第93話 百五日目 其の三

「失礼、少々お待ちを」


 そう言って突然現れた黒いスーツの男は、両腕に黒くメタリックな手甲を装備しており、俺の一撃を何でもないように受け止めた。


「……邪魔するな」


 邪魔な男をどかそうと力を込めていくが、微動だにしない。リミットブレイクを使ってないとはいえ、身体強化はフルで使っているのにだ。


「まあまあ、落ち着いて下さい。何があったのかは存じませんが、彼らを譲っては頂けませんか?」


「ふざけるな!!」


 地属性魔法を使い、ふざけた男の足元から土の杭を伸ばして仕掛ける。だが、男は残った手で払う動作をすると、それだけで土の杭は砕け散った。

 更に、戦斧を操り連撃を繰り出すが、その全てを一歩も動かずに手甲で防がれる。


「貴様はなんだ!? コイツらの仲間か!?」


 距離を取り、得体の知れない男に問いかける。

 今の攻防で分かる。俺とこの男では果てしないまでの、力の差があることを。

 まともに戦えば、何も出来ずに地面に横たわるのは自分だと理解できてしまう。

 だが、そうだとしても引く理由にはならない。

 たとえこの男に敵わなくても、横たわっている男達にさえ刃が届けばそれでいい。

 だからこそ問いかける、邪魔をするなと人殺しの仲間なのかと。


「あっ申し遅れました。私、黒一福路と申します。彼らの仲間ではありませんが、彼らに尋ねたいことがありますので、一度連れ帰りたいのです」


「聞きたい事があるなら、ここで話せ」


「部外者には聞かせられないので、連れて帰る必要があるんです。どうかお引き取り願えませんか?」


「ダメだ、それは許さない。そいつらはここで殺す。俺の手で確実に葬る」


「ああ、それは許可できません」


「邪魔をするなら……」


「したらどうします?」


「退かせるまでだ! リミットブレイク!!」


「出来ますかね、貴方に!?」


 更に勢いを増した戦斧が黒一を襲う。

 先程までは余裕を持って対処していた黒一も、急激な速さと威力の上昇に、ほんの少しだけ顔色を変える。


 ただし、それは焦りではなく、歓喜しているような笑みを浮かべてのものだった。


 戦斧で襲うのと同時に魔法陣の『速度上昇』を展開する。

 それを向けるのは黒一、ではなく、その後方にいるトオルだ。石の槍を即座に作り出し、狙いは空間把握に任せて発射する。


 しかし、戦斧が空を斬ると同時に、黒一の蹴りが石の槍を砕いた。


「惜しかったですね」


 和やかな表情で黒一は挑発する。

 まるで惜しくなかった。こちらの動きを読まれていたようで、余裕を持って対処されてしまう。

 それに読まれていても、あの魔法なら止められないと思っていた。


「くそっ!」


 悪態を吐き、更に攻め立てる。

 武人コボルトがやっていたような、戦斧と体術を織り交ぜて黒一に挑む。

 戦斧を横に薙、受け止められると同時に蹴りを放つ。それも膝で受け止められるが、神鳥の靴に鉤爪を生やして黒一の足を掴んだ。はずだったが、一瞬で気取られ足を蹴り返される。

 鉤爪が不発に終わり、足を蹴られてバランスを崩した俺の体にそっと手が添わされる。そして俺は勢いよく吹き飛ばされた。


 掌底。側から見れば、軽く押した程度にしか見えなかったかも知れない。だが、その衝撃は凄まじく、鎧にヒビが入り体の中に衝撃が走った。


「ガハッ!?」


 体内にあった酸素を全て吐き出し、ゴロゴロと地面を転がる。酸素を求めて大きく呼吸をしようとするが、意志に反して少ししか吸い込めない。

 焦った俺は急いで治癒魔法を使い回復する。

 リミットブレイクの効果もあり、治癒魔法が即座に体を治療するが、途中で迫り上がって来た血を吐き出した。


「……治癒魔法まで使えるとは、遊香さんの情報に追加ですね」


 黒一が何か呟いているが、俺は再び立ち上がり、更に力強く一歩を踏み出した。


「うおおおぉぉぉぉーーーー!!!」


 暴君の戦斧を全力で振り抜く、振り抜く、振り抜き、振り抜き、加速して行く。

 振り下ろし、横薙ぎ、刃先で突き、石突きで殴打する。

 その全てが防がれ、避けられ、去なされても構わずに振り続ける。


「そろそろ諦めませんか?」


 まるで駄々をこねる子供に言い聞かせるように、その言葉は紡がれる。

 黒一は戦斧が振られる度に、威力が上がっているのには気付いている。それでも、その刃が己に届かないと確信を持っていた。


 そんな様子を見て、頭が怒りで満たされる。


「舐めるなーーー!!」


 大量の砂埃を操り、辺り一面を覆い隠す。

 そんな中で、フットワークを活かして攻撃を繰り返し、更に砂埃を操って、黒一の両手両足を拘束しようと包み込む。


 だが、それでも変わらずに動く黒一の姿。

 もっともっとと、砂埃の層を分厚く積み重ねていく。

 やがて、度重なる連撃で、再び赤熱しだす暴君の戦斧。


 砂埃は黒一を完全に包み込み、その動きを阻害するように固く固定する。


 そして暴君の戦斧を構えて走り出した。

 動かない黒一。それを飛び越え、トオル目掛けて赤熱した戦斧を振り下ろした。


「だから、無駄ですって」


 軽口を言われるように囁かれる言葉は、すぐ隣にいる黒一から発せられたものだった。


 まるでスローで動いているような世界で横目で見ると、黒一が拳を構えた状態で立っていた。


 振り抜かれる拳。


 めり込んだ拳が魔鏡の鎧を砕き、内臓を破壊する。


「カハッ!」


 酸素を口から吐き出し、再び地面に転がる。

 更に追撃で蹴りを食らい、離れた木に叩きつけられた。


「私達も遊びではないのでね、容赦はしません」


 今の一撃で、暫くは動かないと判断したのか、踵を返して倒れたトオルの元に向かおうとする。

 トオルの側には見慣れない女性がおり、アキラの方にも青年が待機しており拘束していた。


 地面に倒れた俺は、衝撃でリミットブレイクが解除され、込み上げてくる血反吐を吐き出して動けないでいた。

 残りの魔力を使って回復に努めるが、これで全ての魔力を使い切ってしまう。魔力循環を意識しているが、それでも微々たる回復量しかない。


 このままでは、あいつらの仇が連れて行かれる。


 憎い二人が連れて行かれる。


 東風達を殺した奴らが連れて行かれる。


 仲間になると言ってくれたあいつらを、目標のあったあいつらを、幸せな未来のあったあいつらを無惨にも殺した奴らを……。



「誰が許すか、バカヤロー!!」


 勢い良く立ち上がると、収納空間からマジックポーションを二本取り出し、一気に飲み干す。


 吠えた俺を見た奴らは、驚いた表情だ。


 マジックポーションの一日の使用本数は一本までだと言われたのを覚えている。それ以上の使用は命の保証がないとも忠告を受けた。

 既に一本飲んでおり、更に追加で二本だ。

 話が本当ならば、死んでもおかしくない。


 だか、それでもいい。

 それで奴らを殺せるなら構わない。


「ガッ!?」


 マジックポーションの過剰摂取による副作用か、体内で魔力が暴れ回る。血管が浮き出て、血が皮膚を突き破り流れていく。

 俺はマジックポーションで死ぬ理由を理解する。

 魔力の暴走により、体内が掻き混ぜられるような激痛が走り、指の端から硬直しだす。そして、ぱきりと音が鳴ると崩壊が始まろうとしていた。


 マジックポーションの効果は、魔力の回復だと思っていた。その認識は正しく、そして間違っていた。

 マジックポーションは残った魔力を増幅させる効果があり、それは摂取する量を増やせば増やすほど効果を増した。

 たとえ一度使い魔力を空にしても、二本目を摂取した時の効果は倍以上あり、三本目を使用すれば十数倍となり、とても常人が持てるような魔力量ではなかった。

 だから魔力が暴走して体を破壊する。

 通常ならば助からない。

 そのはずだった。



 痛みを無視して体が崩壊しながらも、俺はひたすらに魔力操作を意識する。並列思考も使い、膨大な量の魔力を元の流れに戻るように操っていく。

 それでも、その量を操るのは困難で、僅かに延命する程度の効果しかない。


 ならばと壊れそうになる腕を伸ばして、魔法陣を展開する。

 操れない程の魔力量ならば、外に出してしまえばいい。


「……それは不味いですね」


 黒一の焦ったような声音が耳に届く。


 俺はそんな言葉は無視して、魔法陣の展開に集中する。

 『爆破』で破壊力を増し『分裂』で数を増やし『速度上昇』で射出速度を増す。


 鐘の音が聞こえる。


 幻聴だろう。

 魔力暴走による影響だと、深くは考えずに石の槍を作り出す。


「どけ」


 最後通告としてひと言、黒一達に忠告する。


 狙いは変わっていない。

 憎い仇であるトオルとアキラだ。

 黒一達も今から逃げればまだ間に合うが、動く気配はない。

 ならば仕方ないと、魔力で石の槍を操る。


 そして射出。

 チッと擦れたような音がすると同時に、巨大な爆発音が鳴り響く。

 今回の魔法では、俺の方に被害は出ていない。

 勢いが凄まじく、射出方向に消し飛ばすような威力を発揮したのだ。


 全てを消し飛ばした。

 それと同時に、魔力量も操作可能なものとなっており、治癒魔法を使用して崩壊しかけた体を修復する。


 鐘の音が続いている。


 爆発により舞い上がった砂埃が、着弾地点を覆い隠しているが、この威力で生き残っているとは思えない。

 邪魔する者全てを消した……はずだ。


 それなのに、何故だろうか……。

 こんなにもプレッシャーを感じるのは。


 鐘の音が鳴り止まない。



 風を切る音が聞こえる。

 同時に砂埃が全て吹き飛ばされた。


「……くそ」


 そこには無傷の黒一と男女の二人の姿、そしてトオルとアキラも一緒だった。


「福音」


 黒一はそう呟き、一段と大きな鐘の音が鳴ると、次第に鐘の音は鳴り止んでいった。


「まさかマジックポーションを二本も飲んで、生きているとは思いませんでしたよ。あの状態で魔法を使い、更に復活までするとは、驚愕ですよまったく……」


 黒一は和やかに言っていたが、次第に表情を曇らせ、目には怒りが宿る。

 これまでにない表情の上、空気が凍り付いたように緊迫する。


「……次はこちらの番ですね」


 その言葉は、またしても直ぐ近くから聞こえた。

 驚く暇もないほどの速さで顔面を殴られ、脳が揺らされる。体がぐらりと揺れるが、倒れる事は許されず、右に左にと連続して殴打が繰り出される。

 その攻撃は重く、全身を貫き、確実に体を破壊しに来ていた。兜も破壊され、頭部を守る手段を失う。 


 治癒魔法で回復しながら耐えているが、防御を尽くすり抜ける。魔鏡の鎧は砕かれて失われており、腕の部分だけが残っている。最後に残った腕に盾を出して防御しようとするが、それすらも破壊されしまう。


「無駄ですよ」


 構えた盾は、俺の体が弾き飛ばされる程の蹴りによって、粉々に打ち砕かれた。


「ちくしょう」


 全身の骨が折られ、内臓が破壊される。

 治癒魔法で回復するが、それさえも追いつかなくなっている。それに分かる事がある。今、俺が意識を保っているのは、黒一が手加減しているからだ。

 本気ならば、最初の一撃で意識は刈り取られていただろうし、そもそも俺は生きていない。


 それを理解した上で、暴君の戦斧を構える。


「素晴らしい精神力です。何が貴方をそんなに駆り立てるのか分かりませんが、このままでは死にますよ」


「それがどうした。 仲間の仇がそこにいるんだ。誰が諦めるかよ」


「仲間?」


 何に引っ掛かったのか、黒一は考えを巡らしている。

 そして何かを思い出したかのように、ああと納得した。


「彼方で亡くなっている方達が、貴方の仲間なんですね?」


 そう言って指差した方向は、東風達が眠っている方向だった。

 俺は無言で睨みつけると、黒一は溜息を吐いた。


「探索者をやっている以上、死は付きものです。彼らは運が悪かった。ただそれだけですよ」


 呆れたように言う黒一は、あいつらの死をまるで当然の事だと言わんばかりの様子だ。


「……運? 運が悪かっただと。 あいつらの命を運のひと言で片付けろってのか!? ふざけるな!!」


「別にふざけてはいません。これは、探索者ならば覚悟して当然の事です。割り切れないのなら、貴方は探索者に向いていませんね」


「ああ、向いてなくて結構だ。 お前みたいに、仲間を何とも思っていないような奴にはなりたくないからな」


「そういうつもりではないのですが……。 まあ理由は分かりましたので、ここらで終わりにしましょうか」


 暴君の戦斧を横薙ぎに振り抜く。

 リミットブレイクを使い、拡張された空間把握と見切りによって黒一の動きを読み取り振り抜いた。

 そのはずだった。


 魔鏡の鎧に続き、暴君の戦斧が破壊される。

 黒一の手刀に暴君の戦斧が負けたのだ。


 ゆっくりと流れるような世界で、俺は全身を打ち抜かれ、治癒魔法を使う余裕もなく意識を刈り取られた。





ーーー




 黒一は、地面に倒れた田中ハルトを見下ろして意識が無いのを確認する。


 部下の操理遊香から情報はもらっていたが、思っていた以上に梃子摺った。

 生きたまま無力化させるのは面倒なので、いっそのこと殺そうかとも思ったが、それは自重した。

 田中が探索者協会の会長をはじめ、武器屋の店主、ホント株式会社の会長と交流があるのは分かっている。

 どのような関係なのかは分かっていないが、黒一としても彼らと敵対するような真似はしたくなかった。


 アイテムマスターの探索者協会会長。

 武神と名高い武器屋の店主。

 怪力無双のホント株式会社の会長。


 若い探索者は知らないだろうが、現役時代の彼らを見たことある者ならば、誰も敵対したいとは思わない伝説の化け物達だ。

 現役を退いたとはいえ、決して油断していい相手ではない。


 何を目的に田中と接しているのか分からないが、殺すのは悪手だと判断した。


 その田中だが、予想していたよりもかなり強かった。


 近接戦闘は荒い部分はあるが、一撃一撃が鋭く、そこらのプロ探索者よりも数段上だった。

 そして、魔法においても同様だ。

 魔法の発動速度から威力においても申し分ない。トリオの魔法を放たれた時は、思わず切り札であるスキル『福音』を使用した程だ。


 福音とは使用中は鐘の音が鳴り響き、あらゆる災厄から黒一を守るレアスキルである。それはどのようなモノにも適用され、物理的なものから呪いの使用による寿命の減少まで退ける効果がある。

 そして、福音を使用するにあたり、消費するものは体力や魔力ではない。消費するのは『徳』と呼ばれる曖昧なものである。

 その徳の消費により、福音の効果は発動する。

 だから、やりたくもない善行をやらなければならないのだ。


 溜息を一つ吐いて、標的の方を振り向く。

 そこには部下の影美と総司が、標的の二人を取り押さえているはずだ。


「……はぁ」


 そのはずだったのだが、そこで見たのは、新島兄弟の弟アキラが、兄であるトオルの喉に槍を突き刺した姿だった。



ーーー


黒一 福路(37)

《レベル》 48

《スキル》

呪言 隠蔽 体術 縮地 見切り 身体強化 福音


ーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る