第97話 休日4(百十日目〜百六十日目)
あれからダンジョンには行っていない。
どうにもやる気が起きずに、ダラダラと家で過ごしている。
朝のルーティンである女王蟻の蜜も飲む気にはならず、ただぼーっと過ごしていた。
元の葬儀が終わった後、ホント株式会社から預かっていたポッタクルーを返却した。まだ使用しても問題ないと言われたのだが、俺には必要ないとお返しした。
一応、返却前に掃除はしておいたが、途中で何度も手が止まり時間が掛かってしまった。
朝が終わり、昼になると動き出す。
遅い朝食を食べて、歯を磨く。そしてまた布団に入る。
無職の正しい過ごし方ではないだろうか。
そして寝るのも難しくなった夕方に起きて、最寄りのスーパーに食料の買い出しに向かう。野菜や肉は勿論だが、カップ麺やお菓子も買い物カゴに入れていく。アルコールコーナーの前を通るが、どうにも手が伸びなかった。
帰ってまた食事をして、また寝る。
偶にゲームをしたりもするが、以前のように楽しめなくて直ぐにやめてしまった。
ただぼーっと過ごす。
ぼーっと、ぼーっと。
そんな生活を一月ほど続けると、少しだけ体を動かしたくなって散歩に出る。
近場を回るだけだが、楽しそうにしている人達を見ると伏し目がちになってしまう。だから、人通りの少ない道を選んで歩いていると、警察官に呼び止められてしまった。
なんでも、最近怪しい奴がうろついているらしく、女の子を誘拐しようとしていたそうだ。
それは怖いですねと返すと、そいつはジャージ姿で体格が良く、サングラスを掛けていたらしい。
お前はサングラスを持っているかと尋ねられたので、はいありますよと収納空間から取り出すと、ちょっと話しようかと連行されてしまった。
もうあの道は通らないと決めた。
次の日も同じように過ごして散歩に出る。
夕暮れ時、学校の終わった学生達が帰途につく。
買い物帰りの大人や、手を引かれた子供の横を通り過ぎて進んで行く。
もう直ぐクリスマスという事もあり、イルミネーションを飾っている住宅もある。
以前はイルミネーションを見ると、凄いなとか綺麗だなとか感想が浮かぶのに、今はどうにも心が動かない。
何もかも無機質に感じていた一月前よりはマシになってるとは思うが、それでも心の動きが鈍化している。
ズンズンと歩いていると、車が徐行でついて来ているのを感じ取る。
一方通行の道を逆に進み、背後からついて来ていたパトカーを置き去りにする。
先回りしようとスピードを上げたのを確認したので、俺も負けじと走って道の終わりを目指した。
そして先に到着した俺は、後から来たパトカーにグッと親指を立てて勝利を宣言する。
すると警察官は呆れた表情で、どこかに行ってしまった。
俺はまた散歩に戻る。
今日もまた道を変えようと、住宅街から離れた方向へと向かおうと道を変える。
季節は秋も終わりかけで、冬に入ろうとしていた。
昼間はまだ暖かいが、日が暮れると肌寒くなり、夜は長袖がないと風邪を引きそうになる。
そんな道を歩いていると、一台のワゴン車が走り抜ける。
そのワゴン車は一人の女子学生の隣で急停止すると、中から太った男と柄の悪い男達が降りて来た。
そして、女子学生を羽交締めにすると車の中に入れようとする。
俺はそれを見てピンと来た。
そして身体強化を使い、即座に接近すると手加減をして男達を殴り倒した。
俺が男達を倒したからか、運転手が危険を察知して車を急発進させるが、地属性魔法で串刺しにして地面から浮かせた。
「お前のせいで俺が疑われただろうが!!」
そう叫んで、俺は太った男を蹴る。蹴る蹴る蹴る。
「あっあっありがとうございます」
「うるせー!」
「ひっ!?」
連れ去られそうになっていた女子学生がお礼を言って来るが、喧しいと一喝する。
「おま、止めろ!俺たちが誰か分かってんのか!」
「うるせー!!」
「ぎゃ!?」
男達も何か言って来るが、それも喧しいと一喝してひたすらに殴り続けた。
串刺しにされた車から男が逃げようとするが、誰が逃すかと追いかけてドロップキックを食らわせる。男達から骨の折れた音が聞こえたが、構わずに殴り続けた。全員が気を失うまで殴り続けた。
そして警察に連れて行かれた。
少しやり過ぎたかもしれんと、少しだけ反省した。
男達は首都圏からこちらに流れて来た半グレ集団らしい。
警察で何があったのか取り調べを受けているときに教えてくれた。
えっ怖っと取り調べの警察官に言うと、お前の方が怖いわと突っ込まれた。
翌朝、俺は解放されたのだが、本来なら逮捕待ったなしの案件だったらしい。女子学生が助けてもらったと証言したのと、警察が到着する前に治癒魔法で軽傷レベルまで治療していたので許されたようだ。
まあ警察からすれば、誘拐犯が犯罪を犯そうとしたら通り魔に襲われたようなものなので、どちらもしょっ引きたかったのではないだろうか。
コンビニで肉まんとピザまんを買って、食べ歩きしながら帰っていると、なんだか柄の悪い連中に囲まれた。
手には大ぶりのナイフや警棒、スタンガンなどを持っているが脅威には感じない。
ダンジョンで鍛えられたせいか、一般人が凶器を持っていても恐ろしくないのだ。これは、人として危機意識の低下なのか、探索者として当然の感覚なのか分からないが、少なくとも彼らでは俺を脅す事はできない。
「よくも仲間をやってくれたなぁ!」
「いや、何の事か分からないです。人違いじゃないですか?あん」
肉まんを食べ終わり、次のピザまんに手を伸ばす。
肌寒くなって来たので、暖かい食べ物はなお美味しくいただける。特にコンビニでの買い食いは、手軽で美味い。正に最強である。
「なに呑気に食ってんだテメー! 状況分かってんのか!?」
「えっ? いや、冷めたら美味しくないから、つい」
額に血管を浮き上がらせて怒っているが、俺は気にせずもぐもぐと咀嚼していく。
囲んでいる奴らは、舐められているとでも思ったのか、かなり好戦的になっている。いつ襲い掛かって来てもおかしくない。
だから、少しだけ会話をする事にした。
「なあ、どうして女の子を狙うんだ? そんなに女に困ってるなら、そういう店行けよ。あん」
「……おいガキ、お前舐めてんだろ。 こっちの仕事邪魔しやがって、この埋め合わせはきっちり取ってもらうからな!」
残念ながら会話は成り立たなかった。
意思疎通ができないというのが、こんなに悲しいとは思わなかった。言葉では通じ合えず、結局のところ肉体言語でしか語り合えないのだ。
まるでバトル漫画みたいで胸熱だなと思った。
襲って来た奴らの足だけを砕いてその場を後にする。
普通の人、柄が悪くても普通の人。
ダンジョンに挑戦する前の普通の俺なら、走って逃げていただろうが、無駄に修羅場を潜ったせいで度胸が付いてしまった。
これが良い方向に向かえばいいのだろうが、世の中そんなに甘くない。誰かが暴力を振るえば、否応なく対応しなければならない人達がいる。
だから俺は、再び警察署にいる。
「だから、正当防衛ですって!」
「そうは言うがね、彼らは足を砕かれてんだよ。君は無傷で、相手だけが負傷ってちょっと信じられないよね」
「本当ですって、武器を持って襲われたんですよ! 俺みたいな一般人でも、襲われたら抵抗くらいするでしょ!?」
「その事なんだがね……君はそこに一人で居たのかね?」
「そうですけど……もしかして集団で襲ったと思ってるんですか?」
俺の質問に黙って頷く警察官。
この人は昨日取り調べをした人物とは違い、年配のおじさんだ。
昨日の警察官は若く話を聞いてくれたのだが、この人はどうだろうか……。
「待ってくれ! 俺はあくまで襲われたんだ! 正当防衛だ!やり過ぎてない!集団で襲ったりもしていない!」
「まあ落ち着いて。置き去りにされて、責任なすり付けられたのには同情するが、そんな奴らを庇っても意味は無い。 さあ、誰の指示か吐け。親には言わないから」
「なんで親が出て来るんです……」
「君、学生だろ? こんな時間に学校にも行かないで何してるんだ」
「………いだ」
「あん? 何だって?」
「俺は24歳だって言ってんだよ!」
「嘘つくんじゃない! お前みたいな馬鹿っぽいのが成人してるわけないだろうが!?」
「馬鹿っぽいって貴方ねえ! こちとらブラック企業に勤めて苦労してたんだ! そこらのニートと一緒にしてもらっちゃ困るぜ!!」
親指で自身を指して、どれだけ俺が苦労して来たのか主張する。だが俺の言い分をまるで信じてない様子だ。
ダメだこのままじゃ、犯人にされて捕まるかもしれない。
いや、確かに足を砕きはしたが、それは奴らが襲って来たからで、更に逃げようとした奴の足の骨を粉砕したりしたのも、少しだけ力が入り過ぎただけだ。
てかなんで俺が学生になるんだよ。見た目か?見た目が悪いのか?貴方みたいにつるっぱげになったら良いんですかね。
「ちょっと身分証出してもらえる?」
「持って来ていませんよ。 昨日の散歩の途中で捕まって、その帰りにまた捕まったんですから」
「なに?そんなの聞いとらんぞ。 ちょっと待ってろ」
そう言って出て行く中年の警察官。
待たされる事になった俺。中年の警察官は二時間待っても戻って来る気配がない。
いや、おかしいよね。
絶対忘れてるよね。
なんで二時間経っても誰も来ないんじゃい。
更に一時間が過ぎた。
もう帰っても良いかな、帰ろうかな。どうしようかな、帰って捕まるのも嫌だしな。
俺は取り調べ室をうろうろしながら迷っていた。
時刻はもう昼過ぎだ。昼食の時間も過ぎている。
朝から肉まんとピザまんは食べたが、それだけでは足りるはずもない。
と、そこで一つ思い出した。
「あんまん忘れてた」
俺はコンビニに向かった。
警察署を出るときに、ちょっと出て来ますと言ってコンビニに向かったのだが、あんまんが売ってなくてコンビニをハシゴする事になった。
すると、また柄の悪い連中に囲まれてしまう。
またですかと勘弁して下さいよとお願いしていると、スマホの画面を見せて来た。
そこには倒れた女子学生の姿が写っており、分かったら雇い主に伝えろと言ってくる。
どうやら女子学生の護衛か何かと勘違いしているようだ。
……まったく、やめてほしいよ。
今の俺に、そういう脅しは冗談では済まされない。
「……どこにいる」
「あん?」
「どこにいるって聞いてるんだよ、クソ野郎」
「ーあっ、あ」
静かに怒りが溢れて来る。
映し出された画像が、あいつの姿と重なって胸がざわつく。
幾ら鈍化していても、怒りは湧いて来るんだなと理解する。
俺の顔を見ていた男は、先程までの勝ち気な表情が消え、怯えた表情へと変わる。
それは目の前の男だけでなく、周囲を囲っている男達も同様だった。
俺は今、どんな顔をしているのだろう。
市民の為に働き、より良い生活を送れるように尽力している立派な人物だ。
昨今の迷宮法の改正により人口増加が見込まれ、狙い通り、改正の発表があってから流入してくる人口は増加傾向にある。
人口が増えるのは大変良いのだが、勿論、良い事ばかりではない。
人が増えるというのは、良くない考えを持った人物も呼び寄せてしまう。
増加する人達の目的はダンジョンだ。
単純に税金優遇の為だったり、ダンジョン関連の商品を出そうと、新規参入してくる企業も増えている。
それだけならば良いのだが、所謂、反社会勢力がこの土地を狙っていた。そして、その狙いに便乗した者もいる。
そして、そんな者達にとって、神庭柚月の父は目障りな存在だった。
神庭柚月の父は正義感が強く、実直な性格の男性である。出所不明の融資は受けず、不正を行った同僚を告発したりと市民にも人気の市議会議員だった。
更にダンジョンも25階まで潜った事のある猛者でもある。
そんな彼が、この地域の治安維持を目的にある条例を提出する。
その内容は、前科者の探索者登録の制限というものだった。
制限と言っても、刑期を終えて三年間再犯していない事や、性格診断テストの実施などの市民の不安を和らげる事を目的としたものだった。だが、人権団体や有識者から抗議の声を受け、メディアなどからも批判を受ける事になる。しかし、自治体からは大いに歓迎されており、是非やってほしいと多くの声が上がっていた。それは、この地域だけでなく、ダンジョンのある他の地域でも同様の条例が施行された。
探索者協会としては、有象無象の人員よりも評判を取る事に決め、条例に同意した。
こうして世間からの応援と批判を受けながらも実施する事となった条例だが、これで困るのは文字通り前科者や後ろ暗いところのある人物達だった。
元から登録している者は良い、だがこれから行おうとした者達は行き場を失うことになる。
そんな者達は自然と集まり、その多くが強い恨みを抱える事になる。
なかには、これから真っ当に生きようと心した者もいたが、この条例により心が折れていた。
探索者協会に登録せずにダンジョンに挑戦すれば良いだけの話しだが、先立つ金も武器もなく、死ぬのが前提のダンジョン探索を行う気にはなれなかった。
そんな鬱屈とした者達を、利用しようとする者が現れるのは当然の流れだったかもしれない。
彼らに対して一つの依頼が出される。
それは、条例を提案した神庭市議会議員の娘を誘拐してこいというものだった。
報酬も一人百万円と高額で、半グレチームを筆頭に三十人近いろくでなしが集結する。
神庭市議会議員の娘は二人いるが、長女の神庭由香は探索者をしているため返り討ちに遭う恐れがある。
対して今年16歳になる妹の柚月は、ダンジョンに潜っている様子がなく狙い易い標的と言えた。
潰れたパチンコ店の一角で、縛られて床に転がされている柚月は後悔していた。
昨日誘拐されそうになったにも関わらず、友人がいるからと安易に出掛けたのは迂闊だった。
隣には、一緒に攫われた友人が怯えて震えている。
巻き込んでしまった事を謝罪をしたいが、口も縛られて声も出せない。
そして周囲には、普段なら自分とは関わりにならないであろう人種が囲んでいた。
彼らの目はまるで、獲物を目の前にした肉食獣のようだ。
「なあ、味見してもいいか? 最近、ご無沙汰なんだよ」
「生きてれば良いって話だったな。 別に良いんじゃないか」
「順番決めようぜ!」
その言葉を聞いて、友人が震え上がる。
柚月も怯えていたが、友人を守りたいと心を強く持ち、男たちを睨みつけた。
「……なんだよその目は!? テメーの親父のせいで、俺は探索者になれなかったんだよ!」
前科者の男は、実行犯の中でもマシな部類だ。
窃盗で捕まり、今年に出所して、昔の仲間と縁を切り、一念発起して探索者に挑戦しようとしたら出鼻を挫かれ、心が折れた。
そんな男の恨みは憎い奴の娘に向かい、胸ぐらを掴んで強く揺さぶる。
「おい、こいつは俺にやらせてくれよ。 こいつの目が気に食わねーんだ」
男は振り返り、一応の仲間に問う。
仲間達は好きにしろといった様子で、一人を除いて賛同しているようだった。
そして、その一人であるコンビニのビニール袋を被った太った不審者が待ったをかける。
「ちょっと待てよ、順番決めようぜ、ジャンケンだジャンケン!」
こんな奴いたか?
そう一同は疑問に思うが、急にジャンケンを始めてしまい、その様子を見ているしかなかった。
ジャンケンを挑まれた男も、急な行動に手を出してしまい、否応なく受けなければならなくなり、拳が迫って来た。
「最初は……グー!!」
「ぐぺっ!?」
グーで殴られた男は、鼻が折れ、頬の骨も折れ、歯が抜けて壁に叩き付けられた。
「…………」
ピクピクと動く男に注目が行き、次にビニール袋の不審者に移る。
「お、お前、何やってんだよ? 仲間だろうが」
一人の柄の悪い男がビニール袋の不審者を注意するが、気にした様子はなく、それどころかまたジャンケンやろうと手をブンブン振っていた。
「なんだよ、お前もジャンケンしたいのかよ」
「は?」
「じゃあ行くぞー。 ジャンケン、パーー!!」
注意した男は張り手で顔を叩かれ、地面にダイブした。
小さく痙攣する男の隣を歩くビニール袋の不審者は、纏う雰囲気を一変させ、飄々としたものから強者が持つ威圧感を発していた。
「ほら、次だ。 さっさと来い」
その声はまるで、地獄からの迎えが来たかのようだった。
ビニール袋の不審者の手によって解放された柚月とその友人は、何故かあんまんを手に持っている。
誘拐犯グループは地面に倒れており、気を失っているか、動けない状態にされている。全てはビニール袋の不審者がやった事だ。
その一部始終を見ていた二人だが、なんで助かったのかイマイチ良く分かっていない。
柚月は父が雇ってくれた探索者が助けてくれたのかと思ったが、それはないと否定する。
家は貧乏ではないが、裕福でもない。
プロの探索者を雇えるほどの余裕はないと断言できる。
じゃあ誰なんだろうと考えて、昨日の太った人を思い出す。そんな風に考えていると、友人から声が上がった。
「私達、助かったんだよね?」
「……うん」
「あんまん、どうする?」
手に持っているあんまんはまだ温かく、購入したばかりだと分かる。
ビニール袋の不審者が、これでも食って落ち着いたら帰れと言って渡して来た物だ。あんまんを手渡された時に、凄く暖かい何かに包まれたような気がしたが、それが何だったのかは分からない。
ただ、まあ、渡されたのだから……。
「食べたら良いんじゃない」
「……だね」
暖かいあんまんは死屍累々の中でも、温かくて美味しかった。
コンビニであんまんを買って警察署に戻ると、中年の警察官とバッタリ出会したのだが、どうしてか目が挙動不審に動いている。
「あっ…………もう帰って良いぞ」
「もしかして忘れてました?」
「そ!そんな訳あるわけないだろぉ〜。 ほら、俺も忙しいんだ!帰った帰った!」
「いやいや、忙しいんじゃねーんだよ! こちとら何時間待たされたと思ってるんだ! 謝罪の一つくらい頂けませんかねぇ!!」
そんなあからさまな態度に誤魔化されるかと、一言くらい謝れよと、国家権力を傘にやりたい放題やっている中年悪徳警官を責め立てる。
中年悪徳警官はグッと言葉に詰まると、溜息を吐いて懐から何かを取り出した。
「え、あー、そうだな、すまなかった。 これ、俺の連絡先だ。何か困った事があれば連絡して来い。飯を食わせてくれってのでも良いぞ、俺が出来る限りで手を貸してやる」
なんだか上から目線だなと思わないでもないが、まあ謝罪は受けたので良しとしよう。
悪徳警官だと思っていたが、ちゃんとお詫びも考えてくれたようだ。
せっかくだから今から使おう。
「じゃあ、ホテル最上階のレストランで予約しときますね」
「俺の小遣いの範囲で頼むわ」
速攻で拒否される。
まあ仕方ないなと別の物を注文しようとするが、中年の警察官が忙しいのは本当らしく、別の日で頼むと言って去って行った。
何でも誘拐事件があったようで、俺の相手はしていられないんだとか。
俺は警察署を出て家に帰る。
ただの散歩の予定が、泊まりがけの散歩になってしまった。もしかしたら、散歩というのは一種の冒険なのかもしれない。軽い気持ちでやると、命の危険がありそうだ。これからは、しっかりと準備(武装)してから出ようと決めた。
『続いてのニュースです。 半グレグループに現金を渡して誘拐を依頼した容疑で、元市議会議員の××××が逮捕されました。 ××××は昨年、不適切な資金の流れを追及され……』
昼間に目を覚まして、テレビのニュースをBGMに飯を作っていく。
流石にこんな生活も止めなきゃなと思っているが、どうにもやる気が起きない。たまに愛さんから連絡が来るが、軽く近況を話してから終わる。何か商品を試してほしいと依頼される事もあったが、それも断っている。
昼のバラエティー番組を見ていると、少しだけ心が荒んでテレビを消した。
何もやる気が起きずにゴロンと横になると、スマホから着信音が流れる。
画面を見ると『姉』の文字。
何だろうなと、スマホ画面をスワイプして着信に出ると、少しだけ焦っているような姉の声が聞こえて来た。
『久しぶり、元気してた?』
「……うん大丈夫。そっちは?」
体は元気だ。体だけは元気だ。だから間違ってない。
『……こっちも大丈夫よ。 年末は戻って来るの?』
「あー、もうそんな時期か。 そうだな、今年は帰らないかも」
『仕事忙しいの?』
「いや、ちょっとプライベートで色々あって、整理出来たら帰るよ」
『そう……あのねハルト、落ち着いて聞いてほしいんだけど、いい?』
「どうしたんだよ、何かあったのか?」
『あのね、子供が出来たの』
「おお、おめでとう! 二人目だな」
『ありがとう』
「……良いニュースじゃん、どこに改まる必要あったんだ?」
『私の所だけじゃないのよ』
「兄ちゃんところも出来たのか!? そりゃめでたいなぁ……で、本題はなに?」
まったく要領を得ない会話に、いい加減話せと催促する。子供が出来たのは良い事だ。それを勿体ぶる理由が分からなかった。
いや、一つだけあるな。
まさか、不義理を働いて出来た子供じゃないよな?
そう考えると、なんだかドキドキして来た。
或いはワクワクかもしれないが。
『あのね、私とお兄ちゃんの所もなんだけど、お母さんもなの』
「……は?」
『お母さんも出来たのよ』
?
「ごめん耳が悪くなったみたい、もうちょっと大きい声で言ってくんない」
『だから! お母さんが妊娠したのよ!!』
「うっぅぅぅぅぅぅ」
声にならない音が口から漏れ出る。
聞き間違いじゃなかった。
悪い話じゃない。
だけど、だけどだ、親の情事は知りたくなかった。
『来年には、ハルトもお兄ちゃんね』
いつもは明るい姉の声だが、今は何故か無機質なものに聞こえた。
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