第82話 九十四日目
アグレッシブ爺さん改め、本田源一郎会長に連れられてやって来たのは、高級ホテルの上階にある鉄板焼き屋。
食事という事でラフな格好で行こうかとも思ったが、相手は会社の会長だと考え直して、スーツに着替えておいたのだが、どうやら正解だったみたいだ。
ドレスコードとかは無いようだが、こんな高級店にパーカーとジーンズでは格好が付かない。
変な格好で行けば爺さんにも迷惑だろうし、俺も肩身が狭い思いをする所だった。
俺、よく気付いた。ファインプレーである。
席に到着すると、アルコールを選ぶ、そしてコース料理が運ばれて来る。鉄板焼きは目の前で焼いてくれ、そのサシの入った肉は、口に入れただけで溶けるような柔らかさだ。
濃厚な牛肉の味わいと滴る肉汁は、これまでに味わった事のない逸品だった。
本田会長に美味しいものを頂いたお礼を言う。
すると本田会長は、俺がやってくれた事に比べたら安いものだと言ってくれた。
きっと治癒魔法で病気を治した事を言っているのだろうが、それについては既に大金を貰っているので、お礼を言われると申し訳ない気持ちになってしまう。
いえいえ、もう大丈夫ですよ。前にも言いましたけど、お礼はしてもらってますので。
ええ、愛さんにはお世話になってます。
仕事を斡旋してもらってありがたい限りですよ。
仲良く?かは分かりませんけど、上手くやらせてもらっています。
はい、探索も順調ですよ。
えっと、契約しないかですか?
どうやら本田会長は、俺をホント株式会社に所属させたいようだ。所属すればバックアップはするし、ホント株式会社が出している製品も自由に使って良く、生活面でも何不自由ない暮らしを約束すると言う。
そして、希望があれば仲間も用意するとの事だ。
俺は、その申し出を断った。
確かに所属すれば楽な生活はできそうだし、以前の俺なら間違いなく飛び付いていたのだが、何故だか今は違う気がするのだ。
それに東風のパーティに加入予定なので、わざわざ知らない人のパーティに入るつもりはないと言っておいた。
本田会長は残念そうに、そうかと呟いた。
それでも、俺の返答は予想していたようで、無理に所属させようと説得してくる事はなかった。
その後は、孫がどうのとか、海外にいる息子が帰って来ないだとか、爺さんの新しい恋人の自慢話だとかを聞いていた。
そして最後に真剣な表情で、今回はなんとか生き延びたがワシの寿命も永くないだろう、とか言い出して。
「もし、愛に何かあった時は、味方になってやってほしい」
どうか頼む。
現代社会を長年渡り歩いて来た齢七十を過ぎた猛者が、人目を憚らず俺に頭を下げた。
俺はその姿に圧倒されて、分かったと頷くしかなかった。
頭を上げた爺さんは、悪戯が成功した子供のようにニカッといい笑顔をしていた。
昨日の事を思い出すと、やられたと悔しい気持ちになる。
あの爺さんからすれば、俺なんておしめも取れてない赤子のようなものなのかもしれない。
不意をつかれたとはいえ要求を飲んでしまったので、もう吐き出す事は出来ない。
それに、あの本田会長の思いに嘘はなかっただろうし、愛さんにはお世話になっているので、困っていれば手を貸すくらいはするつもりだ。
まあ、その前に会社の人達が助けそうだがな。
俺は遅くなった朝食を摂り準備をすると、ショッピングモールに向かった。
そして、何故かまた千里がいた。
なんでお前がいるんだよ。
あんたも一緒でしょって、まあそうだけど。
また友達と約束か?違うのか?これからパーティで買い物に行くのか。
三日後に出発するから、その準備をすると。
へーやっぱり、パーティで潜るのって準備が大変なんだな。
俺か?俺は武器屋に大剣取りに行く所だよ。
千里と話をしていると、駅の改札から東風達が現れた。
東風達におはようと挨拶をすると、笑ってもう昼ですよと突っ込まれた。
いいんだよ。俺にとってはまだ朝だから。
パーティでの買い物と言っていたが、千里の兄である
買い出しは残りの五人で行うそうだ。
その中でも、食料の注文をする組と武器屋に向かう組とで別れて行動する。
武器屋に行くのは東風と千里で、浅野兄弟と瑠璃は食料を担当するらしい。
という事で、俺は東風と千里と一緒に武器屋に来ている。
到着すると二人は道具の調達と千里の弾丸を選びに行き、俺は店主に不屈の大剣は出来ているのか尋ねる。
えっまだ出来てないの?
あと三日は掛かるのか。
以前は三日で整備が終わっていたので取りに来たのだが、不屈の大剣の損耗が激しく時間が掛かっているそうだ。
店主には、また無茶をさせたからだと怒られた。
はいはいと聞き流すと、東風達の元に向かう。
そこには、何やら真剣な表情の二人がおり、これはどうだとかこっちの性能はどうだとか東風が千里に聞いている。
なんだか近寄りにくい雰囲気なので、武器屋を出た所にあるベンチに座って待つ事にした。
するとそこには、どんよりとした雰囲気の日野がいた。
なんでここに日野が?
他のハーレムメンバーはいないのか?
一人か、珍しいな。いつも誰かといる印象なのにな。
俺は何も考えずに日野に話し掛けた。
別におかしな事ではない。知り合いがいれば声をかけたりはするだろう。ただこの時は、もう少し相手の様子を見ておくべきだったと後悔する。
いや、東風や千里がいたから、まだマシだったのかもしれない。
よう日野、どうしたんだよこんな所で。
う、うお、なんだよ、目が死んでんじゃん。
マジでどうしたんだ?他のメンバーはいないのか?
ん、フラれた?
……え?解散!?
俺一人になっちゃいましたと頭を垂れる日野。
俺はそんな日野を見て、状況がいまいち掴めずに混乱していた。
日野率いるハーレムパーティは、皆が日野に惚れていたんじゃないのか?
一体何があったんだ。もしかしてNTR展開か!
マジかよ、まだ高校生なのに業が深いな。
これが知らない奴だったら面白いんだけどな、知り合いがやられると笑えないな。
しかも日野だからな……ちょっと面白いな。
いやいや、嘘嘘、少しだけ面白いなとは思ったけど、冗談だから安心してくれ。
必死に日野を励ましていると、武器屋から東風と千里が出て来る。俺はすかさず二人を捕まえて、場所変えようぜと言ってフードコートに移動した。
すまんな、この内容は一人じゃ難しい。
強制的に巻き込んだ二人は状況が読めずに混乱している。
目の前にいる日野を見て、こいつ誰状態だ。
とりあえず席に着いたので、各自を紹介する。
日野を紹介する時にハーレムパーティのリーダーと説明したとき、二人は目を丸くしていた。
もっと言えば、日野も驚いている。
驚いてハーレムパーティ?と口にしているが、何でそう呼ばれたのか分かっていない様子だ。
そして、二人に日野のパーティが解散しそうで悩んでる旨を告げると、途端に真剣な表情になった。
どうやら、パーティの解散とは東風達にとっても無視できない内容のようだ。
東風は真剣な表情で、さあ話を聞こうじゃないかと力強く相談に乗る様子だ。
千里も、そうね、ハーレムの解散って興味あるわね、といって笑みを浮かべている。
どちらも頼もしく、俺一人では対処できな……?
なんだろう、もの凄く不安になる言葉を聞いた気がする。いや、大丈夫なはずだ。見ろよ、この自信に満ちた二人の顔を。口元がひくついてるのが気になるが、その真剣な眼差しは本物だ。
俺もちゃんと日野に向き合わなければ、二人にも失礼だろう。
椅子にどっしりと座ると、日野にさあ話せと先を促した。
「……もしかして、楽しんでません?」
日野が何か言っているが、誰も聞く耳を持たない。
だって、日野の事を真剣に思ってるから、若者に明るい未来を歩んでほしいから、今晩の肴になりそうだから真剣なのだ。
日野は溜息を吐くと話を始めた。
日野は家族を亡くしてからは桃山家にお世話になっている。
のっけから重たい話だなおい、と思わないでもないが、話に集中する。
日野が探索者を目指す動機は、ある組織に入る事にあるらしく、その目標を達成するためには40階までは潜らなければならない……。
違う、そこじゃない、お前が探索者をしている動機なんてどうでもいいんだよ。どうしてパーティが解散しそうになっているかを言え。
日野はダンジョン20階を突破したら思い人である
その結果は撃沈。
俺は耳を疑った。
あの子は日野に気があったはずだ。
そんなそぶりも見せてい……いたかな?
俺の記憶にはないが、好きだったはずだ。
どうしてダメなのか震える声で聞くと、桃山には他に好きな人がいるらしい。
それがどんな人なのか聞くと、少し変わってるけど、頼りになって抱擁力もあって、危ない時に助けてくれる人なのだとか。
日野が知ってる人なのかと聞くと、知っている人だと答えた。
それで、その相手が誰なのか分かったそうだ。
なんでも高校一年の時、一つ上の学年に桃山の彼氏だと話題になった人物がおり、その人の事だと思ったそうだ。
そして、話はそこでは終わらない。
この告白の場面をパーティメンバーに見られていたらしく、
二人は日野の前に立つと静かに怒っていた。
私たちの思いは無視か、私たちの事をどう思っているのか、私たちを道具としか思っていなかったのかと強い口調で非難された。
何のために探索者を頑張っていたと、誰を思って命を懸けて来たと、私たちがバカみたいじゃないかと涙を溢れさせて訴えられた。
日野はこのとき、初めて二人の気持ちに気付いたそうだ。
最悪なタイミングで気付いた日野は、何と答えればいいのか分からなくなり固まってしまう。
そして、頬に鋭い痛みが走る。
固まったまま何も言わない日野を見限った二人は、その場を去って行った。
そして呆然としたまま一晩を公園で過ごし、ショッピングモールで座っていた所に俺から話し掛けられたそうだ。
まあ、桃山家には帰れんわな。
合わせる顔がないわ。
そして、俺から出来るアドバイスもない。
青春してんなとは思うが、俺にはそんな修羅場に立ち会った経験がないので、どうしたら良いのか分からないのだ。
だから隣に座る二人にどう思うか尋ねてみる。
東風からは、
「さあ、俺フラれた経験ないんで分からないですね」
殺すぞこの野郎。
役に立たない東風は後で始末するとして、千里にアドバイスを求める。
「もう一度会って謝りなさい。 許してもらえるとかじゃなくて、自分がどう思っていたか考えて、ちゃんと伝えた上で謝って。 流石にその子達が不憫だわ」
女性からの意見は重みが違うのか、日野は何かに気付かされたような顔をしている。
日野は暫く考え込むと、決心した表情で立ち上がる。
「俺、彼女達に謝って来ます。それで、上手く行くか分かりませんが、しっかり話し合おうと思います」
最後に頭を下げて、ありがとうございましたとお礼を言った。
俺は何の役にも立たなかったが、お前たちには解散してほしくないと伝えておく。
せっかく良いパーティなのに、色恋沙汰で解散してしまうのは惜しい気がした。
いざ解散する時は、こんなものなのかもしれないが、それでも寂しいと思うのだ。もう少し頑張ってほしい。目標があるなら尚更だ。
俺も伝えたい事は言ったので、あとは日野次第だろう。
日野の相談が終わると、出入り口の方から日野を呼ぶ声が聞こえる。
声の方を見ると、話に出てこなかった
三森は急いで来たのか、息が上がっており俺の飲み掛けのオレンジジュースを飲み干した。
「日野君! 皆集めてるから話し合おう! まだ何も言ってないでしょ? このまま解散するのは悲しいよ。 お金だってまだ稼ぎ足りないでしょ!!」
三森は日野を掴んで訴える。
自分の思いをぶつけている重い言葉だ。
最後の一言が残念だったが、パーティの事を考えて行動しているのは間違いない。はずだ。きっと。
日野は頷くと、三森の手を取ってフードコートから出て行った。
もしかしたら、俺たちのアドバイスなんて必要なかったのかもしれないな。
そう思いながら、三人で顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
ダンジョン21階
ハーレムパーティの解散がどうなるかは、結局あいつら次第なので、これ以上何もできない。というか俺と東風は役立たずだった。
こういう恋愛話って、男って本当に弱いよなと思う。
千里がいなかったら、今回は諦めて次行けよ次、みたいな最低な流れになっていそうだ。
千里がいて良かった。
千里様バンザイである。
そんな東風パーティは、オークを相手に立ち回っている。
なんでも三日後の探索前に、モンスターとの戦いの勘を取り戻したいらしい。
これはいつもやっているそうで、休み明けでのダンジョンは、道具だけでなく体も準備が必要なようだ。
浅野武はタワーシールドと大斧を持つ戦士だ。
パーティでの役割はタンクだが、大斧を片手で扱える膂力を持ち合わせている。
オークの棍棒を盾で受け止めると、大斧を片手で振り回してオークを斬り裂く。
浅野騎士は長剣を巧みに操り、モンスターを圧倒する戦士だ。兄である武とは違い武器を片手で扱える力はないが、剣の腕前は目を見張るものがある。
オークの初動を見切り、動いた箇所を斬り裂き動きを封じると、最後に首を突き刺して倒した。
素早く接近して、オークを連続して斬りつける。だが、その傷は浅く致命傷にはなっていない。
それでもオークはダメージで動きが遅くなっており、素早く背後に回った元は、サブ武器である糸を操り、オークの首を切断した。
風属性魔法を使い、風の刃で二体のオークをまとめて切り裂くと、続くオークに火球を放って頭部を爆散させる。
本人曰く、魔法陣は二つまで展開可能で、いざという時は、これを使ってモンスターを倒すと意気込んでいた。
東風の風属性魔法の使い方は瑠璃とは違う。
風を発生させ身に纏うと、一気にオークへと肉薄した。
そして、一瞬で何度も斬撃を繰り出し、オークを細切れにする。
魔法戦士と聞いた時は、なにそれカッケーと思ったが、よく考えると俺も似たようなものだったので、嫉妬心は湧かなかった。
それにしても強い。
他のメンバーと比べて、一段か二段上の実力を持っている。
魔銃という特殊な武器を使い、様々な効果を持つ弾を撃ち出しモンスターを倒す。
千里が使う魔銃は更に特殊で、ダンジョンの宝箱で手に入れた物になる。
リボルバー式の魔銃に弾を込めると、オークの右腕と右足を狙い撃つ。
オークは銃弾を浴びて少しだけふらつくが、次の動作で傷口から弾が落ちて傷が塞がる。オークの高い自己治癒能力の前では、安物の弾丸ではふらつかせるのが精一杯だ。
しかし、その間に接近していた千里は、魔銃に魔力を込めて魔力の刃を生み出すと、オークの右脇腹から左肩にかけて両断した。
返り血が千里の頬を汚すが、その大半が刃の熱により焼かれていた。
千里は決して弱くはない。
それでも、他のメンバーと比べると一段劣る実力だ。
魔銃という武器は、金を積めば強力な弾は手に入るのだが、逆を言えば、金が無ければモンスターは倒せないということになる。
魔力の刃でモンスターを倒せるが、使い手である千里の動きは荒く、まだ練習中といったところだ。
まだ新しい武器を持って日も浅いのだろうが、早く慣れておかないと、いざという時に命取りになる。
それは千里も分かっているのか、兄である元に指導してもらっている。
東風パーティの戦いを観戦していると、騎士がハルトさんは戦わないんですかと聞いて来た。
いや、君らが倒すから相手がいないんだよ。
は?隣のはなんですって?
何って、一緒に観戦してるヤツだよ。
見た目?別に普通じゃね?
どうしたんだよ一体?
「それ、オークじゃないですか?」
…………オークだな。
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