第94話 百五日目 其の四
新島兄弟は義務教育期間を児童養護施設で過ごした。
父親はおらず、母親は男を作ると邪魔な兄弟を施設に預けて姿をくらました。
施設には似たような事情で預けられた子もおり、幼い頃はそれが普通なんだと思っていた。
そんな施設での生活は悪くはなかった。
探索者協会が出資しているのもあり、潤沢な資金の上であらゆる物資が揃っており、PCやタブレットなども十分な数が揃えられていた。
施設の中での兄弟は、兄であるトオルは前に出て人を引っ張るリーダー的存在だったが、弟のアキラは引っ込み思案な性格で、いつも兄の背後に隠れるような生活を送っていた。
そんな生活はトオルが中学卒業まで続く、そしてトオルが探索者になると言い出して、この生活も終わりを迎える。
高校に進学せずに探索者を始めたトオルは、早々に施設から出た。
そして二年後、アキラも同様にトオルの後を追って探索者になる。
トオルのパーティに合流したアキラは、最初の一年は雑用をやらされた。別にイジメとかではなく、探索者をやる上での野営や食事の作り方を教えるためだ。
その傍らに、槍を使った訓練を行う。
単純に二年という差は大きく、20階を突破した兄達と比べても、実力は大きく劣っていた。
必死に努力した結果、三年後には肩を並べて戦えるまでに成長する。
パーティも、その頃には30階突破を目指していた。
そして、イレギュラーエンカウントに遭遇したのも、この頃だ。
サイレントコンドルを巨大化した個体で、風の魔法を操り、手下のサイレントコンドルを引き連れた強力なモンスターだった。
死に物狂いで戦い、勝利した。
パーティメンバーは新島兄弟を残して全員死亡したが、確かに勝利した。
新島兄弟は絶望の中で新たなスキルを手に入れる。
だが、余りの喪失感に探索者を辞めようとも考えた。
しかし高校も出ておらず、探索者しかやって来なかった者に次はなく、そもそも探索者を辞めるという選択肢が存在しなかった。
それでも二人は、イレギュラーエンカウントを突破した者として、探索者界隈では一目置かれるようになる。そのおかげで、新たなパーティに誘われ加わる事ができ、無事に30階を突破する。
そして、二度、三度とパーティメンバーを失う事になる。
二人が手を下した訳ではない。モンスターに襲われ、不用意に罠を踏み抜き命を散らして行ったのだ。
仲間が死んで行くなかでも、新島兄弟は生き残る。
兄であるトオルが的確に指示を出し、弟のアキラは忠実に守ったというのが大きい。
トオルは初めの仲間がやられてから、必死にダンジョンについて学んでいた。どんなモンスターが出るのか、どんな弱点があるのか、どんな罠があるのか、どのように解除できるのか、探索者協会にある資料室に入り浸り学んでいた。
なかには、都市伝説のようなものまであったが、それも馬鹿にせずに可能な限り読んだ。
こうして、罠への対処法を学び、モンスターを的確に葬っていく。そのトオルの実力と知識にアキラは救われたのだ。
そして、四組目となるパーティの誘いを受けて40階攻略に挑む。
パーティ単位での戦闘になるので、一ヶ月間程度、訓練期間を設けたが、新たなパーティメンバーのレベルが低くて驚いた。
別にステータスで見るレベルが低い訳ではない。
戦い方が雑であり、連携が取れていなかった。
これまで参加してきた中でも最悪の部類に入るほどだ。
こんなもので40階に挑戦するのかと不安になったが、案の定、40階ボスで苦戦するどころか道中のフィールドモンスターにも苦戦した。
まるで寄せ集めの即席パーティ。
何とか無事に40階ボスまで来れたのは、途中からトオルが指揮を執ったからだ。リーダーが負傷して全滅の危機に瀕した際に、トオルが率先して指示を出したのがきっかけだった。
そこから安定したパーティは、無事に40階ボスに到着し苦戦しながらも全員無事に突破した。
そしてパーティ内で争いが起こる。
原因は、アキラが報酬の取り分を多く主張したからだ。
パーティの中でも新島兄弟の方が圧倒的に活躍しており、全員が同じ報酬では納得いかないと言い出したのだ。
トオルは止めなかった。
当然の主張だと思ったし、実際に苦労させられたのでアキラと同意見だった。
それに反発したパーティのリーダーが抗議する。
抗議して、言い争い、勢い余ったアキラに刺し殺された。
パニックになるパーティだが、トオルは仕方ないかと残ったパーティメンバーを拘束する。
黙っていれば解放すると、誰かに言えば殺すと脅したが、相手も40階突破者なだけあり抵抗も激しかった。
結果から言うと、新島兄弟はパーティメンバーを全員殺す。
代償にトオルは片腕を失い、アキラも瀕死の重傷を負ったが自己修復のスキルで一命を取り留めた。
そして、仲間を殺した瞬間に感じる力の増大に酔いしれる。
モンスターを倒しても得られない、確かな力の成長は新島兄弟の感覚を麻痺させる。
もっと人を殺せば得られるのではないかと、もっと欲しいと探索者を殺す事に考えがシフトしていく。
まるで薬物のように、流れ込んで来る力は二人の思考を麻痺させた。
そこに、かつて仲間を思っていた二人の姿は無くなっていた。
探索者協会に仲間は失ったが40階を突破したと報告した際に、探索者監視署に入らないかと打診を受ける。
これは、探索者の間では大変名誉な事であり、一定の発言力を得る事になる。
アキラはよく分かっていないようだが、その事を理解していたトオルは探索者監視署に入ると即答した。
そして圧倒される。
その探索者監視署にいる探索者は、誰もが自分達より格上で、どう足掻いても勝てないと理解させられた。
更に恐怖の対象である黒一は別格だった。
見ただけで分かる異常性。
終始和やかな表情で取り繕っているが、まるで死神を前にしたように死を連想させられた。
そのような影響を受けたからか、新島兄弟は力を得るために探索者狩りを決行する。
主に狩っていたのは、30階を突破したばかりの探索者だ。それ以下だと力の入り方は弱く、40階を突破した探索者相手だと負ける恐れがある。
なかには手強い探索者もいたが、順調に強さを手にして行った。
そんな時である。
ミンスール教会の人間が訪ねて来たのは。
「あなた方の悪事がバレたみたいですよ。 情報を頂けたら匿いますが、どうしますか?」
怪しい女だった。
世樹麻耶と名乗り、恐ろしく美しいが黒一と違う意味で得体の知れない女だった。
新島兄弟は世樹の提案に乗り、探索者監視署の情報を流す代わりに、いざとなった時の逃げ道を確保する。
そして、忠告を受けた通りに探索者監視署の同僚から襲撃を受けた。
トオルの闇属性魔法で逃げ切る事が出来たが、そこからは軟禁生活のような毎日だった。
食事はミンスール教会の信者が届けてくれるが、外出は出来ずストレスを溜めていく。
そのせいで、無関係な一般人の女性が犠牲になる。
髪を七三に分けたちょび髭の信者に女性を解放しろと非難されたので、文字通りこの世から解放してやった。
信者はショックを受けていたようだが、兄弟は何とも思っていない。五月蝿いのが帰って精々したくらいの感想だ。
それから直ぐだった。
探索者監視署に居場所がバレたのは。
逃げ出した。
逃げて逃げて、ダンジョンに逃げ込んで探索者を狩ろうと決めた。
それで力を付けて、追っ手を退けようと考えたのだ。
既にまともな思考ではないのだが、それを指摘してくれる人がいるはずもなく、兄弟の暴走は止まらない。
強くはなくても、より多くの探索者を殺そうと考えた二人は、30階より逆走する。
そして一つのパーティを壊滅させて、太った探索者の手によって地面に転がる羽目になった。
これが力を求めた兄弟の末路である。
兄のトオルは両腕を失い、瀕死の重傷だ。
弟のアキラは体を両断され、修復中である。
更には黒一まで到着して、その部下に取り押さえられてしまう。
もう終わりだとトオルは観念した。
この絶望的な状況で何をやっても生き残れないと諦めた。
田中と黒一が争い出したが、それで何かが変わるとは思えない。相打ちとなるには二人の実力差は開きすぎており、仮に田中が勝っても、黒一の部下が控えている。
どうあっても変わらないと諦めた。
だが、アキラは諦めていなかった。
どうすれば生き残れるか、どうすればコイツらを倒せるのか考えた。
考えて考えて、導かれるようにトオルを見た。
まるで何もかも諦めたように呆然としている姿を見て、怒りが湧き上がる。
なんだよ、その姿は。
頼れる兄だと思っていた。どんな時でも助けてくれる頼れる存在だと思っていた。
それがどうだ。
ただの弱者となったように、腑抜けた表情をしている。
そんな姿は許さない。
アキラの中にある、立派な兄の像と違う姿に怒りが込み上げて来る。
そして気付けば、拘束を振り解き兄の喉元に槍を突き刺していた。
視界が黒く染まる。
そして体も黒く溶け出した。
ーーー
アキラの体が黒く変色し溶けるように変化していく。
それは喉に槍を突き刺されたトオルも同じで、黒く溶け出しアキラの方へと引き寄せられて行った。
そんな悍ましい様子を、総司と影美は見守る事しか出来なかった。
「二人は下がってなさい、どうやら普通の魔人化とは違うようです」
黒一は二人を下がらせると、黒く染まった新島兄弟の様子を見守る。
これまでは、一人で成れの果てである魔人となっていたが、今回は新島兄弟の体が合わさり変化しようとしていた。
ここで手を出して妨害しても良いのだが、どうなるのか好奇心が勝り放置する。
「グアアアァァァあああぁぁ」
人の物とは思えない唸り声が上がり、大気を震わせる。
その姿は人ではあるが、上半身だけで2m近くある。ほっそりとした体付きに、顔には目が二つに耳は二つ、鼻と口も二つずつ付き、下半身が地面に埋まっているように見える。
正確には闇属性魔法で下半身が影の中に沈んでおり、移動も魔法を使うのだろうと推測できる。
黒かった体もやがて元の地肌へと変色し、体には黒い布が巻き付いていた。
「黒は止めてもらいたいですね。私と被りますよ」
軽口を叩くくらいには余裕のある黒一は、新たな魔人となった新島兄弟を観察する。
やはり、これまで戦った魔人とは違う。
新島兄弟の目は千鳥に動いており、知性を感じない。口からはアーという声と共に涎が垂れている。
魔人から感じる特有の圧力はあるが、決定的に迫力が足りない。
言ってしまえば、魔人の成り損ないだ。
「……これが魔人っぺか?」
総司が自分のキャラを忘れて驚いている。
その呟きは黒一にも届いており、反応をする。
「ええ、そうですけど、今回のは少し特殊ですね。私も二人が一つになるのは初めて見ました」
「……この魔人の意識を覗いたんですけど、二つの意識がぶつかり合っていて自我が保てていないようです」
「それは、時間が経てば自我を取り戻すという事ですか?」
「えっと……はい。どちらか勝つか、外部からの強いショックで取り戻すかも知れません。一撃で決めれば、その心配も少ないと思います」
影美の助言に、そうですかと頷いて総司を見る。
「総司君、やってみます?」
「ええっ!? でも、教会の情報はどげ……ウオッホン!どうするんだ?」
「ああなってはもう無理です。聞き出しても証拠能力に欠けます。なら、総司君の経験に生かすべきでしょう」
黒一の目的は、新島兄弟が魔人化した時点で破綻していた。ならば、少しでも有効活用するべきだ。魔人となれば、その扱いはモンスターと変わらない、普通の探索者が倒しても問題ない存在だ。
「分かった。やってみよう」
キリッとした顔立ちとなった総司は、手を伸ばし掌を開く。
総司が10階ボスを倒して手に入れたスキルは『念動力』という、文字通り念じて物を動かすという能力だった。
このスキルは魔力だけでなく、体力も消費して使用する。そして、消費する割には効果の低いスキルでもあった。
初めは消しゴム一つ動かすのも限界で、訓練を積んで20階に挑んだ頃に、やっとモンスターの動きを阻害する力を操れるようになっていた。
そんな微妙なスキルだが、20階ボス突破で『体力増大』のスキルを、26階のイレギュラーエンカウントで『魔力増大』のスキルを獲得して状況は一変する。
二つのスキルを手に入れた事により、念動力の威力が格段に増したのだ。
念じただけでモンスターを捻り潰し、弾き飛ばし、圧殺した。勿論、使用回数に制限はあるが、ここぞという時に使えば、予備動作のない必殺技として活躍した。
そんな力を更に経験を積んだ総司が全力で振るう。
新島兄弟に向かって伸ばした手を握り締める。
そして新島兄弟は全方位から圧縮されて、黒い何かが飛び散り、影の中に消えていった。
「……終わりだ」
総司はそう呟いて手を開く。
これで生きているはずはない、そう確かな感触があった。
「えーと、意識が共存を選択したようです」
「へっ?」
だが、影美の追加情報でその感触は誤りだと知る。
そして圧縮したはずの新島兄弟は、影から顔を出すと元の姿に戻り、飛び散った黒い何かが新島兄弟の元に吸い寄せられていく。
「ほう、魔人らしくなりましたね」
復活した新島兄弟から感じる迫力は、これまでに対峙した魔人達に感じていたものと同じで、総司や影美は息を呑むほどだった。
黒一は二人を引かせて前に出ると、新島兄弟と対峙する。
そして唐突に戦闘は開始された。
新島兄弟の立つ場所から、無数の触手が発生して黒一を襲う。その中を平然と歩きながら、拳で退け、弾き返し、手刀で切断していく。
黒一の顔に焦りや驚きはない。
触手による攻撃は、トオルが使用していた魔法を更に強化したものになるが、その全てが無力化されていく。
ならばと槍で立ち向かうが、田中がやられた時のように全てが手甲で受け止められる。
黒一は平然と歩く。
これなら手加減が必要な分、田中の方が手強かったなと思いながら歩く。
無数の針が雨のように襲って来るが、スキル縮地を使い新島兄弟の隣に回り込んだ。
「まだ成り立てで、慣れていないようですね」
そう平然と言ってのけ、横から殴りつけた。
「ギャッ!!」
悲鳴を上げ黒い影ごと横にスライドする。
拳を受けた新島兄弟の腹には風穴が空いており、本来ならばこれで終わるはずだった。
それが、アキラの持っていた自己修復によって一瞬で治療する。
「ギ、ギ、ガガ、あ、が、ああ、あ……ん、んんっ、ふう。 貴様の言う通りだ。まだ体に慣れてないからな、準備運動に付き合ってもらおうか!」
声の調整を行った新島兄弟は、黒一に向かって宣言すると同時に影の中に入り込み、次の瞬間には黒一の側に移動していた。
そして槍で貫かんと刺突する。
それに気付いている黒一だが動かない、その代わりに口を開く。
「『動くな』」
呪言。
黒一が最初に手に入れたスキルであり、進む道を決定付けたスキルでもある。
人に使えば、その代償に寿命が減るが、相手がモンスターならば気にする必要はない。
「グッギギギッ!」
呪言により動きを止めた新島兄弟は、必死に動こうと足掻く。体がダメなら魔法をと魔力を操ろうとするが、動きが悪く魔法にならない。
だから意識を切り替える。
新島兄弟は肉体と能力を共有しているが、意識は別々に存在していた。
呪言で行動を制限された意識を奥に引っ込め、代わりの意識が前に出る。
「ほう」
その変化を察知した黒一は、繰り出される槍を手甲で逸らす。だが、逸らした瞬間に横薙ぎに払われ、強い力に押されて吹き飛ばされた。
「クロイツさん!」
「ああ、大丈夫です。大した事ありませんから」
吹き飛ばされたと言っても、黒一は回転して勢いを殺しており、ダメージは一切無い。それは新島兄弟も理解しており、また姿を影に沈めて、突如として黒一の背後に出現する。
「リィーヤァーー!!」
連続の刺突を放ち、黒一を強襲する。
その刺突は繰り出す度に鋭くなって行く。
段々と体に慣れて来た証拠だろう、手甲で受ける度に衝撃が腕に伝わって来る。
「移動は闇魔法の一種ですか? 槍捌きも中々のモノですが、それだけですね。 見るべきものが無い」
「減らず口を!
猛攻の槍を涼しい顔で避け始めた黒一に激昂し、凶暴化を使う。
田中との戦闘では、変化している間に攻撃を受けたが、魔人化した今では変化も一瞬で成し遂げる。
凶暴化の影響で細かった体が肥大化し、影の中から下半身が現れる。
その足は既に人の物ではなく、猿の足を巨大化したような物に変化していた。
「アハハハハハッ!!」
凶暴化した新島兄弟の攻撃は凄まじかった。
単に身体能力が上がり、槍での攻撃だけでなく、闇属性魔法まで使って攻めて来たのだ。
突き、薙ぎ払い、黒い触手が攻め立てる。
影から刃が襲い、死角から黒い針が飛んで来る。
同クラスの探索者が相手ならば、ものの数秒で倒せる程の攻撃だ。
だが、相手は格上の黒一である。
攻撃全てが防がれ、避けられる。
そして、お返しとばかりに全身を打ち抜かれ、所々に風穴が空く。
なんだこの化け物は。
新島兄弟が黒一に抱いた思いであり、恐怖するべき対象だったと思い出させた。
探索者を殺し、力を付け、魔人化してもこの力の差に絶望する。
やがて、新島兄弟の攻撃の手が止まり、黒一に盛大に殴り飛ばされた。
「あっ」
その殴り飛ばされた先には、人であった頃に追い詰められた田中が横たわり、意識を失っていた。
黒一もその事に気付いて声を上げるが、既に手遅れだった。
新島兄弟の槍が、田中の心臓に突き刺さり致命的なダメージを負わせる。
「ハァーーーッ」
盛大に息を吐き出す新島兄弟は、流れて来る力を思い浮かべて醜く笑みを作る。
そして、パリンと何かが割れる音が鳴り響いた。
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