第67話 幕間10(熊谷正光)
男の名前は熊谷正光。
探索者を始めて八年になるベテランである。
探索者になって半年で20階ボスを討伐し、三年目で30階ボスを討伐して、晴れてプロの探索者として探索者協会から認められた。
プロの探索者ともなれば、その恩恵は大きく。素材の買取額の上昇や企業とのスポンサー契約の話も上がって来る。そして、31階以降のダンジョンでは宝箱の出現率が高く、一週間潜れば最低でも一つは手に入るほどだ。
勿論、宝箱の中身は様々だが、それでもモンスターの素材の売却益と合わせると、月に数百万円の収入があった。
そんな熊谷を見ていた六つ下の弟が、俺も探索者になりたいと言い出した。
「兄ちゃん。俺も探索者やるから仲間に入れてよ」
軽く言う弟の額をこづきながら、バカな事言ってるんじゃないと一喝する。
「じゃあさ、何か餞別ちょうだいよ。兄ちゃんがプロの探索者だって自慢してるからさ、なにか持っておきたいんだよ」
「そういうのは、自分達で手に入れるものなんだよ。それがモチベにも繋がるからな」
「分かってるんだけどさ、やっぱり自慢したいじゃん」
照れたように言う弟は、よほど熊谷のことを誇りに思っているのだろう。
仲間も既に集めているようで、高校を卒業と同時に探索者として活動を開始するそうだ。
熊谷としては探索者ではなく大学に行って普通に就職してほしかったが、自分がやっている以上、強く反対することが出来なかった。
両親もその気持ちは同じだったようで、かなり強く反対している。これで三兄弟のうち二人が探索者になるのだ。親としても気が気ではないだろう。唯一次男が探索者に興味が無いのが救いである。
仲間達と順調に探索を進めていき、34階を探索していると瓦礫の傍らに宝箱を発見した。
その宝箱は、これまで見つけて来た物に比べて一回り大きく、大き目のアイテムが入っているのは予想出来た。
その予想は的中しており、宝箱の中身は2mはある大剣だった。
残念ながら、熊谷が所属するパーティに大剣使いはいない。これは売却だなと仲間と話し合っていたところ、リーダーが大剣の使い道を思い付いた。
「なあマサ、お前のところの弟は大剣使ってるって言ってたよな?」
「一応、大剣の練習はしているが、本格的に使うのはスキルを手に入れてから決めるらしい」
「そうか……。 なあ、これ誰も要らないならマサの弟に渡しても良いか?」
リーダーの提案に仲間達は快く頷く。
収入に問題はなく、仲間の身内に渡すのなら構わないといった感じだ。
ただ、それに焦ったのは当の熊谷だ。
確かに弟は大切だし、可能な限りサポートしてやりたいと思っているが、それに仲間に巻き込むつもりはなかった。
「待ってくれ! パーティで得た物は平等に、だろ!? 必要だったら俺が購入する。皆に負担をかけるつもりはない!」
パーティで決めたルールだ。
それを破るのを熊谷は嫌ったし、迷惑を掛けたくなかった。
だが、熊谷の気持ちとは裏腹に、仲間達は肩をすくめて笑って見せた。
「マサよ、気にすんなよ。仲間の弟なんだ。俺たちだって無事でいてほしいんだぜ」
「そうよ、身内が心配で、この先ミスされたら敵わないわ。それなら、私達も手を貸すべきでしょ?」
「リーダーはこれが最善な活用方法だと判断したんだ。黙って貰っとけ。 要らなかったら売ってもいいしな」
拒否する熊谷を説得して、仲間達は大剣を熊谷に渡す。
皆から言われて受け取った大剣は、熊谷の手を経由して弟の手に渡った。
その大剣の名は『不屈の大剣』と言い、使い手の意志に伴って強さを増すという若干ピーキーな代物だった。
「マジで!? ありがとう兄貴! これで直ぐに追い付くから!」
「今度、皆が家に来るからお礼言っとけよ」
「わかった!」
大剣を手に入れた弟は、まるで子供のようにはしゃいでいた。来月にはギルドに登録して探索者となるわけだが、この様子で大丈夫かと心配になる。
そして、弟が高校を卒業して探索者登録をする日が来た。
可能なら指導者として同行したかったのだが、指導者は既に決まっているようで、それは不可能となった。
「兄貴! 俺のスキル剛腕だった」
そう報告する弟は、大剣を上手く使えるスキルを得て嬉しそうにしている。
スキル剛腕は、技術的な補佐や特殊性のあるスキルではないが、単純にモンスターを倒すという点においては有能なスキルだった。
ただ、重量のある武器を使い物理で殴る。
これだけで、大半のモンスターは倒せる。
最初に得たスキルとしては、とても有能なスキルと言えた。
彼らの探索は順調に進んでいるようだった。
メンバーのバランスも良く、弟も前衛として活躍しているようだ。宝箱も探索者となって九ヶ月間で二つ発見したようで、収入も安定して来ている。
そんな時である。弟が率いるパーティが依頼を受けたのは。
新人キラーと呼ばれるモンスターの討伐を受注した。
これまでに一度依頼を出されていたが、どうも失敗したらしく返り討ちに遭ったようである。
その新人キラーのモンスターはゴブリンの上位種であるホブゴブリンのようで、レベル9以下の探索者の前にのみ姿を現すらしい。
そんなモンスターを相手に二つのパーティ、総勢十名が合同で討伐に当たる。幾らユニークモンスターでも、これだけの人数がいれば問題無く討伐出来ると誰もが思っていた。
熊谷もそう思っていたし、弟も自信満々だった。
「明日の依頼頑張れよ」
「おう! 新しいスキル手に入れたら、直ぐに追い付くからな!」
生意気を言う弟を見て、これなら大丈夫だろうと思っていた。
まさかこれが、最後に交わす言葉になるとも知らずに。
討伐失敗の知らせを聞いたのは、次の日の夜だった。
十人もいた探索者の半数が殺され、残りは命辛々逃げ出したそうだ。その中に弟の姿はなく、弟の同級生は三人だけ生き残っていた。
熊谷は祈るような気持ちで、弟はどうなったのか尋ねる。同級生たちは疲れており、仲間を失ったショックからか精神的に参っていたが、それでも知らなければいけなかった。
「アイツは、俺たちを逃すために囮になって……」
「まだ、生きてるかもしれないんだな!? モンスターが現れたのは何階だ!?」
「9階です。階段を降りて直ぐでした」
同級生の証言を聞いて直ぐに駆け出した。
武器である双剣を腰に携えて、音も無く駆け抜けていく。
ただ、生きていてくれと、踏ん張ってくれと祈りながらひたすらに走る。
走って走って、たどり着いた先で見たものは絶望だった。
「うあああぁぁぁーーー!!!」
弟の体が横たわっていた。
息はもうしておらず、全身傷だらけで倒れた者達の中で最も痛めつけられていた。
きっと最後まで立っていたのだろう。
弟の体に持っているポーションを全て掛け、人工呼吸をして蘇生を試みるが、息を吹き返すことはなかった。
「ごめん、ごめん、ごめん……」
冷たい弟の体を抱き締めて、間に合わなかったことを謝罪する。もう、言葉は届かない。それでも兄として、何も出来なかった不甲斐なさを謝ることしか出来なかった。
それから数日後、弟の葬儀を終えて熊谷が立っているのは、ダンジョン10階であった。
敵討ち。
ホブゴブリンのユニークモンスターを倒すために、5階〜10階を徘徊し始めたのだ。レベル9以下でないと現れないのは分かっているが、それでも見つければ良いとひたすらに駆け巡った。
弟が倒れていた側に、弟が使っていた大剣は落ちていなかった。きっとモンスターが持って行ったに違いない。
許せなかった。
弟が使っていた武器をモンスターが使うなど、容認できない。
熊谷は毎日のように、ダンジョン10階以下を徘徊し始める。パーティメンバーには無理を言って、別行動を許可してもらった。気の済むまでやって来いと言われたが、いっそのこと離脱させてくれてもよかった。
パーティに迷惑を掛けているのは理解している。
熊谷が一時的にでも離れたことで、パーティの探索の足が止まっているのだ。パーティの中でも斥候として活躍する熊谷は、罠の発見や解除を担当しており、戦闘でもサブアタッカーとして活躍していた。
熊谷の能力は高い。
仮にパーティが熊谷を離脱させても、その代わりは早々見つからない。それをパーティメンバーは理解しているし、そもそも、長年連れ添った仲間を外すという発想は出て来なかった。
家族は何も言わない。
熊谷の影響を受けて、弟は探索者を始めたというのに誰も責めはしなかった。
ただ、無事でいてと。ただ生きて帰って来てくれたらそれでいいと、それ以上何も言われなかった。
それが辛かった。
独りよがりなのは理解しているが、罵倒してほしかった。弟が死んだのはお前のせいだと、探索者なんてやっているお前が悪いんだと言ってほしかった。
そうすれば、この心の澱みが、少しだけ晴れたかもしれないから。
熊谷が徘徊を始めて三ヶ月間、他の探索者に被害は出なかった。
だが、毎日潜っていた無理が祟って、三日間寝込んだことがあった。そして、そのタイミングを身計ったように、10階を探索していた者達が犠牲になった。
探索者協会は注意を促すだけで、強く規制はしない。
強く規制しても無駄だからだ。
ユニークモンスターは強力なモンスターで、遭遇すれば大抵の探索者がその命を落とす。しかし、倒した後の報酬がスキルや装備と魅力的で挑戦する者は必ず現れる。
パーティメンバーに冷静に判断できる者がいれば、無謀な挑戦しないだろう。だが、そうでないパーティはその場のノリで、挑戦を決めたりする。
特に男だけのパーティだと、その傾向が強いようだ。
今回犠牲になったのも、男だらけのパーティのようで自業自得と言えるものだった。
だが、その命を落とした探索者の中には起業家の息子が混ざっており、再びユニークモンスターの討伐依頼が出される運びとなる。
討伐の編成は前回と同じく、レベル9以下のパーティが二組。それに加えて、プロの探索者パーティが参加する。
作戦は簡単で、二組のパーティが先行し、ユニークモンスターが現れたらその場で足止めを行う。そして一人が離脱し、プロの探索者に応援を求めるといったものだった。
自分の手で仇を討ちたかった熊谷は、その作戦に参加させてもらおうと直談判したが、パーティの連携が崩れるという理由で参加させてもらえなかった。
だが、それで納得出来るものではない。
だからプロの探索者パーティの跡をつけ、隙あらば自分の手でユニークモンスターを始末するつもりでいた。
「……なにが起こっている!?」
作戦は順調だった。
ユニークモンスターであるホブゴブリンの足止めに成功すると、離れた場所にいるプロ探索者に知らせが来た。
急行する探索者から遅れて到着すると、ホブゴブリンは傷付き、直ぐにでも死にそうな状態になっていた。
幾ら強力なユニークモンスターでも、文字通りレベルの違う相手と戦っては勝ち目はないのだろう。
実力差があり過ぎて、僅かな動きも許されない中、なぶり殺しにされていく。
これを行っている探索者達に、モンスターを痛ぶるような趣味はない。ただ依頼主から要望で、可能な限り痛めつけてから始末しろと注文があり、悪趣味な事にその映像も撮影するように指示されていた。
この一連の作業を胸糞悪く眺めていた熊谷は、せめて止めは自分の手でと動きだそうとした時、変化は唐突に起こった。
突如としてダンジョンの中に風が吹き荒れ、大量の黒い靄が発生し傷付いたホブゴブリンに吸い込まれていく。
その黒い靄を吸収したホブゴブリンの体は、段々と傷が癒えていき、靄が晴れると体が二回りも大きくなっていた。
両手で扱っていた大剣を片手で持てるようになっており、その姿は先程とは別物で、オーガよりもさらに凶悪な気配を漂わせていた。
異常事態が起こった。
ホブゴブリンが進化したのだ。
たとえプロのパーティでも簡単には勝てない、それ程の雰囲気を纏ったユニークモンスターが姿を現した。
そして、その雰囲気は脅しではなく、現実のものとなって実行される。
ホブゴブリンを甚振っていた探索者達は、嫌な予感がして数歩後退るが、次の瞬間には前衛の頭が飛んだ。
噴水のように飛び散る液体が辺りを汚す。
その光景に驚き、動き出した探索者メンバー。その間にもう一人の体が泣き別れして上半身が地面に落下する。
「ッ逃げろーー!?」
異常事態に撤退を選択した。その判断は正しく、少しでも生き残る可能性を唯一上げる方法だった。ただし、その声がユニークモンスターの気を引いて、次の標的となる。
声を上げている最中に、大剣が口に差し込まれ、頭の上半分が大剣の上に乗る。
目だけが動き、ユニークモンスターを見た。
その顔は無表情で、まるで能面のようだなと思いながら壁に叩きつけられて原形を失った。
残りのメンバーも抵抗しようとしたが、楽に攻撃も出来ずにその命を散らしていく。
そしてその暴力は、残っていた二組のパーティにも向かう。
プロの探索者が殺される光景を見ていた二組のパーティは、恐怖で動けなくなっていた。
逃げなければと思い至ったのは、体の半分が切断されかけてからだった。
一振りで二人の命が散り、二振りで三人が刈り取られた。最後は不屈の大剣の剣閃で、五人纏めて下半身と泣き別れして地面に落ちる。
熊谷はその光景を見ている事しか出来なかった。
気配を消して、息を殺して、物音一つ立てずに、鼓動すらも抑えようと必死に隠れていた。
敵討ちと意気込んでいた心はとうに萎み、ただ恐怖だけが心を支配する。
震える体が物音を立てないか心配だった。
早く行ってくれと、見逃してくれと願う事しか出来なかった。
だが、ユニークモンスターは気付いている。
瞬く間に熊谷が隠れている角に移動すると、不屈の大剣を横薙ぎに振り抜き、真っ二つにせんと迫る。
熊谷はユニークモンスターを前に怖気付いてはいたが、30階を突破した探索者である。
ギリギリの所で双剣で防ぎ、そして弾き飛ばされ、頭を壁にぶつける。朦朧とする意識の中で、最後に見た光景は、ユニークモンスターから黒い何かが吐き出される場面だった。
三度目の失敗。
ギルド、探索者協会としては隠したかったのだろう。
何故か生きていた熊谷が持ち帰った情報と映像は、ギルドに提出したにもかかわらず、何の情報公開もされなかった。
「どうしてです!何故教えないんですか!?あんな危険なモンスターがいるんですよ!」
受付に座っている探索者協会会長に向かって訴える。あのユニークモンスターは危険だ。誰かがまた戦いを挑むかもしれない。そうでなくても、何も知らない探索者が10階を探索すれば襲われて命を落とすだろう。
それが分からない人ではないはずだ。なのに何故…。
「あー、あんた。ちょっと場所変えようか」
会長は面倒臭そうにすると、熊谷を連れて会長室まで向かう。到着すると、ソファに座るように促され、目の前にお茶が置かれた。
「この部屋は飾りが多くて嫌いなんだけどね〜。もっとシンプルなのが良いとは、あんたも思わないかい?」
「……さあ、俺には分かりません」
「無駄なものが多いのさ、無駄の中にある本物を取り出すのはとても難しい。その為の篩いってのは何にでも存在するんだよ、物にも人にも、ダンジョンにもね」
「……じゃあ、死んでいった奴らは無駄だって事ですか?」
弟も……。
悔しさから強く噛み締める。
納得できるわけがない。たとえあのユニークモンスターがその篩だったとしても、殺されていった者たちが無駄だと切り捨てるのは許されない。
双剣に手が伸びる。
「やめときな。別に私達だって無駄に人を死なせたいわけじゃないよ。 情報を流さないのも、その一環だ。探索者ってのは職業柄、無鉄砲な奴らが多い。 中にはユニークモンスターって聞いただけで、立ち向かう馬鹿もいるほどさ。 そんな馬鹿を出さないために、敢えて流さないんだよ。分かったかい?」
「じゃあどうして依頼なんて出したんですか!? あんな危険なモンスターに勝てるわけないでしょう!?」
「あれは協会が出したモノじゃないよ。一般から協会を通さずに出されたモノだ。 知らなかったとしても、受けたなら自己責任だよ」
「そんな、弟はギルドから出されたって……」
記憶を探る。
弟は何処から依頼を受けたと言っていた?
誰が受けたと言っていた?
考えてもその記憶はない。依頼を受けたのならば、協会からだと思い込んでいた。
そうだ。今回の依頼も外部から協会を通さずに出されていた。
「ユニークモンスターがいるのは知っていた。それこそ昔からね。対策が簡単だったから依頼は出さなかっただけだよ。レベル10以上の探索者は襲わない、ならレベル10以上の探索者を付けて10階を突破させてやればいい、簡単じゃないかい? あとは10階以下では稼げないって噂を流せば、誰も行こうとはしないだろう」
勿論、例外はあるだろうがと言って話を締めた。
力無く項垂れる。何も知らなかったとはいえ、難癖を付けてしまった。そして、弟の死を八つ当たりしそうになったのを恥じていた。
それでも、どうにかあのユニークモンスターを倒す手段はないかと考えてしまう。一体どうして、あの時に急激に変化したのか。あの黒い靄が吸い込まれるまでは、瀕死のホブゴブリンでしかなかった。それがあの変わりようである。
その原因を知りたくて、会長に質問する。
「会長は、あの映像を見ましたか?」
「ホブゴブリンのやつかい?」
「そうです。あんなふうに急激に変化して強くなる現象を知ってますか?」
「……あの現象は、私も初めて見たよ。でも、凄く強くなる存在は知っている」
「それは一体……?」
「知らなくていいよ。 それよりも、もうあのユニークモンスターを追うのはやめときな。あれはアンタじゃ勝てない、命を無駄に散らせるだけだよ」
「……会長ならば勝てるんじゃないですか?」
熊谷ではあのユニークモンスターは倒せない。ならば、更に格上の探索者である会長のような存在に頼るしかない。他人任せだが、もうこれしか倒す方法が思い浮かばなかった。
「私がかい? いやだよー、一線を退いたレディを戦わせようとするんじゃないよ。 やるならアンタが強くなるか、新人鍛えて戦わせるようにしな。 さあ、話は終わりだ。 アンタもパーティメンバーに迷惑かけてんだろ、身内の復讐なんだろうが、今残っている奴等を蔑ろにするのはやめときな」
これでお終いといったふうに手を叩くと、熊谷に退出を促す。これ以上の会話は必要無いと、手を振って追い出された。
何も言わずに熊谷は立ち上がると、会長室を後にする。
残ったのは、自分の不甲斐なさと言いしれぬ虚脱感だった。
もっと弟と会話して、依頼がどこから出されたのか確認しておけば良かった。早くに介入して、強くなる前にユニークモンスターを倒しておけば良かった。
結局はたらればだが、考えずにはいられなかったのだ。
それからの熊谷はパーティに復帰する。
ユニークモンスターの事を忘れたわけではない、弟が殺されたのに忘れられるはずもない。
パーティメンバーは力を貸そうかと協力してくれるが、このメンバーでも勝てるとは思えない。それに、あのユニークモンスターが始末した探索者達と、そう実力は変わらないのだ。
弟が受けた依頼についても調べてみたのだが、結果は今回と同じように身内を失った家族からのものだった。
それをパーティメンバーの一人が持ち込んだようで、その一人に話を聞きに行くと平身低頭謝罪された。
パーティに復帰した熊谷は、これまで以上に精力的に戦闘に参加した。
何かに突き動かされるように、或いは恐怖から逃れるように、ひたすらに自分の腕を磨いていく。
前に出過ぎたのを、メンバーから忠告されて漸く下がるくらいだ。
パーティでの探索を終えて休みの日にも、ダンジョンに潜りモンスターを相手に戦いを繰り広げる。鬼気迫る表情で、ひたすらに戦い続けた。
その成果は表れ、パーティ内でも頭ひとつ抜けた実力を身に付けていた。
「おい、マサッ!この動画は見たのか!?」
ひたすらに戦い続けて三年と少しが経つ。ダンジョンも38階まで攻略が進み、メンバーのレベルも順調に上がっている。そんな順調な日の昼下がり、パーティで借りたマンションの一室で武器の手入れをしていると、リーダーがスマホを片手に駆け寄って来た。
「どうしたんだよ。昔の彼女が結婚でもしたのか?」
「馬鹿野郎、そんなんじゃない! これを見ろ、これを!」
そのスマホの画面には、二体のホブゴブリンと太った探索者と若い探索者達の姿が映っており、太った探索者が他を庇いながら戦闘を繰り広げていた。
終始危なげなく圧倒する姿は、相当な力量を思わせる。
そして……。
「……不屈の大剣」
その探索者が使っている大剣は、かつて34階を探索していたときに宝箱より得た物である。熊谷の弟の手に渡り、弟の仇であるユニークモンスターのホブゴブリンが使っているはずだった。
どうして、この探索者が使っているのか理解出来ない。
いや、あの大剣を手に入れる方法は分かっている。
ユニークモンスターを倒せば良いのだ。
だが、熊谷は見たのだ。
あの圧倒的なモンスターの力を、絶望するしかないその強さを。だからこそ、普通の探索者が勝てるとは思えなかった。
「おい!マサ!?」
映像を見た熊谷はマンションを飛び出すと、探索者協会へと駆けていく。
そこに、あの映像の人物がいるとは限らないが、受付に聞けば何か分かるかもしれないと思ったのだ。
走りながら会長との話を思い出す。
篩にかけられ、生き残った探索者。
有象無象とは違う、特別な探索者。
そして、弟の仇を取ってくれたかもしれない探索者だ。
熊谷はその探索者に会うために、ひたすらに走った。
ーーー
熊谷正光(27)
レベル 28
《スキル》
罠察知 加速 見切り
ーーー
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