第53話 幕間7 中編(三森巫世)

 良かった、私生きてる。


 医務室のベッドの上で目を覚ました三森は、心の底から安堵した。

 多くのモンスターに囲まれて、リーダーである日野が必死に守ってくれたのは覚えている。だが、付与術の使い過ぎで魔力が枯渇し気を失ってしまい、それからどうなったのか分からなかった。

 誰かに助けてもらったのは分かる。

 奇跡的に日野がモンスターを全て倒した可能性もあるが、それよりも、他の探索者が助けてくれたと考えるのがしっくり来る。


「巫世ちゃん気が付いた?」


 ベッドから起き上がると、同じパーティの弓使いの桃山が椅子に座っていた。


「…ここは?」


「ギルドの医務室。どうなったのか覚えてる?」


 桃山の問いかけに首を振って否定する。

 覚えてるのはモンスターに襲われたところまでだ。


 その旨を伝えると、あの後、ある探索者に救われたと教えてくれた。

 なんでもその探索者は一人で活動していたらしく、あっという間にモンスターを倒してしまったそうだ。

 桃山は最後に、その恩人に無茶なお願いをしてしまい嫌われたと落ち込んでいた。


 日野はまだ眠っているらしく、神庭と九重はそちらの看病に当たっているらしい。


「お礼言わなきゃ」


「そうだね。 あっ…ごめんなさい、連絡先聞いてなかった」


 命の恩人にお礼を言いたかったが、それはまた別の機会になりそうだ。



 それから日野も目を覚ましたという連絡があり、三人と合流する。

 日野はあれだけの怪我をしたというのにケロッとしており、探索者を辞めるつもりは無いようだ。


 三森も目の前で傷付いていく日野を見ていたが、それでも辞めようという気にはならなかった。それに、このパーティはバランスが良く、受付のオバチャンも将来性があると太鼓判を押していた。

 このパーティなら初期投資の回収も早く出来そうだと期待している。



 場所を変えてギルド内にあるカフェで、宝箱から出たタクトの取り扱いを話し合っていた。

 タクトを使用するのか、売却するのか。

 どちらにしても損は無いのだが、使用するならば鑑定をしないとどんな効果があるのか分からず、とてもではないが扱えない。

 鑑定には十万円必要であり、このパーティにそれだけの資金力は今のところ無い。


 売却するなら鑑定料は無料だが、このタクトが自分達にとって有益な物ならば、恐らく二度と手に入らない。


 だからリーダーである日野が出した答えは、探索して稼いで鑑定してから結論を出すという順当なものだった。


 三森としては、売却して分配して欲しかったが、皆が同意したので泣く泣く諦めた。



ーーー


一角獣の杖


タクト型の杖。女性専用装備。

魔力の消費を軽減し、効果を一段階上げる。(一日三回)

魔力を消費して、杖の先から刺突剣のような刃が発生する。


買取価格

四百万円


ーーー


 資金調達を始めて数日。

 思っていたよりも早く資金が集まった。


「これは、九重が使うべきかな」


 日野がそう結論を出して、一角獣の杖を九重に渡す。

 渡された九重は、高額な杖を渡されて戸惑っている。


「私で良いの? 巫世の方が適任じゃない?」


「付与術の効果は確かに凄いけど、それに頼ってばかりじゃ俺達は成長できない。 だから三森さんよりも、九重の方が適任だと判断したんだ」


 日野の言葉に納得した九重は、一度頷いて一角獣の杖を受け取る。

 その顔には確かな覚悟が宿っていた。



「……付与術に頼ってばかりか」


 悪意は無いのだろうが、日野が言った言葉が耳にこびり付いていた。




 それから何度か探索を繰り返していると、一つ気付いた事がある。


 桃山がある特徴を持った人を目で追うようになっていたのだ。

 それに気付いたのは三森だけではなく、恋話を求めている他の女子二名にも気付かれていた。

 そして、神庭と九重はその対象の人物を知っているご様子である。


「悠美〜誰探してるのかな〜。もしかして、この前の人かな〜」


「ち、違うよ、改めてお礼を言いたいだけだよ。この前は失礼なことしちゃったから、だから……」


 九重が楽しそうに桃山を揶揄う。

 桃山は顔を赤らめて、恥ずかしそうに答えた。


 三森はその様子を黙って見守っていたが、心の中ではお祭りわっしょいだった。


 も・り・あ・がっ・て・きたー!!


 日野ハーレムの崩壊!


 楽しそうな予感しかしない。



 桃山の話からすると、その対象は先日の恩人のようだが、そんなに素敵な人なのだろうか。


「あのー、私はその方を存じないのですが、どのような方なのですか?」


 この質問に、三人は気まずそうに顔を見合わせる。


「悪い人ではないと思います。ただ癖がありますね…」


「普通…じゃないわね。特徴的な人よ」


「…命の恩人……フクヨカな人」


 上から神庭、九重、桃山の解答だ。

 助けてもらってなんだが、あまり良い印象を抱けないかもしれない。先入観を持って接するべきではないのだが、桃山が口籠るほどの人なのかと警戒してしまう。

 お礼は出来る限りするつもりだが、変なことを言って来ないか心配になってきた。


「まあ、心配する必要はないと思いますよ。少なくとも、ダンジョンで人助けをするくらいには優しいですからね」


 三森の不安を察したのか、神庭がフォローしてくれる。


 そうだ。

 人助けするくらい心が広い人なのだ。

 ちゃんと会ってお礼を言おう。




「えっ俺?24歳だけど」


 桃山さん、本当にこの人なんですか!?

 そう問いたいほど、その男性の第一印象は衝撃だった。


 この日は、日野のライバル的男子が所属しているパーティと共闘したり、そのパーティに所属している生徒会長の女性が日野を気にしていたりと色んな出来事があったのだが、それらがどうでも良くなるくらいの衝撃だ。


「ああ、ありがとう。 美味いなこのスープ」


 桃山から受け取ったスープを啜ると、ほっとしたようにそう呟いた。


「本当ですか! 良かったです」


 男性の感想を聞いた桃山は、満面の笑みで喜んでいた。

 このパーティに所属してまだ日は浅いが、こんな表情をする桃山は初めて見た。

 どうやら、この男性で間違いないようだ。


 男性は自称24歳だが、その容姿は幼なく見える。それこそ同級生か、それよりも下なくらいだ。童顔と言ってしまえばそれまでだが、それでも二十歳を超えているようには見えなかった。

 容姿は普通だ。しかし、体が全体的に大きいためか、なにか迫力のようなものがあり、人を遠ざけていた。

 ただ、これを感じているのは三森だけのようで、他のメンバーや日野のライバルパーティは普通に接している。


「田中さん、先日は助けて頂きありがとうございました」


「あっ!あ、ありがとうございました!」


 日野の言葉にハッとした三森は、慌てて立ち上がり頭を下げた。

 そうだ、見た目や印象でその人を決めつけてはいけない。少なくとも、人助けをする人物だ。悪い人ではないはずだ。


「あー、気にしなく良いよ。 頼まれて仕方なくだから、仕方なく助けただけだから気にすんな」


 仕方なくをやたら強調する言い方に、少し引っ掛かりはあるが、感謝の言葉は受け入れてくれたようだ。


 命の恩人の男性、田中は食事を摂るだけで会話には余り加わろうとはしない。歳が離れているのと、知らない人ばかりで気を使ったのだろうか。

 だが、会話の内容がダンジョンの話に移ったときから、積極的に加わりだした。


「ダンジョンの地図って売ってるのか?」


「ええ、受付に言えば20階までの地図を取り扱っていますよ」


 まるで初めて知ったかのような驚愕の表情だ。

 ギルドに登録するときに説明を受けているはずなのだが、もしかして聞いていなかったのだろうか。


「いや、俺は登録してない」


「……バカなのか?」


「あ゛!?」


「なんでもないです、なんでも……」


 失礼なことを言って、日野のライバルが睨まれる。

 だが誰も彼を責めることはできないだろう、何故なら皆の思いを代弁してくれたのだから。


 それから田中のギルド登録に対する質問が出るようになり、それを切っ掛けに打ち解けたのか、少しずつ話すようになる。

 そして最後は日野と仲良く肩を組むまでになっていた。


 いや、日野さん、あなたの想い人がチョロインされてますよ。


 三森の思いは誰にも届くことはなかった。




 三森が仲間に加入して、一角獣の杖を手に入れてからのパーティの探索は極めて順調だった。

 戦いにも慣れ、それぞれが役割を果たし、連携も上達した。このまま20階を突破出来ると思っていた。


 だが、その足も19階で止まる。


 19階で出現するコボルトに苦戦していた。

 動きが速く、武器を使い、矢による遠距離攻撃を仕掛けて来る。更に厄介なのが、前衛を飛び越えて後衛に向かって行くことだ。

 それがジャンボスパイダーならば、まだ桃山の矢で倒せるのだが、接近戦を得意としたコボルトが相手では上手くいかない。


「私、犬が嫌いになりそう」


 戦いが終わり、九重がボソリと呟いた。

 ロックウルフに続きコボルトという犬型のモンスターに苦戦しており、嫌気がさしていた。


「私は犬飼ってるんですけど、八つ当たりしないようにしなければいけませんね」


「由香ん家の小太郎は、可愛いから大丈夫だよ」


 心配する神庭に親しく声を掛ける日野。

 どうしてお前が犬を知っているんだ、というツッコミは入れたら駄目なんだろう。きっと二人きりで遊びにでも行ったのだろう、それをデートと認識しているかは知らないが。


 まあ、そんなのは置いておいて、このままでは19階を突破出来ない。

 何か手を考える必要があった。




「仲間を増やすべきだと考えているんだが、皆の意見を聞きたい」


 ギルドに近いカフェテラスで日野がメンバーを集めて、今後の方針を話し合っていた。

 場所は外だが、冷気を送る魔道具がパラソルに仕込まれているらしく、上から優しい冷気が送られ快適なカフェタイムを約束してくれている。


「私は反対です。まだ焦るときじゃないですし、やってない事もありますから」


「う〜ん……賛成。仲間が増えるなら早い方が良いし、戦力アップするなら人を増やすのが手取り早いから」


「反対。変な人が来たら困ります」


「由香ちゃんの意見に賛成。 巫世ちゃんが入って来て日も浅いし、まだ焦らなくて良いかなって思うの。 良さそうな人が見つかったら、その時は誘えばいいんじゃないかな」


 一名を除いてパーティメンバーの増員に反対意見だった。

 日野はそんなものかと思考する。

 確かに焦って人員を増やす必要はないのかもしれない、だが、今のままでは前に進めないと感じていた。

 何かないかと考えていると、三森と桃山から声が上がる。


「日野君、使いたい装備があるんですけど、購入お願い出来ますか?」


「あっトウヤ、私も欲しい武器があるんだけど……」


「ん? 予算オーバーしなければ大丈夫だが、何を買うんだ?」


「それは……」





 新たに購入した装備を身に付けて、ギルドに到着する。

 当初は二人の物を購入したら終わりのはずだったのだが、九重がローブを欲しがり、神庭がブーツを当たり前のように持って来たので、思わぬ出費にパーティの資金が底を突きそうになっていた。


「今日から資金調達を優先するからな」


 スマホの残高を確認している日野は、日々パーティの資金管理を頑張っているのだ。


 向かう建物には、探索者協会と書かれた文字が大きく掲げられている。

 そこにギルドという文字は、どこにも書かれていない。

 探索者協会がギルドと呼ばれ始めたのは二十年ほど前からで、MMO大好きな探索者がギルドと言い始めたのがきっかけだった。

 探索者協会自体はギルドと称したことは一度も無いのだが、呼びやすい事もあり定着していた。今では、ギルドと呼んだ方が通じる位だ。


 自動ドアが開き中に入ると、そこには広いエントランスがあり、天井にはシャンデリアが飾られている。

 その先には大きな窓口が左右別々に分かれており、皆が忙しそうに動いている。

 向かって正面右手には探索者登録や依頼の受注を専門とした窓口があり、左手には素材の買取や鑑定依頼、依頼の申し込みなどの業務を行う窓口で、それぞれ職員が待機している。


 ここ最近は右側の探索者登録が賑わっており、職員が忙しなく動いていた。


「あっ田中さんだ」


 入って右の廊下から、こちらに向かってドスドスと歩いて来ている。

 右の廊下の先には、ギルドの売店があり探索向けのアイテムを多数取り扱っている。

 ポーションやマジックポーションの品質も一定で、安心安全の探索者協会御用達の業者から卸した品々が並んでいる。探索前には、ここで必要な物資を購入する探索者がほとんどだ。


「よお、お前らも今から探索か?」


 遠目からでも分かる特徴的な男の田中は、気さくに話しかけて来る。


「はい、田中さんもこれからですか?」


「おうよ。たくさん稼がなきゃな」


 胸をどんと叩く田中を見て違和感を覚えた。

 いや違和感ではない、以前会った時より田中が少し大きくなっている。

 腹がぱんぱんになっており、丈夫なはずの防護服がギシギシと悲鳴を上げていた。


「もしかして太りました?」


 三森の口から自然と出ていた。

 誰もが発しそうになった言葉、それが一番早かったのが三森なだけだった。誰も、三森を責めることは出来ない。


「開口一番にそれかよおい! むしろ痩せとるわ! 探索であんだけ動いてんのに、痩せないわけあるかい!?」


「で、ですよね〜」


 最後に体重計乗ったのいつですか?

 鏡見てます?


 口から出そうになるのを必死に堪えて、愛想笑いを浮かべる。

 田中を見ていると圧迫感はあるが、それ以上にツッコミどころがあり過ぎて対応に困ってしまう。


 そんな三森の葛藤とは別に、これまで黙っていた桃山が、田中を真っ直ぐに見つめて、ある提案をする。


「……田中さん、良かったら私達と一緒に潜りませんか?」


 まさかの勧誘に、他のパーティメンバーも驚いた。

 先程は、良い人がいれば勧誘すると話は纏まりはしたが、それに田中が該当するのか疑問なのだ。

 しかし誰も止めようとはしない、むしろ他のメンバーからも援護が入る。


「そうね! 田中さんも一人じゃ大変でしょうし、私達と探索しましょうよ!」


 そう援護したのは、先程のメンバー補充に賛成していた九重だった。


 田中の実力を見ているのは桃山と九重、そして神庭の三人だ。

 この三名から田中の強さは聞いている。

 一人で全てのモンスターを薙ぎ倒し、それでもまだ余裕がありそうだったと。

 それならば確かに心強い。あれからそんなに経ってないし、19階は突破しているかもしれないが、20階のモンスターの多さには苦戦しているはずだ。

 ましてや、一人でボスモンスターに挑むのは危険すぎる。

 ならば、田中としても願ったりな申し出ではないだろうか。


 しかし、田中の反応は芳しくない。


「なあ、お前たちは今何階を探索してるんだ?」


「19階ですけど……」


「俺な、今23階を探索してるんだ。 だから悪いな。助っ人でいいなら呼んでくれ、いつでも行くからさ」


 良い探索をと言って、去って行く後ろ姿を誰もが無言で見送った。


 この前まで、同じ階を探索していたはずなのに、いつの間にか自分達よりも先にいる。

 強いのは知っていた。

 だが、パーティで潜っている以上、こちらの方が戦力は充実していると思っていた。

 それがどうだろう、19階で足踏みをしている間に、差を広げられてしまっている。特に競っていたわけではないのだが、どうしても焦りが心に去来するのだ。


「……行こう」


 日野はメンバーに声を掛けると、四人は頷き日野の後に付いて行った。

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