第56話 五十四日目
今日はいつもに比べて、遅く目を覚ました。
昨日までは朝5時に起きて準備していたが、今日からは少しゆっくり出来る。
うん。暫く正社員はいいや。
ん?スマホに愛さんから着信が……あっおはようございます。いえ忘れてないです。これから出る所なんで、直ぐ行きますね。
えっ約束の時間過ぎてる?11時じゃなかったですか!?
あ〜すいません。昨日、疲れてたんで聞き間違えてたかもです。
はい、直ぐ行きますんで。はい、はい〜。
完全に忘れてたわ。
朝からホント株式会社に行く予定だったんだ。
俺は朝シャンしてから家を出た。
ホント株式会社に到着したのは、11時を10分くらい過ぎた頃だった。
申し訳ありません待たせてしまって。
はい、社会人として恥ずかしい限りです。
はい、今度からは気をつけます。
…で、今日は何の用で?
待たせてしまった手前、謝罪はしたが、よくよく考えたら一方的に呼び出されただけなので、態度を元に戻した。
いくら愛さんが一企業の社長だとしても、俺はこの会社の社員でも何でもないのだ。そもそも言うことを聞く必要もない。
あ、五十万円振り込んで頂けたのですね。
ありがとうございますありがとうございますありがとうございます。
大きな体が曲がって起きてを繰り返すが、別に愛さんに媚びている訳ではない。ただ諂っているだけだ。
はい、今後もよろしくお願いします!
どうやら用事はこれだけのよう……なわけないですよね。
はい、この映像を見ろ?
はいはい、何でしょう。これはダンジョンの映像?
ダンジョン10階ですかね?
うーん。太った探索者が何か出しゃばり過ぎてますね。ヘルメットで顔は見えないけど、きっと嫌な奴なんでしょうね。雰囲気がそんな感じしてますよ。
ん?どこかで見覚えはないかって?
ん〜、ああ、この大学生達は見覚えありますね。
何処だったかな〜。すいません覚えてないです。
その後も映像は進んでいき、ボスモンスターとの戦闘に移ると、途端に太った探索者が前に出て戦いを始めてしまった。絵面で言えば大学生が戦った方が映えそうだが、全部を太った探索者に持っていかれた感じだ。
全部見終わって感想を言うなら、残念な映像ですねの一言に尽きる。
美男美女がいるのに、終始太った探索者が中心にいた。それを映すカメラマンも悪いが、遠慮しない太った探索者も悪い。もう少し、見る側の気持ちを考えてほしいものだ。
そう感想を述べると、愛さんは盛大にため息吐き俺を真っ直ぐ見てこう言った。
「この太った探索者、貴方でしょ?」
……ですね。
・この映像やばいwデブが大活躍してんだけどw
・これって10階ボスモンスターでイレギュラーエンカウントしたのか?
・誰かこの太った探索者がどれくらい強いか教えてくれ。
・こんな映像流して大丈夫か?探索者始める奴減るんじゃね?
・せっかく法改正して探索者やらせようとしてたのにな、これ見て止める奴はいるだろうな。
・×分××秒で投げてる道具はどこに売ってるんだ?
・こいつ見たことあるな。オークの動画に……
…etc
この動画への書き込みはこのようになっている。
某掲示板にもスレッドが立っており、話題になっているそうだ。しかも、この映像は何度も削除されているらしく、その度に上げられているらしい。
何故消されるのか?
愛さん曰く、コメントにもあったように、探索者志望の人員が減るのを良しとしない存在がいるようで、それは探索者協会だったり、関連企業だったり、政府だったり、ネオユートピアに暮らす上級国民だったりと、探索者が減ると不都合のある団体が動いているそうだ。
直接危害を加えて来るような真似はしないだろうが、何かしらコンタクトはあるかもしれないとの事だ。
一応、干渉を回避する手段はある。
それは企業にスポンサーになってもらう事だ。
通常、ダンジョン30階を突破したプロの探索者に声が掛かりやすいのだが、治癒魔法や特殊なスキルを得た探索者もスカウトされる事も多い。
スポンサー付きの探索者になれば、探索に使用する装備や道具を用意してくれ、住む場所と食事も提供してもらえる。
またトラブルがあっても企業側が対処してくれ、今回のように目を付けられても、企業が弁護士を通して法的に対処してくれるそうだ。面倒を嫌がる多くの者は、これで手出しして来なくなる。
その代わり、企業が出す依頼は断ることが難しくなり、無理難題を押し付けられる恐れもある。
まあ、探索者との仲が悪くなるので、そういう事はほとんど無いそうだが。
それで、どうする?と尋ねる真剣な表情の愛さん。
そんな愛さんにとびっきりの笑顔を向けて。
「嫌です」
絶対に契約しない。
契約すれば自由が奪われるのは目に見えている。たとえ愛さんにその考えは無くても、その周辺が同じだとは限らない。少なくとも、あのアグレッシブジジイは大丈夫そうだが、他とは顔も合わせたことは無いのだ。
俺は顔を見た事もない人を信用するほど、出来た人間ではない。
ホント株式会社を出た俺は、そのままダンジョン近くのショッピングモールに来ている。
ちょうど武器屋から連絡があり、鎧の調整が終わったらしい。
武器屋に行くと、そこには展示された白い鎧が見える。
間違いなく俺の鎧だ。白を基調に青いラインが走って非常にカッコ良く、正に厨二の為にあるような鎧である。
その鎧の前では、記念撮影をしている親子や同じ厨二心を持つ同士が撮影していた。
どうも、鎧取りに来ました。
ん?何かあったんですか?
えっ、あの鎧を譲って欲しい…。
……お幾らで?
三千万円?お引き取り下さい。アレは一億はする代物です(ぼったくり)。最低一億円払ってもらわないとお譲り出来ません。
では。
武器屋に入ると、美人な姉ちゃんが店主と話していたのだが、その内容が展示されている魔鏡の鎧を売ってくれと言うものだった。
店主も預かっているだけで、売り物ではないと断ったそうだが、どうしてもと直接交渉する為に俺を待っていたのだとか。
てか、人の物を勝手に飾るなよと店主に文句を言うと「アレほどの鎧は滅多にないから、ついやってしまった申し訳ない」と一応の謝罪はもらったので良しとしよう。
早速、鎧の装着に入る。
うん、入る気がしない。てかサイズが変わってない。
店主見るとしたり顔で腕を組んでいる。
いや、何やってんだよ。客が困ってるのになにつっ立ってんだ。
店主をじっと見ていると仕方ないなといった感じで、鎧の青いラインに手で触れて魔力を流して「
大きくなった魔鏡の鎧を身に着けると、今度は少しだけ大きく、これでは動きが阻害されてしまう。
その事を分かっていた店主は、今度は白い面を触れて魔力を流して「
おお!凄いなこれ。
錬金術…。これは憧れるな!
よくは分からないけど、凄い仕組みだって事は分かるよ。
えっ腕の部分に魔力を流してみろ?
うお!盾が出てきた!
店主がしたり顔から本気のドヤ顔に変わる。
サイズだけなら二百万円で良かったが、盾まで付けると五百万円は貰わないと出来なかったそうだ。
そうか。
で、俺はいつ盾を付けろと言ったんだ?
ダンジョン21階
今日は仕返しの日にしようと思う。
散々、オークに捌かれる毎日を送っていたのだ。少しくらいやり返してもバチは当たるまい。
別に鎧姿を笑われたからとか、鎧を欲しがってた女から豚に真珠ねって馬鹿にされたからとか、盾を勝手に付けられてぼったくられたから、そのストレス解消のために暴れようとかではない。
ただ、やられたらやり返すだけだ。
兜を被り、面を下ろすと戦斧を手にオークに立ち向かう。
数日前まで、いいようにしてくれたオークに戦斧を振り下ろし、頭を破壊すると体がグラリと揺れて力無く地面に倒れる。
体を回転させると遠心力を利用して振り抜き、胴体を真っ二つにする。
続くオークの足を払い、倒れたオークの頭部を石突きで破壊する。
昨日の練習が生きているのか、戦斧の扱いも上々と言えるだろう。
更に向かって来るオークに突撃する。
この野郎!よくもやってくれたな!
人が抵抗しないからってガンガン殴りやがって!?
痛かったんだぞ!痛かったんだぞー!!
なに映像流しとんじゃい!ダメって言っただろうが!
なに盾を勝手に付けてんだ!カッコいいじゃねーか!
だから許す。
なにが似合わないじゃボケ!なにが豚に真珠だボケ!自分が一番自覚しとるわいボケ!!
何故か大量発生していたオークを全滅させて、スッキリした俺は気分良くダンジョンを出る。
明日から泊まり掛けで探索するつもりなので、帰りにギルドの売店とスーパーに寄って食材を買い込んで帰宅する。
電車の中で例の動画を見ている人がいたが、俺だとは気付いてない様子だった。
ーーー
田中 ハルト(24)
レベル 17
《スキル》
地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破 解体
《装備》
俊敏の腕輪 暴君の戦斧 神鳥の靴 守護の首飾り 魔鏡の鎧
《状態》
デブ(各能力増強)
ーーー
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