第三WAVE 苦難の第一歩

 今回潜行することになったのは壱式と弐式の10人。参式の5人は万一に備え地上を担当。



 シェルターに降り立った者たちが見た光景は、壁一面至る所に作られた直径5m程の大穴だった。


 みなが一様に息を飲む。

 ゴウゴウと重苦しい空洞音が鳴り響く。



 シェルターのおかげで地上班との通信が可能となった。

 10人の総隊長を務める柳(やなぎ)が現状を報告する。


 通信を聞けるのは自衛隊では有明(ありあけ)幕僚総長、旭(あさひ)陸将と東(あずま)将補の3人。と、防衛大臣秘書官の籠就(かごつけ)、若葉重工の若葉(わかば)社長、政治家の綾町(あやまち)、尾縄(おなわ)、三吹(みすい)。



 8人のベッドフォンに地下からの音声が届く。

『シェルターに降りました。壁一面に直径5mの大穴がいくつも空いています。直ちに潜行しますか?』

「了解。

 映像は共有出来てるから潜行を開始してくれ」

「了解。

 これより、地底生物掃討作戦を開始する」



 柳(やなぎ)率いる特殊操逐潜行機兵隊 壱式潜行隊が、総隊長の後を追って横穴に降りた。



━━ビー!…ビー!…。

 警告。地温200°Cにより潜行限界時間2時間。タイマーを開始します。都度、警告を表示します━━


 横穴に足を踏み入れた途端、アラートが頭部装甲内に鳴り響き、全員に緊張が走る。


『アラートを確認した。帰り時間を想定して潜行してくれ』

「了解」


 潜行機動鎧装(マン・イン・ザ・デイドリーム)は炎の海を泳げると太鼓判を押された優れた性能を持っている。200°C程度なら問題無いが安全面を重視して2時間という数字が出された。

 パワードスーツ内は自動で温度調節されていて自分で設定した快適な温度で保たれているため、体温上昇、低下にも合わせてくれる。



 壱式潜行隊は柳を先頭に横穴を進む。左肩に付いてるライトは前方数mを照らして足場の安全は保たれている。

 それでも普通の洞窟のように落盤の可能性は否めない。

 緊張や警戒の重い空気が漂う。



 そんな空気に耐えられない隊員の1人が声を上げた。


「マジでなんなんすか、これ。

 地下深くにある異様な横穴に人型の未知の生物って、オカルトでもやりすぎっすよ。宇宙人の方がまだ信憑性高いって」


 これを境に張り詰めていた空気が緩む。

 普段から、その場を良い空気に変えることができる人物だ。

 つられて他の者たちの心が軽くなり口が動く。


「だから俺たちが選ばれたんだろ。

 生身で耐えられる場所じゃねぇ。

 これ着てれば北海道で寒さを気にせず観光できる」

「上村さん、クマみたいな体してんのに寒いのダメっすもんね」

「薄毛だから…」

「待て待て高木ぃ、体毛が薄いって言えよ。口数少ないのにエグいこと言うな」


 この場面、この空気が合っているのかは別にして体と心は暖まる。


 柳が放置しているということは問題無いのだろう。終わりの見えない緊張が続くよりよっぽど良い。完全に気を抜くほどマヌケならここにはいないし自衛隊にもなれていない。


 前からは未知の生物、後ろからは責任の圧がのしかかる。

 五人のバイタルは平常時よりもやや上。程よい興奮状態だ。



 何も無い穴道を進んで10分。

(ザっ)

 潜行機動鎧装(マン・イン・ザ・デイドリーム)が前方からザップ音のような音を拾う。


 五人の動きは早かった。前2中2後1の陣形を取り戦闘態勢に入った。

 

「ここから先全てを見逃すな。五感で拾え。第六感で判断しろっ」

 柳の言葉を合図に前進を始めた。



 両手に持った2丁の自動小銃を構えると、頭部装甲の顔面を守るシールド兼ディスプレイで標的を探し始める。



 前方およそ5m先の天井から異形が落ちてきた。

(ジュっ)


 捕捉した瞬間、前2人による計4丁でのフルオート一斉掃射。

(ダババババババババっ!!)

 マズルフラッシュが穴道を照らす。


 およそ3秒で30発が撃ち終わった。計120発弱が撃ち込まれた異形はどうなったか。用心のため前と中2人が入れ替わる。



 床にベッタリの異形はヌルりと起き上がると、穴ぼこだらけの蜂の巣と化した全身が徐々に平坦になっていく。スライムのような流動性を伴ってダラダラと人型が形成されていく。



 同時に5人は息を飲む。


(嘘だろ…)

 自分が呟いたのか、誰かが呟いたのか。

 あれでダメならどうしろと。



「1丁で良いっ!撃ちながら後退しろ!撃てば動きが止まる!!シェルターまで持ち堪えるぞ!!」


「オー!!」「うぉぉぉ!!」

 怒り声を上げて自らを鼓舞する。銃が効かない相手を前に今は撃ち続けるしか無い。

 手を休めれば異形は前進してくる。


(ダババババババババっ!!)


 撃ち込んだ弾丸はどこに消えたのか、異形の体内から排出されているようには見えない。

 ズルズルと空薬莢の絨毯が延びていく。


 乱射しても腕装甲が反動を吸収してくれるため、肉体への疲労は最小限に終わる。他にも様々なサポートが的確に照準を合わせてくれる。


「今日は何日っすか!」

「何だ急にっ、9月6日だぞ」

「はははっ、地底人の仮装だったらどれほど良かったか。むしろそっちの方がまだ現実味あるっすよ」

「冗談言ってないで手と足動かせぇ」



 柳は賭けに出た。

 一か八かの賭けだが帰還者の得た情報では、異形は無機物に興味を示さない。シェルターに逃げ込めればまだチャンスはある。殺せないのならどの道一緒だ。と腹を括ったその時。


 異形が襲いかかる。

 距離は十分にあった。その数mをひとっ跳びで詰めてきた。


「うぉぉおお!!」


(ダババババババババっ!!)


 撃ち続けてもその勢いは止まらない。叫び声はいつしか出なくなった。

 触れられたらどうなってしまうのか。隊長たちの役に立てるならと最後の仕事を全うする。

 みんなの前に1歩踏み出し壁となる。



「隊長!この先、優しさなんかいらないっすよ。俺たちはあんたの駒なんすから、腑抜けた選択したら地獄で歓迎パーティーっすよ」


 自己犠牲。最小限の被害で最大限の情報を。

 しかしその勇気ある行動は無為に帰すこととなる。



「ヒュ〜。男だったら惚れてたぜ」

(バチュンっ!!)


 後方から閃光。一際大きな銃声…銃声というよりかはもっと別の何か、命の重さを平等にする音。

 その音は幸不幸も貧富も善悪も無に帰す、ロマンと希望に満ちた音。


 みんなが音の発生源へと目を移すとそこにいたのは、白い肌に真っ赤な唇。顎下で切りそろえられた黒髪が衝撃で揺れている。

 パンクな私服姿でこんなところにいる彼女はいったい…。



 撃ち込まれた弾丸は異形の眉間を貫通し地面をも穿つ。

 地面に伏した異形はピクリとも動かない。


「っ。物理演算は切った方がいいぞ。

 ソイツは今、電磁兵器(レールガン)に対応しようとした。目か耳か鼻か直感かわかんねぇけどそれに肉体は追いついた。感覚だけじゃない、反応速度も怪物だ」



 彼女の手に握られているのは背中のバックパックから極太のコードが繋げられた電磁兵器(レールガン)。

 人が片手で扱うにはあまりにも大きく、扱えるようには設計できていないように見える。

 それこそ機械によるサポートがあって初めて運用可能な兵器。


 もちろん、潜行機動鎧装(マン・イン・ザ・デイドリーム)にも搭載されていて腰にぶら下がっている。



 大仰、不遜、ふてぶてしくシェルターの上に片膝立てて座っている彼女を5人はただ呆然と、仰ぎ見ることしかできなかった。


 自分たちを凌駕する力、選ばれた者の誇り、プライドを傷つけられ、浮き彫りになる無力さ、忌避感、嫌悪、拒絶。

 力及ばない相手に対しての畏怖が芽生えた。




 事態の収集が終わる前に、機械音が流れる。

 AIによる解析で異形に仮の名前が付けられた。



 ━━地底生命体 伏潜種(ハイド) ━━



 さらに説明は続く。


 ━━限りなく人間に近い生命体。体内は最低でも1000℃以上と推測。体内に侵入した弾丸が溶かされていることが判明、分解、変換され肉体の再生までに至ったことから類似生物は不明。


 弾が貫通したことで再生に要するエネルギーを補完することができずに絶命。急所は人間と同じ。


 植物とも動物とも捉えられず、構造としては微生物に最も近い。微小では無い微生物。

 しかし、植物と動物の両方の性質を持ち合わせている。

 体表は土色。


 解析結果として、出現時は天井に隠れていた訳ではなく、天井そのものだった。

 出現後、天井に変化は見られなかったことから擬態ではなく潜伏。天井に潜っていたと断定。

 地面へ潜伏中は生体反応を示さない。


 取得した情報から伏潜種(ハイド)の生態、行動を予測。

 人間の3倍から5倍の身体能力を有し、地面に潜り込むことが可能。

 人型から不定形の肉体に自由自在。人間に対して過剰な反応を示す。


 特筆すべきは物体透過潜行、超身体能力、超再生、超高体温。急所は人間と同じ。

 知能は未知数。現段階では特筆すべきでは無いと判断━━



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週一投稿を予定しています。

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