第102話 幕間16(本田愛)

 オフィスにある自分の椅子に深く腰を沈めると、目頭を押さえて大きく息を吐き出す。


 先程、自社の新商品であるポッタクルーに映っていた映像を見終わった。

 見ていたのは、社長である愛だけでなく、会長の源一郎と商品開発部の社員数名も一緒であるが、内容が内容なだけに皆口を噤んでいた。


 彼に、田中ハルトに依頼したポッタクルーには、試運転では発見できなかった問題点を洗い出す事を目的に、カメラが取り付けられていたのだが、その内容がかなりショッキングなものだった。

 とは言え、全ての映像が撮れていた訳ではない。


 ユニークモンスターである、巨大なグリーンスライムに攻撃を受けたショックで、映像が途切れるようになってしまったのだ。


 オークと戦う姿の田中が映ったかと思えば、オークと語り合っている田中の姿に切り替わったり、オークにモンスターを譲ったり、グリーンスライムと遊んでいたり戦ったりと、愛の知る探索者とかなり違った行動をしていた。


 そして何より驚いたのは、その戦闘能力の高さだ。

 探索者が一人で潜るのは珍しい。

 それは、どんなに強くても一人で出来る事に限界があるからだ。命を懸ける探索者である以上、そのリスクを減らすのは当然の選択で、最も効果的なのが仲間を募る事だった。


 それなのに田中は一人で潜り、魔法でモンスターを圧倒し、武器でモンスターを殲滅する。


 一騎当千。


 言葉にするのは簡単だが、趣味でダンジョンに潜っている愛にも、その難しさは理解出来た。


「会長は同じように出来ますか?」


「出来る。 だが、田中君の歳の頃の儂では不可能だ」


 即答した父である会長は、顎を撫でて感心したように田中の活躍を見ていた。


「田中君の実力は、40階を超えた探索者と遜色ないだろう。ユニークモンスターを前にして、あの落ち着きよう。これまでにも、幾度となく戦った経験があるのだろう。 それにしても……いやはや、恐ろしい速度で強くなっておるな」


 父である本田源一郎は、若かりし頃、ダンジョンで探索者をやっていた。

 最初は、ただ国に搾取されるだけの探索者ではあったが、後に探索者協会の立ち上げに尽力した功労者でもある。

 その事を知った愛は、父に話を聞きたかったが、本人はそれを語ろうとはしなかった。


 ただ遠い目をして、過去を後悔しているように目を伏せるのだ。


「彼は幾つスキルを持っているのかしら?」


「はっきりとは分からんが、魔法スキルが二つと身体強化は持っておるのう。 闘技系も持っていそうだが、それにしては動きが荒い。 あとは、レアスキルの収納空間くらいか」


「アイテムボックスではないの?」


「アイテムボックスには制限があってな、レベルによって数と種類が決まるが、重量も本人が持ち上げられる物までしか入れられん。それにの、種類の制限も厳しくてな、テントのような物だと杭や骨組みなど、一つ一つ数をカウントされて、全てを入れるのにかなりの容量が必要になる。 その点、田中君は何も気にせず収納しておる。間違いなく収納空間だろう」


 じゃじゃ馬娘と一緒だな、と最後は小声で呟かれた。


 愛は、そのじゃじゃ馬娘が誰か分からなかったが、収納空間スキルの所持者には心当たりがあった。

 探索者協会の会長、天津道世あまつみちよ

 源一郎より少し後の時代に、探索者として活躍した人物である。

 探索者引退後は探索者協会に勤め、二代目会長に就任する。前任者の天津平次の義理の娘であり、その実力は探索者の中でもトップクラスであり、数少ない50階突破者でもある。


 その戦闘スタイルは収納空間に納めた数多の武器を使ったものであり、圧倒的な物量と神出鬼没な動きで敵を殲滅する。

 彼女の戦いを知る者は、尊敬と畏怖の念を込めてアイテムマスターと呼ぶ。


 田中は、その探索者協会会長と同じスキルを持っている。

 それだけでも驚きなのだが、まだ30階を突破していないのに、多くのスキルを持っている事に驚きだ。



 映像は進み、29階でキャンプを張っている様子が映し出される。


 田中に仲間は居ないと思っていたが、親しく話している探索者達がいた。

 その姿を見て、愛はホッと安堵する。

 どんなに強い探索者でも、ミスをすれば命取りになる。ましてや一人では、それをフォローするのも己である。

 仲間がいれば、その心配も少なくなるのだが、これまで田中は一人でしか映っておらず、いてもオークが隣に座っているだけだった。


 そんな田中もパーティに加われば、安全に探索出来るようになるだろう。


 そう思って安堵したのだが、次の瞬間には別の探索者との死闘が映し出される。


 相手の探索者は戦いを楽しんでいるような表情をしているが、対する田中は、怒りに満ちた表情をしており、その目は殺意に染まっていた。


 これまでの、抜けた雰囲気との違いに絶句する。


 一体、何をやったら、彼をここまで怒らせる事が出来るのだろう。


 その疑問は、戦いが終わり判明する。


 二転三転する殺し合いは、田中がモンスターとなった探索者を殺して終わる。

 その映像もとびとびではあったが、凄まじいの一言に尽きる内容だった。


 戦いが終わり、ポッタクルーを連れて向かった先には、キャンプで親しく話していた、彼らの成れの果てが転がっていた。


「ひっ!?」


 小さな悲鳴を上げる商品開発部の女性社員。悲鳴を上げたのは彼女だけだったが、他の社員も顔を青くして下を向いていた。


「気分が悪くなったら、出ていなさい」


 愛がそう言うと、口元を押さえた社員が二名、部屋から出て行った。


 田中は彼らをポッタクルーに乗せると、唯一生き残っていた女性を背負って歩き出す。

 真っ直ぐに前を向いて歩いているが、その姿はこれまでよりも弱々しく見えた。


 また映像が飛び、ワイバーンとの戦闘が始まる。


 戦いと言っても、内容は一方的なものだった。

 途中で目覚めた女性の元に走った以外は、梃子摺る事なく30階ボスモンスターを、プロ探索者となる為の壁であるボスモンスターを、いとも簡単に倒してしまった。


「ここまでにしましょう」


 映像はダンジョンから出た所で途切れていた。

 これで終わりと愛は皆に言うが、誰も席を立とうとしなかった。新商品であるポッタクルーの改善点を洗い出すはずが、田中という探索者を目に焼き付ける結果になってしまった。


 明日、また話し合いましょう。そう言って社員を強制的に解散させ今に至る。





「……今は連絡するべきじゃないわね」


 机の上にあるスマホを手に取ると、田中に連絡するか迷い、再び机の上に置いた。


 背もたれに体を預けて目を閉じる。


 田中との出会いは偶然だった。

 父が倒れた影響なのか叔父の様子が急変し、会社で身内の諍いが勃発した。気分転換にダンジョンに潜れば、急に意識が遠退き仲間だった二人から置き去りにされる。

 意識が戻ると、太った男の顔が急接近しており、変質者に捕まったと危機感を抱いたものだった。

 それが勘違いだと直ぐに気付き、自分がどんな状態だったのか説明を受けて、死にかけていたのだと知る。


 愛を助けた太った男、田中にお礼を言い、後日改めてお礼をすると約束して連絡先を交換して別れる。

 これが、田中との付き合いの始まりだった。


 それから、お礼をしようと連絡しても繋がらず、繋がったと思っても次は繋がらない。まだ学生のような見た目だったので、連絡を面倒に思っているのかと遠慮していたが、事態はそれを許してくれなかった。

 倒れた父の余命が僅かになったのだ。


 なりふり構っていられなかった。

 高額な治療費と引き換えに、ミンスール教会を頼ろうかと考えたが、そうなるとホント株式会社が乗っ取られる恐れも出て来る。


 どうしようと考えて考えて、田中の顔が頭に浮かんだ。

 愛を助ける為に、治癒魔法を使ったと言っていたのを思い出したのだ。

 治癒魔法の使い手は少ない。

 その少ない使い手の中でも、病を治療できる者は更に少ないと言われている。

 田中がそれに該当するのか分からなかったが、藁にもすがる思いだった愛には、他に選択肢はなかった。


 田中に提示した金額は、治癒魔法を掛けるという面で言えば妥当な料金だったが、その効果にはゼロが一つ足りないレベルのものだった。

 仮にミンスール教会に依頼していれば、更にゼロが追加されてもおかしくなく、田中の治癒魔法はそれ程の価値があった。

 それも、正気を取り戻した父から聞いて知らされる事になる。


 追加で料金を振り込もうとしたが、介抱した父から


「止めておきなさい。 これ以上の金額を振り込めば、田中君に気付く者が現れる」


 そう忠告を受けて、追加報酬の振り込みを断念した。


 会長である源一郎は、業界では有名な人物である。

 ホント株式会社を大きくし、探索者としても確かな実績を残しており、探索者協会との強いパイプを持っている。

 その源一郎が病に伏せった事は既に広まっており、余命幾許もないと知った他社から、合併や買収の話が舞い込んで来ていた。

 そんな源一郎が復活すれば、どうやってと疑問に思い、治癒魔法の存在に行き着く。そして、どこに、誰に依頼したのか突き止めに動くだろう。その中には金の流れを辿り、治癒魔法使いに辿り着く者も現れる。


 そうなると、田中に迷惑が掛かってしまう。


 治癒魔法使いの多くは、企業や一部の富裕層やミンスール教会が囲っており、フリーの治癒魔法使いは少ない。

 だからこそ、治癒魔法使いが、しかも凄腕が現れれば何としても囲おうと動く者が出て来るだろう。


 田中は命の恩人で、父を救ってくれた救世主だ。

 そんな彼に無用な手間は掛けさせたくないと、治療費を愛を救ってくれた謝礼と流布し、田中をどこにでもいる善良な探索者に仕立て上げた。


 このまま関係を断てば、誰も田中に辿り着く事はないだろう。

 そう思っていたのだが、父からの言葉でその考えを改める。


「田中君は必ず頭角を表現す。 どれだけ隠そうとしても、あの力は隠し切れるものではない。 彼に、何か困った事があった時の為に、関係は保っていなさい」


「それを彼は望むかしら?」


「その望まない方向に進まないように、手助けしてやるんだ。探索者としてではなく、裏方としてな」


 それから、社内でのゴタゴタが片付き、従兄弟が亡くなったと連絡が入った。しかも、殺人事件の容疑者として指名手配もされていた。

 警察署に向かい話を聞くと、従兄弟の母で、叔父の元妻を殺した容疑が掛けられている事を知ったのだ。


 従兄弟の実とは、もう十年以上会っていなかった。

 会社への背任行為で追われて、刑務所で服役した。出所したのは聞いていたが、何をしていたのかも分からなかった。

 叔父の様子が変わって、実を社長にと言い出した時でさえ、姿を見せなかったのだ。

 その実が、地元に戻り探索者をやっていたというのも初耳だった。


 そして、車に乗り、事情を知っていそうな探索者に会いに向かう。

 実はダンジョンで亡くなり、遺品を太った探索者が持ち帰ったと探索者協会の職員から聞いている。


 太った探索者は、愛の知る限り一人しか居ない。

 田中だ。


 アパートに向かうと、最初は拒否されたが何とか事情を聞く事が出来た。その中で、実が田中を襲ったと知り謝罪を行う。

 田中は愛の頭を下げた姿を、ただただ迷惑そうに見ているだけだった。

 本人からしたら、犯人は死んでいるし、関わりの無い愛に頭を下げられても迷惑だったかもしれない。


「もういいですよ、本人にケジメは付けさせましたし。迷惑なんで早く帰って下さい」


 面倒そうに言う田中に促されて部屋を後にする。


「この度は、多大なご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」


「いりませんよ、そう言う形式ばったものは」


「……そうね。 気が向いたら会社に遊びに来てね、会長も会いたがっていたから」


 田中からの返答は無かった。

 それでも、拒絶されなかっただけマシだろう。

 今回の件では、多大な迷惑を掛けたのは本当の事だから。



 それからの愛は、田中に定期的に連絡を行い関係の改善を図った。その成果もあり、仕事の依頼をするようになる。

 正直、しなくても良い依頼だったが、田中との関係維持とお礼の気持ちを込めて、多めに報酬を準備していた。

 しかし、それが予期せぬ宣伝効果を発揮する。


 田中が10階ボスモンスターとの戦いで、ユニークモンスターを引き当てた。

 本来なら、死んでもおかしくない戦いを、圧倒的な力で持ってアッサリと勝利する。その姿がネットにアップされてしまい、その戦いのなかで、動きソゲール君が使われたのだ。


 まだ世に出していない商品は話題を呼び、探索者協会に卸すと同時に即完売といった盛況ぶりだった。


 ポッタクルーも同様に、田中の行く先々で多くの人の目に触れており、話題になっていた。

 おかげで、高額な商品にも拘らず、既に予約が百件以上入っている。


 田中への支援のつもりで振った仕事は、逆に会社の業績アップへと繋がっていた。

 過去最高益でもおかしくないほど、業績を上げているホント株式会社だが、良い事ばかりではない。


 ネオユートピアに住む、富裕層の一人がホント株式会社に目を付けたのだ。

 急成長しているホント株式会社だが、全国どころか世界に進出している企業とでは、資金力で圧倒的に劣っている。敵対的TOB対策は行っているが、周りから切り崩されたら太刀打ち出来ない。


 あちらの社長が、直接赴いてきた際は何事かと思ったが、要は資金力だけでなく、多くのプロ探索者を召し抱えているのだと、武力を持っているのだと示しに来たのだ。


 企業が契約した探索者を背後に立たせて、暴力を以てこちらを威圧する。

 それで交渉が進むと思っているなら、舐められたものである。


 父であり会長である本田源一郎は元探索者である。

 老齢で、衰えたとはいえ、その実績は現探索者協会会長と遜色ないものである。


 だからこそ、40階を突破した程度の実力しかない探索者を前にしても怯む事なく、圧倒出来るだけの力を保有していた。

 その実力差を感じ取ったあちらの探索者は、冷たい汗が背中を伝い生きた心地がしなかっただろう。


「お話は伺いました。ですが、私どもは合併されるつもりも、子会社化されるつもりもございません。どうぞお引き取り下さい」


「……それで引き下がるなら、私はここに来ていません。冷静に考えて下さい。御社は急成長しているようですが、いずれ行き詰まる。それは、貴方もお分かりでしょう。ダンジョンがある地域だけでは、手を広げるのにも限界はある。探索者の数が増えていると同時に、競争相手も同様に参入して来るのは確実だ。ならば、全国展開している弊社を利用する事が正解だと思いませんか?」


「ええ、思いません。御社は我が社の製品が目的ではなく、探索者協会とのツテが必要なのでしょう? こちらにも、御社の情報は入って来ています。 他の企業にも、声を掛けているようですね?」


 そう言って微笑むと、相手は黙り込む。

 もっと言えば、探索者協会とツテを持ち何がしたいのかも大体予想が付く。


 探索者同士の争いを見せ物とするグラディエーター。

 最近、これに参加する選手は、探索者協会の登録を抹消すると発表された。この発表を受けて、辞退する探索者が相次いで出ているのだ。

 選手が居なければ、興行として成り立たない。

 ネオユートピアという、富裕層のために作られた土地から、ほど近い場所に建築されたネオ闘技場。莫大な予算が組まれ、国からの補助金も入っている。更に言うと、グラディエーターは公営ギャンブルとして認められる予定だ。

 これは、主催者側としては、必ず成功させなければならない。

 そして、目の前にいる社長は、このグラディエーターを主催する側の人間でもある。

 大方、探索者と関わりのある企業を買収して、探索者協会に圧力を掛けるのが目的なのだろうと、そう睨んでいる。


 必死なのだ。

 金を産む探索者を確保するのに、ドル箱を手に入れる為に必死なのだ。


 そして愛も、そんな事の為にホント株式会社を売るつもりはない。


「お引き取り下さい」


 冷たくあしらうが、それでも社長は動こうとしない。

 どうしても、引くわけにはいかないようだ。

 愛は、困ったなと思っていると、急に扉が開き、田中が入室して来た。


「あっ、お取り込み中のようで、失礼しました」


 室内の雰囲気を察したのか、田中は部屋から出ようとするが、そうはさせまいと愛は声を掛けた。


「大丈夫よ田中君。貴方は私の後ろに立ってなさい」


 愛の言葉にぎょっとした表情の田中だったが、何かを察して大人しく愛の指示に従ってくれる。

 それから相手の社長と少しばかり話したが、田中が何故か終始見下した目で見ていたので、気分を害した相手はまた来ると言って出て行った。


「今の何だったんすか?」


「……分からないで睨んでたのね」


 てっきり敵対的な対応をしているので、事情を知った上で味方してくれていると思っていた。

 まあ、田中ならそうだろうと納得も出来るので、一から事情を説明する。興味はかけらも無さそうだったが。


 この後、ポッタクルーを渡すのだが、返却の時の田中の目は、どこか虚なように見えたのを覚えている。




「課題が多いわね」


 そう呟いて机の上にある書類を手に取る。

 田中への支援は継続して行うつもりだが、本業の方を疎かにするつもりもない。

 この前の社長訪問で、武力の面で弱いのだと実感した。

 父が存命の間はまだ良い。衰えたとは言え、50階を超えた探索者だ。その威光は強く、本来なら他の探索者が簡単に抗えるものではない。

 しかし、一度病に倒れた事で、侮る者が出て来た。

 どれほど規格外の探索者でも、無敵ではないのだと知られてしまった。

 あの社長は探索者を連れて力を示そうとして来たのも、怪力無双である本田源一郎を侮っている証拠である。


 手に取った書類には、引退を考えているプロ探索者の一覧が記載されている。


 探索者協会から渡された物であり、探索者協会がネオユートピアの牽制を目的に、関連のある企業に探索者との契約を推進しているのだ。

 これは、信頼のおける企業に渡している極秘の書類でもあり、企業側を試す試金石とも言えた。

 もしもこの書類が流出したり、悪用されれば直ぐに特定されて、探索者協会との契約は打ち切られるだろう。

 たとえ、長年貢献してくれた企業でさえも、簡単に切り捨てる。


 今の探索者協会会長はそれが出来る人物である。


 だから慎重に扱わなければならない。


 そしてこれはチャンスでもある。

 田中と契約が出来れば一番だったのだが、残念ながら断られている。その代替ではないが、プロ探索者と契約を交わし自衛力を付けるのだ。

 これまで父頼りだったものを、少しずつでいいから作り変えていく。

 父のではなく、新たな時代のホント株式会社を作り上げる。そう決意して、声を掛ける探索者をリストアップしていくのだった。





 スマホの着信音が鳴る。

 画面を見ると、娘からのものだった。

 時刻は17時を過ぎており、思っていたよりも時間が経っていた。


「もしもし、ええ、もう直ぐ帰るから。 あっ、晩御飯何が良い? ハンバーグは昨日食べたでしょう……」


 話の内容は、今日は何時に帰って来るのかというものだった。家には母もおり、一人ではないのだが、母親である愛に早く帰って来いと電話して来るようになった。


 娘にとって祖父である源一郎が病に倒れて、何か思うところがあったようで、家族と過ごすのを大事にするようになっていた。

 単に寂しいだけなら、一緒にいる時間を増やせば良いのかとも思ったが、それも違うようで、一人でも欠けると寂しい表情をするのだ。

 夫もそれを察したようで、20時までには家に帰るようにしてくれている。


「もう少ししたら帰るから、そうね、お爺ちゃんも一緒よ」


 娘と話していて、そう言えばと思い出す。

 娘は彼の治癒魔法を見て喜んでいたなと。

 あの光は、娘にとっても私にとっても救いの光だったと、今は心の底から思える。


 今度、田中君に連絡したとき、家に遊びに来ないか聞いてみよう。そう思って、娘との通話を切った。



 それから、田中との交流が再開し、年が明けて暫くすると、田中と連絡がつかなくなった。

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