第11話 農村
「そうそう、上手よ」
「でも曲がる時のタイミングが難しいですね」
「慣れよ。毎日少しの時間でも御者の練習は続けましょう」
「わかりました、レインさん」
王都の冒険者ギルドを出発して早く一週間。最初の数日は距離を稼ぐため町や村にも寄らず、大人達が休みなく交代で御者をつとめていたが、昨日から万が一に備えてヒイロにも教えることにした。
監督者も三人で交代だが、今はレインが教えている。男性陣三人は荷台でそれぞれ自由に過ごしていた。
「次の村には寄るとするかのう」
「そうですね。丁度教会もあります。もうそろそろ兄から連絡があるかもしれません」
ドモンの案にセツナが賛同する。
「しかしドモン兄、狙われてるってのに緊張感が無さすぎじゃないのか?」
この余りにものんびりとした空気に、護衛を忘れそうになるガロード。出発してからは特に戦闘も無く、皆に緩む気持ちを指摘する。
「そうじゃのう、しかしガロード、平和が一番じゃ」
「たしかに、それはそうなんだろうけど……」
それでもドモンが言うならと寝転びながら空の雲を数えていた。しばらくすると御者台のレインが振り返って皆に伝える。
「みんな、村が見えてきたわよ」
「ドモンさん、今回は村に寄るんですよね?」
ヒイロの質問にセツナが答えた。
「ええ、私が教会に寄ってる間に、買物や可能なら狩りもして食料の補充をしたいですからね」
起き上がり背を伸しながら首を鳴らすガロードが我先にと役割に立候補した。
「う~ん、なら俺は狩りで。身体が鈍ってしょうがない」
「なら、セツナは教会へ。わしとガロードで狩り。ヒイロとレインで買い出しかのう?」
「わかったわ、いきましょうヒイロ」
「はい、レインさん」
村の入口には一人だけの見張りが座っていた。見るからにかなりのお歳らしい。槍を杖代わりに立ち上がると、御者台のレインに話しかけてきた。
「商人かのう?」
「いえ、ドワーフ国まで旅の者です」
「珍しいのう。あちらから来る者は多いが、向こうに行く者は少ないからのう」
「それで食料、特に野菜を買い足したくて寄らせてもらったわ」
「ほうほう、野菜なら売るほどある。ゆっくりしていくといい。宿は教会の隣じゃ」
「ありがとう、おじいさん」
「ありがとうございます」
「賢そうな息子さんじゃのう」
「え、ええ、それじゃ」
馬車が村に入ると、老人はまたゆっくりと腰を下ろした。
「えへへ」
「ヒイロ、どうしたの?」
「息子って言われちゃいました♪」
「そうね、息子ね…… 」
「あっ、レインさんはまだ若いですよね。僕みたいな大きな子供がいるなんて、失礼だったかも……」
「いいえ、ヒイロがうれしいのなら、私も嬉しいわよ♪」
「僕は凄く嬉しいですよ」
「そう、良かったわ」
村に入り、真っ直ぐ宿屋に向かう。到着すると直ぐに部屋を取り馬車を預けて、それぞれ目的の場所へ向かった。
◆
先ずセツナは、教会を尋ねた。
「失礼します。王都から旅をしております神官のセツナと申します。こちらの責任者はいらっしゃいますか?」
「おお、セツナ様!司教様から、近隣各国の各教会に御連絡が回っております。お伝えしますのでどうぞ奥の部屋に」
「それは丁度良かったです。是非教えてください」
村の神官からセツナが聞いた話を単に説明すると、
ヒイロという少年が、不幸な人々を救う画期的な魔道具を発明した。その技術は教会で管理運営することで、心正しき者達の救いとなる。この案件を聖会議にかけて皆の考えを聞きたい。その間は欲に目が眩んだ者達から少年一行を守る事に協力せよ。
という、内容だった。
「なるほど、まだ時間がかかりますか……」
「ええ、恐らく聖会議での決定後になるかと」
聖会議
王都にいる教主の元へ司教以上の立場の者が集まり開かれる教会の最重要会議会議だ。
内容は教義や活動方針などを話し合い、意見統一するために行われる会議である。
「ならば近隣諸国から主だった方々が集まりますね」
「はい、なのでその聖会議が終わるまでは御辛抱を……」
「恐らく聖会議でこの議題は通るでしょう。しかし思っていたより時間がかかりそうですね」
「それで、聖人となったヒイロ様はどちらに?」
「その呼び方は止めてください。彼は嫌がるでしょうから」
村の助祭の発言を律するセツナ。その目つきは鋭く迫力に助祭は怯えてしまう。
「わ、わかりました……」
「すみません。ただ、決して彼を祭り上げるような発言はしないようお願いします。そのことは教会の連絡網に流しておいてください」
「はい、直ぐに伝えます」
(ふぅ~悪気は無いのでしょうが、教会勢力に取り込まれ過ぎてもいけませんからね)
◆
ヒイロとレインは市に出て、買う野菜を吟味していた。
「レインさん、王都に無い野菜が沢山ありますね」
「そうね、この村は王都より標高が高いからかしら。久しぶりに目にする野菜も多いわね」
「でも……」
「仕方ないわ。高齢者が多いから狩りも弓が主体なんでしょう」
見張りの老人が言った通り沢山の種類と量が並んでいるが、肉屋は一軒しか出店していない。それも鳥肉のみだった。
「葉野菜が多くて助かるわ。それはなんていうのかしら?」
「お嬢さん、それはホワイトキャベッジって野菜だよ」
お嬢さんと言われご機嫌なレイン。尻尾が嬉しそうに揺れている。
「大きいわね。五玉貰おうかしら。おいくら?」
「すまないね~ここじゃ物々交換なんだ」
「どうしましょう、困ったわね……」
高齢者ばかりの辺境の村。通貨は意味がないらしい。
「なら、豚肉ならどうですか?」
ヒイロは魔法袋に大量にある超巨大猪の切り分けた肉のブロックを取り出した。すると、
「おお、久しぶりの豚肉!しかも上等そうだ。それなら野菜はいくらでも持っていっておくれ」
「え、そんなに?」
「ああ、野菜は腐るほどあるからな」
とても喜んで店先の野菜を大量に渡してくる老婆。その光景を見ていた他の店の老人達も二人に売り込んでくる。
「うちの野菜も交換しておくれ」
「この果物も豚肉と」
「すまんが、この鳥肉と交換してもらえんかね」
まだまだ大量にあった豚肉は大人気で鶏肉と、大量の野菜へと変わっていった。
「これならしばらく何処にも寄らないで、ドワーフ国までいけそうね」
「もう、僕の魔法袋じゃ入り切らないです。レインさん手伝ってください」
「はいはい」
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