第71話 七十一日目〜七十六日目

 昨日は魔法陣をひたすらにトレースする……事は出来ずに、二つ目の魔法陣をトレースした瞬間に酷い頭痛に襲われて、これ以上トレースすることは出来なかった。

 頭が重く、鼻血まで出てきて脳がこれ以上のトレースを拒否しているようだった。魔法陣のトレースは思った以上に負荷が強いらしく、一日にトレースする数は制限した方が良さそうだ。


 魔法陣をトレースして分かったのは、魔法陣を使用するには、その構造と魔力の流れを理解しなければならないという事だ。

 確かに麻布先生が言ったように、魔法陣に魔力を流して投影すると、魔法陣の流れと構造が見えて来るので、習得するのは早くなるだろう。

 また、魔法を使用するときに使う魔法陣と、道具などに刻む魔法陣にも違いがあった。魔道具に刻むものに比べて、魔法で使用するものは効果が強く、魔力の消費量も多い。

 仮に魔法で使用する魔法陣を道具に刻むと、数回の使用で回路が焼き切れるか、最悪魔力の暴走により壊れるようだ。これは魔法陣辞典にも記載があり、魔法陣の下には生産用と魔法用と印が付けられていた。

 ここら辺は、昨日の説明にもあった気がするが、完全に聞き流していたので覚えていない。


 また、魔法陣を描く物は魔力を通す物質でなければならず、それ以外の物に魔法陣を描いても効果は発揮されない。

 そして、魔力を通す物質はダンジョン産の物しかこの世には存在せず、素材の販売はギルドの独占状態と言って良いだろう。

 スキルで鍛治や錬金術、裁縫などの生産職を得た者ならばそれに触れる機会は格段に上がり、企業に所属していない者はギルドから素材を購入して生産しているのが殆どだ。


 話が逸れたが、魔力で魔法陣を展開したものは、強い効果を発揮する。その分、魔力を大きく消費するし、その魔法陣を理解していないと発動しないが、それに見合った効果はある。


 デーモンが使っていた魔法は、二つの魔法陣を組み合わせで発動しており、その威力は森を焼き払い、竜巻を起こすような自然災害レベルだった。

 つまりは、スキルだけでは到底発揮できないような威力の魔法が、魔法陣を使えば、俺でも使えるようになるという事だ。


 テンション上がるな、おい!


 安全を考慮して一日一つにしているが、魔法陣辞典には百種類を超える魔法陣が描かれており、トレースし終わるのにそれだけの日数が掛かる事になる。

 優先して使いそうなモノから覚えるつもりだが、どれが良いか思案中だ。


 ページを捲る手が止まらない!



 そんな事をしていると、スマホから着信音が鳴る。

 画面を見ると愛さんからだった。

 なんだか久しぶりだなと思い電話に出ると、何故か親戚のおばちゃんのように近況を聞かれた。

 元気でやってますよーと適当に返すと、以前モニタリングした捕縛玉、動きソゲール君の販売を開始して良いかと聞かれた。

 どうして俺にそんなことを聞くのか分からないが、良いんじゃないですかと返しておいた。


 俺の返答を聞いた愛さんは、少しだけ黙ると「ありがとう、これからもよろしくね」と言って電話を切った。


 一体なんだったのだろうと疑問に思いながら、俺は探索の準備を始めるのだった。



 ダンジョン23階


 お馴染みとなった川沿いに到着すると、俺は慎重にテントの設営を始める。周囲を警戒して、特にグリーンスライムが近くにいないか確認してから設置して行く。

 熊谷さんから貰ったテントは四人用の物となっており、一人で使うには大き過ぎる。


 彼らは探索に四人用のテントを二張り持って行っているらしく、予備にもう一張りも貰っている。なので、またグリーンスライムに襲われても何とかなるはずだ。


 テントの設営を終えると、裸になって川に向かう。


 …あっ冷たい。


 いつもは勢いに任せてダイブしていたが、テントに注意しながらのゆっくりとした入水となったので、水の冷たさを感じて足を引っ込めてしまう。


 そんな事していると、一匹のグリーンスライムがテントの方に向かって行く。

 俺はいつでも動けるように暴君の戦斧を取り出して警戒する。


 グリーンスライムはテントの方に進んでいる。しかし、途中で動きが鈍くなり、何かを嫌うように体を震わせると別の方向に進み出した。


 おお〜、これがモンスター除けの効果か。


 商品として販売されている事もあって、その機能は確かなようだ。


 俺は感心して川にダイブする。

 そして、その着地点には、一匹のグリーンスライムが浮かんでいた。



 ダンジョン25階


 不屈の大剣に必ず切ると意志を灯して、トレントを一刀両断する。トレントがやられて、逃げ出そうとするインプに向けて剣閃を飛ばして葬る。更に、急降下してくるサイレントコンドルを身体強化で少しだけ移動して避けると、蹴りに合わせて鉤爪を生やした神鳥の靴がサイレントコンドルを引き裂いた。


 うむ、最後の避け方は熊谷さんを真似してみたのだが、思いのほか上手く行った。

 昨日の水中戦に比べれば楽勝と言って良い。


 昨日、水中でのグリーンスライムの動きは、地上と大差ないほど水の抵抗を感じさせずスムーズに動いていた。それに比べて、バタ足がせいぜいな俺では機動力に差があり過ぎて、梃子摺るどころか死に掛けてしまったのだ。


 まるで、お前の汚物を擦り付けやがってと怒りを感じさせる猛攻に、暴君の戦斧を必死に振り回して対応したのだが、潜り抜けた一撃が腹に直撃して、肺にあった空気を全て吐き出してしまう。


 こりゃあかんと、即座にリミットブレイクを使って力任せにグリーンスライムを地上に打ち上げる。

 俺も急いで地上に上がりゲホゲホやっていると、最初に相手していたグリーンスライムの他に、追加で地上に打ち上げたグリーンスライムが沢山待ち構えていた。


 やはり川沿いは、俺にとって鬼門なのかもしれない。


 それでも今回は、テントが無傷でそこにあり確かな前進と言って差し支えないだろう。

 そういう事にしておこう、そう考えないとやる気が出ないから。



 この階で泊りたいのは、あの大きな木が描かれた洞窟だ。

 どうしてあそこなのかと問われると、良さげな場所があそこしか見つけていないというのもあるが、何故か泊まろうと思える場所があの洞窟しか思い浮かばなかったからだ。

 

 洞窟に到着すると、その洞窟の前には多くのオークが集まっており、何かをしていた。

 オークは百体以上集まっており、その中心には筋骨隆々の他より大きなオークが三体立って、何やらフゴフゴと鳴いている。

 やがて集まったオークが一斉に足踏みを鳴らし出すと、筋骨隆々のオーク三体は洞窟の中に入って行った。


 三体のオークが洞窟に入るのを見送った他のオーク達は、まるで仲間の門出を祝うように雄叫びを上げて歓喜しているように見えた。

 暫くすると、他のオーク達も解散し散り散りになって何処かに消えて行く。


 今のは一体何だったんだろうと周囲を警戒しながら洞窟に接近した俺は、こっそりと洞窟の中を覗き見る。だが、入口からでは洞窟の奥は見えず、ゆっくりと警戒しながら進んで行く。少なくとも、筋骨隆々のオークは洞窟内にいるはずなので、いつでも武器を振れるように準備しておく。


 そして、一番奥にある大きな木が描かれた場所にたどり着くと、そこには何も無かった。あの筋骨隆々のオーク達もいなかったのだ。

 俺は狐につままれたような気持ちになり、暫く周囲を見回していた。



 この日の夜、大きな木の夢を見た。

 筋骨隆々のオーク達が、何やら神々しい存在から祝福を受けているように見える。

 オーク達が振り返るとそこには、同じようなオークとビックアントの女王蟻、グリーンスライムの姿が見えた。他にも多種多様なモンスターの姿はあるのだがハッキリと見えない。


 大きな木の下で、沢山の光る球が浮かび、辺りを照らしている。

 大きな木の下を抜けた先には、美しい青空と空に浮いた島が見えた。


 凄い夢だなと感心していると、何かから見られているのに気が付いた。


 それは耳の長い少女の姿をした神々しい存在で、何か言っているが良く聞こえない。


『ーーーーるーー。ーーーかーーーー……またの』


 強い力で押される感覚があり、同時に目が覚めた。




 ダンジョン26階


 怒涛の勢いで攻めて来るモンスターを斬っては捨て斬っては捨て、魔法で串刺しにして殲滅して行く。

 前回とは違い、武器が暴君の戦斧という事もあり、特に苦戦せずに倒せている。

 ただ、モンスターとのエンカウント率が非常に高く、探索が思うように進まない。

 これは仕方ないと諦めるしかないのだろうが、それでも溜息くらい吐きたくもなる。


 倒したトレントからランダム果実をもぎ取ると、表面を拭いて口に運ぶ。

 今回は桃だ。めっちゃ美味い。歯応えがあって少し違和感があるが、これはこれでありと思える。


 ランダム果実を食べ終えると、モンスターの素材を回収していく。すると、道の先から新たなモンスターが姿を現した。

 少しゆっくりするとこれである。

 俺は戦斧を一度振ると、モンスターに向かって走り出した。



 現在、トレースした魔法陣は四つある。

 最初の魔法陣はコンロ程度の火力が出る魔法陣、次は小石が飛び出る魔法陣。この二つは同じ日にトレースしたものだ。

 そして、昨日と一昨日にトレースしたものは『爆破』と『分裂』の魔法陣だ。


 丁度良い広場を見つけたので、魔法陣を使用した魔法を試してみたくなってしまった。

 探索中にこんな事するべきではないだろうが、一度くらい試しておかないと、いざという時に使えないので、実験がてらやってみる事にした。


 使う魔法は石の槍、魔法陣を二重に展開して魔法に特殊効果を付与して行く。

 狙うは広場の中心地。弾丸のように打ち出されるイメージを更に追加して石の槍の魔法を発射する。


 シュンと空気を切る音が聞こえたかと思うと、一瞬で複数に分裂して広場の中心に着弾した。


 そして大爆発。


 強烈な爆風に俺の体は吹き飛ばされ、木に叩き付けられた。

 グエッと自分の魔法でダメージを食い地面に落ちる。

 着弾した場所から50mは離れていたはずなのに、爆発の威力が凄まじく身構える事も出来ずに、吹き飛ばされてしまった。


 砂埃が舞い、視界を塞ぎ爆心地がどうなったのか確認出来ないが、一つだけ分かった事がある。

 それは、この魔法が一日に何度も使えるものではないという事だ。何故なら、俺の体も魔力の枯渇により動けなくなっているから。

 魔法の威力は申し分ないのだが、寧ろ大き過ぎて使用するのに躊躇するレベルなのだが、一度の魔法で動けなくなるのなら、残念ながらこの魔法はお蔵入りだ。


 木にもたれ掛かった状態で、魔力循環に集中して魔力の回復に努める。

 次第に砂埃が収まり視界が開けて来ると、そこには着弾地点を中心に大きな穴が空いていた。広場も更に広がっており、その威力を物語っていた。


 うん、お蔵入り。

 俺は使わないと固く誓った。



 ふうと息を吐き出すと、収納空間からマジックポーションを取り出して飲み干す。出来たら魔力循環で回復したかったが、大きな爆発音でいらないものまで呼び寄せてしまった。

 視界が開けて見えたのは何も大きな穴だけではない、穴の反対側から多くのモンスターが姿を現したのだ。


 暴君の戦斧を収納空間に入れると、不屈の大剣を取り出す。


 逃げようかとも考えたが、背後からも迫る敵意にその選択は破棄する。


 一度大きく息を吸い込むと、モンスターの群れに突っ込むのだった。






 無理、あれは無理、数の暴力には勝てない。

 一晩中モンスターと戦い続けて、多くのモンスターを葬ったが、それでも終わりは見えず、倒しきるのを諦めて逃げ出した。


 まだ戦えたかと問われると、まだやれたと思う。

 体力は守護の首飾りで持続して回復しているし、魔力も並列思考で魔力循環を使い、微弱ながらも回復していた。

 それでも、一瞬の気の緩みでダメージを負う事もあり、終わりの見えない戦いは、俺の精神を大きく疲弊させていた。


 モンスターの群れを切り開いて逃げているが、それでも前から横から上空からモンスターが襲って来る。

 土の弾丸でインプを撃ち落とすと、砂埃がサイレントコンドルを飲み込む。トレントを一刀で両断し、グリーンスライムの攻撃を紙一重で避け、地面を浮き上がらせて遠くに飛ばす。道を切り開きながら必死に駆け抜ける。


 逃げて逃げて必死に逃げて向かった先で、運良く27階に続く階段を発見することが出来た。



 ダンジョン27階


 27階は26階と違って静かだ。

 静かだと言うか、26階がモンスターが多すぎて騒がしかっただけだが。


 昨日から戦い尽くめで寝れてないので、どこかで休みたい。

 だが、突然目の前で木の蔦が動き出し、大きな人形を形造る。


 木の人形ウッドゴーレムは、下半身に比べて上半身が一回りも大きく、アンバランスな姿をしている。

 そのアンバランスな上半身を捻ると、大きな拳が勢いよく振り抜かれた。

 まるで人のように腰の入った拳を懐に潜り込んで避けると、不屈の大剣でその腕を斬り落とす。さらに足を斬って機動力を奪うが、倒れたウッドゴーレムの腕と足の先から蔦が伸びて元通りに再生した。


 起き上がろうと腕を伸ばすウッドゴーレムだが、それを許すはずもなく、再び切り離して胴体に何度も斬りつける。分厚い体だが、大剣で削っていくと体の中央に赤い石が埋まっているのを発見する。


 赤い石を無造作に掴んで引き抜くと、ウッドゴーレムの体は形を失い、蔦が緩んで動きを止めた。


 この赤い石がウッドゴーレムの核なのだろう。

 試しに核を地面に落とすと、再び蔦が伸びて来たので、赤い石がウッドゴーレムの核であり本体なのは間違いない。


 蔦が赤い石を飲み込む前に、大剣で赤い石を砕いて止めを刺した。



 この階では、モンスターの出現率がそれほど高くない。

 出現するモンスターがウッドゴーレム一種だけというのもあるだろうが、一度に現れるのも二体くらいだ。

 おかげで探索スピードは早いのだが、その代わりウッドゴーレムは何もない場所から、突如として出現する。


 何度か戦っているうちに気付いたのだが、俺が通ったのに反応して、核である赤い石が地面から出現してウッドゴーレムになっているのだ。

 しかも音がほとんどしないので、不意を突かれて襲われる心配がある。だからと言って、常に地面を注意するわけにもいかないので、何かしらの対策が必要だろう。

 俺は空間把握があるので気付けるが、そうでないパーティは交代で警戒するしかないだろうな。



 27階の探索を始めて半日が過ぎた頃、川を発見した。

 川は23階以来の発見だ。水だけなら24階に湖があったが、それ以来になる。


 深さは膝上くらいしかないが、水も透明で綺麗なものだ。

 そして川底には、キラキラと光る金色のものが大量に見える。


 ……これは…まさか!?


 俺は例の如く川に飛び込むと、収納空間から暗めの器を取り出して掬い取る。

 泥を落として、残ったキラキラした物を手に取ると、それは予想通り砂金だった。


 よし!


 俺はこの日、暗くなるまで砂金集めに勤しんだ。




 襲って来るウッドゴーレムを倒しながらの砂金集めは、実に充実した時間だった。

 一晩中モンスターに襲われて疲れていたはずなのだが、目の前に金が吊るされていれば、それはもう疲れなんて吹き飛んでしまうというもので、俺は砂金マシンとなって作業に取り組んだ。


 その成果は、拳大まで積み上げられた金である。これで一体幾らになるか想像も付かないが、金の価値が高騰している昨今、期待しても良いのではないだろうか。


 そして次の日の早朝、今回の探索で初めて別の探索者と接触した。



 次の階を探して道を歩いていると、前方から大きな台車を引いた探索者パーティが歩いていた。

 最初はこちらに気付いて警戒していたが、俺が片手を上げて敵意は無いと主張すると、あちらも警戒を解いて武器をしまった。


 彼らは八人でパーティを構成しており、持った武器を見るに前衛三人、後衛五人といったところだろう。これがバランスが良いのか分からないが、魔法使い主体のパーティならば、かなり強いのではないだろうか。


 そんな彼らは非常に疲れており、通り過ぎようとした俺に話掛けて来た。

 一体なんの用だろうと用件を聞くと、彼らは探索を終えて帰る途中だったが、26階でモンスターの氾濫があったそうで、戻るに戻れなく立ち往生しているそうだ。

 それで、食料や水はまだ確保出来るからいいが、ポーションなどの薬品関係が無くなってしまったらしく、仲間の怪我の治療をする為に、余っていたら譲ってくれないかという事らしい。



 …………それは大変ですね。


 俺は持っているポーションを全て譲った。



 お代を払うと言う彼らの意志を拒否して、それだったら28階に繋がる階段の場所を教えてくれと頼んで、分かりやすい地図を譲ってもらう。


 そして俺は26階に引き返した。



ーーー


モンスターの氾濫(モンスターピード)


モンスターが大量に発生し襲って来る様。

モンスターに統率者が現れると、多くのモンスターを引き連れて移動する事がある。主に三十一階以降で見られるが、これまでに地上に溢れた事はない。

隠しイベントで、ダンジョンを無意味に傷付けるとモンスターがブチ切れるので注意が必要。


ーーー


田中 ハルト(24)

レベル 19

《スキル》

地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破 解体 魔力循環

《装備》 

俊敏の腕輪 神鳥の靴 不屈の大剣 暴君の戦斧 守護の首飾り 魔鏡の鎧

《状態》 

デブ(各能力増強)


ーーー

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