第52話 幕間7 前編(三森巫世)

 三森巫世が探索者を始めたのは友人に誘われてからだった。

 最初は危険の多い探索者をするのが嫌で断っていたが、最後は根負けして引き受けてしまった。

 おかげで、これまで貯めていたお年玉が吹き飛んでしまったが、これで友情を守ったのだと思えば安い物である。


 こうして探索者になった三森だったが、直ぐに後悔した。

 別に探索者が過酷で嫌だったというわけではない、そんなのはなる前から分かっていた事だ。

 覚悟は出来ていた。

 だが、友人達は違ったのだ。

 友人五人で結成したパーティだったが、パーティのリーダーが最初に離脱した。

 どうやら思っていたよりきつかったようで、精神が参ったそうだ。


 嘘つけと思った。

 お前に彼氏が出来たのは知ってるんだぞと言ってやりたかったが、ここはぐっと堪えて友情の維持を選択した。


 探索者を誘った当のリーダーが速攻で離脱したせいで、パーティは空中分解する。

 それも仕方ないだろう、元々やる気のない友人達が集まって始めた探索者ごっこなのだ。ごっこ遊びは、結局遊びで終わってしまっただけだ。

 それだけの話である。


 

 だが、三森は辞めなかった。

 探索者になるために費やした登録料五万円と装備代ウン十万円を回収しなければ、納得いかないのだ。


 三森は一人で潜り、そして一日で限界が来た。


 一人ではビックアントに勝てない。

 一人では採掘も楽に出来ない。

 一人では無理ゲーなのだ。


 ギルドにその事を相談すると、直ぐに新しいパーティを紹介してくれた。

 三森が付与術師という珍しいスキルを得ていたおかげで、相手側も快く了承してくれたようだ。


 その紹介されたパーティは男子一人に女子三人の所謂ハーレムパーティと呼ばれるものだった。


 おー本当にあるんだなーと最初は感心していたが、私もここに加わるということは、私もハーレムメンバーになるのかと気付いて絶望した。


「日野トウヤです。このパーティのリーダーをやらせてもらってます。三森さんは付与術師だと聞いたのですが、間違いないですか?」


 日野と名乗った少年は、三森に対して異性を感じていないように思えた。それはそれで悔しいのだが、安全ならいいかと無理矢理納得させた。


「はっはい!三森巫世です!よろしくお願いします!付与術師です!はい!間違いないです!」


 緊張して大きな声になってしまったが、それも仕方ないのだ。

 なにせ女子高に通っており、同級生の男子と話すのなんて、かれこれ二年振りなのである。


 背後にいる女子達から圧力を感じる。

 どちらかというと、そちらの方が心配になって来た。


 女子メンバーと自己紹介を行い、それぞれの役割を把握していく。


 神庭由香はスキル剣技を駆使して、リーダーの日野と共にパーティの前衛を担当している。

 身長は女子にしては高くモデルのようで、顔の造形も整っている美少女だ。ポニーテールの髪型がよく似合っており、その顔の美しさが増していた。


 九重加奈子は地属性魔法のスキルを持ち、パーティの火力として役割を持っている。威力は火属性に劣るが、防御も可能な地属性魔法は大変優秀な属性だった。

 ファンタジーの魔法使いが被るような大きな帽子を被っており、ロリな見た目と相まってキャラが際立っていた。


 桃山悠美は必中のスキルを持つ弓使い。後衛から高い精度でモンスターを撃ち抜く。

 明るい性格の女子で、最初から三森にも親しく接してくれた。笑顔がよく似合い、美少女と言って差し障りなく、更に言えば弓使いとは思えないほど、一部が非常に大きかった。


 そして、この三人はリーダーの日野に惚れている。

 桃山に至っては、日野と一緒に暮らしているそうだ。


 正確には日野が桃山宅に居候しているそうだが、その過程を聞くのは控えておこうと思う。



 このパーティはダンジョン12階でもたついていた。

 装備が揃っていないのも理由の一つだが、13階から出現するモンスター、ロックウルフに梃子摺っているらしい。


 そこに三森が加わったことで、再び挑戦する運びとなった。



 順調な探索だ。

 ロックウルフを難なく退ける彼らは、三森の付与術師の力を実感していた。


 以前はロックウルフの連携に翻弄され、攻撃力不足により撤退を余儀なくされたが、今回は動きを正確に捉え、一撃で大ダメージを与えられるようになっていた。


 明らかに違う成果に一同は驚愕し、付与術師の偉大さを賞賛した。


「すごいすごいすごい!?巫世ちゃんの付与凄い効果だよ!」


 桃山が三森の手を取り絶賛してくれる。


「こんなに効果があると思わなかった。三森さんがいればもっと進めそうですね」


 神庭が剣を鞘に収めると笑みを浮かべて感想を述べる。


「うん、凄い!魔法の威力も上がってるんだよ。巫世の付与術凄いよ!」


 九重がとんがり帽子を上げて顔を赤らめている。

 付与の効果が魔法にも効果があると思っていなかったのか、驚いて興奮した様子だ。


「三森さんが加入してくれて良かった。俺達はまた先に進める」


 リーダーの日野はパーティが足踏みをしているのに責任を感じていた。それが、三森の加入により13階を突破できると安堵する。


 パーティメンバーに絶賛されて三森はいい気になった。

 小さな胸を膨らませて大興奮だ。

 だからバチが当たったのかも知れない。


 探索者を始めて、初の宝箱を発見した。

 日野達も初めてだったらしく、興奮を隠せないでいる。

 それも当然だろう、宝箱の中身は高額で取引されるのは珍しくなく、少額だと一万円程度だが、高額だと何億まで吊り上がる。普通の高校生である三森達には途方もない金額である。


 リーダーの日野が代表して宝箱を開ける。

 後方で中身を覗くメンバーも、期待に胸を膨らませていた。


 宝箱の中にあったのは白い一本のタクトだ。

 持ち手には緑色の宝石が埋め込まれており、タクトの先は丸まっていた。


 日野がそのタクトを手に取ったとき、トラップが発動する。


 ピカッと強く発光し目を逸らす。

 そして目を開けた時には、皆んなの姿が消えていた。


「えっ?なになに!?」


 パニックになった三森は、空になった宝箱の前で右往左往するしかなかった。


 三森は付与術師だ。

 スキル頼りの能力しかなく、戦う技術は頑丈な杖を振るくらいしかない。自分に付与を施せばビックアント一匹ならやってやれなくはないが、ロックウルフ相手では食い殺されるのがオチだ。

 詰んだ。

 完全に詰んだ。

 モンスターに遭遇したら死ぬしかない。


 絶望して涙目になる三森だが、救いの手は直ぐに差し伸ばされる。


「三森さん!良かった無事だったんだね」


「日野君!」


 パーティリーダーの日野と直ぐに合流する。

 どうやらそんなに遠くに飛ばされた訳ではなく、比較的近いところにいたそうだ。これなら他のメンバーとも、直ぐに合流できそうだ。

 二人は他のメンバーを探して探索を開始する。


「俺さ、家族を亡くしてからずっと桃山家にお世話になってるんだ。だから…」


 急に身の上話を始めた日野に戸惑った。

 確かに二人で移動して間が持たなかったかも知れないが、その話題は重そうだし興味がない。

 もう少し学生らしく軽い会話をしたいな、できたら恋バナとか。なんて思っていたが、自分の世界に入ったのかどんどん話は進んでいく。


 日野家は三年前に事故に遭い、トウヤを残して家族は全員亡くなったそうだ。

 それから日野は、父の親友だった桃山家に預けられる。

 先ずは親戚に話が行きそうなものだが、そんな事もあるんだなと無理矢理納得させる。


 最初は塞ぎ込んでいた日野だったが、幼馴染の桃山悠美に元気付けられて見事に復活。

 復活してからの日野は勉強にスポーツに努力するようになる。それは将来の目標が出来た事が大きく影響しており、努力を苦にしなくなっていた。


 そして将来の目標とは別に、もう一つの思いがある。


 それは桃山家に恩返しする事であり、それをするには先ず独立する必要があった。

 桃山家としては、そんなの気にしなくて良かったので説得したようだが、日野の意志は固く探索者になるのに許可を出した。

 その影響で娘の悠美も探索者になるのは誤算だったが、無茶はしないと約束をさせて送り出す。


「俺、独立したら悠美に告白するつもりなんだ」


 いきなり何を言い出すんだコイツは。

 この状況でそれは死亡フラグ過ぎやしませんかね?


 確かに恋バナをしたいとは思ったが、そのセリフはダメだ。もう少しアニメや漫画を読んでそこら辺の勉強をしてもらいたい。


 そして、その死亡フラグが届いたのか、二匹のロックウルフが駆けて来るのが見える。


 やっぱり死亡フラグってあるんだなぁと三森は確信した。




「あの、神庭さんと九重さんのことはどう思ってます?」


 二匹のロックウルフを退けた二人は、逸れた仲間を探して移動を再開する。

 死亡フラグとは言っても二匹くらいなら何とかなるものだ。というか、私のいない所でフラグを建築してくれないだろうかと切に願う。


「ん?あの二人は大切な仲間だ。俺が独立したいって相談したら応援するって言ってくれて、一緒に探索者までしてくれたんだ」


「…そ、それは、ど、どのようなシチュエーションで言われたので?」


 恐ろしい。

 この男はまさか、あのあからさまな好意に気が付いていらっしゃらないとでも言うのか!?


 震える声で、何をどう勘違いさせて、あの二人を招き入れたのか尋ねる。

 何かきっと誤解を招くような出来事があったはずなのだ。


「あれは、そうだな…」


 神庭との最初の出会いは中学生の時だ。

 その時はただの同級生として過ごし、特に接点は無かった。だが、高校に進学して少しした頃、神庭がガラの悪そうなチンピラに絡まれているのを見かけた。

 明らかに困っていたので、手を引いて連れ出したのだが、それを気に入らなかったチンピラが殴り掛かって来て、それを華麗に撃退する。

 そのあと落ち着いた場所に移動して、二人きりで良い雰囲気のときに独立の話をしたそうな。


 九重も同じ様なものだ。

 九重は幼稚園の頃一緒だったが、小中は別で高校に入学して再会したそうだ。

 美少女の容姿とその身長の低さが相まって一部の男子から絶大な支持を集めており、男子達にチヤホヤされていた。

 その様子を見て、他の女子は顔を顰める。

 ほんの数人ではあるが、女子が影で九重に嫌がらせを始めたのだ。それを何やかやあって解決したトウヤさんが、夕暮れの教室で、二人きりのときに独立の話をしたそうな。


 あと、桃山への気持ちは最近気付いたようで、言ってないらしい。


 うん。お前は地獄に落ちろ。


 三森は笑顔の陰でそう願った。



 そして、その願いが届いたのか、今度は多くのモンスターが襲って来た。


 だから私がいないときに…。




 

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