第62話 六十日目

 今日は朝から出かけて、ダンジョン近くの繁華街を徘徊していた。


 別に何か目的があるわけではなく、少し考えごとがしたくて、散歩がてらぶらぶらと歩いているのだ。


 朝の繁華街は久しぶりだ。

 開店の準備をしている従業員が掃除をしたり、シャッターを開けて看板を出したりしている。

 おっ、あそこの日替わりランチは海老フライ大盛りか。

 あっちはコロッケ定食か、悩むな。


 いやいや、違う違う。

 考えごとはご飯のことではない。昨日の打ち上げの席で東風とうふうに言われた事で悩んでいるのだ。

 その言われた言葉というのは、


「うぃっく…ねぇ田中ぁさーん。あなたはぁ、なぁんでダンジョンもぐうっぷ…てるんでぇすかぁ?」


 ベロベロに酔っ払って吐きそうになっている東風から、距離を取るようにしていたのだが、最後は抱きつかれてゲロを吐かれてしまった。

 俺は何も言わずに涙を流した。


 いや、違う。それじゃない。


〝どうしてダンジョンに潜っているのか”


 これを言われて考えていた。

 普通に暮らすだけならば、21階でオークを二体狩れば十分な稼ぎになる。それなのに俺はダンジョンの奥を目指して潜っていた。

 これは俺だけでなく、他の探索者も似たような者がおり、そんな人物をダンジョンに魅入られた者、若しくは呪われた者、通称ダンジョンジャンキーと呼んでるそうだ。


 因みに東風は、ダンジョンがどうして存在するのか知りたくて潜っている。大学でも考古学専攻していたそうで、ダンジョンも人もしくは知性ある存在の手によって作られたものではないかと考えているらしい。

 事実、31階からのダンジョンは人工物らしき物が大量にあり、それを調べるために30階突破を目指しているそうだ。


 しかし、それは東風だけのようで、他のメンバーはまた別の理由がある。



 彼等の話を聞いて、俺はどうだろうと考えていた。

 確かにダンジョンに魅入られているだろう。毎日のように潜っているのだ。それは否定しようのない事実だ。

 最初は次の仕事が決まるまでの繋ぎでしかなかったが、今ではガッツリである。

 どうせ奥を目指すなら、何か目的がほしい。

 なんの目的もなく無意味に潜るのも、いつでも止めれる理由になって悪くはないのだが、目的があるとそれはそれで楽しくなるのではないかと思うのだ。


 途中でコンビニに寄り、アイスコーヒーを購入して公園のベンチに腰を下ろす。軋む音が鳴り、ベンチの年季を物語っている。


 コーヒーを啜ってフウッと息を吐き出し和んでいると、横から名前を呼ばれた。


 おう昨日ぶりだな、どうしたんだこんな朝から。


 俺を呼んだのは調千里しらべちさとだった。正直、こいつから話し掛けて来るとは思っていなかったので驚いている。


 千里はこんな所で何をやっているのかと警戒しながら尋ねて来るが、お前は俺が不審者か何かに見えているのかと言いたい。

 確かに幼少の子供達が砂場で遊んでいて、その親がちらちらと警戒しているようだが、俺がそんな変質者に見えるとでも言うのか。


 え?公園でぶつぶつ独り言いってたら危ない人だって?


 ……ごめん。


 俺は千里と場所を変えて、繁華街にあるカフェに来ていた。千里は手慣れた様子で注文しているが、俺は何がいいのか分からず、つい「冷たいの、おまかせで」と言ったら笑われてしまった。


 仕方ないだろうが、こんなオシャレな所に来たことないのだ。行ったことあるのは、Mの付くファストフード店がせいぜいだ。


 千里は何が良いのか聞いて来て、代わりに注文してくれた。

 結果渡されたのは、フラペチーノだった。


 違う、冷たいのが良いとは言ったが、これじゃない。

 普通のアイスコーヒーで良かったのだ。

 そんな事は言えずに商品を受け取ると、悪戯っ子みたいに笑う千里の顔を見て、こいつ確信犯だなと理解する。


 大丈夫なのか?何か用事があったんじゃないのか?


 空いていた席に着くと、お洒落をした千里の格好を見て尋ねる。明らかに、どこかに出掛ける格好である。こんな所でゆっくりしていて大丈夫なのか疑問だった。

 すると、待ち合わせまで時間があるようで、途中で俺を見かけたから声を掛けたそうだ。


 千里を見ていて、ふと思ったのが、こいつはどうして探索者をしているのだろうというものだった。

 性格はどうあれ、見目は優れておりスタイルも良い。それこそ、モデルをやっていてもおかしくないくらいだ。


 なあ、お前はなんで探索者やってるんだ?

 なんだよ、変な奴見るような目をして。

 あんたはどうなのって?

 それを考えるために聞いてるんだよ。


 盛大にため息を吐かれて、呆れたような顔をされた。

 そして、そんなの聞いても貴方がダンジョンを潜る目的にはならないでしょう。どうせダンジョンに魅入られてるなら、潜りながら考えれば良いんじゃない?とまるで子供に言い聞かせるように言われてしまった。


 おお、大人だ。

 俺を豚呼ばわりしたくせに、一丁前に考えていやがる。


 千里の言葉はストンと俺の胸に収まった。

 確かにそうだなと、東風に言われて焦っていたのかもしれない。

 それは、東風達が楽しそうに探索の成果の話をしたり、苦労話をしているのを見て、目的や目標があると違うのだと勝手に思い込んでいたからだろう。

 もう少し、のんびりと考えてみよう。

 どうせ時間はあるのだ。


 俺は千里にお礼を言うと、一気にフラペチーノを飲み干す。甘ったるい飲み物が口に広がるが、女王蟻の蜜には遠く及ばない。


 そして立ち上がり、店から出ようと移動する。

 そんな俺を引き止めようと、千里が俺の手を掴むが、どうしたのか驚いた表情で固まっていた。


 どうかしたのかと尋ねても、何かに驚いた表情でこちらを見るだけだった。そして千里のスマホが鳴り、その音をきっかけに再起動した。


 なんだよ、大丈夫じゃないか。


 電話に出る千里を置いて、俺はダンジョンに向かうのだった。



 ダンジョン11階


 壁を慎重に探り、トレースを発動して壁を調べていく。

 以前、何かの蛹があった場所を見つけると、地属性魔法で穴を開けて中の様子を見る。


 するとそこには、萎れたように小さくなった何かがあるだけだった。

 きっと育ち切れずにお亡くなりになったのだろう。

 もしかしたら、また蜜が手に入るんじゃないかと思ったが、そんなに話は上手くなかった。


 そして、俺が治癒魔法を掛けた方の蛹がある場所に移動していると、その途中で、別の意味で蛹を作ろうとしている男女がいた。


 いや、お前らダンジョンでナニやってんだよ。


 ばっちりと目が合った状態で固まる俺たち。

 正気に戻った女性が悲鳴を上げるが、俺は決して目を離さなかった。

 別に女性の体に興味があったからとかではなく、お盛んな二人の横から、ビックアントがこんにちはしてたから教えて上げようとしたのだ。


 あの、横に別の覗き魔がいますよ。

 そう教えて上げると、二人は驚いて立ち上がるが、足に服が絡まったのか転倒する。そして、肩に噛みつかれて大きな悲鳴を上げた。


 俺はゆっくりと近付くと、暴君の戦斧を振り下ろして二つに切り分ける。


 男の方は、肩を深く噛まれて負傷しているが治癒魔法やポーションを使ってやるつもりはない。

 こんな所でやってりゃ、モンスターに殺してくれと言っているようなものだし、生きているだけマシだと思うべきだ。それに、探索してるならポーションくらい持っているだろうしな。


 女の方は服も着ないで、負傷した男を心配して右往左往している。

 俺は二人を無視して通り過ぎようとすると、女の方に助けを求められた。ポーション使えとアドバイスしてやるが、お金が無くて用意していないらしい。


 じゃあこんな所でやってんじゃねーよ。


 男の方は血を流し過ぎたのか、顔色が悪くなっている。

 致命傷になるような傷ではないが、治療しなければ命は危ないかもしれない。

 俺は仕方なくポーションを取り出すと、女に渡してその場を後にした。



 気を取り直して移動し目的の場所にたどり着く。

 先程と同じように地属性魔法で穴を開けると、そこには何も無かった。

 正確には、反対側にビックアントが通れる程度の穴が空いており、何かが通った跡がある。恐らく蛹が孵ったのだろう。


 反対側に手を当てトレースするが、その先は何かに遮られて知ることが出来なかった。

 穴を開けて進むことはできるが、生物としての本能か、勘かは分からないが危険だと知らせて来る。


 俺はここまでだと諦めて穴から出た。



ーーー


田中 ハルト(24)

レベル 17

《スキル》

地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破 解体

《装備》 

俊敏の腕輪 暴君の戦斧 神鳥の靴 守護の首飾り 魔鏡の鎧

《状態》 

デブ(各能力増強)


ーーー

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