第68話 六十八日目

 あの後、千里に連れられてダンジョンを出た。

 なんだか凄い心配されて、頭は大丈夫かと言われてしまった。


 その心配の仕方はどうなんだと言ってやりたかったが、本当に心配そうにじっと見て来たので、大丈夫と小声で答えるので精一杯だった。


 それから改めて何をしていたのか聞かれたので、人生相談していたんだと真顔で返答すると呆れられてしまった。

 モンスターに話が通じる訳ないでしょと溜息混じりで言われるが、あの時の俺は確かにオークと通じあっていた。


 もしかしたら、あの動画は本物だったのかもしれん。

 

 まあ、だからと言って、わざわざあの動画を千里に見せる必要もないだろう。


「あっ、この動画ってハルト君だよね?」


 ……違うよ。


 千里に例の動画を見せられて、動揺してしまう。

 注文していたダークモカフラペチーノを一気飲みすると、ふうと大きく息を吐き出した。



 それ人違いだよ。俺じゃない、俺じゃない。

 ほら、太った探索者なんて、今なら沢山いるでしょ?多分、その人達の誰かだよ。

 顔が一緒?さっきもやったんだけどな、そのくだり。もう一回やれと言うのか?仕方ないなぁ。

 よーく見て、俺に見える?引くなよ、よーく見ろ、よーくだ。どこから見ても俺じゃないだろ?

 えっ顔が近い? 近付けたんだよ、確認しやすいようにな。どうだ?違うだろ?違うって言え。

 そう違うんだ。分かってくれて嬉しいよ。


 離れようとする千里の手を掴んで、ぐいっと引き寄せてやると、ようやく観念したのか、動画の人物は俺じゃないと認めてくれた。

 その代わりと言ってはなんだが、余程騒がしかったのか、店から追い出されてしまった。


 千里からジト目で見られてしまったが、こんな事もあるさと笑って誤魔化しておく。誤魔化し切れたかどうかは知らんがな。


 それから公園に移動してベンチに座ると、どうして一人でダンジョンにいたのか尋ねる。


 千里は一人で前に出て戦うタイプの探索者ではない。

 使っている武器は魔銃という、弾によって威力の変わる代物だ。

 その弾もそれなりの値段が付いており、安い物で一発千円、高ければ一発百万円を超える物まである。威力は使う弾依存であり、高額な物であれば必殺の力を発揮するが、安い物では土の弾丸より劣る威力しかない。

 また、使用時に魔力を消費するので、乱発していては直ぐに魔力切れに陥ってしまう。


 そんな金の力と魔力のゴリ押しの装備で大丈夫かと問いたいが、千里は何が言いたいか察したのか、魔銃を取って見せた。

 そして魔力を込めると魔銃の銃身から、まるでSF世界のように、一本の淡く発光する剣が現れた。


 なにそれ! カッコいい!!


 厨二心が刺激される武器を見て、俺の心は興奮していた。

 長さにして80cmの刃渡が、俺の頬を熱くさせる。

 千里も俺の反応に気を良くしたのか、魔銃を見せつけるように俺の近くで光を強くする。


 カッコいい、熱い、凄く熱い、てか放熱してんじゃねーか!

 残暑厳しいこの時期になにやってんだ!


 熱を持った刀身で、俺の肉を炙ろうと近付けて来る。


 急いでその場から離れて振り返ると、千里は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべていた。




 東風達パーティは、今日からまたダンジョンに潜るらしく、昨日の千里は、前回の探索で宝箱から得た魔銃の練習をしていたらしい。

 その前回の探索では、宝箱を二つ発見した事もあり、途中で引き返したと聞いている。その内の一つが千里の魔銃なのだろう。


 もう一つの宝箱から何が出たのかは知らないが、かなりの収入になったらしい。

 羨ましい話である。

 それに、千里の専用武器となっている魔銃もかなり魅力的だ。弾こそ購入しないといけないが、接近戦も可能な機能も備わっており文句無しの優れ物である。


 いいな〜、俺もあんな武器欲しいな〜。


 なんて浮気心を出していたからだろうか、ギルドに到着すると、昨日絡んで来た探索者とその仲間たちに囲まれたのは。


 あの〜、何か御用で?

 昨日も言いましたけど人違いだと思うんですよ。俺にあんな真似できないです。どうぞお引き取り願います。

 勘違いしてないか?

 動画の件じゃないんですか?

 ……ん?別の動画の話?

 10階のボス討伐の動画を見て来た。あのとき使っていた武器について聞きたい?可能なら譲って欲しい?



 ……コイツら盗賊か!?


 俺はこの探索者の正体に気付いて後退る。コイツらの狙いは不屈の大剣に違いない。これまでにも、何度か狙われている品だ。あの動画を見て目を付けたのだろう。


 暴君の戦斧に手を伸ばし、体内の魔力を活性化させる。

 俺の雰囲気が変わったのを察したのか、あちら側も戦闘のスイッチが入ったのが分かる。

 いつでも動けるように腰を落として構える。

 六人相手にどこまでやれるか分からないが、何人かは確実に道連れにしてやる。そう意気込んでいたのだが、あちら側は慌てたように制止してくる。


 言い方が悪かった誤解している。ギルド内での争いは厳禁だとか言って、手を上げて戦う気はないと主張して来る。


 本当に争う気は無いのだろう、武器から手を離してこちらをじっと見ている。

 無抵抗の探索者か……先制攻撃って有効だよな?

 なんて考えて動こうとすると、オバチャンに頭を叩かれた。


 いつの間に!?


 警戒していたはずなのだが、オバチャンの接近にまったく気付かなかった。


 痛い!何すんだよいきなり!?

 えっ、武器持って暴れたら出禁?

 ……すんません。


 俺は戦斧から手を離して探索者達と向き合う。すると、何故かオバチャンから話を聞いてやりなと言われてしまった。




 場所は変わってギルドの3階にあるラウンジに来ている。

 こんな場所があるとは知らなかった。

 何でも、このラウンジにはプロの探索者しか入れないようで、ここで一部を除いた多様な情報を交換しているらしい。

 本来なら俺はここに入れないのだが、今回は特別に許可をもらえたそうだ。


 それで、大剣がどうかしましたか?


 ソファに腰掛けて、対面に座るのは双剣を横に置いた男性だ。彼は熊谷正光と名乗ったので、俺も自己紹介すると問いかけた。

 それから彼の口から、不屈の大剣に関して話を聞いた。


 何でも不屈の大剣は、熊谷の弟が使用していた武器らしく、ある討伐依頼を受けた際に帰らぬ人となる。

 その受けた依頼とは、あるユニークモンスターの討伐で、亡くなった現場に到着すると不屈の大剣だけが無くなっていたらしい。

 それからユニークモンスターの目撃情報によると、そのモンスターが大剣を使っていたらしく、特徴から不屈の大剣で間違いなかったそうだ。

 熊谷自身もそのユニークモンスターを目撃しており、不屈の大剣を使っていた。

 だから疑問に思ったらしい。

 俺がどうやって不屈の大剣を手に入れたのかを。


 その質問に対して、モンスター倒して貰いましたけどと素直に答えると、そうかと呟いて下を向いてしまった。



 それから熊谷は「俺と手合わせしてくれ」と唐突に言い放った。


 ……なんで?



 ダンジョン20階


 場所は20階ボス部屋に移る。

 扉の前には熊谷のパーティメンバーが立っており、誰も入れないようにしている。


 手合わせなんて面倒なんで受けたくはなかったが、見返りに何か欲しい物をくれると言うので、二つ返事で了承してしまった。


 彼がどうして俺と手合わせしたいのかは知らないが、その意気込みは本物のようで、覚悟とは少し違うが、何かに決着を付けようとする思いが伝わって来る。

 もしかしたら、亡くなったという弟に関係する思いなのかもしれない。


 彼、熊谷の立ち姿は自然体なのだが、油断ならないものだ。一見隙だらけのように見える、しかし安易に斬りこめば瞬時にカウンターを食らうだろう。


 俺は熊谷の希望で不屈の大剣を使っている。

 対人ならば暴君の戦斧を使い、武人コボルトの動きで対応してみたかったのだが、彼方からの願いならば仕方ない。


 不屈の大剣を一度大きく振り、どっしりと構える。

 熊谷の動きに対処できるように集中する。


 そして、双剣という牙を持った獣が疾走する。

 短い距離だというのに、緩急を付けた動きに翻弄され間合いを誤り大剣を振ってしまう。


 狙いの逸れた大剣は空を斬り、熊谷は俺との距離を一瞬で詰めると、首元に双剣を添えられた。


 正に一瞬の決着である。

 経験の差、技術の差、動き一つとっても熊谷との差は歴然だ。

 勝ち目は少しも無い。

 以前にも言ったが、俺の技術は猿真似でしかない。それでもモンスター相手ならば通じるのだが、人の武、積み重ねた技量の前では、俺の武術など無力なのだと悟る。


 たとえ熊谷の動きが初見殺しの類いだとしても、死ねば文句は言えないのだ。

 敗者にモノを語る権利は無い。


 俺はこの手合わせで、自身の弱さを痛感させられた。

 ただ大剣を振るだけではダメなのだ。動きの一つひとつに技術は宿り、それを昇華させるのが武術なのだろう。

 熊谷に比べたら俺は、スキルによるゴリ押ししか出来ない半端者なのかもしれない。



 熊谷は双剣を下ろすと、俺にこう言った。


「全力でやってくれないか」


 ……いや、全力でしたけど。


 一瞬の出来事だったが、俺は集中して相手をしたつもりだ。その証拠に、審判を務めている彼等のリーダーも首を傾げている。

 熊谷は驚く俺を無視して距離を取ると、また双剣を構えた。


 そこで俺は悟る。

 彼は俺をボコボコにするつもりなのだろうと。


 まったく…

 

「……リミットブレイク」


 ボコボコにするのは俺だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る