第100話 幕間14(ある熟練探索者)
よう、久しぶりだな。
はあ?誰だって?
俺だよ俺!この前、ここで飲んだだろうが!奢ってやっただろ!思い出せよ、俺と語ったあの日を!
……そんなに頭を捻るのか?
はあ……忘れちまったのかよ、寂しいねぇ。
嘘?覚えている?
おまっ、大人を揶揄うんじゃない!
ちょびっとだけ寂しくなっただろうが!
まあなんだ、乾杯っ!
……カーッ、美味い!
なに、ここはBARで一気飲みする所じゃない?
おまっ、そんな固いこと言うなよ、せっかくの酒が不味くなるだろうが!
マスターもそんなに責めるなよ、この小僧が可哀想だろ。 は?俺?俺が悪いのか、好きに飲んで何が悪いってんだ!
ああ、大丈夫だって、暴れないから離せよ。
ったく、お前が煽るからだぞ、せっかくの美味い安酒だってのによ。
十分高いって? バッカお前、場所によっちゃ一杯うん百万円もするんだぞ! そこらのBARなんて目じゃないからなマジで。
それお姉ちゃんと一緒に飲む店かって?
馬鹿野郎! その通りだ! ガハハハハッ!
それでどうなんだ、まだダンジョンに潜ってるのか?
ぼちぼちか、まあゆっくりやれば良いさ。無理に進んでも良いことなんて無いからな。自分達のペースで行くのが一番だぜ。
にしても、お前は痩せないな。
運動量が足りないなら、ひたすらに採掘するのも手だぞ。最近は魔鉱石の買取金額が上がっているらしいからな、運動もできて金も貰えて一石二鳥だ。
薬草の採取じゃダメなのかだって?
馬鹿野郎、それは20階を突破してから言え。半年も真面目に潜って、装備も揃えれば行けない事はないが、お前じゃまだ無理だ。
何でだって?
ふん、その腹を見ろ、そんなに贅肉溜めてたら動きが鈍くなるだろうが。 モンスターはそれを見逃してくれるほど優しくはないぞ。
バカにすんなって?
あっちょっと待て。 マスターもう一杯。お前はどうする? いるのか、何飲むんだ?
マスターのおまかせ?
お前な……そんな事言ったら店で一番高い酒を用意するに決まってんだろ。ちゃんと自分で選べよな。
なんだよマスター、何か用か?
そんな事はしない? 今のおすすめは生姜のカクテルだって?
本当かー?怪しいなぁ。 じゃあその値段で、俺に合った最高の酒も頼むよ。
しょんべんでも飲んでろ?
テメー何てこと言うんだ!?潰すぞデブ野郎!
ああ、マスター大丈夫だ、暴れないから安心してくれ。
もうここお前の奢りな。前回奢ってやったんだ、今回は奢れよ。
おっ、良いって? 流石! じゃあマスター、一番高い酒を頼むぜ。
何だよ、ケチるなよ、探索者なんて借金してなんぼだ。明日死ぬかもしれないのに、遠慮してちゃ勿体ないとおもわないか?
思わない? ガハハハ! 俺もそう思うわ!
どうせ死ぬなら、人として人らしく死にたいわなぁ。下らねえ事で死んでしまったら、先に行った奴らに顔向け出来ねーよ。
ん?何だよ黙りやがって、しらけるじゃねーか。
なんだよ、聞こえねーぞ、もう少し大きな声で話せ。
仲間?失った事あるのかだって?
……ある。 ……何度もある。
その顔、お前も失った口か。 初めてか、仲間失ったの?
そうか……まあ飲め、そいつらを思うために飲め、泣きたくなったら便所で吐いて来い。情けねー姿はひとりでいる時にするもんだ。これが俺流だ。
仲間を失って辛くないのかだって?
馬鹿野郎! つれーに決まってんだろ! だからそいつらを思って飲むんだ。飲んで、そいつらに成果を報告するんだよ。それが、いなくなった仲間へできる唯一の事だからな。
俺に出来るのはこれくらいだ。
お前は、お前のやり方で仲間を思ってやればいいさ。
ただな、ウジウジなんてすんなよ、あの世に行った奴らに申し訳ないからな。
塞ぎ込んで動けないなら、そいつは探索者に向いてない。引退した方が身のためだ。ダンジョンは潜れば潜るほど恩恵はあるが、多くのモノを奪って行く所だ。
お前も続けるなら、覚悟だけはしておけよ。
なかには自ら命を絶つ奴もいるからな。
……マスターもう一杯。強いやつくれ、しみったれた話で気が滅入っちまった。
なんだ、まだ聞きたい事があるのか?
人の姿が変わる現象……。
それは仮面○イダーだな、バッタの顔してただろ? あっ最近は色々あるって聞いたな、この歳になるとまったく分かんねーよ。
なに、違う? モンスターみたいになってた?
……それ、どこで見たんだ?
ダンジョンでか……本当にその目で見たのか? そうか、よく生きていられたな。
……そうだな、説明はしておくか。
それは魔人化と言ってな、人がモンスターに変化する事がある。どうやったらなるかは教えないが……まあ、普通に潜ってりゃ成らないから安心しろ。
魔人になると力が一気に増すが、強い殺人衝動に襲われるそうでな、止めるには殺すしかないそうだ。っと言っても、理性を保っている奴もいるらしいがな。
そいつはな、普通に生活しているらしいぞ。
モンスターに成り下がっても、ダンジョンから出て人と会話して、飯食って、風呂入って、寝るらしい。まるで普通の人間だよな、モンスターになっても人であり続けているそうだ。
まあ、都市伝説だな。
誰も知らない都市伝説だ。
そんなのがいるかもって話だ。忘れて良いぞ。
マスター、お代わり。 ペース早いって? 気にすんな、少し嫌な事を思い出しちまったからな。
なんだ? まだ聞きたい事あるのか?
大きな木を知ってるかって? アレだろ童話だか絵本だかのやつだろ。そうそう、少年と少年を大好きな木の話だった。
よく出来てるよなあれ、あの木は間違いなくトレントだぜ。目の前にいたら即討伐だ。
なに?違うのか? じゃあ何だよ? ダンジョン内にある山ほど大きな木?
うーん、分からん。 21階からは森林地帯だからな、沢山の木はあるが山ほどの物なんて知らんな。
ああ、そうだ。一つだけ心当たりがあるな。
ほら、前にも言っただろ、世界樹ってやつ。
ギルドにある資料室行って調べてみろよ、何かあるかもしれないぞ。 俺は活字が苦手だから無理だがな、お前もそのタイプっぽいな。
一緒にすんなって? ガハハハ! さては図星だなぁ。 気にすんなって、仲間の誰かがやってくれりゃ問題ないさ。
……あっ、すまんな、最後は余計だった。
まあなんだ、飲めよ。お前の奢りだからな。
そこはお前が払う所だろって? ガハハハ! そこは譲らん!
ふう、少し飲みすぎたな。 マスターもう一杯。
飲み過ぎたんじゃないのかだって? なに言ってんだよ、ここからが本番だろうが!
ああ、そうだ。一つ思い出した。
年末にあるイベントのあれ?何だっけな?ほら、あれだよあれ! 探索者同士が闘うやつ。
そう、グラディエーターだグラディエーター。
又聞きだが、あれに参加する探索者は、ギルドから退会させられるらしい。もしも参加するなら、ギルドに確認してからにしとけ。
その心配は無い? そうか参加しないのか。 違う? ギルドに登録してない!?
バッカ野郎!!テメー俺の話聞いてたのか!?あんだけ登録しろって忠告しただろうが!!
ギルドの依頼受けるつもりがないから問題ないって? だから違うって!そうじゃないんだって!
こう、なんて言えば良いんだ?
そう、安心だ。安心を買うようなもんだ。保険みたいなもんと思って加入しとけよ。
なに、生命保険も入ってない?
なら尚更ギルドに加入しろ。ギルドお勧めの保険だってあるからな。
内容は知らんが、探索者にはかなり人気らしいぞ。
えーと、なんだ、話を戻そう。 マスターもう一杯。 大丈夫だって、これで最後にするから。
何の話してたっけ?
ああそうだ、グラディエーターだ。
所詮、上級国民。ネオユートピアの娯楽でしかないが、国主導で行っている公共事業って事になってるな。
探索者同士を争わせて、賭け事の対象にするらしいぞ。競馬や競輪と同じだな。
他にも探索者がどんな事ができるのか、国民にアピールする催しでもあるんだろうなぁ。
まだ何か狙いがありそうだが、俺にはこれしか分かんねーや。
グラディエーターに参加する方法?
さあ、何処かの企業と契約するか、殴り込みに行けば良いんじゃないか? 参加選手をボコボコにすりゃあよ、スカウトされんだろ。
適当言うなって?
ガハハハ! 適当で良いじゃねーか、関係ねーんだしな。
おっもう帰るのか?
大丈夫だって、そんなに酔っちゃいねーから。
そうだ、ちょっと待て。
気は進まねーが、これ渡しとくわ。
安心しろって強制じゃないから、勧誘しろってうるさいんだよ。
なんだこれって? 知らないかミンスール教会。 探索者から受けた被害を救済する団体だ。 聖女部隊って言う、治癒魔法スキル所持者もかなりの数いるからよ、怪我したとき助けてもらえるぜ。
怪しい? そうだろ、俺もそう思うわ。
だから無理にとは言わないんだ。来たけりゃ来い。それだけだ。
あと、何か困っている時も訪ねて来い、偏屈だが能力のある奴は結構いるからよ。
ああ、じゃあな良い探索を!
くはーっ! マスターもう一杯!
……あっ!あいつ払わずに逃げたな!?
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