第69話 六十九日目

 今日は朝から、熊谷さんの所属パーティが拠点としているマンションに来ている。

 昨日は突然絡まれて呼び捨てにしていたが、落ち着いた今は、熊谷さん達は歳上なのでさん付けで呼んでいる。


 そして、どうして彼等のマンションに来ているかだが、昨日の約束通り品物を貰いに来たのだ。


 一階で部屋番号を入れて呼び出すと、扉を開く。

 彼等はフロアの一画、7部屋を借り上げており、その内の一つはパーティの集合場所兼倉庫になっているらしい。

 景気の良い話である。

 サラリーマンの月収もある家賃の部屋ってどんなんだよと興味を抱きながらエレベーターを上がると、部屋の前には熊谷さんが立って待っていた。


 おはようございます。そう挨拶すると、熊谷さんも片手を上げておはようと対応してくれる。


 会話もそこそこに部屋に案内される。

 中に入ると、荷物が山積みになっていた。

 この中から欲しい物を持って行って良いそうだ。


 俺は、そうですかと言って、一つひとつ手に取って収納空間に入れて行く。


 それを見て焦ったのが熊谷さんだ。


 お前何やってんだと、なに全部持っていこうとしてるんだと止められてしまう。

 いやいや、昨日欲しい物を上げるって言ってたじゃないですかと言うと、限度があるわ、せいぜい一つか二つだろと必死の表情で訴えてくる。

 なんでも、ここにある物資はパーティ共有の物であり、使っていないとはいえ個人で自由にしていいものではないそうだ。

 じゃあなんでここに案内したのかと問うと、熊谷さんがパーティから買い取って俺に渡すようにしているらしく、幾つも持っていかれたら熊谷さんが破産してしまうらしい。


 そうですか、じゃあ全部貰いますね。


 説明を受けた俺は笑顔でそう答える。

 そして、熊谷さんは双剣を手に取った。


 冗談冗談、冗談ですって、武器を抜かないで!

 謝りますから!

 ほんの出来心ですから!

 昨日の恨みとか八割くらい入ってますけど、冗談ですから!


 殺気を放つ熊谷さんを必死に説得して、なんとか武器を収めてもらう。


 昨日は、必殺のリミットブレイクを使っても勝利する事は出来なかった。

 だからと言って負けたわけでもないのだが、決定打に欠けていた。


 リミットブレイクを使って雰囲気の変わった俺を警戒した熊谷さんは、自身も意識を切り替えて全力で動き出したのだ。

 能力アップによるゴリ押しの俺と違い、熊谷さんは虚と実を織り交ぜた戦闘スタイルな上、スキルの使い方が上手く俺の攻撃を去なしてみせた。

 怒涛の攻撃を繰り出す俺だが、隙間を縫うように双剣が走り、避ける為に半身になると、双剣が軌道を変えて首元を狙って迫る。

 身体能力にモノを言わせて大きく距離を取るが、それを追って剣が一本投擲される。

 魔鏡の鎧に盾を出現させて防ぐが、それがいけなかった。

 視界を遮った事で接近を許してしまい、跳ね上がった剣をキャッチした熊谷さんの攻撃が始まった。


 双剣という連撃を得意とした武器は、リーチの長いものではない。その代わり、接近を許せば手数で圧倒される事になる。

 余程の技量、身体能力の差がない限りはそれで決着が付くだろう。


 そして、身体能力においては俺の方が圧倒的に上だ。


 熊谷さんの連撃に全て反応し、大剣と盾で受けてみせる。そして、お返しとばかりに蹴りを腹にお見舞いするが、まるで軽業師のように避けられてしまう。


 これで仕切り直しとなり、この攻防が熊谷さんの双剣が壊れるまで続けられた。



 正直、リミットブレイクを使えば簡単に勝てると思っていた。それだけの自信があるほど、身体能力の上昇とスキルの性能が上がるのに、押し切る事が出来なかった。

 熊谷さんの技量が凄すぎるのか、俺が力任せなだけなのか、或いはその両方か、とにかく俺は勝ちきれなかったのだ。



 あっ!これ貰って良いですか?

 ええ、これが良いです。

 探索者用のテントって高いんですよね、熊谷さん達が使ってた物なら性能も良さそうですし、結構お高いんでしょ?

 おお、冷暖房完備、モンスター除け付きなんですか!

 これでお願いします!


 あっ……ホント株式会社。


 熊谷さんにお礼を言って、ホント株式会社印のテントを頂く。収納空間に入れていると、アイテムボックスって便利だよなと羨ましがられた。

 どうやら収納空間はアイテムボックスと呼ぶようだ。


 リビングでお茶を一杯頂き、少しの雑談をしてからお暇させてもらう。

 雑談では、当初は弟の形見である不屈の大剣を買い取らせてもらおうと交渉するつもりだったようだが、昨日の手合わせで考えを改めたようだ。


「その大剣は、君が持っておくべきだろう」


 そう告げる熊谷さんは、何か付き物が落ちたかのようにさっぱりとした感じだった。

 それから、大剣の扱いは洗練されているのに、他がさっぱりで動きが読みやすいなどのダメ出しを受けてしまったが、まったくその通りですとしか答えれなかった。


 最後にどうして魔法を使わなかったのか尋ねられたのだが、


 ……使ってよかったの?


 手合わせだから、てっきり武器のみの使用だと思っていた。




 熊谷さん家から出た俺は、ギルドに足を向ける。

 これまで散々邪魔されたが、魔法陣の本を売りつけた講師の所在を教えてもらうのだ。


 なんて思ってギルドに到着すると、目の前に件の講師がいた。


 みぃつぅけぇたあーーー!!


 俺は講師の男の背後に忍び寄ると、肩をがっしりと掴んだ。

 男は振り向くと、俺の顔を見て驚いている。どうやら、呼び止められる心当たりはあるようだ。


 此処で会ったが百年目、もとい百万円!

 さあ、きっちり返してもらおうか!


 目が血走っているのは自覚している。

 騙された怒りで頭に血が昇っているのだ。

 それでも冷静に冷静にと心を語りかけて、講師の男に返金を要求する。


 だが、講師の男は残念そうに首を振ると、もう期日は過ぎていますと告げた。


 いやいや何の期日だよ!?返品するんだよ!

 魔法陣なんてネットに上がってるじゃねーか!

 そんなもん百万円で売ってんじゃねーよ!返金しろ!返金!

 えっ?クーリングオフは受けられない。

 なんで?期日が過ぎている。

 クーリングオフは8日間?

 ……え?



 それから講師の男、麻布針一あざぶしんいちは懇切丁寧に説明してくれた。

 クーリングオフは8日間までだと、期日が過ぎれば返金対応出来ないと、てかこんなに汚してるのに返品出来るなんてよく思えたねと感心されてしまう。


 返金不可な上に、けちょんけちょんに言われて意気消沈する。

 そんな俺を見て麻布さんは、明日朝から本の使い方を教えて上げるから来なさいと言い残すと、次の講座があるからと去って行った。




 ダンジョン11階


 俺は今、ロングソードを二本持って熊谷さんの動きを模倣している。

 昨日の手合わせで、リミットブレイクで能力を拡大した空間把握で熊谷さんを捉え、見切りとトレースで学習した動きを真似て、体を動かす。

 動き出しはゆっくりと、即座にトップスピードまで上げて距離を潰す。


 熊谷さんの動きで最も参考になるのは、その足捌きだ。

 武人コボルトの動きも流麗で参考にはなったが、アレはモンスターであり人とは体の構造が違っていた。無理に真似すれば体を痛めるし、真似しきれない動きもある。

 どんなに動きをトレースしても、体の構造を変えることは出来ないのだ。


 その点、熊谷さんは同じ人間であり、真似しても問題ない。


 最初は足だけに集中して動き、慣れてくると徐々に双剣を振っていく。


 無理はしなくていい、ただイメージしている動きに近付けるように修正を加えて行けば良いのだ。


 熊谷さんはどう動いていた。

 俺の大剣は、彼を捉えていたはずなのに双剣で逸らされてしまった。

 威力は十分で、少なくとも後退させるつもりの一撃だったはずだ。


 その時の動きを模倣しろ。


 彼は一瞬のうちに信じられないほど加速し、大剣に連撃を加えて威力を落とすと、刃を内側に回転させ逆手に持ち替える。そして大剣を逸らして俺に斬り掛かって来た。


 連撃を加える。

 最初はゆっくりで良い、彼の速さはスキルによるものだ。真似ようとして真似れるものではない。


 そして刃を体の内側に回転させ…サクッ……。


 イデーーーッ!?!?


 突然の痛みに絶叫する俺。

 回転させたロングソードが足と肩に突き刺さったのだ。


 結構勢いよく回転させたので、深く食い込んでおり、どくどくと血が出て来ている。

 練習だからと魔鏡の鎧を脱いでいたのがいけなかった。

 というより、そもそもロングソードが双剣として使えない。小回りが利かないから、双剣独特の動きに適していないのだ。


 俺は剣を引き抜いて治癒魔法で治療すると、血の匂いに釣られたビックアントとゴブリンに、痛みの怒りをぶつけるのだった。

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