第78話 九十日目
スマホをいじりながら朝食を摂ると、無駄に時間が掛かってしまう。
分かってはいるのだが、何故かやめられない。
止める気もないので仕方ない。
食事に集中するのも良いが、なんだか手持ち無沙汰になってそわそわするのだ。
もしかしたら、スマホ依存症になっているかもしれない。
ダンジョンジャンキーのスマホ依存症か、これにアルコールまで加わったら手に負えないな。
なんて自己評価しながら女王蟻の蜜とキラービーの蜂蜜をブレンドして飲み干す。
うん、失敗。
互いの良いところを相殺して、普通の蜜よりわずかに甘いくらいの物になっている。
美味しいと美味しいを合わせても、二倍の美味しいにはならないようだ。
もう二度としないと決めて、収納空間に戻した。
昨日までの探索で得た物は、大半をギルドに買い取ってもらったが、蜂蜜の一部は自分で使おうと取ってある。
巨大なグリーンスライムを倒した後に、大きな緑色の石だけが落ちていたのだが、それがなんと蜂蜜と変わらない位の値段で買い取ってくれたので、今回の探索は思っていた以上の収入を得る事が出来た。
グリーンスライムと言えば、グリーンスライムに殴り飛ばされたポッタクルーだが、とりあえず無事だった。
倒れていたはずなのだが、自動で起き上がっており、俺が移動すると問題なく後を追って来ていた。
ポッタクルーは思っていたより頑丈なようだ。
「武器が泣いとるぞ、もっと丁寧に扱えバカタレ」
今回使った装備を武器屋に持って行くと、不屈の大剣を手に持った店主に苦言を呈された。
いやいや、仕方ないやん。あのモンスター相手に無理しなかったら、どうやって倒すんだよ。
その事を店主に伝えると、この武器でそこまでの相手なら、逃げた方が良いとまで言われた。
どうやらあのグリーンスライムは、そこまでのモンスターだったらしい。
しかし、あの空間で逃げられたのかと問われると、怪しいところだ。明らかに、自分のいた場所と変わった感覚があったので、逃げきれる気がしなかった。
一応、次からはそうしまーすと答えて、装備の手入れをお願いする。
さあ、もう用事は終わったと武器屋から出ようとすると、一枚の古い貼り紙に目が止まった。
『素材の加工行います。
一般的な加工から特殊な加工まで可能です。
料金は要相談。
※品物によっては時間を頂く場合がございます』
内容としてはこんな感じだが、素材の加工と見て一つ手付かずの物があるのを思い出した。
それは、ダンジョン17階で遭遇した巨大なジャイアントスパイダーだ。
ギルドに買取を拒否されて以来、未だに収納空間に眠っており、使い道がなくて死蔵されていた。
俺はUターンすると、店主にチラシのことを尋ねる。
すると、今でも受付けているから、物があるなら早目に持って来いとの事だった。
なので、はいっとジャイアントスパイダーの体を差し出すと、もの凄く迷惑そうにしている店主の顔は印象的だった。
これの加工してもらいたいんだけど、出来ます?
これから糸を取り出すのと、予備の鎧が欲しいんです……どうしました?
え?呪われている?
何が?
へーこのジャイアントスパイダー呪われてんだ。
……で、呪われるとどうなるの?
店主の説明によると、呪われた素材からは呪われた物が作り出されるそうで、取り扱いには注意が必要なのだそうだ。
呪いの種類は、着脱不可や生命力吸収、回復阻害、攻撃力減退、不幸など他にも数多く存在する。
そんな使い道に困るような物で、本当に鎧を作るのか問われると、俺は「差し上げます」とそっとジャイアントスパイダーを差し出した。
そして、持って帰れと怒られたのは言うまでもない。
ダンジョン20階
ジャイアントスパイダーを見つけては狩り、見つけては狩っていく。
別に当て付けではない、他のモンスターだってちゃんと倒している。ただジャイアントスパイダーの数が多いだけだ。
おっ、あっちの暗がりにいそうな気がする。
どうしてギルドが巨大なジャイアントスパイダーの買取を拒否したのか、今なら理解できる。
てか、呪われてるの分かってるなら教えてほしかった。
おかげで、今になって捨て場所を探さなければならない。
極力探索者が近寄らない場所、ダンジョンの端っこを目指して移動する。
すると、なんだか久しぶりのハーレムパーティと遭遇した。
おう、お前ら久しぶりだな!
奇遇だな、こんな所で会うなんて!何してんだよ。
20階のボス部屋を目指している? おお、これから挑戦するのか! 頑張れよ!
俺が何してるのかだって?
ふっ、この世に災いを齎す物を葬りに来たのさ。
なに?この世の災いはあんたの事だって?
ああ、違うのね。ちっこいのから不穏な言葉が聞こえた気がしたが、気のせいか。
後ろの台車?ポッタクルーがどうかしたのか?
企業から使ってみてくれって頼まれたんだよ。障害物も避けて通るし、頑丈だからなかなか優秀だぞ。
売ってるのかだって?
これから販売するって言ってたな、値段は知らないけど興味あるならホント株式会社を調べてみてくれ、そこに詳しい事書いてるはずだ。たぶん。
じゃあな頑張れよ!お前らなら大丈夫だろうが、油断するなよ!
ハーレムパーティと別れると俺も移動を再開した。
……どうした、そんなに振り返って?
どうして付いて来ているのかだって?
違う違う、たまたま行く方向が一緒なだけだよ。
え、田中さんが来た方向ですよって?
…………忘れ物したんだよ。
なんだよ、忘れ物したんだって!ほら!モンスター来るぞ!
そっちは遠回りだぞ、右の方が近い。
次は左だな。あとは真っ直ぐ行けばボス部屋だぞ。
ザコモンスターは任せろ!お前らはボス戦に向けて温存しとけ!
ん?なんだよ?どうしたんだ?
「田中さん、俺たちでやるんで、大人しくしていて下さい」
……はい。
なかなかの威圧感でパーティのリーダーである日野に注意されてしまった。
何かすまんと思った。
ハーレムパーティは成長していた。
以前、ロックウルフに梃子摺っていた頃に比べて、動きが鋭く攻撃の威力も増していた。
装備が変わったのは、弓使いの子が剣を持つようになっており、最後尾にいた女の子が大きな盾を構えている点だ。
そして、リーダーである日野の剣も変わっている。剣を振るう度に、その軌跡が光の線となって現れ、その光が増せば増すほど威力も上がっているように思える。
もしかしたら、不屈の大剣と似たような効果があるのかもしれない。
このパーティの中でも一際目に付くのは、剣士の女の子だ。この子の動きは、パーティ内でも頭ひとつ抜けている。日野も決して悪い訳ではないが、剣技と素早さが一段階違うのだ。
次に魔法使いの女の子だが、地属性と風属性の魔法を上手く使っており、地属性魔法でスケルトンを牽制し、風属性魔法で刃を作り出しコボルトとジャイアントスパイダーを倒している。
魔法の発動に若干の時間が必要なようだが、それが解消されれば、恐ろしい使い手になるに違いない。
ボス部屋に到着するまでに二度ほどモンスターと遭遇したが、危なげなく勝利する。
ハーレムパーティは、21階で見かける探索者より余程強くなっていた。
ポーション持ったか?マジックポーションは大丈夫か?
あっ!これ持ってけ。動きソゲール君と言って、とても束縛癖の強いやつだが役には立つはずだ。
ポーション人数分しかないのか。ポーションとマジックポーション、余ってるから気にすんな。
いいからいいから。
体は大丈夫だよな?魔力も問題ないよな?俺も付いて行こうか?
「田中さん、大丈夫だから落ち着いて下さい」
お、おう、そうか。
俺はこうして、ハーレムパーティの20階ボス戦を見送った。
一時間後に地上に戻ると、ハーレムパーティが無事突破出来たと知った。
そして、ジャイアントスパイダーの始末を完全に忘れていた。
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