第84話 九十六日目

 アキヒロとサトルとは、今日の昼に待ち合わせをしている。

 最後はバタバタしてポーションで回復させると、アキヒロにこれで飯でも食えとカンパしといた。


 生活保護を受けるかどうかは母親次第だが、よく考えたら母親が知らないとも考え難いので、何らかの事情で受けてない可能性がある。


 まあ、そこら辺は他人の家の事情なので、俺がどうこう出来る話ではない。昨日も言ったがアキヒロ頑張れである。


 時間も迫って来たので、女王蟻の蜜をひと匙だけ掬って口に運んでクイッと気合い入れる。

 この匙は、ペットボトルの半分くらいになってしまった女王蟻の蜜を、出来るだけ長く楽しむ為の苦肉の策だ。

 もっと大量にあれば、女王蟻を倒した時のようにむしゃぶり付いて、一気に飲み干すのだが、そんな日が訪れる事はないのかもしれない。




 昼にギルド前で待ち合わせをしていたのだが、昼前に到着すると二人は既に待っていた。


 おう、おはよう。昨日はぐっすり眠れたか?

 興奮して眠れなかったのか?え、違う?

 妹がお菓子に喜んでいて寝てくれなかった。

 朝早くからバイトに行っていた……。

 

 出会って早々のアキヒロの話に胸が痛んだ。

 この痛みはアキヒロの境遇に同情してのものではない、朝早くから働く学生と、昼近くまで寝る大人。

 自分がダメ人間に近付いているような気がして、心が痛んだのだ。


 とりあえず二人のスキルの確認をしようと、ショッピングモールの武器屋に行き、カウンター横にあるスキルチェッカーで百円を投入して確認する。


 結果はアキヒロは雷属性魔法、サトルは地属性魔法と二人ともレアな魔法スキルを手に入れていた。

 二人ともこの結果には大喜びで、武器屋で魔法使い用の杖を物色し始めている。


 お前ら買う金はあるのかと問うと、気まずそうに首を振った。

 サトルが物乞いのような目を向けてくるが、俺は出す気はない。

 欲しいなら自分達で稼げと告げる。

 既に長剣を与えており、昨日のモンスターの料金も渡している。あとは、探索者らしく自分達で稼いで、装備を充実させていくのだ。

 これも、探索者の醍醐味である。


 そう説明すると、顔を赤らめてやる気を出していた。


 一応、金を稼いだら、まずはギルドに登録しろとは忠告しておく。

 俺は未だに未加入で今さら必要ないのだが、新人二人には必要なサポートがある。仲間集めもそうだし、金を稼ぐなら依頼を受けても良いだろう。他にもダンジョンの地図や装備の割引もあり、金欠の新人には必要なサポートだ。


 なんて自分の事を棚上げしてドヤ顔で説明していると、背後から話しかけられた。


「……お前ら、こんな所で何やってんだ?」


 振り返るとそこには、困惑した表情のカズヤがいた。


 おっ!カズヤやんけ!?

 ん、何だ?お前ら知り合いなのか?

 なになに、同級生?最近様子が変わって話しかけづらくなった?

 誰が?

 ああ、カズヤね。厨二病全開だもんな、見てて痛いのはなんとなく分かるぜ。

 え?違うのか?性格が変わった?

 中学のときは遊んだりして仲良かった。急に人を寄せ付けなくなったと。

 ……それが厨二じゃね?


 俺が厨二と連呼する度に激昂するカズヤだが、最近になって性格が変わったようで、昔はカースト下位同士で集まって仲良く話していたらしい。

 それが、連休を境にイメチェンでもしたかのように、周囲に近付くなオーラを出して人を避け始めたようだ。


 二人にカズヤと仲は悪いのか聞くと、そんな事はないが、最近話していないらしく何を考えているのか分からないそうだ。


 俺はそうかと頷いて、カズヤに話しかけた。


 なあカズヤ、あの子とはどうなったんだ?

 ああ、ごめん、いい、言わなくていいから、今の反応で大体分かったわ。

 それで、今は一人で潜ってるのか?

 別に嫌味とかじゃないぞ、確認のためだ。

 そうか、一人か。

 あのさ、仲間募集してね?魔法スキルを持った奴が丁度二人いるんだけど。


 カズヤは俺の話に興味を持ったのか、四人で場所を移動して話し合う事になった。


 まずは二人が魔法スキルを得た事を説明すると、とても驚いていた。

 サトルはカズヤがどこまで潜っているか気になっているようで尋ねると、13階まで行ったとドヤ顔で答えた。

 このままどんどん進んで行ってやると息巻いている。


 若干投げやりになっているように見えるのは、もしかしたら、幼馴染を見返したくてやっているのかも知れない。


 まあ、そんな事はどうでも良いので、俺はそれは凄いと、新人の二人が加わっても余裕だなとカズヤを持ち上げる。

 すると「当たり前だ!!」と鼻高々にドヤっていた。


 じゃあ、コイツらよろしくなとお願いすると、


「ああ、俺に任せろ!!」


 自信満々に引き受けてくれた。


 こいつアホだなと思った。


 その後、冷静になったカズヤが今の発言は不味かったと気付いたのか、本当に魔法スキルを持っているのかと聞いてくる。

 証拠にギルドカードを見せろと言われるが、ギルドに登録していないから無いと答える。

 すると、口を大きく開けて呆れられた。


 二人が登録してない事情を説明すると、アキヒロの話にはいたく同情していたが、サトルの話はカスが!と切り捨てていた。

 サトルはしゅんとして、元気をなくしている。


 どうやらカズヤは、俺とは違う印象を二人に抱いたようだ。どうしようもなくなって探索者をやるアキヒロと欲望のために探索者になるサトルでは、サトルの方が断然探索者に向いていると思ったのだが、カズヤは人の善性を見て判断したのだろう。


 カズヤとは何かシンパシーのようなものを感じていたのだが、気のせいだったかもしれない。


 一通り説明すると、話は分かったので、これからダンジョンに潜って判断するそうだ。




 ダンジョン11階


 探索は順調……とは言えない。

 当然ではあるが、新人二人は昨日が初めてのダンジョンで初めての戦闘だった。

 これまでに喧嘩もした事なければ、武術の心得もない。そんな二人が長剣を手にしても、モンスターを相手に悪戦苦闘するのは当然だった。


 試しに魔法攻撃を行わせてみたが、一度使えば動けなくなり、しかもモンスターに当たらないと来たものだ。

 アキヒロに至っては、静電気を発生させたら終わりである。とても戦いで使えるようなものではなかった。

 なので、戦いはもっぱら長剣になる。



 サトルがゴブリンに突きを放つが、ゴブリンは横に跳んで難なく避ける。お返しと手に持ったナイフで刺そうとするが、横から突撃したアキヒロに串刺しにされた。


 勢い余ってゴブリンと一緒に倒れたアキヒロは、地面に体を打ちつけ擦り傷を負う。急いで立とうとするが、仲間がやられて激昂したもう一匹のゴブリンに、棍棒で殴られて地面に転がった。


 もう一発と飛び上がり、棍棒を振り下ろそうとするゴブリンをタックルで阻止するサトル。今度は地面に転がる事になったゴブリンは急いで起き上がろうとするが、サトルがタックルの勢いを落とさずに長剣を突き出して、倒れるようにゴブリンを貫いた。



 うーん、どうだろう。新人として見るなら、まあこんなものなのかなと思わないでもないが、今回はカズヤへのアピールも含まれているので、少しばかりダメかもしれない。


 カズヤの表情は変わらないが、逆にどう思っているのかも分からない。


 そんなカズヤは徐に、一本の杖を取り出し疲れて倒れているアキヒロに手渡した。

 どうやらこれを持って魔法を使ってみろという事らしい。


 アキヒロは渡された杖とカズヤを交互に見たあとに、雷属性の魔法を使う。すると、静電気レベルだった魔法がバチッと弾けるように光の線が走った。


 カズヤが手渡した杖の効果なのだろうが、明らかに威力が上がっている。

 その杖を見ると、見覚えがあった。

 以前、宝箱から出た初心者ワンドで間違いない。

 ギルドでの買取価格一万円、販売価格一万五千円(14話)。ぼったくりじゃないのかと思ったのは、今では懐かしい思い出だ。


 アキヒロの魔法の効果が上がったのを見て、サトルも俺も俺もと杖を持って魔法を使い、石ころが飛び出したと同時に倒れた。

 完全な魔力切れである。


 カズヤは杖を拾うと俺に渡してきたが、俺はやんわりと断る。

 以前、手に入れて使った事があるのだが、魔法の威力が落ちたのだ。恐らくスキル魔力操作が優秀で、杖を必要としないのだと思う。

 おかげで、接近戦をしながら魔法攻撃も出来るので、とても重宝している。


 ん?俺の実力も見ないとパーティに入れるか検討出来ない?

 いやいや俺は入らないよ、この二人だけ。

 お前も入れだって?

 いや、俺もう加入するパーティ決まってるし。

 そもそも、学生は学生同士で組んだ方が良いだろう。

 お前だって学生だろって?

 何言ってんだ、俺は今年で24だぞ。

 嘘つけって、お前な、ほら見ろ俺の免許証!

 は?偽物?写ってる人が違う?太ってない?

 バカヤロウ!正真正銘本物だ!


 必死の訴えを全く信じていない三人。

 俺の大人の色気を感じ取れないガキ共には、何を言っても無駄なのかもしれないな。終始タメ口なのも、それが関係しているかもしれない。というかそれしかない。


 ギルドカードを見せろ?あれに偽装は無理?

 いや、だからな、作ってないって。

 はい嘘ーってガキか。いや、ガキだったな。

 まあいい。信じなくても本当の事だからな。

 それでだなカズヤ……。


 俺は信じさせるのを諦めて、カズヤに確認を取る。

 アキヒロとサトルを仲間にする気はあるのか、共に危険に立ち向かう気はあるのかを。


 カズヤは腕を組み、考えるフリをして右手で左目に触れて気障ったらしいポーズを取り返答する。


「まだまだだが……まあ、及第点だ。よろしく頼む」


 きっとカズヤの決めポーズなのだろうが、なんだかとても痛々しい気持ちになる。

 まあ、それでも二人にカズヤが加わったのなら一安心だ。


 カズヤはバカっぽいが、一人で13階までは行っている。それに、魔法の講座をしていた講師に喧嘩を売るような真似までしていた。少なくとも自分の力に自信がなければ、出来るものではない。

 ならば、カズヤの実力に期待して良いのではと思うのだ。

 ただ実力を過信した馬鹿の可能性もあるが、カズヤは魔法陣を展開していた。これは相応の魔法技術が必要だと講師も言っていたので、一定の実力があるのは間違いないだろう。



 何にせよ、ここに一つのパーティが結成した。

 これから新たな仲間も増えるだろうし、誰かがいなくなるかもしれない。上手く行くかどうかはコイツら次第だ。


 ただ、少しだけ関わった以上、成功してほしいなと願っている。

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