第89話 幕間12 (調千里)その3
「なに?田中さんが仲間にしてほしいだと?」
ダンジョンを探索していると、東風があっと突然声を上げて、今思い出したかのようにメンバーに知らせた。
田中ハルトがパーティに加わりたいという内容なのだが、皆の意見を聞きたいという事のようだ。
因みに東風と元、騎士は賛成している。
「俺は構わんが、他の皆はどうだ?」
東風の話を聞いて、武は田中の加入に賛成のようだ。
瑠璃も頷いて良いんじゃないと一言で合意した。
残る千里に視線が集まるのだが、千里は何か考えているようで黙っていた。
「どうしたんだ? やっぱり嫌か?」
「やっぱりってどういう事よ。 別に反対はしないけど、本当に加入するのかなって気になっただけよ」
やっぱりというのは、千里と田中が出会った当初の出来事を見ての発言だ。
千里は田中の加入と聞いて、先日のステータスを思い出す。
レベルは21階以降であれば、別段めずらしくない数値だ。しかしスキルの数は異常と呼べるほどに多く、どのような手を使って手に入れたのか、本当にあの数のイレギュラーエンカウントを突破したのか、それが分からなくて悩んでいた。
探索者はレベル=強さではない。
レベルが高くてもスキルが戦闘向きでなければ、スキルに恵まれた低レベルの探索者に負けるのも、また珍しい話ではない。
千里のレベルは17だが、仮にレベル10の剣技スキルと身体強化スキル持ちが立ちはだかれば、まず勝ち目はない。
だからこそ、イレギュラーエンカウントを突破した探索者は、新たなスキルを得て強さが一段階上がると言われている。
スキルとはダンジョンを深く潜ろうとする探索者にとって、とても重要なモノなのだ。
「にしても田中さんって、本当に24歳なのか? あの容姿は学生にしか見えないんだが」
「だよな、義務教育期間中って言われても信じるよな。 千里ちゃんは、田中さん鑑定したりした?」
東風の問いにびっくりして立ち止まり、首を振って否定する。
あからさま過ぎたかもしれないが、考えが纏まらないで話すよりは良いだろうと否定しておく。それに、他人のステータスを勝手に公開すると諍いに発展するので、せめて田中からの許可はほしい。
その事は東風達も理解しているので、聞くだけで追及するような真似はしなかった。
ただ、
「24歳は本当だと思うよ」
とだけは伝えておいた。
前回と違い、探索は順調に進み、30階に続く階段を発見した。そして、30階の三分の一は探索を終えることが出来た。
次だ、次の探索で30階ボスに挑戦できる。
そう意気込んで、今回の探索を終えた。
千里の最近の休みは、美桜達とダンジョンに潜る事が多くなっている。
美桜も自衛する力が欲しいと言って、ダンジョンに挑み己を鍛えている。それに付き合ってか麻由里と咲、大学で知り合ったという男性三人も連れて来ていた。
こいつら青春してんなぁと、若干どころじゃなく羨ましく思ってしまう。
「千里さんは、プロの探索者目指してんの?」
スケコマシじゃないでしょうね?
おおうと身構えるが、質問が普通のことだったので、咳払いをして答えた。
「私は今年一杯で探索者は辞める予定です」
「どうして?もう直ぐ30階クリアできそうって聞いたけど」
「来年から保育士の学校に行くから、私はそれまでですね。30階を突破しても、プロにはならないつも、りっ!」
襲い来るロックウルフを、魔銃に剣を発生させて斬る。
一匹をきっかけに、道の先から集まって来るロックウルフやビックアントを倒して行く。
会話を中断して、戦闘に集中する。
炎の槍がロックウルフに突き刺さると、そこを起点に炎が広がり周囲にいるモンスターを巻き込み燃え上がる。
大学生組の中で実力が飛び抜けているのは、古森蓮というサークルで咲とパーティを組んでいるという男性だ。
男性陣の中では普通の容姿をしており、一言で言えば地味である。それでも、火属性魔法を操り他とは一線を画す実力を持っている。
「はっ!」
ロックウルフの頭部が体と泣き別れして地面に落ちる。
更に接近するロックウルフを突き、払い、撫で、袈裟斬りにして退ける。
その動きは素早く、華麗で、一つの演舞を見ているようだった。
日本刀というダンジョンでは細く、耐久値の少ない心許ない武器ではあるが、その切れ味は一級品である。
「大和君、やるー!」
「麻由里も油断するなよ」
「はーい」
花坂麻由里は反響の杖を地面に打ち鳴らすと、魔力を込めて地面から二本の蔦を生やす。そして蔦を操り、地を這って接近するビックアントを捕まえると、そのまま地面に引き込んでいく。
麻由里の魔力量ではその一度で底を突き、その場に座って動かなくなってしまう。
「あーん、もうダメ、大和君守ってくれる?」
「またか、仕方ないな」
か弱き乙女を演じる麻由里は、猫撫で声で御剣に助けを求める。
御剣は仕方ないなといった様子で、麻由里の前に立ってモンスターを迎え討つ。
その姿はまるで、弱りきったヒロインを守るヒーローのようだった。
「……あんたら何やってんの」
呆れた様子の速水咲はモンスターの動きを先読みして、剣を振り、モンスターを斬り伏せていく。
モンスターが襲い来るなかで、下らない茶番を見せられて頬が引き攣る。
この二人は別に付き合っているわけではない、そして最近分かったのだが、御剣は麻由里に好意を寄せていない。
以前、御剣が美桜に、麻由里の好きなものを聞いたのは本当だったが、それは女性が何を好きなのか知るための質問に過ぎなかった。
麻由里はその事を知らずに、御剣をまるで試すかのように行動している。
これはこれで面白いので放置していたが、モンスターに襲われる中でやられると割と洒落にならない。
「麻由里!ちゃんとしなさい!死んじゃうわよ!」
美桜は麻由里に注意しながらも、薙刀を手に奮闘する。
一匹のロックウルフを相手にしているが、動きを捉えきれずに梃子摺っている。
切先が走りロックウルフを追いかけるが、飛んで躱される。飛んだロックウルフは口を広げて迫るが、薙刀を返し石突で殴打し、倒れたところを再び切先で突き刺した。
「お疲れ様。良くなって来てるんじゃない」
モンスターを倒し終えて千里が美桜に話し掛ける。
以前は弓を使っていたが、それでは圧倒的に威力が足りずに薙刀を手に取った。まだ練習中だが、その成果は確実に出ていた。
「ええ、なんとか倒せましたけど、千里のようにはいきませんね」
「それはそうよ、なんたって二年も探索者やってるからね。美桜もそれくらい探索者やれば、これくらい出来るようになるわよ」
そう言って魔銃を発射し、影に隠れていたビックアントを撃ち抜いた。
銃口にフゥと息を吹きかけるポーズを取り格好付ける。
美桜もなんですそれ?と苦笑していた。
「明後日から探索に出るんですよね?」
「うん、上手くいけば次で30階突破できるはずだから、期待して良いよ」
「はい、無理はしないようにして下さいね。私が言えた義理じゃないですけど、千里が無事に帰って来てくれるのが一番ですから」
千里が美桜の為に動いているのは知っていた。
それで、無理をしてパーティの進行速度が上がっているかもしれない。
仮にそれが原因で探索に失敗して、命を落とすような事になってほしくなかった。
「大丈夫よ、要さんは頼りになるからね。 あっそうだ。30階突破したら美桜以外にも仲間に加わる人がいるから、楽しみにしてて」
「それはどなたです?」
「ふふ、内緒」
美桜の問いかけに、人差し指を口に置いてそう答えた。
きっと驚くだろうなと、少しの期待を込めてのやり取りだった。
遂に30階突破を目指した探索を開始する。
21階を探索していると、何故か田中が付いて来たのだが、流石に22階まで付いて来るような事はなかった。
元が気付かないほど、オークが並んで歩いていたのには驚いた。というか普通に話し掛けている田中に驚いたりしたが、良い探索を〜と言って送り出してくれたので、彼にしてみれば普通の見送りだったのかもしれない。
探索は順調に進み、予定通りの日数で30階に続く階段近くに来ていた。
これから29階にキャンプ地を決めて、30階の探索に取り掛かる。本来なら30階でキャンプを張り、そのまま探索するのがベストなのだが、モンスターとのエンカウント率が尋常じゃなく断念したのだ。
「なあ、田中さんって本当に人間なのか?」
急に不穏な言葉を発したのは、千里の兄である元だった。
「おまっ!それはいくらなんでも言い過ぎだろ。オークと並んで歩いてたからって、それはないぞ」
あまりの酷い言い草に東風が注意する。
しかし、千里が追加情報を提供した。
「前にもオークと語り合ってるの見た事ある。動画サイトにもハルト君の映像が残ってるよ」
「おう、マジかよ。田中さんは変わってるけど、まだ人だと思ってたぜ……って冗談はさておき、明日からどこ回るか話そうか」
夕食を摂りながら話を進める。
探索範囲も段々と狭まっていき、明日か明後日にはボス部屋を見つけれそうなのだ。
残りの食糧はあと三日分といったところで、引き返すには足りない。進んでボスを倒し、ポータルを発動させるしか帰還する手段はない。
最悪、モンスターを食べるという方法はあるが、キラービーや疾風イタチは生臭くて食べれたものではない。ウッドゴーレムにはそもそも食べる部位がないので、当てには出来ない。
オークのいる階まで戻ろうにも、時間が掛かる。
だからこそ、今回の探索で終わらせるのだ。
「なあ、千里ちゃんはなんで田中さんをハルト君って呼んでるんだ? 年上だろ?」
「あの見た目の人にさん付けするのって違和感ない? それに抜けてるところもあるし、年上って感じがしないのよ」
千里の回答に、ああ確かにと納得するメンバー達。
自身の知らぬ所で散々な言われようだが、田中なら笑って許してくれそうな気が……しないなと思い、千里は苦笑する。
田中とは何故かよく会った。
千里自身、ダンジョン近くの繁華街に遊びに来たりしていたので、頻繁にダンジョンに潜ると言っていた田中と会うのは、別段おかしな話ではない。
ただ、会う度に何かしら交流を深めていったので、縁があるなと思ったのだ。
ショッピングモールや公園、ダンジョンや駅でも何度か会ったし、何故か会う度に何かがあり、印象に残りやすかった。
ダンジョンに潜る理由で悩んでいたり、オークと交流していたり、ステータスがバグっていたり、ああ、女の子を助けた時の姿は格好良かったなと思い出す。
まあ、その格好良さも美桜をおかしな人と勘違いしたので相殺だろうけど。
高校生の話は面白かったな。
男の子が鈍感で、周りの好意に気付かないっていうのは物語の中のお話だけだと思っていたら、実際に目にする事になるとはと、つい目を輝かせてしまった。
今思い出しても笑みが浮かぶ。
男の子のパーティが解散していないと良いなとか、ハルト君といると飽きないなとか思いながら、この日は目を閉じた。
「……何で田中さんがいるんだ?」
今日の探索で消耗してしまい、30階のボス部屋を発見した時には、体力と魔力が削られていた。
明日挑もうとリーダーである東風が決断して、この日は29階で休むため引き返したのだが、そこには、ここにはいないはずの田中が立っていた。
「おう、一週間ぶりだな」
それは間違いなく田中だった。
大きな体に童顔な容姿、白を基調に青いラインが走った鎧。無骨なブーツに愛用している戦斧。
どこからどう見ても田中だった。
「田中さんに仲間っていましたっけ?」
「仲間? 仲間な、そうだな、後ろのポッタクルーくらいかな。言わせんなよ、涙が出て来るだろ」
間違いなく田中だ。
馬鹿っぽい回答が田中だと物語っていた。
「どうだ、探索は順調か?」
「えっ? ええ、ボスの場所は分かったんで、明日挑戦します」
「そうか、頑張れよ。応援してるからな」
「はい、ありがとうございます……。 田中さんも、ここに来るまでお一人で大変でしたね」
「そうなんだよ。聞いてくれよ、一晩中……」
この後も話は続き、混乱するメンバーをよそに田中は食事の準備に取り掛かった。
台車から大量の料理を持って来ると、皆に渡して、さあ食えと促してくる。
はい、ありがとうございますと食事を始めようとすると、元がモンスターの接近を感知した。
「モンスターが来る。三体だ」
「あーいいよいいよ。俺がやるから、休んどけ」
そう言って動き出そうとするメンバーを手で静止すると、戦斧を持ち一人でモンスターに立ち向かった。
その手際は鮮やかというには大雑把だったが、疾風イタチを見もせずに地属性魔法で串刺しにすると、ウッドゴーレムの腕を落として連撃で体を削り、最後に核を破壊した。
凄い。
その一言しか出てこない。
たとえ瑠璃でも、モンスターを見ずに魔法を当てる事は出来ない。
たとえ剛力持ちの武でも、ああも容易くウッドゴーレムを削る事は出来ない。
パーティで立ち向かっても、こんなに早く倒す事は出来ない。
そんな芸当を、たった一人の男がやって見せた。
「……凄いですね」
東風の口から辛うじて出た言葉だった。
「おう。 さあ、飯でも食おうぜ」
何でもないように言う田中を見て、これが彼の実力なのだと理解した。
千里は話をしている田中の側に来ると、肩をポンと叩いて隣に座る。
ーーー
×中 ハ××(24)
レベル 21
《スキル》
地属ー魔法 トーーー 治癒ー× 空×把握 頑丈 ××操作 ーーー化 毒耐性 ×××× 見×り 並ーー考 裁縫 ×××× 解体 魔××× ーー軽減
《状態》
世××××恵
ーーー
前に見た時よりもレベルが上がっているし、スキルが増えている。
一体どれ程の強敵と戦えば、これほどまでになるのか想像もつかない。
千里は田中に笑みを向けて話し掛ける。
「この前何で先に行ったの? 美桜達が残念がってたわよ」
「俺がいても邪魔だろ? 完全に部外者なんだし」
「ハルト君に助けられたって人達がいたの、お礼がしたいって言ってたよ」
「前にも聞いたな。気にしなくて良いって言っといてくれ。あれが俺の仕事だったからな」
「自分で言いなよ。 それに変な渾名で呼ばれたことも気にしてたわよ」
「あー、それも合わせて気にすんなって言っといてくれ」
「だから、自分で言いなさいよ。 今度、会う機会用意してあげるから」
「そこまでする事か?」
「新しい仲間になるんだから、交流は持っておいた方が良いと思うわよ」
「仲間? 誰が?」
「美桜よ。事情はまだ言えないけど、うちに加入することになったの」
「ダイコが。 ……分かった、よろしく頼む」
千里の提案に了承する田中。
そんな田中を見て、千里は満面の笑みを浮かべる。
これで、田中との交流は続きそうだなと、なんだか嬉しくなったのだ。
だからか、ひとつお願いをしてしまった。
「もしものことがあったら、美桜を守ってあげてね」
田中は無言で頷いた。
30階ボスに挑む道中の会話は、主に田中の話題が多かった。
「マジで一人で30階まで辿り着いたんだな。化け物じゃん」
「だから、そういう言い方やめろって。今度から一緒に潜る仲間になるんだ。心強いじゃないか」
「そうだぞ騎士、確かに化け物じみた強さだが、何にでも一人では限界がある。それを痛感したから、田中さんも仲間を求めたのだろう」
「そうね。一人じゃ夜も休めないし、寝てるところをモンスターに襲われたらお終いね。田中さんの選択も間違ってないってことよ」
「深く潜ろうとしなければ問題ないんだろうが、一人で来てるって事は、ダンジョンジャンキーの可能性が高いな。 俺達、下手したら巻き込まれるんじゃね?」
最後に危惧したのは元だ。
ダンジョンジャンキーと聞くと、ひたすらに深く潜ろうとするイメージが付いて来てしまい、無理に潜ろうとしないか心配になってしまう。
「大丈夫だと思うよ。ハルト君、仲間と探索を楽しみたいだけみたいだし」
元の心配を千里が否定する。
田中はダンジョンジャンキーだと思う。でも、それ以上に仲間を大事にする人だと理解している。
だから、幾ら深く潜ろうとしても、仲間を第一に考えて自制するだろうと、ある意味確信めいた思いがあった。
「まあ、一緒に探索するようになれば、嫌でも分かるさ。 千里ちゃんは田中さんのステータス見たんだろ?」
どうだった?と安易に尋ねる。
昨日、触れているのを見ていたので、鑑定したのはパーティメンバーにはバレている。
だから素直に答えた。
「バグってた。バグってよく分からなかったわ」
「なんだよバグ……はあ、お客さんだ準備しろ。ウッドゴーレム二体とキラービー…五、六、七匹が向かって来るぞ!」
元のスキル索敵に、モンスターが向かって来るのを感知する。
斥候として索敵スキルの活躍により、いち早くモンスターを発見し、パーティの損耗を最小限に抑えていた。
元自身も武器である双剣を引き抜き、モンスターに備える。
姿を現したキラービーは羽音を鳴らして、高速で襲い掛かって来る。しかし、元のもう一つのスキル糸操作により罠は仕掛けられており、勢い良く突撃したキラービーの体が二つに別れて地面に落ちる。
元の得意な武器は双剣ではあるが、その戦闘スタイルは罠を設置して誘導すること。
罠で倒せたのはキラービー二匹。
即席の罠としては上々の結果だ。
元は双剣を構えて下がると、火属性魔法の炎槍がウッドゴーレムに向かって飛んだ。
「ファイアランス」
高速で向かった炎槍だが、ウッドゴーレムは腕を上げて防御する。腕に突き刺さった炎槍は燃え広がり、ウッドゴーレムの全身を飲み込まんとするが、事はそう簡単に進まない。
ウッドゴーレムは腕や表面の燃えた箇所のみを切り離し、地面に落とすと、体の修復を開始する。
「まだよ、ファイアランス!」
しかし、それを悠長に眺めているはずもなく、新たに二本の炎槍がウッドゴーレムの体を燃え上がらせる。
ウッドゴーレムは更に体を切り離そうとするが、体の多くを失い、むき出しとなった核に風の刃が走り引き裂いた。
「ウィンドカッター」
核を失ったウッドゴーレムは燃え上がる体ごと地面に倒れ、姿を消した。
「流石だ瑠璃!」
モンスターが接近する前に、ウッドゴーレムの一体を倒せたのは大きい。
武はタワーシールドを力任せに振ると、キラービーを一匹叩き落とす。地面に落ちたキラービーは再び飛び立とうとするが、振り下ろされる大斧の餌食となりその動きを止めた。
盾は殴打する武器だと言わんばかりに振り回したが、どっしりと盾を構えると、残ったウッドゴーレムの接近に備える。
もう一体も瑠璃の魔法で仕留めれば早いのだが、魔力量を考えるとそれは避けたかった。
魔法使いがパーティの最大火力であるのは、殆どのパーティで共通している。そしてこれからボスに挑むのだ。一戦での魔力使用量も制限しておきたかった。
残ったキラービーの相手は他のメンバーに任せて、武はウッドゴーレムに集中する。
ウッドゴーレムの拳は恐ろしく重く、体は硬く、普通に攻撃したのでは表面を削るだけに終わる。田中のように腕を斬り落とし、体を削り切るなんて芸当はプロクラスの探索者でなければ難しい。
だが武の剛力で振るわれた大斧はウッドゴーレムの腕を半ばまで切断し、二振り目で切断して見せた。
もう一本の腕から繰り出される拳を、鉄壁を持って盾で受け止めてみせる。ドンッという衝撃が辺りに響くが、ものともしない。
更に大斧を振り体を削るが、再生した腕が振り抜かれ防御に回る。
これを繰り返し、仲間がキラービーを倒すまで耐え続けるのだ。
無理はしない。
賭けに出る必要もない。
仲間を信じて耐えればいい。
それだけでいいのだ。
「兄貴が耐えてる間にさっさと片付けますかね」
ウッドゴーレムとキラービーのどちらが強いのかと聞かれたら、間違いなくウッドゴーレムである。
数で襲うキラービーと頑丈で再生する体のウッドゴーレムでは、後者の方が倒し難い。
だが、キラービーも決して油断していい相手ではない。
高い機動力を持ち、凶悪な毒を持つモンスターだ。一刺しされれば、あの世に一直線である。
そんなキラービーを相手に、騎士は長剣一本で立ち向かう。
スキル看破がキラービーの弱点を見抜く。
体幹の補助により繰り出される剣は鋭く、的確に捉えてダメージを与えていく。
騎士にはキラービーを一撃で倒せる力は無い。しかし、その鍛錬によって積み上げられた剣技は、キラービーを最小の手数で消耗させ命を奪う。
キラービーの最後は、苦し紛れに毒針を飛ばし、それさえも切り払われて終わった。
「騎士も腕を上げたな。教えた者としては鼻が高い」
騎士は一匹のキラービーを倒すと、次のキラービーを相手にしようとしていた。
だから引き付けていた三匹のうち一匹を、風属性の魔法で吹き飛ばして向かわせる。
東風は長剣に風を纏わせると、即座に距離を詰めて二匹まとめて両断した。
風を纏わせた剣の切れ味は凄まじく、楽に抵抗もさせずに瞬く間に葬ったのだ。
東風は剣技と風属性魔法というスキルを得ており、パーティのリーダーとして最良の決断をしながらも、高い戦闘能力も有していた。
それこそ田中ほど早くはないが、ここにいるモンスターを相手に一人で勝利できるほどの力だ。
だからこそ、メンバーから慕われており、絶対の信頼を得ていた。
「元、千里ちゃん、そっちは大丈夫?」
千里が魔銃に刃を出現させて、一匹のキラービーを相手に奮闘していた。元はその補助をしており、危なくなったら手を出す準備をしている。
得意の機動力で避けるキラービーに魔力の刃は届かず、カウンターの突進を元が双剣を持って塞いでいた。
そんな元は軽く手を上げて、大丈夫だと合図を出したのを確認すると、東風は武の救援に向かう。
「ふっ!はあっ!」
魔銃の刃を連続で振るが、キラービーには当たらず空を切る。頭上に上がって避けたキラービーは、針を出して勢いよく直下する。
「ほっ」
それを元が双剣を振って弾き飛ばし、キラービーを退かせる。
これは千里の鍛錬だ。
本来ならこの場面でするべきではないのだが、千里の希望もあり元の責任で行うことになった。
千里がそう願い出たのは、昨日の田中を見たからだ。
田中の強さを見て、想像が確信に変わった。
そして、置いて行かれそうな焦燥感を覚える。
焦った。焦った。
会話をして繋がりを保とうとしたり、友人を出しにしたりしたのも、それが原因かもしれない。
どうして焦るのか、心当たりがあった。
知らんふりするのは簡単だったが、どうにも出来そうにない。
せめて、保育士になる夢を叶えてからでも良かったなと思うが、こういうのは巡り合わせと言うのだろう。
こりゃ惹かれているなと、昨日気付いてしまう。
それで、もう少し探索者続けても良いかなと、楽しそうだなと、夢が揺らいでしまった。
キラービーが羽ばたき再び上空に上がる。
今度こそと、キラービーの動きを鷹の目で追い、軌道を読み、魔銃の刃で斬り裂いた。
「……やった」
千里がキラービーを倒した頃には、東風と騎士が武と一緒にウッドゴーレムを倒していた。
「お疲れ、良くなってるな」
「うん、まだ私もやれそう」
「無理はすんなよ。もう少しでボス部屋に着くからな」
「うん」
魔銃をホルスターに戻すと、台車を引っ張って進む。
今の台車担当は千里になっている。重量をほとんど感じず、片手で引っ張れるので楽ではある。
軽くなっているのは台車の機能もあるが、これまでの探索で荷物が少なくなっており、採取をしていないからだ。
この探索で30階を突破すると決めており、わざわざ採取に時間を割きたくなかった。
だからモンスターから採れる物は、トレントのランダム果実以外は積んでいない。
やがて道は終わりを迎え、木々がなくなり開けた場所に到着する。
その先には不自然な扉が立っており、周りが岩で囲われている。
そして、その扉の前には二人の男が立っていた。
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