第95話 百五日目 其の五

 海沿いにあるホテル、そこに併設された教会から鐘の音が聞こえる。


 今日は武と瑠璃の結婚式で、俺はソフトドリンクを飲みながら式が始まるのを待っていた。


 武側の受付には東風と元が立っており、瑠璃側は千里と、もう一人はよく知らない人だ。


 最近はダンジョンで稼いでるので、いつもは三万円のところを五万円包んでいる。

 俺からしたらかなり奮発した方だ。


 人が多く集まっており、開始時間を待っている。

 周りは親しい人同士で会話しているので、知り合いが受付をしている俺は一人寂しくどっしりと腰を下ろして構えていた。


 開始時間が近付くと、プランナーの手によってチャペルへと案内される。


 ホテルから隣の教会へ向かうと、見える海の景色が最高で、思わず足を止めてしまう人がいるほどだ。

 プランナーもそれを狙っていたのか、この景色が人気で選ぶ人がいるんですよと説明をする。


 チャペルに到着すると、俺は一番後ろの席に座る。


 前の方には騎士が親族と座っており、何か会話している。


 時間となり、パイプオルガンから奏でられる音楽と共に扉が開かれ、新郎である武が登場する。


 ガチガチに緊張しており、見ていてヒヤヒヤするような挙動だ。


 俺は笑い出しそうになるのを必死に我慢して、タキシード姿の武の勇姿を見守る。


 そして本日のメインである瑠璃が現れる。


 父親に連れられた瑠璃のウェディングドレス姿はとても美しく、バージンロードを歩く姿は、美の女神のようにも見える。


 それは俺だけでなく、会場にいる皆が思ったようで感嘆の声を上げていた。


 瑠璃の手が父親から武に移される。


 娘を頼むと、彼女を幸せにしてくれとバトンが渡されたのだ。


 神と神父の前で永遠の愛を誓う二人、誓いの唇を重ねる二人、ただただ幸せそうな二人。


 俺は無性に泣きたくなった。


 涙は流さないけどな。



 チャペルでの式も終わり、披露宴となる。

 フラワーシャワーやブーケトスもやったが、周囲の盛り上がりに押されて、俺は一歩引いた所から見ていた。


 披露宴が始まり、お色直しをした二人が登場。

 昔に流行った洋楽のウェディングソングに合わせて、二人は壇上まで移動する。

 

 友人代表で東風が挨拶をして、程よい冗談を交えて笑いを取っていた。

 余興も探索者特有の技術で、丸太を一刀両断と場を盛り上げている。

 俺はそんな様子を見ながら、ビールのお代わりをもらって、出された料理に舌鼓を打っていた。

 隣に座る千里から飲み過ぎだと注意を受けるが、いざとなったら治癒魔法があるから大丈夫だと安心させる。

 その返答に懐疑的な目を向けられるが、いいじゃないか、今日はめでたいんだから無礼講でも、と言ってビールを胃袋に流し込んだ。


 楽しくて、楽しくて、めでたくてしょうがない時間が過ぎて行く。


 武は相変わらずガチガチだし、瑠璃は幸せそうにしている。

 騎士はそんな兄を揶揄っているし、元は女性に話し掛けている。

 東風も二人を祝福するために酒を持って歩き、千里はいつの間にか酔い潰れていた。


 やがて披露宴も終わり、二次会に向かおうという話になる。


 少し離れた場所に予約を取っているらしく、ホテルから出るバスに乗って行くそうだ。


 おっしゃ行くかと酔いの回った足取りで立ち上がると、東風達に呼び止められた。


 どうした? 早く行こうぜ、待たせちゃ悪いだろ。

 ん? どうしたんだ?

 千里が酔い潰れて動けない?

 そんなもん治癒魔法で治しちゃるワイ!

 え? 介抱してやってくれ?

 なんだよ、だから治癒魔法で……。


 分かったよ。

 先に二次会に行っておいてくれ、俺も、俺達も直ぐに向かうから。


 ああ、行って来い。

 謝んなくていいよ。俺も間に合わなかったから……。


 五人が並んでこっちを見ている。

 俺はどうしたら良いのか分からなくて、下を向いてしまった。


「田中さん、千里のことよろしくお願いします」


 その言葉にハッとして顔を上げる。


 そこには、披露宴会場の扉の前に立つ五人の姿があった。


 五人は何が嬉しいのか笑っている。


 だから俺も笑って送り出した。


 笑って、笑顔で、涙を流して見送った。




ーーー



「リミットブレイク」


 収納空間から不屈の大剣を取り出し、気持ち悪いモンスターの手を切断する。

 モンスターは俺の胸に槍を突き刺しており、急に動き出した俺に驚いていた。


 胸に突き刺さった槍を引き抜くと、自動で傷が塞がっていく。そして胸元を見ると、そこにあった守護の首飾りが砕けて失われていた。


 ああ、そうかと理解する。

 守護の首飾りには致命傷を負うと、一度だけ全快の状態で復活すると言われた記憶がある。その効果で俺は復活したんだなと、納得する。


 そして気持ち悪いモンスターだが、姿形は変わっていても、あの憎い兄弟だと理解する。

 威圧感が増しているが、気配は気持ち悪い兄弟のままだ。


 腕を斬られて怒ったのか、猿のような足で蹴って来るが、それも切断して足を明後日の方向に飛ばす。


 横を見ると、黒一の姿が見える。

 その仲間もこちらを見ており、何かしら妨害して来るのかと思ったが、動く気配はない。

 この兄弟の仲間ではないというのは、本当の事なのだろう。


 引き抜いた槍を収納空間に仕舞い、モンスターとなった兄弟を見る。


 どうしてこんな姿になったのか分からない。

 俺が倒れていた間に何があったのか知らない。


 それでも、俺がやる事は変わらない。


 新島兄弟の姿が唐突に消え、俺の影から現れる。

 何らかの魔法による移動なのだろうが、かなり厄介な移動方法だ。予備動作もなく、突如として隣に現れる。恐ろしくて仕方ない。


「ハヘ?」


 兄弟の首が飛ぶ。


 空間把握と見切りで動きを掴み、魔力の移動は察知出来るレベルだったので、どこに現れるのか分かっていた。

 後は出現に合わせて、不屈の大剣を振るうだけで良かったのだ。


 頭部を失った体は倒れて影の中に沈む。


「ぐゃあァァァあぁーー!!」


 そして首が落ちた所に体が現れ、首を元の位置に戻して奇声を上げる。

 そして失ったはずの足と腕を再生させ、元通りと言わんばかりに、気持ち悪い顔に笑みを浮かべこちらを見ている。


 だから『速度上昇』と『強固』の魔法陣を展開して、石の槍を射出する。それは一発だけでなく、二発三発四発と兄弟が四肢を失うまで撃ち続けた。


 新島兄弟も防御しようと黒い盾を空中に展開するが、俺の石の槍を塞ぐ事は叶わず貫かれて行った。


 四肢を失った兄弟は地面に倒れる。

 そして再び影に入ろうとしたので、即座に移動して頭を鷲掴みにする。


「あっ、ああ、あ、ああがっ」


 言葉にならない音が口から漏れ出ている。

 四肢を失っても未だ再生しようとしており、兄弟の生命力の強さに感心する。


〝そういうスキルがあるだけだ”


 トオルの言葉を思い出す。

 この姿でまだ生きているというのは、スキルの恩恵というよりも呪いなのではないかと思えてしまう。


「トレース」


 口にする必要はないが、あえて声に出す。その方がより意識が向き、より強く調べられるような気がするのだ。

 首を落としても四肢を失っても再生するような化け物を、どうやって倒すかを調べて行く。


 新島兄弟の体は、作りが人のものとは違っていた。

 心臓らしきモノはあるのだが、肺や腸などの臓器が無くなっており、ぐちゃぐちゃとした泥のようなモノに変わっていた。脳らしきモノも存在しており、脳から伸びる管は心臓らしきモノと泥とで繋がっている。


 この泥は何なのか観察すると、多くの魔力を含んでいるのは分かるがそれだけだった。

 更に調べていくと、何か違和感がある。

 調べているのは一つの体のはずなのに、もう一つ別のモノがあるような、そんな違和感だ。


 そして、新島兄弟の四肢が再生する。

 それと同時に、魔力が急激に減少したのを感じ取った。


 ああそうかと気付いて、再び再生した四肢を斬り落とすと、石の槍を作り出し『爆発』の魔法陣を展開して突き刺した。


「ギャッ!?」


 痛みで呻き声が聞こえるが、槍ごと影に沈んでしまい姿が見えなくなる。


 そして爆発。


 影から飛び出した新島兄弟は、全身が焼け焦げており、煤だらけとなっていた。


「まだ再生するのか」


 そう言って近付く俺に怯えたのか、新島兄弟の表情が歪む。さっきまでの、気持ち悪い笑顔は無くなっていた。


 影から刃が発生し首を切断せんと迫るが、そんな単発に当たるはずもなく、一歩下がってやり過ごす。

 だがそれは囮だったのか、以前トオルがやったように、周囲に黒い針が浮かび、一斉に降り注いで来た。


 しかし、同様の攻撃を何度も受けるつもりはなく、地属性魔法でシェルターを作り、その全てを塞ぐ。と、ここまでは良かったのだが、シェルターが外部からの圧力に負けて崩壊を始めた。


 影の拘束シャドウバインド


 トオルが使っていた魔法を思い出す。


 自分が拘束された魔法の効果を忘れていた。


 ははっと少しだけ自嘲すると、不屈の大剣に魔力を込める。


 俺は今の状態に疑問を持っていた。

 目が覚めてからの魔力量がおかしいのだ。

 マジックポーションを無理に飲んでから、魔力が暴走し必死に魔力操作を行って制御したのだが、目が覚めると暴走した魔力量がそのまま体に備わったような感覚がある。


「おおおーー!!」


 気合いと共に振り下ろした不屈の大剣から、剣閃が放たれる。

 これまでで一番の魔力を込めた剣閃は、岩を砕き、魔法を切り裂き、その先にいた新島兄弟を斬り裂いた。


 ダメージを負ったからか、シェルターに取り付いていた魔法は解除され、俺はシェルターから出る。

 その先には、四肢を再生させた新島兄弟が待っていた。


 新島兄弟は3mを超える身長だが、膝を突いた事で少し見上げる高さまでになっていた。更に凶暴化が解除されたからか、体が萎んだように細くなっており、貧弱な体つきになっている。


 そして何より、先程斬り裂いた傷が治っていなかった。


「流石に限界のようだな。 お前を倒すには魔力を全部使わせるか、跡形もなく吹き飛ばす以外の方法が思い付かなかった。 ひたすらに痛めつければ終わると思ったが、魔法を使ったのが決定打となったか?」


 負傷して瀕死の状態なのか、呼吸が荒くなっている。

 俺の話にも反応せずに下を向いており、こちらを見ようとしない。

 だから、更に言葉を続ける。


「なあ、お前らは何で人を殺すんだ? あいつらはなぁ、夢があったんだよ、目標があったんだ! 幸せな未来があったんだぞ!! 何で殺したんだ!? 聞いてるのかクソ野郎!?」


 俺の激昂に反応したのか、モンスターと成り下がった男は顔を上げて、ヘラヘラと口を開いた。


「人を殺すのに……理由はいるのか?」


 モンスターの首が飛ぶ。

 不屈の大剣を振り抜いて切断したのだ。


 飛んだモンスターの顔には目が二つ、耳が二つ、鼻と口は一つずつ付いていた。


 俺は振り抜いた勢いを落とさずに回転し、背後に出現したトオルの腹に突き刺した。


「ーガハッ!? ……クソ」


 トオルの手には先の尖った杖が握られており、それで俺を殺そうとしていたのだろう。

 カランと音を立てて、手から杖が落ちる。


 トレースをした時の違和感、あれは一つの体に二つの意識が内在していたからだ。そして、その体も完全に同化している訳ではなく、少しのズレを感じた。

 だから警戒はしていたのだが、案の定の結果となった。


 腹を貫かれたトオルは黒い何かを吐き出し、俺を見上げる。

 トオルはアキラのように姿は変わっておらず、見た目は人の状態だ。それでも、その中身は内臓の大半が失われており、泥のような何かが詰まっている。


「……なあ、お前は、幾つスキルを持っているんだ?」


 苦しみの中で紡がれた言葉に対する返答は。


「スキルを尋ねるのはマナー違反じゃないのか?」


 腹から大剣を引き抜き、アキラと同様にその首を飛ばした。

 二人の首が地面を転がり、体が倒れる。

 そして命が無くなったからか、形を失い、砂となって地面にばら撒かれた。



 砂となった二人を見て大きく息を吐く。

 何とも言えない感情が俺の中に渦巻いている。

 敵討ちを達成したが、残ったのは向け先のない怒りと、どうしようもない虚しさだった。


 新島兄弟に止めを刺さずに痛めつければ、少しは気は晴れただろうか?

 あの時、どうして東風達と行く選択をしなかった?

 どうして、新島兄弟は人を殺すんだ?

 何で新島兄弟はここにいたんだ?


 考えても仕方ないような疑問や後悔が湧いて来る。


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、黒一が拍手をしながら近付いて来た。


「いやーお見事。終始圧倒していましたね。相手は40階を突破した猛者でしたが、それを一蹴するとはお強いですね」


「嫌味か? あいつらは俺とやり合う前に消耗していた。大方、あんたが痛めつけてたんだろ?」


「いえいえ、それを差し引いてもお見事でした」


 俺は黒一を無言で睨む。

 こいつらが来なければ、早々に決着は付いていたんだ。

 どんな理由があったのかは知らないが、邪魔されたせいで、新島兄弟がどうしてあんな姿になったのかも分からず終いだ。


 気に入らないと、斬り掛かっても返り討ちに会うのは分かっている。それだけの、どうしようもない実力差が黒一との間にはある。

 それに、黒一達からは敵意は感じない。というより、最初から敵意は無かった。

 俺が勝手に突っ掛かったようなものだ。


 だからと言って悪いとも思わない、邪魔して来たのは黒一の方だからな。



 俺は黒一から視線を外して、ポッタクルーの方へと向かう。千里を寝かせたままだ。ポッタクルーの中なので大丈夫とは思うが、見て確認はしておきたい。


 そう歩き出そうとした時、ひとつ思い出した事があり振り向いた。


 俺は黒一の方を向いて尋ねる。


「あんた、前にフードコートにいた人だろ?」


「ええ、そうですよ」


「俺、あんたのこと嫌いだわ」


 いきなりのカミングアウトに驚いたのか、細い目を丸くしている黒一。そして笑みを浮かべて、


「偶然ですね、私も貴方が嫌いです」


 清々しい程に嫌味な会話だった。

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