第29話 完成


「こ、これがわしの新しい眼か!」


 完成した義眼を見て、震えながら手に取るブルーダ。


「はい、そうです。早速試してもらいたいので、つけるのを手伝いますね」


 そう言って装備するのを手伝うヒイロ。


「先ずは、火属性の魔力を少しづつゆっくりと義眼に流してみてください」


「うむ、こんな感じか?」


 ブルーダがヒイロの指示に従い、右目から魔力を流し込むと、義眼の中央にある透鏡レンズが赤く光り輝く。


「おお!なんだこれは?」


「ブルーダさん、今右目はどんなふうに見えてますか?」


「人は緑や黄色が階調グラデーションで見えとる。これはヒイロ少年?そっちの少し明るいが片足が青いのがドモンか?」


「大丈夫そうですね。それじゃ同時に水属性の魔力を流してみてください」


「うむ…… おお、徐々に皆の色が変わっていくぞ」


「どんな色ですか?」


「黄色だった場所が緑へ、いや、青にまで変化した!」


「よし、成功です。温度調節も問題ないですね。それじゃ、そのまま炉の炎を見てください」


 色の認識を変化させるブルーダ。

 ヒイロの考えは基本の設定温度を水属性の魔力により下げ、高温への対応を可能とすることだった。零度で黒く映るなら、百度でも黒く映るようにし、上限を上げる方法を取ったのだ。これにより高温への対応を可能とし成功した。


「お、おう…… な、なんだ!炎が緑色で揺らめいているぞ」


「炎を見ながら、少しづつ水属性の魔力を抑えてみてください」


「ふむ…… 徐々に炎の色が変化していく。なるほど、こんなふうに属性魔力を制御して使うのか」


「なら、試しに少しだけ鍛冶作業をしてみますか?」


 早速試験的に鍛冶をしてもらい、不具合が無いか確認に入ろうとするヒイロ。


「いいのか?もう一ヶ月も我慢して鎚を握ってなくてな。早く握りたいぞ、そして振るいたいぞ」


「ならこれを」


「これは天然物の魔銀ミスリルか」


「はい、ブルーダさんには物足りないかもしれませんが」


「いや、腕慣らしには丁度いい。さて、何を打つかヒイロ少年が決めてくれ」


 数年前のあの時、既に鍛冶師生命の終わりを迎えたと、諦めていたブルーダは再び鍛冶が出来る喜びに身体が震えていた。

 もう武器も防具も道具も作れない無能な鍛冶師、職業人生の終わりを迎え、大長老としての役目を終えた老人。

 などと、自分で自分を卑下しながら燃え尽きていた自分に、再び鍛冶が出来るようにしてくれたヒイロ。その感謝の思いは凄まじかった。


「僕がですか?」


「そうだ、義眼が完成したら最初は君の要望を聞こうと決めていた。なにがいい?」


「う~ん…………  なら短剣ナイフで、いや、包丁でお願いします」


「包丁だと!」


「はい、よく切れる片刃の包丁がいいです」


「うむ、わかった。しかし包丁は打てるが切れすぎるぞ。下手すりゃぁまな板や作業台まで切れてしまうが?」


「あっ!そっかぁ…… でも良く切れる包丁がほしいしんです…… 」


 まさか包丁と言われるとは思ってもみなかったブルーダ。もちろんヒイロの希望ならと作るのは問題ないが、実用性の点に置いての問題点を指摘した。すると、


「なら、魔銀ミスリルで、まな板も作ってもらえば?」


 そう本当に軽いノリでレインが提案した。


「えっ、レイン義母かあさん。それもお願いしていいの!?」


「大丈夫よ。包丁とまな板はセットだし。ねぇ、ブルーダさん?」


「ああ、問題ないぞ。なら、短剣たんけん兼包丁に、まな板兼小盾バックラーとしてセットで作るか。ドモン、手伝ってくれ」


「おお、任せろ。しかしお主と一緒に鍛冶をするなど何年ぶりかのう」


「かれこれ百年以上は経つんじゃないか?」


「しかし、丁度ええわい」


「ええ、いざとなったら、その二つでヒイロが身を守れるようにしておきたいと思っていたわ。まだ武器や防具をヒイロ専用に作ってなかったし」


「本当にいいの?やったぁ!」


 レインの提案にドモンも賛成し、早速、天然物の魔銀ミスリル鋳塊インゴットを手に取る。

 しかし魔銀ミスリルといえば超高級品である。人工の魔合金の魔銀ミスリルであっても一キロの四十万バンクで金貨四枚、天然物となればそこから五割以上の高値になる。

 因みに金貨一枚で普通の平民の三人家族が、一ヶ月は暮らせるので、その価値はおわかりになるだろう。

 それを、さも平然と包丁にするのもおかしな話だが、まな板も作れと言うレインもどうかしている。

 扱う魔合金の量が倍に増え、そのセットの素材価格だけでかなりの高額になるが、それを名高いドワーフの匠二人が作るとなれば、性能も相まって市場価格は百万バンクは下らないだろう。一財産である。


「ずいぶんと豪華な包丁とまな板ですね。しかも製作者が大長老と名工とは」


 あきれながらも、嬉しそうにいうセツナ。


「いや、師匠、短剣ナイフ小盾バックラーですよね?」


 調理器具と言われ疑問に思うガロード。


「「「どっちだろう?」」」


 調理器具なのか武器防具なのか。皆で下らない話し合いが始まろうとした時、


「「どちらだって構わん。早く鎚を振らせろ」」


「「「ははははは」」」


 直ぐにでも作業に入りたいドワーフ二人は、声を合せて叫んび、工房は笑い声に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る