第45話 四十一日目
朝からダンジョンに向かう準備をしていると、愛さんから着信が入った。
なんだろう。
もしかして俺の情報が出回って、狙われてるという連絡だろうか?
とにかく話を聞かないと何も出来ないので、スマホ画面をスワイプして電話に出る。
はい。
はい先日はありがとうございました。
無事に帰って来れましたのでお気になさらず…。
…で、なんの用でしょうか!
いつまでも用事を話さない愛さんに痺れを切らして、こっちから話を切り出す。
ん、仕事の話?依頼したい?
あの、治癒魔法はちょっと…。
違う?アイテムの実地試験をやってほしい。
報酬は…。
やりましょう。
ダンジョン前で待ち合わせをしているのだが、今日はダンジョンに向かう人が多いような気がする。
正確な数字は分からないが、体感では1.5倍くらいの人がいるのではないだろうか。それも、若い子達が多い印象だ。
何かイベントでもやるのかなとじっと見ていると、背後から声を掛けられる。
誰だと振り向くと、そこにいたのは愛さん…ではなく、中年のダンディな男性が立っていた。
あの、どちら様で?
…えっあ、愛さんの旦那さんですか!
いえいえ、こちらこそお世話になって…? なってるか? なってないよな。寧ろ迷惑…ああ、いえ何でもないです。こちらこそお世話になっております。
愛さん、あの車に乗ってるんですね。
はい?愛さんに会いたいのか?
出来たら会いたくないです。
……どうしました、いきなり笑い出したりして?
急に笑い出した旦那さんが、笑い止むのを待って車に移動する。
車の中には愛さんとその娘、と筋骨隆々の老人がいた。
旦那さんは運転席に座ると、何か愛さんに謝罪している。
何やら勘違いをしていたそうだ。
小学生の娘さんは、学校が夏休みで暇だから付いて来たそうだ。パッと光る明るい魔法見せてと強請られたが、何の事か分からなかった。
ただ、彼女の前で使った魔法は治癒魔法だけのはずなので、ウオリャッと治癒魔法を掛けると満足してくれた。
まあ車の中だから、誰にも見られないし大丈夫だろう。
そして筋骨隆々の爺さんは、いつか見たアグレッシブ爺さんだった。
えっと、あの、お久しぶりです。
いえいえ良いですよお礼なんて、もう沢山もらってますから。
ああ、凄い体ですね。
いえ脱がなくて結構です。
既にきつい…あっいえ、なんでもないです。はい。
七十代の老人らしいが、その肉体はどこぞのボディビルダー並みの筋肉の持ち主だった。同じ男として憧れ…ないや、すまんけどちょっと暑苦しい。
少しの間談笑して、愛さんから試してほしいというアイテムを渡される。
そのアイテムは野球ボールくらいの大きさで、ゴムのような弾力性を持っている。このボールはジャイアントスパイダーの糸で作られており、ボールに少量の魔力を流して対象にぶつけると、元の糸に変化し対象を捕縛する効果を持っているそうだ。
アイテムの商品名は『動きソゲール君』
どうやら娘さんが考えたらしい。とても良い名前だ。
ただ少し長いので、俺は捕縛玉と呼ぶようにしよう。
便利ですねと感心して、アイテムの入った鞄を貰う。
中には二十個の捕縛玉が入っており、使用後にレポートを提出してほしいそうだ。
俺は元気良くお任せ下さい!と返事をして車を出た。
これで五十万円もらえるのなら、お安い御用である。
この時、テンションが変に上がっていた。
もう少し冷静なら気付けたかもしれない。
旦那さんが鋭い目でこちらを見ていた事を。
ダンジョン22階
すれ違うオークを背後からバッタバッタと薙ぎ倒し到着した22階。
21階はこれまでの探索の中でも、トップ5に入るほど順調な探索だ。
オーク恐れるに足りず。
もっと強い奴を連れて来い!
空から急降下し、音も無く影が迫る。
サイレントコンドルは、獲物と見定めた存在に鉤爪を向けて襲い掛かる。
スキル空間把握に反応があり、上空に向け即座に大剣を振り抜く。だが、それは空を切った。
サイレントコンドルは攻撃を察知して、急激に減速、方向を変え大剣を避けると、俺の横を通り過ぎようとしていた。
俺は体勢を無視して、無理やり腰を回転させ蹴りを放つ。
神鳥の靴に鉤爪を剥き出しにさせた蹴りが見事に直撃し、鉤爪が深く突き刺さりサイレントコンドルを捕らえる。
サイレントコンドルは痛みに苦しみ、捕まった状況を何とかしようと鋭い嘴で突き刺さんと首を伸ばすが、刃を返した大剣が、伸び切ったサイレントコンドルの首を斬り落とした。
22階で出現するサイレントコンドルは中々に強敵だ。
大抵一羽だが、ペアの場合は連携を取って攻撃して来る。音も無く忍び寄るのもそうだが、200kgの物体を鉤爪で掴んで上空に飛び立てる程に力が強く、それが連携して襲って来られては苦戦を強いられるだろう。
空間把握と見切りがあればそうそう捕まらないが、そうでない探索者は互いにカバーし合いながら進む必要がある。
ただ、魔法攻撃に極端に弱いという弱点もあり、当たれば倒すのは容易い。
俺は早速、捕縛玉に魔力を流してすれ違ったオークに投げる。
オークに当たった捕縛玉は、一瞬で糸が展開しオークを地面に縛り付けて動けなくしていた。
どれくらい持つのか確認するため、ストップウォッチを起動して計測していく。その結果、捕縛時間は1分半となった。
これはかなり凄いのではないだろうか。
力の強いオークの動きをここまで止められるならば、他のモンスターにも十分に通用するはずだ。
怒り狂ったオークを始末すると、サイレントコンドルを探す。
地上のモンスターでこれなら、空のモンスターにどれ程の効果があるのか知りたかったのだ。
上空を警戒して進んでいると、真上からこちらに急降下するサイレントコンドルに気付いた。
これは絶好の機会だ。
捕縛玉に魔力を流し、サイレントコンドルに向かって全力で投げた。
かなりの豪速球、軌道は間違いなく直撃コース。
しかし、サイレントコンドルは一度羽ばたくだけで、その射線を避けると、さらに速度を上げて直下して来る。
迫る鉤爪を盾で受け止め、お返しと大剣を振るが、更に下、地面すれすれに潜られ簡単に避けられてしまう。
だが、その位置は魔法が効果を発揮する位置でもある。
地面から土の杭が生え、サイレントコンドルの腹を貫いて動きを強制的に停止させる。
サイレントコンドルは余りの痛みに絶叫するが、即座に首を落として、その命を終わらせた。
ふう、動きの速い奴に当てるのは難しいな。
鈍重なモンスター限定で使った方が良いかもしれない、少なくとも俺では良い案が思い浮かばない。
だが、と思う。
これは、いざというとき役に立つかもしれない。
一人で探索するなら尚更必要になるアイテムだ。
これが売りに出されたら幾つか買おうと心に決める。
捕縛玉。
いや、動きソゲール君。
君を俺のパートナーにして上げよう。
どうだ、嬉しいだろ?
沢山の君を買ってあげるよ。
一人じゃないから安心だろ?
俺も安心だ。
……ふう。
…虚しいな。
俺は天を仰いで、何してんだろうと自問自答する。
虚無に襲われた俺の心を癒すために上空を見た。
そこで俺を迎えてくれたのは、先ほど投げた動きソゲール君のとても熱くて苦しいそんな抱擁だった。
ペチャンとした音と共に、体が動かなくなる。
……。
…息が、息が!息が!!出来ない!?
その後、動きソゲール君に顔を覆われ窒息死しかけた俺は、これは不良品だとレポートに記入しようと決めた。
ーーー
田中 ハルト(24)
レベル 16
《スキル》
地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破
《装備》
俊敏の腕輪 不屈の大剣 神鳥の靴
《状態》
デブ(各能力増強)
ーーー
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