第87話 幕間12(調千里)その1
調千里が探索者になったのは、兄の元に誘われたからだった。
高校も最終学年になり、いよいよ保育士になる為に、専門学校か保育士大学に行くか決めなきゃなと思っていたら、探索者にならないかと誘われたのだ。
試しにやってみるかと、軽い気持ちで始めたのがきっかけだった。
今思うと軽率な判断だったと反省しているが、あの頃は、他と違うステータスが手に入るという狙いもあり、二年間という期間を設けて探索者になると了承してしまった。
兄の指導のもと10階ボスモンスターを倒して手に入れたスキルは、鑑定という触れたモノの詳細を知る事の出来る便利な能力だった。
千里は治癒魔法スキルが欲しかったので、残念な結果に肩を落とす。
だが、そう思ったのは千里だけで、鑑定はとても有用なスキルで、探索者協会でもスカウトしているほどの人材だった。他の一般企業でも、鑑定スキルがあると採用している所もあり、かなり有益なスキルと言って良かった。
そのことを聞いて気を良くした千里だったが、11階からの探索にはもの凄く苦労する事になる。
剣なんてまともに振れないし、弓も使えない、格闘なんて絶対無理だし、魔法なんて発想も出なかった。
兄と悩んで悩んで悩んだ末に選んだ武器が、魔銃という金食い虫の武器になる。
レベルが上がったおかげで、腕力が少しだけ上がり、魔銃を構えて撃つ分には問題なかった。
最初は撃った時の反動で狙いが外れる事もあったが、繰り返し使っていくと段々と慣れてきて、狙い通りに撃ち抜けるようになった。
ただし、その領域にたどり着くまでに、千発以上の弾を使用しており、通算百万円超えの金額が兄の貯金から消えていた。
「ねえ千里、保育士になるんでしょ?大学行かないの?」
そう聞いて来たのは葉月美桜という、高校から仲良くなった友人だ。
「う〜ん、もう誘いを受けちゃったしね。とりあえず今は、探索者やろうかなって思ってる。 お兄ちゃんからは、大学行きながらでも良いって言われたんだけど、それじゃあ他の人達に追いつけそうもないからさ。 とりあえず二年間だけ頑張ってみようかなって」
美桜達は一緒の大学に行くものだと思っていたようで、残念そうにしている。
千里が加わるパーティのメンバーは、現役の大学生で構成されている。千里もそれに倣って進学して大丈夫だと言われていたのだが、中途半端な状態で行くよりは、期間を決めて集中して探索者をやってみたいと思ったのだ。
「探索者って危なくない?」
千里が探索者をやると聞いて心配そうにしているのは、ソフトボール部に所属しており、日焼けした活発美少女である花坂麻由里だった。
麻由里とは小学校からの付き合いで、昔はよく家に遊びに来ていた。
「大丈夫だって、お兄ちゃんもいるし、他の人達も強いから。 それに、咲だってダンジョン行ってるんでしょ?」
そう言って、少し離れた場所でスマホをいじっている速水咲に問いかける。
咲も高校からの友人になる。その付き合いは、一年の時に隣の席に座ってからだった。それから自然と話すようになり、咲の友人の美桜とも仲良くなっていった。
「私はエンジョイ勢だから、そんなに探索者のこと詳しくないよ。まあ、千里が大丈夫って言うんなら大丈夫じゃない?」
「もう!適当言って」
咲のいい加減な態度に非難する麻由里。
千里は苦笑して流しているが、友人が少なからず心配してくれるのが嬉しかった。
「お給料入ったら奢るから、楽しみにしてて」
にししっと笑って過ごせるのもあと少しだなと思いながら、千里達の高校生活は終わりに向かって行く。
長いようで短い三年間は、恋愛要素が薄く灰色がかってはいたが、友人達に恵まれて楽しい日々を送れたと思っている。
高校を卒業してから、千里は本格的に探索者として活動を開始した。
「そっち行ったぞ!!」
「任せろ!」
オークが突進して前衛の東風要と浅野騎士を抜け、後衛にいる二条瑠璃と千里に向かって来る。
瑠璃が火属性魔法を使おうとするが、間に合わない。千里も牽制に魔銃を撃つが、威力の弱い安物の弾を込めていたので、オークには大したダメージにはならず、歩みを遅らせる程度しか効果はなかった。
だが、そのおかげで間に合った。
浅野武が颯爽とタワーシールドを構えて立ちはだかり、オークの突進を受け止めて見せる。
そして大斧を振り、足を叩いて転ばせると、無防備になった首に斧を振り下ろし止めを刺した。
武の流れるような一連の作業に、千里は衝撃を受けるが、背中をポンと叩かれて正気に戻る。
「助かったわ。この調子で行きましょう」
瑠璃に笑みを向けられ感謝される。
自分よりも遥かに経験のあるパーティの中で、役に立てるのか不安だったが、自分でも役に立てるのだと少しだけ自信が付いた。
「カンパーイ!!」
東風の音頭で始まった打ち上げは、パーティが昨年から良く利用している居酒屋だった。
お客の入りは上々なようで、人気店のようである。
打ち上げは探索終わりの日か、次の日に行うのが恒例のようで、本日は正式にパーティに加わった千里の歓迎会を兼ねての打ち上げのようだ。
「カーッ!美味い!! この一杯が生きてる事を実感させてくれる」
「ちょっと、千里の歓迎会なんだから、本人を差し置いて勝手に盛り上がらないでちょうだい」
歓迎会と言っていた男性陣が、千里を無視して飲み始めた。それを非難する瑠璃だが、その上唇には泡が付いている。
千里は、はあと溜息を吐くと、自分もソフトドリンクに手を伸ばした。
歓迎会とは名目で、初めてパーティに加わらせてもらった時も、歓迎会(仮)だと言って居酒屋に連れて来られたのだ。結局、飲めれば口実は何でも良いのだと、第二回歓迎会(仮)のときに悟った。
「千里ちゃん彼氏出来たの?」
そう聞いて来たのは、千里と同じくソフトドリンクを飲んでいる騎士だ。
騎士も千里と同じように、兄である武に誘われて加入した経緯を持つ。同い年で親近感が湧くかと思ったが、顔を合わせる度にこのセリフをはかれ、頬が引き攣るのを実感している。
「いーえー、まだですけど、騎士君は彼女と仲良さそうで羨ましいですねー」
「そうなんだよ!この前なんて、指輪買って上げたら泣いて喜んでくれてさぁ……」
震える声で答えると、惚気話が始まる。
これもいつものパターンだ。
自分がいかに彼女を大事に思っているのか、どれだけ尽くし尽くされているのか自慢するのが好きなのだ。
へーへーと無機質に相槌を打つロボットとなり、騎士の話を聞き流す。
こんなのまともに聞いていたら、次の瞬間には拳が突き刺さっている自信がある。だから心を無にするのだ。無に、無に、無に。
「騎士、しつこいぞ!千里ちゃんが困ってるだろうが!」
騎士による精神攻撃を止めてくれたのは、騎士の兄である武だ。
武は細身の騎士とは違い、ラガーマンのようにがっしりとした体をしており、それに見合った力とスキルを得た人物だ。
そんな武は最近三十二回目の告白が実り、瑠璃と付き合い出したそうで、幸せ一杯である。
だから、騎士の惚気話に怒ったりはしないが、代わりに自分の惚気話を話そうと隙をうかがっていた。
「だからよ〜騎士ぉ、俺の話を聞かないか?」
「え、遠慮しとくよ兄貴、それよりも瑠璃さんと一緒にいた方が良いんじゃないか?」
騎士の言葉を聞いて瑠璃の方を見れば、千里の兄である元にダル絡みして酒を飲まそうとしていた。
因みに、元は下戸で、ジョッキの半分も飲めば眠ってしまう程に弱い。
「あんだよ、アタイの酒が飲めないってのか!? ほら、美味しいんだよ。この日本酒はね、厳選された米を使ってね……だから飲めってーの!!」
「勘弁して下さいよ、これ以上飲んだら倒れますって。俺の代わりに要が飲むって言ってるんで、そっち行って下さい」
「おまっ!元っ!俺を巻き込むな! 瑠璃、あっち行け。彼氏が待ってるぞ!」
「だいじょーぶ、たけちゃんとは後で遊ぶから。ほら、飲みなさい。アンタらくらいしか、酒に付き合えるのいないんだから」
武はたけちゃんって呼ばれてるんだなと、武を見ると顔を真っ赤にして照れていた。
まるで小学生のような反応に、可愛いなと思うが、早く瑠璃を止めてくれないかと誰もが思っていた。
高校生活も友人達と一緒にわいわい姦しく遊んでいたが、こんな風にごちゃごちゃした集いも悪くないなと思っていた。
千里はパーティの中では最も弱い。
同じ時期に加入した騎士は、看破と体幹というスキルを得ており、剣技も東風の指導を受けたそうで、オーク相手でも余裕を持って戦える実力になっていた。
看破でモンスターの弱点を見抜き、体幹の補正によってブレない体で剣を最速で振り、モンスターを葬る。
元々の運動神経の良さもあってか、まだ一年も経たずに前衛で戦えるようになっていたのだ。
対する千里は、鑑定という有能なスキルを持っているが、これは戦闘には使えない。
そして、20階で手に入れたスキルの鷹の目は魔銃との相性は良いのだが、魔銃用の弾は金を使うので考えて使わないと、あっという間に金欠になってしまう。
モンスターを倒して金を稼いでるのに、マイナスになっては元も子もない。
それでも、少しは役に立とうと小剣を持ってみたりもしたのだが、オークの体には通らず、せいぜいゴブリンが倒せるくらいの力しか発揮出来なかった。
だが、戦闘で力にならないわけではない。
サイレントコンドルをいち早く発見し、インプは魔法を使わせる前に魔銃で撃ち抜いた。29階まで行けば、疾風イタチを捉えて撃つ事も出来る。
そして何より、鑑定を活かした薬草や貴重な資源の採取は、パーティにとって貴重な収入源となっていた。
決して役立たずではない。
戦闘か採取、得手不得手があるだけなのだが、千里は少しだけ焦っていた。
私にも何か出来ないか。
私なら何ができるか。
私の長所はなんだ。
そう考えに考えて一つの結論を出した。
「千里、なにか言い訳はあるのか?」
その結果、兄である元の前で正座させられている。
元はパーティで使用する資金の管理を任されている。しっかりと管理は出来ており、パーティで探索した成果は逐一公開し、何に資金を使用したのか表を作ってまで報告していた。
装備の整備や補充、探索で使用する道具や食料。その全てを予算内で治める事は、元の生き甲斐にもなっていた。
それが、今、予算の半分が無くなったのである。
犯人は直ぐに分かった。
「……お兄ちゃん、これ」
上目遣いで渡して来た領収証には、ウン百万円の文字。
頭痛がした。
一応、落ち着いて何に使ったのかと尋ねる。
「その、良い物だったから、つい買っちゃった。 この大楯」
そう言って目の前に出されたのは、千里が隠れる程の大楯だった。
何でも、装備品を取り扱っている店を回っていると、この大楯が値段も表示されずに飾られていたらしく、試しに鑑定してみると、耐久値が高く、硬化の効果を持つ盾だった。
店員に値段を聞いたところ、この大楯はある探索者の遺品で、遺族との交渉で売ると言っていたそうだ。
早速、遺族の女性と会うことになり顔合わせを行ったそうだが、現れたのが同性の千里で驚かれたらしい。
値段の交渉となる前に、誰がこの大楯を使うのかと尋ねられたので、武と千里の二人が写った写真を見せて、この人ですと教えたところ「そう、きっとこの盾が貴方の良い人を守ってくれるわ」と言って半額で譲ってくれたそうだ。
得意げに言う千里を見て、元の額に血管が浮かんだ。
「バカやろー」
この大楯は確かに良い物なのかもしれない、武が使っている盾も消耗しており買い替えどきではあった。しかしである。パーティの予算を何の相談も無しに勝手に使うというのは、パーティの不和に繋がり、最悪解散の恐れがあるのだ。
その事を懇々と説いて、どれだけ大変な事をやったのかを教えて、二人でメンバーに謝罪した。
謝罪したことでメンバーは許してくれた。武に至っては大楯を手に取って喜んでおり、ありがとうと感謝までしてくれた。
許してもらえて胸を撫で下ろす元だったが、千里の暴走は続いてしまう。
千里はパーティの予算を確認しては、良い装備があれば迷わず購入して行った。
これがどんなに不義理な行動なのか分かっている。
でも、これが千里に出来るパーティへの貢献だと考えて行動したのだ。
千里が購入した大楯、長剣、杖、双剣、魔剣。
そのどれもが、これまで使っていた物よりも格段に性能は上で、これまで苦戦して進んでいた26階をあっさりと通過出来るほどであった。
装備の改善による戦力の向上。
これが、鑑定のスキルを持つ千里ならではの貢献だった。
それにこれは、誰にでも出来ることではない。
長剣と言ってもその種類は様々であり、使い易さも人それぞれである。その中で最適だと思える物を的確に購入しているのは、ある意味神がかった行いと言えた。
それにはパーティメンバー全員が気付いており、一応の注意はするが、それがパーティのためになると理解しているので強くは言えない状態だ。
たまに元がマジギレしているが、それは兄妹喧嘩の範囲での事なので、誰も口出しはしない。
それに伴って、買い出しの役割も変わって来る。
これまでの装備や道具の調達は、東風と元がやっていたのだが、そのどちらかに千里が加わるようになる。
これは千里の鑑定で、より良い品物を購入するためと、余計な買い物をさせない為のストッパー役として、東風か元、瑠璃が同行するようになった。
「探索者って出会いあるの?」
そう切り出したのは麻由里だった。
久しぶりに高校の友人で集まろうという話になり、いつもの四人で集合したのだ。
「……あると思う?」
「うーん、でも咲は彼氏はいないけど、気になってる人はいるみたいだよ。 ……あれ?でも大学で知り合ってるから、また別の話かな?」
「ちょっと麻由里!適当な事言わないでよ!あいつとはそんなんじゃないの。前に告白された事あるけど、ちゃんとフッて上げたわよ」
「それ後悔してるんでしょ?前に愚痴ってたもんね、また告白してくれたら分からないのにって」
「麻由里っ!?」
どうやら咲は、大学で青春しているようである。
羨ましいとは思わない、ことはない。
いいなと思いながら話を聞いていると、どうやら青春しているのは咲だけではないらしい。
「良いわよね麻由里達は、イケメンの彼氏がいてさ」
「あーそれって大和君と翔君だよね。イケメンだよね、カッコいいよね。でもね、二人とも美桜を狙ってるっぽいの」
「ブフッ!?」
ここで、我関せずを貫いていた美桜の名前が急に上がった。
しかも、自分が好意を寄せられているという麻由里の発言に、思わず飲み物を吹き出してしまう。
「えっそうなの!?美桜、凄いね貴女。あの二人かなり人気あるわよ」
「ケホッケホッケホッ……ありがとう千里。 それは麻由里の勘違いです。どちらかと言うと、麻由里の方が好かれてますよ。大和君に麻由里の好きな物を聞かれたりしましたから」
「えっ!?」
千里からハンカチを貰って口元を押さえる。
咳が落ち着くと、お返しとばかりに自分の知る情報を麻由里に話したのだ。本当なら話さない方が良かったのだろうが、勢いでつい喋ってしまった。
そして、それを聞いた麻由里の反応はあからさまで、まるで恋する乙女のように顔を赤らめた。
部活一本でやって来た高校時代だったが、大学に進学してやっと彼氏が出来るかもしれないと、胸の鼓動が早くなるのを感じていた。
「いいな、皆楽しそうで……」
三人の会話を聞いていると、なんだか探索者をやっている事が損なのではないかと思ってしまう。
隣の芝はなんとやらで、羨ましくなる。
探索者でしか経験出来ないような事をしているのは理解しているが、それでも、恋愛話というものには憧れるのだ。
「千里はどうなの? 仲間にカッコいい人いるんでしょ?」
「うーん、カッコいいとは思うけど一人は彼女いるし、もう一人はパーティメンバーと付き合ってるし、もう一人はないかな」
騎士と武、東風の顔を順番に思い浮かべて、なんだか違うよなと否定する。
「パーティ内での恋愛は成立しないって言うしね、私に出会いがあるなら、ダンジョンと関係ない人だと思うよ」
「そ、そ、それって都市伝説でしょ? 千里のパーティでも恋愛してる人いるじゃない、当てになんないわよ。そうよ当てにならないわ」
「咲ちゃん」
「なに?」
「がんばれ」
「うるさい!」
手をグッと握って応援する麻由里に、顔を赤らめて拒否する咲。
その様子をあははと笑って見ていたのだが、パーティ内での恋愛は成立しないというのは、案外当たっていると思っている。
危険な戦いの中で芽生えるのは感情は、恋慕ではなく信頼だと、ある探索者漫画で表現されており、事実それに共感する探索者は多かった。
そして、その信頼は強固になり仲間になるのだと探索者の間では熱苦しく言われている。
なかには武や瑠璃のような例外もあるのだが、それは武が一途に思い続けた結果であり、信頼と恋愛感情が一緒にならなかったからだ。
瑠璃が絆されたのもあるが、パーティ内でのイチャイチャは、程々にしてほしいものである。
探索者をやりながら勉強をして、友人達と交流を深める。
そんな日々を過ごしながら、千里は二十歳を迎えた。
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