第79話 九十一日目

 朝から魔法陣の本と睨めっこしていたのだが、ここで新たな発見をした。


 魔法陣使用法の項目に錬金術、鍛治、裁縫、建築……etcと続き、スキル魔法という項目がある。


 そのページを捲ると『8.スキル魔法に対する魔法陣の運用について』このタイトルの下には難しい言葉が並んでおり、理屈やら専門用語っぽいものもあるのでイマイチ理解出来なかった。


 俺が理解出来た内容はそんなに多くない。


・魔法陣をデュオ(二つ)以上使用する時は、魔力の消費は格段に上がっていくので注意が必要。

・魔法陣にも相性があり、反発し合う魔法陣ではそもそも発動もしない。

・魔法陣の使用数によって魔法の呼び名が変わるらしく、演奏の数え方で表している。

 ソロ(魔法陣一つ)

 デュオ(魔法陣二つ)

 トリオ(魔法陣三つ)

 カルテット(魔法陣四つ)……と増えていく。

 現在最高魔法陣記録は五つのクインテットらしい。


 麻布先生の話は裁縫に関係する魔法陣の話が殆どで、その組み合わせや魔力の供給方法といった内容だった。

 出来たらスキル魔法について教えてほしかった。

 俺の頭では読んだだけでは理解出来ないから。



 なので、説明を聞くためにギルドに来ている。

 受付に麻布先生はいないか尋ねるが、次の講座は再来週らしく来ていないそうだ。


 じゃあ、魔法の講座とかやってますかと尋ねると、今日の午後から魔法講座を行うと教えてくれた。

 俺は参加しますと反射的に答えるが、既に定員に到達しているそうで、参加不可能との事だ。次回なら参加できるか聞くと次回も次々回も予約で埋まっているらしい。


 どうしてそんなに多いんだ?裁縫の講座はあんなにスカスカだったのに。


 その疑問に受付は、生産系と戦闘系ではそもそもの参加人数が違うと教えてくれた。

 探索者の大半がモンスターを倒して金を稼ぐのであって、生産系は取得したスキルが、そっち方面のモノだった場合に流れるのが通例なのだそうだ。


 へーと鼻をほじりながら聞いていると、受付のオバチャンがいつの間にか隣にいた。


 うお!?と驚いて、鼻を深く刺してしまった。

 鼻血が止まらない。

 オバチャンの接近に、まったく気づかなかった。


 俺はティシュを鼻に詰めながら、いきなり現れないでもらっていいすかとお願いすると、受講チケット出せば講座を受けられるよと呟いて去って行った。

 まるでお助けキャラのような登場だが、一体いつからそこにいたんだ。気配をまったく感じなかった。


 あのオバチャンの恐ろしさの片鱗を見た気がした。




 オバチャンに言われた通り、以前に貰った受講チケットを出すと特別枠で参加可能となった。


 この受講チケットは、ギルドが見込みありと判断した探索者に配られるそうで、優先的に希望する講座を受けれるらしい。

 一体なにを基準に見込みありと判断するのかは、その時々で違っているが、イレギュラーエンカウントを突破した者には必ず配られているらしい。


 例の如くへーと今度は反対側の鼻をほじりながら聞いていると、受付のお姉さんの額に血管が浮いているのが見えた。

 血圧高そうですけど大丈夫ですか?と気を使って尋ねるが、お気になさらず早く行ったほうが良いですよと、声を震わせながらアドバイスを頂戴したので、俺はそそくさとその場を後にした。


 あのお姉さん、目が笑ってなかった。

 ついでに殺気が凄かった。



 講座を行う一室に到着すると、そこには大勢の人が集まっていた。

 集まっている年齢層は広いのだが、全体的に若い人が多く、中年となると疎である。

 最近、探索者を始める人が多いらしいが、体を動かす事もあり若い世代の方が始め易いのだろう。


 空いている席は後ろの方しかなく、一番後ろの真ん中の席に座った。

 因みに、その一番端には眠っている男子高校生と女子高生が並んで座っており、女子高生が必死に起こしていた。


 少しすると講師の女性が入って来る。

 魔法の講座の先生だから、魔法使いっぽい格好をしているものだと思っていたが、普通にスーツを着た女性だ。

 いかにも仕事が出来そうな雰囲気を纏っており、大勢の前でも身じろぎせず、真っ直ぐに立っていた。


 講師が挨拶をすると、さっそく魔法とはと説明が始まった。


 ふむ。

 ふむふむ。

 ふむふむふむ。

 ふむふむふ〜〜む。


 内容は分かりやすかった。

 魔法は魔力を消費して起こる超常現象という説明から始まり、魔力とは何かとか、魔法スキル無しでも使える魔法だとか、魔法スキルの種類だとか、スキル魔法の魔法をスキル無しが使うにはとか、いろいろと講義してくれた。

 そして、いざ魔法陣の話に移ろうとした時、隣の方から盛大な欠伸の声が響き渡った。


 何だなんだと注目を集める男子高校生だが、なんでもないようにしている。

 男子高校生のせいで講義が中断してしまったので、講師の女性は怒っている。

 怒気を孕んだ声音で、聞く気が無いなら出て行きなさいと注意する。


 だがそんな男子高校生は、手をひらひらとさせて気にすんなと主張した。


 そのふざけた態度に頭に血が上ったのか、女性講師は水の塊を作り出すと、彼に向けて放つ。

 こんな所で魔法をとも思うが、その魔法は彼にだけしか当たらず、殺傷能力のない水風船のような魔法だ。ただ、それに気付いたのは少数のようで、周囲から小さな悲鳴が上がる。


 彼はその魔法を前に手を掲げて魔法陣を展開する。

 真っ直ぐに彼に向かう水の魔法は、魔法陣と衝突すると跡形もなく消え去ってしまった。


 まさかの結果に驚く女性講師、その様子を見てやれやれと首を振る彼。


 そして小石が彼の顎を打ち抜き、脳を揺さぶられた彼は気を失って倒れた。



 突然の展開に鎮まる教室。


 そんな中で、俺は敢えて発言した。


 先生、講義を再開しましょう。

 彼はまた眠たくなっただけです。もしくは、やれやれをやり過ぎて脳にダメージを負っただけです。気にしたら負けですよ。

 さあ、早く始めましょう。


 はよ講義を再開しろと女性講師に言ったのだが、本当に大丈夫なの?と彼を心配そうに見ている。

 ええから、大丈夫だから、女子高生も介抱してるから大丈夫と言って、無理矢理再開させた。



 魔法スキルを所持していない人が魔法を使う手段は、魔力で体を強化する身体強化。魔銃などの魔道具を用いた魔法攻撃。そして魔法陣を使用した魔法になる。


 身体強化は魔力を操れるようになると、練習次第で使えるようになるらしく、30階を超えて活躍するならば必ず習得しておかなければならない技能だそうだ。


 次に魔道具だが、そこらの武器屋や魔道具屋に置いてるから見て来いだそうだ。


 そして、魔法スキルを持たない人が魔法スキル並みに魔法を使うのは、結論から言うと不可能なんだそうだ。

 これまでにも、訓練で使えないか試した人物がいたそうだが、マッチレベルの火を灯すのに五年、ガスコンロ並みでも十年掛かったらしい。

 お勧めはしない、でもやりたい人はやれば良いと先生は話を締めた。


 最後に魔法陣についてだが、基本的には扱うのは諦めろ。

 戦いに使う魔法陣は習得が難しいのに加え、魔力の消費量を考えると、別の技能を伸ばした方が建設的と言えるらしい。魔法スキルを持っていない人には、戦いに使える魔法陣は負担でしかなく、使い所が無いのだとか。

 ただ、家事レベルの火を出したり、水を出すのは便利なので覚えておいても良いらしい。


 ここで、この中に魔法スキルを持った人が何人いるのか確認を取る。この教室に集まっているのは五十人前後、そのうちの七人が手を挙げた。

 少ないなと思ったが、女性講師からしたらこれでも多いらしく、平均五人くらいなのだそうだ。


 では何故、魔法スキルを持っていない人が、どうしてこの講座を受けるのかというと、どうしても魔法を使いたいという最後の希望なのだそうだ。



 スキル魔法の魔法陣使用の注意点は、麻布先生の本に書いてある通りだった。

 魔法陣を使用するときの魔力量は決める事ができ、というか、決めてないと魔力がガンガン吸われてしまうそうだ。

 勿論、魔力の使用量によって効果は変わるが、少な過ぎると効果を発揮せずに魔力の無駄遣いとなる。

 また、二つ以上の魔法陣を使用する場合は、それ以上に魔力を消費し、組み合わせ次第では掛け算方式で消費量が増えていく。

 なので結局のところ、魔法陣の魔法はここぞという場面で使うべきらしい。


 へーと聞いていると、質問する人がいるようで、立ち上がって話し始めた。


 質問の内容は、魔法陣を体に刻んで使ったら魔法は使えるようになるのか?というもので、女性講師の回答は、


「なりません。同じ考えを持った方が魔法陣を掌に彫り、魔法を使おうとしましたが、腕が焼き切れてしまったそうです。 魔法陣は人の体とは相性が悪いらしく、人体に使うと体が消滅しかねません。くれぐれも試そうとは、思わないように」



 …………えっ?




 ダンジョン22階


 タマヒュン情報を聞いて、俺は少しちびってしまった。

 この前、速度上昇の魔法陣を自分にかけて、発射台よろしく飛び出したのだが、下手したら死因が魔法陣による消滅になっていた。


 こんな情報を聞いては、魔法陣を自分に掛けての強化計画は実行するはずもなく、諦めるしかなさそうだ。



 消費魔力量を半分にして、速度上昇の魔法陣を展開する。

 石槍を作り出して発射すると、速くなってはいるが以前のような見失うような速さはない。


 なんだろう、使ったあとになんだか違和感がある。


 物足りない。なんだか物足りない。


 以前のように、魔力量を気にせず魔法陣を展開して発射する。


 するとどうだろう。

 キーンと甲高い音がなり、一瞬で姿を消す石槍。

 その様子を見て、奥の歯に詰まっていた物が取れたときのような爽快感があった。


 いいや、これでも。

 十発は使えるし、魔力循環もあるから魔力は気にしないで行こう。


 俺はそう決めると、一人満足してダンジョンを出た。



 ダンジョンを出て待っていたのは、男子高校生と女子高校生の二人だった。

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