第76話 八十日目

 昨日は改めてダンジョンの恐ろしさを知った。


 命は無事でも、ピンポイントで大切なムスコを失ってしまったようだ。

 あとで思い返すと自業自得とか、ざまぁとか腹抱えて笑ってやれそうな内容だが、聞いた直後は余りの衝撃に息をするのを忘れるほどだった。


 やばいって、股間は守らなきゃ。


 守るべきモノをしっかりと認識した俺は、頑丈なプロテクターを購入しようと心に決めた。



 駅を降りてショッピングモールに行こうと改札を出ると、千里がホームの駅に座ってスマホをいじっているのを見つけた。

 誰かと待ち合わせをしているんだろうなと思い、声を掛けるのも悪いので、気付かなかった事にして通り過ぎる。


 すると「なに無視してんのよ」と千里に腕を掴まれた。


 いや、お前、これから待ち合わせだろ?

 俺といてどうすんだよ。もう直ぐ彼氏か友達か来るんじゃないのか?

 ああ、友達。じゃあな。

 なんだよ。……え、友達が一時間遅れるから暇潰しに付き合えって?

 何だよ人を暇人みたいに、俺にだってな大切なモノを守るプロテクターを買うっていう大事なミッションがあるんだよ。

 ん?飯奢ってくれんの?


 ……行こうか。



 奢ってくれると言う言葉を信じて、お高めのお店を想像していたのだが、連れて来られたのは公園の近くにあるファストフード店だった。


 以前、ホテル最上階に行ったので、またあそこに行くのかと期待していたのだが、どうやら違ったようだ。

 それに、昼時ということもあり、店内も大変賑わっており、座る場所が埋まっていたのでテイクアウトして近くの公園に向かった。


 一月ぶりに食べるハンバーガーは美味いな、ジャンクな感じが癖になって手が止まらない。


 千里と横並びにベンチに座り、公園の景色を見ながら無言で食べ続ける。

 最後にコーラをズズズッと飲み干すと、空になったカップを紙袋に入れて、ふぅと一息つく。

 千里の方を見ると、公園の広場でボール遊びをする子供達を見ながらポテトを口に運んでいた。まだ半分以上残っている。


 千里は俺が見ているのに気が付いたのか、なによと言って目つきがきつくなる。



 いや、やっぱり子供好きだから保育士目指すのかと思ってな。

 ああ、やっぱりそうなんだ。

 まあ、子供は可愛いからな。俺も甥っ子姪っ子にはどうしても甘くなるから気持ちは分かるよ。

 ああ、そうなんだよ、生意気にパンチして来たりするけど憎めないんだよな。

 はは、あのまま大きくなったらどうなるんだって心配になるよ。

 ふーん、幼稚園の頃の思い出。

 保育士さんに憧れたのか、いや、馬鹿にしてる訳じゃないよ。凄いなって思ったんだ。小さい頃からの夢を叶えようとしてるんだろ? それって結構難しい事だと思うんだ。幼い頃の夢なんて忘れるか、叶わないのが殆どだからな。


 あ!


 幼稚園児の女の子が走っている。

 そこにボール遊びしていた子供達の方から、放物線を描いてボールが飛んで来る。

 飛んで来るボールは女の子に直撃するコースだ。


 千里が驚いて悲鳴を上げる。

 俺は即座に身体強化して、女の子を通り過ぎてサッカーボールをキャッチした。


 女の子は俺が通り過ぎたのに驚いたのか、躓いて転んでしまい、泣き出してしまった。


 やっちまったと思いながら、ボールを子供達の方に投げて返してやる。

 女の子の方を見ると、膝を怪我したのか血が流れている。

 千里が慌てて駆け寄って来ると、大丈夫と心配そうに話しかけて怪我の治療をしようと水場に連れて行こうとしていた。

 俺はそれに待ったを掛ける。

 汚れているだけだから大丈夫と言って、こっそりと治癒魔法を使って傷を治す。軽く叩いて汚れを落とすと、そこに傷や血は付いていなかった。


 ふう、これで一安心だ。

 痛みが無くなったのに驚いたのか、女の子も泣き止んでいる。

 少し離れた場所から、メイちゃんと女の子を呼ぶ声が聞こえる。女の子もお婆ちゃんと呼んで立ち上がると、初老の女性の方に駆け出した。

 初老の女性は女の子、メイちゃんが走り出したので急いで追って来たようだ。

 一連の出来事は、少し離れたところから見ていたらしい。


 助けて頂きありがとうございますとお礼を言われると悪い気はしないので、別に良いですよと応じる。

 メイちゃんも、お兄ちゃんお姉ちゃんありがとうと元気一杯にお礼を言ってくれた。


 俺も驚かせてごめんなと、メイちゃんの前を高速で横切った事を謝罪した。あれが背後を通っていれば、驚いて転ぶこともなかったからだ。


 去っていく二人を見送ると、横からポンと叩かれる。


 そちらを見ると、千里が「やるじゃん!」と何故か嬉しそうにしていた。




 時間も過ぎて、千里の友達が駅に到着したらしく俺達は別れた。


 さあ、当初の目的通りち○こガード、もといプロテクターを購入しに行くとしよう。

 ショッピングモールに到着すると、武器屋に直行する。

 店主が丁度いたので、ち○こガードくれと言ったら、帰れと即答されてしまった。


 おい、ふざけんなよ!こちとら客だぞ!

 ち○こガードが欲しいんだよ。あるんだろ、ち○こガード!早く出せよ、ち○こガード!ち○こ守るんだよ!ち○こガードくれよ!

 あ?なんだよ、注目されてるって?


 辺りを見回すと、店内や店外にいる人達から見られていた。

 皆が迷惑そうに見ており、どうやら騒がしくしてしまったのが原因のようだ。


 俺も申し訳ないと謝罪して、改めてち○こガードくれと声量を落として店主にお願いした。すると、店主は激昂して、


「声の大きさの問題じゃねーよ!ち○こガードち○こガード五月蝿いんだよ!」


 おうそっちか!

 確かに言い方が悪かったなと思い、再度、ち○こプロテクター下さいとお願いする。


 すると、背後から警備員に肩を掴まれて連行されてしまった。



 ダンジョン21階


 なんだよちくしょう、少し間違えただけじゃん。

 確かにち○こち○こ連呼したのは悪かったけどさ、一時間も拘束することないじゃん。

 次は警察呼びますって、俺がそんなに悪い事するように見えるのかよ。

 武器屋の店主もフォローしてくれても良いじゃん。

 俺、半ば常連でしょ?

 大切なお客様だよ。もう少し何かあってもいいんじゃないか?

 預かっていた装備の手入れ終わったって、警備室に不屈の大剣と魔鏡の鎧を持って来て、鼻で笑って行きやがった。

 こっちは大変だってのに、ふざけてんのかあのジジイ。

 書き置きで防具にち○こガードはちゃんと付いとるとか書いてあるし、それなら最初に言えってんだ。


 なあ、そう思わないか?


 フゴッ!!


 襲い来るオークを、不屈の大剣で袈裟斬りにする。


 今日のオークは俺の話を聞いてくれない、まるでオークが変わってしまったかのようだ。

 まだ愚痴り足りないが、既に多くのオークを始末してしまったので、次はポッタクルーにでも愚痴るとしよう。


 なあ、聞いてくれよ……。

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