第51話 正社員、暇な日に迷宮に潜る(四十七日目〜五十二日目)
今日から正社員の田中です。
あっどうも正社員の田中です。
皆様おはようございます。
正社員の田中でございます。
昨日、急ぎで用意してもらったビッグサイズのスーツに身を包んで出社する。
正社員になるのは一月くらい時間を置いてからだと思っていたが、まさか次の日から出てくれと言われるとは思わなかった。
よほど人手が足りないのだろうか?
採用条件に問題は無く、むしろ収入面だけを見れば、これまでの中でもかなり良い条件だ。これだけの待遇を受けて辞めるなんて、なんて勿体ないんだ。
あっおはようございます。
はい、今日から正社員として働きますので、よろしくお願いします。
どうしたんですか、そんなにびっくりされて?
もしかして、採用されるって思いませんでした?
技術部の後藤田部長を訪ねるよう言われたんですけど、どちらに居られますかね?
5階、ありがとうございます。では。
受付に軽い嫌味を言ってエレベーターに乗る。
これから同僚となる人なのだ。これくらいで許してやろう。
指定された階で降りると、そこには多くの工房から寄せられた盾や鎧などの防具が置かれており、数人がその防具をチェックしていた。
人もまばらで、こちらに気付いた様子もない。
申し訳ないが作業している人の手を止めさせて、尋ねるしかなかった。
あの〜すいません。
あっ申し訳ないです驚かせてしまって。
本日からこちらで働かせて頂く事になった田中です。よろしくお願いします。
それでですね、後藤田部長を訪ねるように言われてるのですが、どちらに居られますでしょうか?
作業していた人は俺の姿を見てビックリしていたが、中途採用者の話を聞いていたのか、後藤田部長が執務室の奥にいると教えてくれた。
対応してくれた人にお礼を言うと、失礼しますと執務室に入る。近くにいる人に用件を伝えると、後藤田部長の元まで連れて行ってくれた。
そこにいたのは、ゴリゴリの体育会系の厳つい中年男性だった。何か書類に目を通しているようだが、それを中断してこちらを見た。
あっ田中ハルトと申します。
本日からこちらで働かせて頂く事になりました。
よろしくお願いします。
ああ、この書類にサインすれば良いんですね。数が多いですね。中身確認してもいいですか?
時間が無いから早くサインしろ?
それって、なんだか……はいサインします。
え?早く準備しろ?
何のです?
ダンジョン?テスト?
どういうこと?
こうして連れて来られたのはダンジョン21階、最近よく来ている場所だ。
俺は後藤田部長に挨拶をすると、更衣室に連れて行かれCGの撮影で使うようなモーションキャプチャー用の服に着替えさせられ、有無も言わさずダンジョンに連れて来られたのだ。
あの〜これから何をするんで?
撮影ですか?何の?
これを待て? 大きい盾ですね、タワーシールドってやつですね。
オーク呼んで来るから構えて待っとけ?
……何で?
今日やったのは拷問だった。勿論、する方ではなくされる方である。
渡された盾を構えて、ひたすらにオークの攻撃に耐える。そして、それを撮影して記録して行くのだ。
オークの攻撃は盾が壊れるまで堪えなければならず、壊れた直後にオークからの一撃をもらい、待機していたスタッフがオークを倒す。これを持って来た防具の数だけ行わなければならず、この日の仕事が終わったのは二十時を過ぎた頃だった。
勤務時間はそこまでではないのだが、業務内容が過酷や過ぎませんかね。
そう訴えるが、急ぎで俺を雇い入れたのがこの為だったようだ。
まだまだ仕事は残ってるから明日も頼む、期待しているぞ!と言われて、
はい!任せてください!!
とつい返事をしてしまった。
どうやら俺の社畜の根性は健在のようだ。
次の日、出社すると昨日と同じように着替えてダンジョン21階に向かう。
昨日は俺含めて七名で潜ったのだが、今回は二十名の大所帯である。
その中には、モデルのような人達も混ざっており、もしかしたら昨日とは違うことをするのかもしれない。
と思っていたのだが、俺が行う事に変更はなくオークの攻撃にひたすら堪える事だった。
今使っているのは丸型の盾で、腕に装着するタイプの物だ。俺が普段から使用している物と似ており、扱い易くはあるのだが、普段は受け流すのを前提に使っているので、オークの攻撃を正面から受け止めるのは初めてだ。
ひたすらに受ける受ける受け続ける。受け流したいのだが、昨日それをやって怒られたので、ひたすらに堪える。
反撃したい衝動を抑えて、ゴンゴンと鈍い音が鳴る盾を構え続けた。
チラリと横を見れば、カメラを設置して談笑している人達。
なめとんのか!?
怒りが湧くが、オークの一撃を受け損なってしまい棍棒が腹に直撃する。
グホッとゲロを吐きそうになるのを我慢して、再び盾を構えた。
いかんいかん、仮にもモンスターを相手にしているのだ。こちらに集中しなければ大怪我では済まない。
その後も全ての盾が壊れるまで続けた。
休憩時間も一応は盛り込まれており、俺を残して、その時間はモデルっぽい人達が、オークを相手に華麗に戦闘する姿を撮影していた。
向こうは撮影が終わるとスポーツドリンクやタオルを用意されているが、こちらはポーションがぽつんと置かれているだけだった。
大丈夫。まだ大丈夫。
帰り道でまた明日も頼むなと言われて、元気よく返事してその日は帰宅した。
ガーディアンHDに入社して三日目。
今日も相変わらず盾を構えて、オークの攻撃を受けていた。
この日も終わりに近付くと、明日は他の仕事をやってもらうからと言われた。
地獄の日々が今日で終わる。
そして次の日、俺は全身に鎧を着込んでオークの攻撃を受けていた。
衝撃が体を貫き、いくら頑丈のスキルを持っていても堪えるのは至難の業だった。
てか、違う仕事って盾から鎧に変わっただけですやん。
横からスゲー飛んだなーと感心したような声が聞こえてきて、お前を弾き飛ばしたろかと殺意が湧いた。
入社して五日目。
今日は休みだ!とテンションを上げていると、早く会社に出て来いと、呼び出しの電話が掛かって来た。
断りたかったが、休日手当が一万円出ると言うのでスキップしながら出社した。
そしてオークに捌かれた。
入社六日目。
今日こそ休みだ!と朝から寝ていると愛さんから電話が掛かって来た。
いつもなら直ぐにでも出るのだが、出るのだが、たぶん出るのだが、今日はそんな気にはなれず無視をした。
昼くらいまで寝ていると、電話がまた鳴り後藤田部長の文字が表示されていた。
はい田中です!
いえ!大丈夫です家で寝てただけですので。
えっ今からですか?
映画の撮影を手伝えと?
あの、それは業務なんですか?
ああ、業務なんですね。分かりました。今から向かいます。
こうして俺の休みは無くなった。
この日の仕事は中々に大変だった。
オークの攻撃を受ける必要は無かったが、ダンジョンから溢れたモンスターに襲われる一般市民の役なんて、役者じゃない俺がやれる訳がないので、何度もやり直しをさせられた。
その日も終わりに近付き、会社に戻って着替えていると、こんな会話が聞こえて来た。
「おい、あの太った奴まだ来てるみたいだぜ」
「マジかよ、前の奴は二日で逃げたのにな、スゲーなあいつ」
「スゲーってか馬鹿だろう? 後藤田部長って人を使い潰すので有名じゃん、もしかして知らないのか?」
「あーそれあるかも。あの太った奴、同僚と喋ってるの見たこと無いわ」
「マジかよ」
「おい、何の話したんだ?」
「ウオッ!ビビらせんなよ。あの太った奴、田中だっけ?あいつの話してたんだよ。何で辞めないのかなって」
「ああ、後藤田部長が目を掛けてる奴か」
「目を掛けてる?」
「おお。後藤田部長ってパワハラじみてるけど、成果は凄いのは知ってるよな? その後藤田部長が田中はスゲーって言ってたんだよ。アイツはいずれこの会社を背負って立つってな」
「マジでか!? そこまで見所があるのか!?」
「間違いない、なにせ……」
そこまで聞いて、俺はそっと更衣室を後にした。
そうか、俺は期待されてるんだなと少しだけ嬉しくなって、この日は帰宅した。
そして次の日、俺は後藤田部長の顔面に辞表を叩きつけた。
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