可能。

 それを琴平は難なく扱ってしまった。

 その事が伏潜種よりも頭を混乱させている。



 ラバースーツに着替えた琴平は平然と紅茶を啜る。


(カチャっ)


 紅茶を置くと静かに視線が交差する。



「あのようなってのは生身で扱ってたこと?

 私たちにはそれが出来る。だからここに来た。

 これ以上の説明必要?」

「い…いえ」

「でしょ」


 説明?今のが説明だって?説明になってねーよ!!

 と内心では荒れに荒れた柳。優れた男は不平不満を表情に出さない。妻の穏やかな顔を思い出して己を沈める。

 聞いたところでろくな説明はされないと諦める。確かに知ったところでどうにかなるような話じゃない。


 そして友達に見せるような笑顔が向けられてなんとも言えない気持ちになる。


 ギャルか!ギャルなのか!初対面の相手にその笑顔を見せるのはギャルしかいない!と、琴平を今の時代のギャルという認識をした。



「疲れていると思いますし少し休憩してから潜行しましょうか。我々は単独で動こうと思っていますがサポートが欲しかったら言ってください。1人つけますから」

「そ、それは!」


 柳、乱れる。


「なにか問題が?」

「いえ、単独は危険だと」


 それにサポートなんてつけられちゃプライドもクソもあるか。と言いたい所を何とか踏みとどまった。


「我々が大丈夫だと判断しました。それにお互いの位置は把握しているので問題ないです」

「……」


 出かかっていた言葉は口を塞いで何とか押しとどめた。鼻が詰まっていてよかった、おかげで鼻の穴から言葉が漏れ出すことは無い。「隊長…俺たちは俺たちができることをやるんすよ」と耳打ちしてくれた平川に感謝する。


 歳は離れてるが頼れる仲間に救われた。噛み締めた思いを胸にこの荒波を制す。


 落ち着いてしっかりした人だと思えばなんとトゲのある言い方をするのか。客観視しすぎている出水(いずみ)はそれに気づかない。



 客観的に見てそれが1番やりやすいと考えたし、他の4人もそう思っているから。

 零式部隊は隊では無い。隊長は名目だけであり、各々が十分なパフォーマンスを発揮できる形が最善だと考え行動している完全個人主義の部隊。

 仲間との連携、絆を持たず、あるのは目的達成の為の人手。彼らを繋ぐのは心ではなく力。


 信じているのは自分自身。この考えが統一しており、結果的にそれは仲間を信じること繋がっている。

 歪な部隊。それが零式部隊。


「はいっ、それでは交流会はこの辺で終わりましょうか。壱式のみなさんは疲れてますからね、体を休めるのも仕事ですから」


 出水は手を叩いてその場を締めた。壱式は自分たちの部屋へと戻って行った。

 

 どこか他人事な彼らの雰囲気は不気味だ。柳だけでなく4人もそれは感じ取れた。




 壱式部隊は潜行機動鎧装(マンデイ)を脱いでいる最中、勇敢な男を思い出し話題にあげる。


「帰還者の名前は確か佐々木さんだったか、生身であれと対峙してあの意志の強さ。怪物はどっちだって話だよな、さっきのあれで俺は完全に縮み上がってるって言うのによ」

「下品…」

「これくらいは普通だろ、生存本能なんだからよ。つーか、そこに反応しないぞ普通」


「それは置いといて、過剰にビビり過ぎるのは良くない、体が動かなくなるからな」

「はい、頭ではわかってるんですけどね。

 やっぱ実戦となると心臓が体の外に出てるんじゃないかってくらい存在感を示してくるんですよ。自分でいっぱいいっぱいっていうかみんなを気にしてる余裕が無くて」

「それは俺の仕事だろ。

 俺の声が届いてれば、自分でいっぱいいっぱいになっていい」

「隊長の声はいかなる時でも体に浸透します」

「そうか」


「思うんすけど、生きようとする活力が体を動かすエネルギーになるっすよね。

 さっき死ぬ覚悟はありましたけど死ぬつもりは無かったっすから」

「言えてるな、俺もお前ら誰1人死なすつもりは無いぞ」

「さすが総隊長、でも抱え込みすぎないで欲しいっすね」

「ですね、人間なんですから心を大事に」

「ったく、心配性だな」


「あの人らはそこんところ大丈夫そうですけどね」

「へぇ、から見てもそう感じたのか」

「異質でしたね、できることなら俺は彼らと話したくないですね」

「臆病者の上村さんが言うなら正しいっすね。危機回避能力については総隊長の上を行ってるっすからね」

「さすがヘタレ…」

「平川、それは褒めてるんだよな。だが清水、お前は言葉が鋭すぎる。研ぎすぎに気をつけろ」





 数十分前、壱式部隊の前に伏潜種が現れた時、仮設本部は荒れた。

 モニターに映し出された異形。土色の肌に再生する不定形の肉体。それが示すのは。



 本部には10人以上が集まり話し合っている。

「やはりそうか…」


 1人が大テーブルの上で手を組んで顔を落とす。他も慌ただしく言葉を交わしている。


「我々がやるしかないんだ。現実逃避している場合では無い!話し合うぞ」


 「だが…」「しかし…」と不安が溢れ出し多くの者が下を向く。

 モニターに大きく映し出された伏潜種は画面越しにも恐怖を与えていた。

 数秒眺めてるだけでも心がザワつき不安を煽るような見た目をしている。


 パニック映画に出てきても驚かないが現実に出てこられると驚いてしまう。


 混乱している最中に地下での状況は危機に迫っている。



 その中で1人声を上げる者がいた。


「詳しい事情は存じ上げませんが潜行機動鎧装(マン・イン・ザ・デイドリーム)で十分対応可能だと判断します。問題は撃退方法ですが…これは時間をかけて探っていくしか方法はないでしょう。彼らならきっと導き出してくれます」


 纏まりに欠けていたこの場で頼もしい発言をしたのは山口(やまぐち) 公介(こうすけ)陸将。

 その一言でこの場の空気が変わる。


「潜行機動鎧装(マン・イン・ザ・デイドリーム)…こんなものが開発されていたとは驚きです。いったいどのような技術で」

「いつからこのような研究を」


 山口陸将の発言で正気を取り戻した面々の興味が伏潜種から潜行機動鎧装(マンデイ)へと変わり、若葉社長へと詰め寄る声が大きくなった。



「潜行機動鎧装(デイドリーム)は「おい!開発者の前で略すな」す、すみません。潜行機動鎧装(マン・イン・ザ・デイドリーム)は」

「構いませんよ。というのも私も長い間正式名称で呼んでいませんから。


 よろしければ潜行機動鎧装(マンデイ)と。随分と前からそう呼んでいました。週末を乗り越えた、乗り切ったぞ。という意味も含まれています。

 家庭の事情で土日は研究室に行けなくてですね、週に2日も潜行機動鎧装(マンデイ)に会えないなんて苦痛も苦痛でした。そんな意味も込めてマンデイと呼んでいます」

「は、はぁ…」


 しばしの間、口をぽかんと開けて呆けていると隣から怒鳴られ、話の続きを始めた。


「潜行機動鎧装(マンデイ)はどれほどの破損でメンテナンスが必要になりますか?場合によっては技術者にも地下へ行ってもらうことになるかもしれませんが、それと量産の方の準備は整ってますか?早々に取り掛かりたいと考えておりますが」


「そうですね、まずメンテナンスに関してですが、ある程度は問題ありません。

 人間よりもタフにできています。

 たとえ欠損したとしても他で補えるのでシステム自体には影響はありません。欠損したとしても関節部分の結合ですぐに修復可能です。システムの心臓部分は背中にあるので滅多なことでは壊れません。CSバックパックを背負ってますからね。


 しかし、CSバックパックはそうはいきません。

 外傷程度なら問題ないですが内部に影響があればすぐに変えなければなりません」


 CSバックパック。

 小型核融合炉、バックパック型バッテリー。

 電磁兵器に必要な電力を賄っているため、伏潜種を撃退する心臓部である。



 モニターに映る壱式部隊は自動小銃で抗戦しているが活路が見えてこない状況に苛立つ者が出始める。



「なぜ電磁兵器を使わない!」

「今は集中砲火で動きを止める方が大事だ。今必要なのは一撃の重さじゃないだろ」


 シェルターへ近づくにつれて焦りや不安の声が本部内に現れる。意見の食い違いも出るが他の者の言葉はほとんど頭に入ってきていない。

 騒ぎ立てているのは部外者と言ってもいい財界人と政界人だ。



「このままシェルターに戻るのか」

「情報通りならリフトと同じ無機物であるシェルターを襲うことは無い…が、なんせ状況が違う。見てると大人しく引いてくれるようには思えない。どこまでも追ってきそうな不気味さがある。

 こいつはほんとに…。

 100%安全なところは無い。どうにかシェルターに入る前に撃退しておきたいぞ…」


 みんながモニター越しに固唾を飲む中その時は来た。シェルターが映り、平川が盾になるように前に出た瞬間。


(バチュンっ)


「「「「「は?」」」」」


 みんなの意識が犠牲となるべく前に出た平川に視線が行き、本部内が静まり返った時、その音が轟いた。



 眉間を撃ち抜かれた異形はピクリともしない。


「「「「う……ぅおーっ!!」」」」


 歓喜と安堵が同時にやってきた。

 その音の正体。シェルターの上で黄昏れているような座り方をしたパンクな格好の女に注目が集まった。

 刺激的な服装とハーネスで強調された部分を見て、本部にいる一部のおじさんがおじさんになった。




 そして零式部隊を知る。


「なんだコイツらは…誰だ、誰が動かしてる!」

「落ち着いてください。恐らく秘密なんでしょう……ね?」


 スーツの似合う男が大声を上げた男をなだめ、ある人物に含みのある視線を向ける。

 電磁兵器(レールガン)を持っていることから、女を送り込んだその人物は特定できる。



「秘密にしている理由がわからん!この期に及んで何を…」

「詮索は感心しませんよ。我々はそういう集まりなんですから」

「…くそっ!」


 1人が怒りで立ち上がるも、なだめられたことで冷静になり、机を叩いて椅子に座り直す。



 みんなの視線が1人に集まる中、何か言いたげな顔だが自分にも後ろ暗いことがあるのかそれ以上荒立てることは無かった。


「みなさん目的は同じなんです。協力していきましょう」


 空気が戻り、今後の話し合いが始まった。

 特にマスコミ関係への情報漏洩は徹底的に避けた。




 シェルター内、壱式部隊一行。

 潜行機動鎧装(マンデイ)を脱いでくつろいでいた。


「カロリーコミットも色んな味が欲しいよな」


 固形の栄養食を齧りながらまったりと体を休める。


「色んな味があるといざって時に迷いません?統一しておいた方がいいですよ」

「クマの癖に優柔不断…」

「クマ関係なくない?それとさっきから俺に対して酷くない?」

「そうっすよ。クマは繊細なんすから」

「それはクマだよ。俺じゃない」

「クマごめん…」

「ねぇ総隊長っ!!」


「怒って無駄な体力使うな。クマは燃費悪いからこれでプラマイゼロだな。1本分無駄に消費したぞ」

「嘘でしょ、隊長っ!」


 さっきまでギリギリの戦いをしていたのにも関わらず柔らかい空気感。死を覚悟していた平川はすっかりいつも通りだ。この切り替えの速さも平川の持って生まれた才能。




 一方零式部隊では、形式的な隊長である出水が声をかけて動き出す。


「そろそろ時間ですね、出ましょうか」


 その声でみんなに電源が入ったように椅子から立ち上がり引き締まった顔をみせる。緩めていたジッパーを締めてCSバックパックを背負い、ハーネスで体と固定させる。


 CSバックパックから伸びる腕よりも太いコードが繋がっているのは、両腰にそれぞれ1丁ずつセットされた電磁兵器(レールガン)。


 片手にヘッドセットを持って部屋を出る中、1人立ち上がらない者がいた。出水がそれに気づいてそばによるとプルプルと震えて静かに涙を流していた。



「ごめんなさい。体が竦んじゃって…」

 佐久間(さくま) 真美(まみ)。他の4人よりも年の離れた年長者であるが童顔で気の弱そうな見た目をしている。


 それに反応したのが丹波(たんば) 彰(あきら)だった。

 その空気を読まない軽薄そうな態度からろくな事を言わなそうで、出水が止めに入ろうとするが間に合わなかった。


「マジか?そんなんでよく自衛隊続いたな。もしかして色仕掛けでもしたか」

「やめましょう!今かける言葉じゃないってわかってますよね?子どもじゃないんですから言葉は選んでくださいよ。

 それに誰にだって心の準備が必要なんです」


 いき過ぎた言動に出水は若干声を荒らげたが、佐久間は何も言うことができずに俯いてしまう。



「冗談だって。

 でもよ、毎度毎度準備しなきゃ動けないなんて機械かよ」

「…」

「…」


 その言葉に出水は言葉も出なくなってしまうが、反省の色が見えずさらに嫌な方向に1人先走る。


「なんだ?いきなりし出水も黙って、ははっ」

「「「「……」」」」

「おいおい、なんだよこの空気。俺なんかまずいこと言ったか?」

「…いや、間が悪かっただけですから」

「ぉぉ、そうだよな。いきなりマジな空気になってびっくりしたわ。佐久間ちゃんも元気だせって、俺が着いてっからさ」

「丹波…いい加減黙れよ」

「うぇっ!?」


 琴平の圧に圧されてシェルターを出ていく丹波。

 おっかねぇおっかねぇ。と、唾焼く声が部屋に届く。



「さくまみも言われっぱなしでいいの?あいつより多く撃退して鼻をへし折ってやろうよ」

「…ありがとう、琴平さん」

「それじゃ顔上げて行くよ!って言ってもこれ、体のラインが出るから気になるよね。私は好きなんだけど」

「そ、そうですね。私太ってるから」

「は?太ってないよ。さくまみはエロい肉付きしてるって自信持ちな!」

「ふぇっ!?エロいって…」

「伏潜種も引き寄せられるんじゃない?気をつけな」

「う、うん」


 微妙な背中の押され方をして、若干戸惑いながらも立ち上がる元気をもらった佐久間は涙を拭いてジッパーを締める。眼鏡をかけているため特別仕様のヘッドセットを持って部屋を出る。



 こうして一悶着ありながらもシェルターの前に並ぶ零式部隊と壱式、弐式の面々。



━━潜行活動限界時間2時間。それ以上の潜行は体に異常をきたす可能性が時間とともに上昇していきます━━


 AIの解析結果を聞いて気持ちが引き締まる壱式、弐式部隊。



 柳は最低限のコミュニケーションをとる。


「零式はどの程度潜行する予定だ?出来れば把握しておきたいんだが」

「とりあえずは1時間から2時間ってところですね。琴平はともかく1体撃退して様子見ですかね」

「了解」



 零式部隊は黒のラバースーツに目と耳を覆うように被っているヘッドセット。

 口が出ているから何とか表情が読み取れる。

 それからCSバックパックに電磁兵器。CSバックパックは50kgもあるのに軽快に動く。ハーネスのおかげでCSバックパックが暴れることは無い。


 壱式から弐式部隊は潜行機動鎧装(マンデイ)のおかげで重さを感じていない。



 2度目の潜行は穴も散り散りに部隊別で始まった。零式部隊だけは単独だ。

 力を誇示する蛮勇でなければいいがと少し心配する柳。


 潜行すれば他の部隊を心配している余裕は無い。



「わかっていると思うが再確認だ!

 警戒するのは前だけじゃない、上下左右、それから後ろもだ。五感で拾え、第六感で異変を感じ取れ!」

「「「「了解っ(っす)」」」」


 前回よりもハイペースで進む壱式部隊。潜行機動鎧装(マンデイ)による消費エネルギーロス走行のおかげで体力の消耗はほとんどない。体温調整も問題なく機能している。


 そして今回は電磁兵器(レールガン)を主武器にしている。


 琴平が伏潜種(ハイド)を電磁兵器にて一撃で撃退したため、無意識下で軽く見ていた。

 電磁兵器を使えば俺たち私たちにも撃退できると。そんな幻想が壊れるのは数十分後だった。



 5対1。潜行早々に悠々と正面に姿を現した伏潜種(ハイド)。



(バチュンっ)


 動きもしない伏潜種に柳はディスプレイに表示されたロックオンマークの指示に従い、電磁兵器を撃ち込んだ。


 弾丸は見事に眉間に撃ち込まれ撃退に成功した。


「よし。生体反応の消失を確認。

 問題無く撃退できることを確認した、この調子でどんどん行くぞ」

「「「「了解」」」」


 その後も順調に伏潜種を撃退していく。順調すぎることにほんの少し不安を感じながらも、電磁兵器(レールガン)だから伏潜種を簡単に撃退できていると思い、気にせず進んでいく。

 伏潜種を撃退する度に電磁兵器(レールガン)の凄さを実感する。射撃時の反動は潜行機動鎧装(マンデイ)によって分散されて肉体にまで影響しない。腕に一瞬の硬直が発生するが気にするほどのことでも無かった。



 世の中、順調に上手くいくことの方が少ない。

 そう実感させられる危険が襲いかかる。


(バチュンっ)


「っし。今のやばくなかったっすか?現れてから2秒も経ってなかったっすよ」

「あんまりはしゃぐなよ。ここは戦場なんだ」

「もちろんっすよ。一方的すぎて集中力切らさないためにいかに早く撃退するかってやってるんすよ」

「程々にしろよ。調子に乗ると足元すくわれるからな」

「了解っす」



 前方の横壁からぬるりと現れた伏潜種に対して銃口を向けて発射するまでに1.5秒。

 平川はここまで自分で打ち立てた記録を0.5秒塗り替えた。その事に喜び、目線を切ってしまった。


(バチュンっ)

「っし」


「バカヤロウ!仕留めろっ!」


 平川が撃ち抜いたのは口だった。横の壁から上下逆さまで出てくるなんて普通は考えない。だから勘違いしてしまった。頭頂部だと思ったところが顎だった。

 その前に何度も眉間を撃ち抜いたせいか、感覚的に場所を覚えて見えた瞬間に撃ってしまった。早撃ちによる弊害。


 それは伏潜種(ハイド)に齎(もたら)してはならないものだった。


(バチュンっ)

 平川の2発目よりも先に柳がすぐさま撃ったが弾丸は壁に撃ち込まれた。

 伏潜種は壁に潜み姿をくらました。




 これにより事態は一変する。零式、壱式、弐式含め、今まで現れた伏潜種は1体たりともとり逃していなかった。

 伏潜種に情報を与えてしまった。伏潜種の知能は未知数。





 しばらく伏潜種は現れなくなった。


「━━ロウ…」


「隊長…何か言った?」

「ん?何も言ってないぞ」

「空耳…?」

「…」


 足音以外が響かない穴の中で何かを聞き取った清水。

 しかし、自分の聞き間違いだと思い込む。

 それを見た川上は清水の言葉に嫌な予感を覚えた。自分の臆病さを知っているからこそ、この予感は間違っていないとわかる。

 体が火照り汗が滲み体温上昇のメッセージがディスプレイに流れる。




 そして突然現れる伏潜種を今度は確実は撃退する平川。


(バチュンっ)


「もうミスはしませんよ」

 見事な仕事っぷりをみせる平川。一度のミスを引きずって縮こまるような男では無い。取り返すように元気に振り返る。


「バチュンっ!」


 隊長を見るために振り返った平川の視界に映ったのは左手を前に突き出して奇妙な声を出す伏潜種。


「バカヤロウ…バチュンっバチュンっ」

「なにぃぃぃぃ!!!!」


 再びの発声、しかも今度はしっかりと聞き取れた。驚きのあまり大声を出しながらも、体は冷静に動き撃退した。


(バチュンっ)


 みんなが振り返る頃には地面に伏せていた伏潜種。みんなも困惑の表情を浮かべながら平川を見る。



「なんだ今のは…」

「なんなんすか。なんなんすか今のは…喋りましたよ」


 問われてもわからないものはわからない。呆然とするみんなに柳は指示を出す。



「緊急事態だ!!シェルターに戻るぞ!把握は後だ、今はとにかくシェルターに駆け込め!!」


 柳の言葉を受けて4人は走り出す。潜行機動鎧装(マンデイ)により、とんでもないスピードが出ている。うねり道だろうと自動姿勢制御で最高速を出し続ける。


 殿(しんがり)を勤め、時折振り返る柳の視界に入った伏潜種は常軌を逸した速さで追いかけてくる。追いつくのも時間の問題だった。


「お前ら振り返るな!全力で走れっ!!走れぇ!」


 柳の思惑とは裏腹に4人は振り返ってしまう。


 柳の言葉は表も裏もどっちから聞いても自分が犠牲になってでも時間を稼ぐという意味以外の受け取り方が無かった。


 理解してしまったが最後、足を止めるしかない。たとえ総隊長の命令に背いたとしても、4人にはここで立ち止まる以外の選択肢は無かった。


 4人は振り返ると同時に電磁兵器(レールガン)を構え戦闘態勢に入る。


「総隊長にばっかりかっこいい思いはさせないっすよ!」

「俺たちをなんだと思ってるんですか」

「見くびらないでっ…」


「いいから、俺を置いて先に行くんだ!行けぇ!」


 伏潜種の超高速移動は潜行機動鎧装(マンデイ)の補助で何とか追えている。これに体が反応してくれるか、そこが問題だった。

 チーターなんて目じゃない。草食動物の反射神経なんて目じゃない。

 地球上の生物にできる動きじゃない。

 例えるなら人間サイズになった虫なら可能かもしれないというぐらい馬鹿げている動き。



 ただ素早い動きだけでなく跳躍力に潜行能力も組み合わさりとんでもない動きをしている。

 よく見ると、足が地面に着く度に弾けているように見える。

 そしてそれは地面、壁、天井を足場にして飛び跳ねら。

 スーパーボールを筒の中に力いっぱい投げ入れて弾かれまくっているのに近い。縦横無尽に駆け回り照準が定まらない。


 なぜ突然こんな俊敏に動くようになったのか。


(スンっスンっスンっスンっスンっ)


 最後尾にいた上村が大きく吹き飛ばされる。


「ぐへぁっ!」


 いつの間に通り過ぎたのか追いつけない。そもそも地面に潜れるというアドバンテージによって圧倒的相手の土俵。本当の意味で三次元的に見ないと対処できない。空間だけじゃない、地面の中も見れるぐらいじゃないとやりあえない。



 次の標的は最初に動き出した平川。

 その場で大きく縮こまる伏潜種は的にされたが、誰かが引き金を引く前に弾かれるように跳躍した。

 数瞬、音速を超えた3発の弾丸が虚空を貫く。


(((バチュンっ)))



 そんな中、誰よりも冷静な者がいた。


 伏潜種の速度に目が追いつかないと判断し即座に意識を切り替えた。

 培ってきたプライドを捨て、全てを機械に委ねたのだ。ただその時を待ち、引き金を引く機械になればいいと。


 現状でその行動は吉と出た。速度に翻弄され連携の取れなくなった今、必要なのは残された可能性。

 今の数秒で伏潜種の動きのフィードバックは終わっていた。

 様々な予測と演算を繰り返し導き出されたコンマ5秒先の到達地点。これが、頭から指先まで信号が伝達し引き金を引き終わるまでの最速。


 頭部は既に平川と重なっていたことから一撃撃退は不可能、救助不能と判断し、そこから導き出された最適解は右腕を撃ち抜くこと。


 その者、原(はら) 共海(きょうかい)はコンマ0秒の迷いもなく引き金を引いた。


(バチュンっ)




 危機一髪の精密速射。


「ウチの子を汚さないでくれるかしら?」



 伏潜種は右腕を弾き飛ばされながらも、地面を蹴って平川に突進する。


 これに対して反応した平川は伏潜種を見下ろしながら眉間に撃ち込んだ。


(バチュンっ)



「うへぁっ。まじ助かりましたっす、共海(ともみ)さん」

「お礼なんていいのよ。子を守るのが親の仕事なんだから」

「は、ははっ」


 原(はら) 共海(きょうかい)改め、共海(ともみ)に対して若干の苦手意識を持っているのがわかる。



 原(はら) 共海(きょうかい)。

 部隊内で最高身長を誇る210cmにラグビー選手のようなガタイを持っている。

 その巨体からは想像出来ないほどの瞬発力と精密性を持っている。

 特技として飛んでいるハエをつまむことが出来る。


 会う人会う人に共海(ともみ)と呼ぶように言い聞かせている。マダム口調で年下は全員自分の子供と認識している。


 部隊内での身体能力総合値はトップである。心身ともに彼女以上の柔軟性を持つものはいない。

 潜行機動鎧装(マンデイ)も大きさ関係で唯一の特注機である。



「びっくりしたわよね。戻ったらタオルで体を拭きましょうか」

「へ?あ、自分で出来るっすよ。

 も〜、そんなに甘やかす必要ないっすから。ははは」

「あらそう?過保護過ぎたかしら」


 平川はこの時を持って、伏潜種以上に気を張って対処しないといけない相手だと認識する。

 少しでも油断すれば喰われると。



「とりあえず窮地は脱したな。考えることは山積みだが、まずは伏潜種が言葉を発したということだ。

 それから動きに見違えるような変化が起きた」

「俺のせいっすかね。1発外して壁の中に潜り込んでしばらく音沙汰なかったっすから」


 そう、平川のミスとも言えない小さなミスの後から事態は急激に変化した。

 ついさっきまで制圧できていた伏潜種に押し込まれてしまった。


「過ぎたことを考えても仕方ないだろ。意識を切り替えろ。死は隣にあると思え、既にここは奴らの巣穴なんだからな」

「ですよね。上下左右前後全てが奴らの通り道。不利よりの不利ですよ」


「言葉を発することがどう影響を及ぼすか。考えたくないな」

「連携を取ってくるなんて……考えすぎですよね?」

「それは最低限よ。一瞬で言葉の意味を理解した知能、考えうる最悪はさらに上。


 統率者が現れる事かしら」



 言語能力を得て伏潜種(ハイド)が種族内に齎したのは秩序と連携。


 戦闘は激化する。

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