第81話 九十三日目

 今日の目覚ましは愛さんからの熱いモーニングコールだった。


 寝ぼけてスマホを取り、拒否するのを間違えて通話を選択してしまった。


 ……あ、あはい、おはようございます。

 いえ大丈夫です。はい、今起きましたんで大丈夫です。

 ポッタクルーですか?順調ですよ。人の目を引くのが難点ですけど、運用は問題ないです。

 はい今晩ですね、はい、空いてますよ。はい、はい、はい、はい、はい、はい、ええ、はい、はい……話長いっすね。


 俺がそう言うと愛さんは溜息を吐いて、最後に一言。


「じゃあ19時に迎えに行くから準備しといてね」


 ……はい?


 なんだか間違った気がして、先程の会話を思い出す。

 ……そうだ。食事に行かないか誘われたんだ。

 アグレッシブ爺さんから熱望されているらしく、時間を取ってくれないか頼まれたんだ。

 会話が面倒になって適当に相槌を打ったのが失敗だった。

 どうしよう、バックれるか?

 いや、約束した以上行くべきだろう。割の良い仕事ももらっているし、接待だと思えば苦でもない。


 あの暑苦しいアグレッシブ爺さんと二人っきり……。

 結構きついな。



 この後、寝直す気にもなれず、起き上がって外出の準備をする。

 時刻は午前9時、無職な俺には早い時間帯。

 かつて会社員だった頃には考えられない感覚だ。

 段々とダメ人間になってる気がするが、今のところ困ってないので良しとしよう。


 特に目的もなく電車に乗って、いつも通りダンジョンのある駅で降りる。

 改札を出て、繁華街かショッピングモールで飯でも食べようかと考えていると、ハルトくんと名前を呼ばれた。

 誰だとそちらを振り向くと、千里が立っており友達を連れていた。


 ああ、おはよう。朝から奇遇だな。

 今から友達とお出かけか?楽しんで来いよ。

 はい?えっと……どっかで会った事ありましたっけ?


 千里に挨拶していると、千里の友達であろう凛っとした女性が、お久しぶりですと喋り掛けてきた。

 お久しぶりと言われても、俺にはこの女性と会った記憶がないので、人違いじゃないですかと尋ねる。


 すると、ダンジョンではお世話になりましたと頭を下げたのだ。


 俺はそれを聞いて、あーあの時のと納得した。


 この人、ダンジョンでハッスルしていた中の一人にいた気がする。そんな気がする。確かいたな。いいや、思い出せないからハッスルの人でいいや。


 ああ久しぶりと俺も応じて、あれから頑張ってるか尋ねると、あまり調子は良くないみたいだ。

 まあ、そんな日もあるさと適当に言って会話を打ち切った。


 千里は俺たちが知り合いだった事に驚いているが、どういう経緯で知り合ったのか説明しにくい。

 千里から美桜みおと呼ばれた女性は、なんでもないようにダンジョンで助けてもらったと言っているが、肝心な所はぼかしている。


 なんだか居づらくなったので、じゃあと言って去ろうとするが、美桜と呼ばれた女性がお礼もしたいので食事でもどうですかと誘って来た。


 図太いな、この人。

 まさか、あんな痴態を俺に晒しといて、友達の千里にバラされる心配はないのだろうか。


 千里も行こうと言うので、俺は断りきれずに食事に同行する。


 やって来たのはオシャレなパスタ専門店。

 お礼をすると言う割には、思いっきり自分の好みの店を選択してないか。

 そんな邪推をするが、確かに味は良く、量も好みを選べて大食いにも人気なお店らしい。


 おかげで一皿で満足した俺は、のんびりと食後のコーヒーを楽しんでいた。

 その様子を見た美桜は、思ってたより小食なんですねと、まるで俺が大食いみたいな見た目をしてるかのような言動だ。


 失礼だな、これでも人並みにしか食べきらんわ。


 俺の返しに、ごめんなさいと笑みを向けられるが、申し訳ないと思ってない様子だ。


 食事の間の話題といえば、千里の近況の話だったり、ダンジョンだったり、美桜の大学の話だったりした。あとついでに、俺がモンスターを倒した時の話だったりだ。


 千里はパスタを食べ終わって、化粧室に行って来ると席を立ってしまう。正直、よく知らない人と二人きりになるのは勘弁してほしかったが、生理現象なら仕方ない。

 美桜も行かないかなと思うが、動く気配はなさそうだ。


 だからいい機会だと思って、少しだけ気になっていた事を聞いてみた。


 あのさ、あの、大丈夫だったのか?

 何がって、あれだよ。男が失ったって言ってたじゃん。

 なにをって、ナニだよ。

 えっ、言ってる意味が分かんない?

 ほらあれだって!男のち◯こが無くなったって言ってたじゃん!そいつのその後が知りたいの!


 しらばっくれる美桜にイラついて、最後は声が大きくなってしまった。

 仕方ない。俺は悪くない。知らんふりする美桜が悪い。


 俺の言動に口元を押さえて驚いているが、お前はそんな清楚でもないだろう。

 そこに戻って来た千里が俺達の様子を見て、どうしたのか聞いて来るが、俺はどう答えるものか頭を捻る。


 流石に友達がダンジョンでヤッてるなんて知りたくないだろうし、二人の友情に亀裂を入れたくはない。

 俺が必死に頭を悩ませていると、美桜が立ち上がって口を開いた。


「ハルトさん、私を誰かと間違っていません?」


 え?





 そのあと、改めて自己紹介したのだが、美桜は俺がダンジョンを指導した時の大学生だった。


 すまんすまんと謝って、誰と勘違いしていたのかと聞かれたので正直に答えると、かなりキツイ軽蔑の眼差しを頂いた。


 えっと、ダイコさん改めてよろしく。

 えーと、元気してました?

 えーとえーと、その後はお変わりなく?

 あっ大変だったんですね。それは大変でしたねー。


 ……ここおごるんで許してもらえませんか?


 何も答えないが、明らかにブチギレているダイコ改め美桜さんに謝罪する。


 いや、本当に申し訳ない。覚えてなかったんです。印象が薄いとかではなく、単純に日常が濃すぎて、探索者の指導なんて印象に残らなかっただけなんです。

 ただ、タマヒュンな出来事のインパクトが凄すぎただけなんです。だから許して。


 俺が必死に謝罪すると、なんとか許してもらえた。

 ただ、ダイコではなく、ちゃんと名前で呼べとのお叱りを受けた。

 そして、ダイコの名前の由来を聞かれたのだが、見た目の印象と答えておいた。

 何か傷ついた様子の美桜だが、気にしなくて大丈夫だろうきっと、千里が付いているしな。


 何故かお礼の場が俺の謝罪の場に変わり、お代は俺持ちになったが、良いお店を紹介してもらえたと思えばまあ許せるだろう。


 食事も終えて、千里達と別れると腹ごなしにダンジョンに向かった。




 ダンジョン11階


 どうしてかここに来てしまった。

 別に他意はないないのだが、大切なムスコを失った彼を思ってここに来てしまった。

 顔は覚えてないがな。


 人が多いなと思いながら11階を回っているのだが、本当に人が多い。法律の改正によるものだろうが、それでも人が増え過ぎている。

 そこかしこで採掘しており、そのうち資源が取り付くされてしまうのではないかと心配になるほどだ。


 まあ、人の目が増えたおかげで、よからぬ事をやっている奴らは見かけなくなり、代わりにビックアントやゴブリンを多人数でリンチしてるくらいの、とても平和で騒々しいダンジョンの風景が広がっていた。


 俺もポッタクルーを連れ歩いて話し掛けられるくらいで、別に特別な事はない。


 そう、いつも通りのダンジョンだ。

 タトゥーを入れたガラの悪い集団が、地面に横たわっているいつも通りのダンジョンだ。


 誰かが採掘した横穴に放り込むと探索を再開する。


 今回は何も取らない。

 制裁のつもりで痛めつけたり装備を奪ったりはしているが、別に命までほしいわけではない。

 反省してくれたらそれで良いし、更生してくれるなら尚よし。そんなつもりでやっていたのだが、決まって残念な結果になっている。

 今回、横穴に入れたのもモンスターに襲われ難くするためだ。

 だから、今回は流石に大丈夫だろうと、そう思っていた。




 帰りに立ち寄ると、横穴が崩落していたのは言うまでもない。

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