第46話 四十二日目

 カキカキカキとレポートを作成して行く。

 鼻と口が塞がれました。

 息が出来なくて死にかけました。

 顔どころか全身を動きソゲール君に犯されました。

 どうしてくれるんですか?

 慰謝料もらえますか?


 とまあ、冗談はさておき、しっかりと何があったのか記入するつもりだ。

 これは結構危ないかもしれない。

 動きソゲール君、捕縛玉の糸から逃れるのに身体強化を使って何とか抜け出されたのだ。

 これがもし人に対して使われるなら、かなり危ない。

 動きを止めるだけなら良いが、昨日の俺のように顔に付着すれば死んでしまう。


 何か対策を考えた方が良いですよと記入する。

 レポートだから案を出した方が良いのだろうが、製作者がどのように開発したのかも分からないのに、代案なんて出せない。てか知らないのにアレコレ言うのは、失礼じゃないだろうか。


 それに、愛さんもそれを期待していないだろう。

 この依頼も、俺との関係を維持するためのものだというくらい理解出来る。

 新アイテムの使用感の調査など社員にやらせれば良いし、実際やっているだろう。それに、まだ発売されていない新商品を、外部の人間に渡すなんて馬鹿な真似をしてまで仕事を持って来る必要性はなんだ。それは、それ以上の価値を俺に、俺の治癒魔法に見出している証拠ではないだろうか。と思う。…多分。…自信ないな。


 レポートをある程度記入すると、残りの捕縛玉の使用感を確かめる為にダンジョンに向かう。


 幾ら彼方の打算が絡んでいたとしても、給金を頂く以上はしっかりと試しておきたいと思う。




 ダンジョンに入る前に探索者協会、通称ギルドに来ている。

 ここに来ているのは、前に宝箱で手に入れたマジックポーションを購入する為だ。

 そのために来たのだが、なんか人が多い。

 現在の時刻は午前11時、ギルドが混むような時間ではないはずなのだが何故か多い。やはり夏という事もあり、何かイベントをやっているのだろうか。それにしては、いつも通りの雰囲気で、職員が忙しなく動いているだけで変化は無い。


 俺は売店に行くとポーション売り場に直行した。

 だが、ここにあるのは普通のポーションばかりだ。マジックポーションはどこにも見当たらない。

 丁度、店員が近くにいたので、マジックポーションについて尋ねると、売店の奥からジェラルミンケースを持って現れた。


 おお、なんか分からんけど凄そうだ。

 へーマジックポーションって銀色なんですね。

 これ一個お幾らですか?

 二十万!?

 高い!

 ……くっ、一個下さい。

 使用上の注意?

 一日一本まで服用可能。それ以上は命の危険性ありと…。

 これ危ないお薬ですか?


 普通のポーションは品質により変わるが、一つ一万円〜三万円だ。命の危険性もある商品なのに高過ぎる。もしかしてぼったくられてないだろうか。

 消費者センターに聞いてみようかな。

 


 マジックポーションを無事に購入した俺は、レジ横に掲示されているポスターに目が止まった。


 生産職スキル講座

・錬金術

・鍛治

・裁縫

・料理

・薬師

etc


日時:×/× 10時から



 へえ、こんなのあるんだなと思い、店員に参加方法を尋ねるとギルドの受付に言えば参加可能との事。ギルド登録者なら誰でも参加可能で、そうでない人も受講料を払えば受けれるそうだ。

 明日、丁度行われるようだ。折角なので参加してみよう。


 因みに戦闘職スキル講座もあり、それは週に一度行われ、スキルだけでなく武器の取り扱いも教えてくれる。

 これには、参加する気はない。

 俺の現在の動きは、戦闘の中でトレースした大人ゴブリンと武人コボルトが主体となっており、態々それを崩す必要性を感じないのだ。



 明日の予定も決まり、これからダンジョンに向かおうと出口に足を向ける。

 今日は23階に続く階段を見つけるのが目標である。

 

 多くの人が並ぶ受付の横を通り過ぎると、突然受付のおばちゃんに話しかけられた。


 はいはい、なんでしょ。

 あんたはこの子達の面倒見て?

 ん?なんの話?

 あんた先輩探索者なんだから、先輩として後輩の面倒を見ろ?

 いや、だから…。

 オーク倒してんの知ってんだから役割を果たしなさいって言われても…。どゆこと?


 ふむふむ。


 どうやら探索者には20階をクリアすると、新人探索者の指導を行う慣習があるそうだ。

 10階ボスを倒したら終了だそうで、報酬も支払われるらしい。


 そんな習わしがあるんだなと感心していると、10階までの地図を渡された。どうやら、新たに探索者を始める人が多いようで人手が足りないそうだ。


 大変そうだな。


 俺は地図を捨て、新人の子たちを置いてダンジョンに向かった。





 ダンジョン1階


 逃げれなかった。

 地図を捨てた瞬間に、周囲の人達からの非難する視線に晒され、冗談冗談と言って地図を拾うのがやっとだった。


 新人の子たちを連れてダンジョンに来たのだが、俺はこの子達の名前を知らない。

 一応、田中ですよろしくと自己紹介したのだが、地図を捨てた印象が悪かったのか、新人の子たちからの返答は無かった。


 まあいいか。

 どうせ、これ以外で関わることもないだろうし、名前を覚えても仕方ない。

 そう仕方ない。

 だからこいつらの事をどう呼ぼうと勝手なのだ。


 見た目からして大学生、男性二名女性二名の四人だ。

 男性はどちらも180cmを超える身長で、タイプは違うがどちらもイケメンだ。体格もそれなりに鍛えているのが分かる。

 よし、黒髪の方を純イケと呼ぼう。

 金髪の方は金イケだ。


 女性の方は、凛とした立ち姿の大和撫子の美女。無愛想そうだが、仲間と話すときに見せる笑みは人を虜にする。

 もう一人は活発そうな女性で、見ているだけでこちらに元気を与えてくれる美少女だ。積極的に話しかけており、きっとこのパーティのムードメーカーだろう。

 よし、大和撫子をダイコさん。

 活発美少女をムーコさんと呼ぼう。


 ……。


 なんだ、この完璧な奴らは。

 イケメンに美女、こんなリア充な奴等と関わると俺のメンタルが崩壊するだろうが。

 何かの主人公やってる方達ですか?

 そう聞きたくなる程に死角が無い。

 敢えて欠点を挙げるとすれば、このパーティには欠点らしいメンバーがいない事だ。イケメンに美女だけだと、比較対象がいなくて、それが普通になってしまうのだ。


 ふう、良かった。

 欠点があって。


 すれ違う人にクスクスと笑われる。

 何かあったのだろうか?

 会話が少しだけ聞こえて来た。


 イケメンに囲まれるブタ?


 ……そうか、この場合の欠点は俺か。




 ダンジョンの探索は順調に進んで行く。

 四人は俺が手助けする必要がないくらい素早くモンスターを倒していく。それぞれが何かしらの武術を修めている動きをしていた。

 たとえば純イケ。こいつは剣を使っており、その動きは抜刀術をやっているそれだ。どっしりと構え、すっと移動しモンスターを斬り捨てる。

 剣道もやっているようだが、剣の振り方がそれとは異なっていた。


 金イケは薙刀。ダイコは弓。ムーコだけは他とは違い石を投げているが、そのフォームは力強く、野球経験者だと分かる。


 俺をほっといてズンズンと進んで行く四人、先行している他の新人探索者達を追い抜いて行く。

 全く俺に興味は無さそうだが、会話がまったく無いわけではない。


 あの、その頭に付けてるのなんですか?

 ああ、カメラ。動画投稿とかしてるんですか?

 やってないんですか、サークルの資料用なんですね。


 俺は黙ってフェイスシールドを下げた。


 地図があるというのもあるが、五時間ほどで10階のボス部屋に到着する。俺が10階ボス部屋にたどり着くまでに十三日も掛かったし、片道十時間も必要とした。

 パーティで潜ると、こんなに効率が違うのかと改めて実感する。



 俺は扉を開いてボスの待つフロアに入る。


 ?


 何もいない。他の四人も同じように首を傾げている。

 一度出て、再びボス部屋に入るが何もいない。

 何度繰り返しても何も出なかった。


 どうやらボスは留守のようだ。


 そんな風にやっていると、背後から声を掛けられた。


 なぬ?未攻略者が先に入らないとボスは出現しない?


 微妙な空気が流れる。

 俺は咳払いをすると、教えてくれたメガネ巨乳美女にお礼を言って改めてボス部屋に入った。




 ボス部屋で待ち構えていたのは二体のゴブリンだった。

 だが、ただのゴブリンではない。

 一体は鎧を身に纏い、長剣を手に持った大人ゴブリン。

 もう一体は魔法使いのようなローブを纏い、手には杖を携えた大人ゴブリンだった。


 戦う者の雰囲気を発する大人ゴブリン二体。

 以前戦った大人ゴブリンは強かった。

 てか、出現するボスが変わっている。

 20階の時もそうだが、もしかしたらランダムで違うモンスターが出現するのかもしれない。


 四人を見ると、大人ゴブリンの迫力に呑まれて動けない様子だ。



 だが、戦いは待ってくれない。

 杖を持った大人ゴブリン、魔法ゴブリンが氷の矢を幾つも放つ。棒立ち状態の四人は、反応することが出来ずに目を瞑るのが精一杯だった。

 俺は即座に前に出て氷の矢を叩き落とし、お返しに土の弾丸を飛ばそうとするが、一瞬で近付いて来た長剣の大人ゴブリン、戦士ゴブリンに襲われ大剣で受け止めた。


 剣戟の音で正気に戻った四人はようやく動き出す。


 俺を援護しようと純イケが斬り掛かるが、戦士ゴブリンは俺との剣戟をやめて大人しく下がった。

 そこに氷の矢が雨のように降って来る。

 魔法ゴブリンの仕業だろう、奴の顔が勝ち誇った表情をしている。

 地属性魔法を使用する。

 魔力を消費して土の壁を楕円形に作り、氷の矢全てを防いでやった。壁で表情は見えないが、悔しがってくれると嬉しい。


 再び戦士ゴブリンが襲い掛かる。

 壁の影から突如出現した戦士ゴブリンは、金イケに斬り掛かる。金イケも警戒していたので反応出来ていたが、一刀で薙刀は破壊され、その刃は金イケの命を刈り取らんと迫る。


 そうはさせまいとその間に入って剣を受け止め、そして受け流すと、蹴りをお見舞いして下がらせた。


 壁の横に移動した魔法ゴブリンから、魔力の高まりを感じる。


 俺は収納空間から捕縛玉を二つ取り出すと、魔力を流して戦士ゴブリンに投擲した。

 捕縛玉は戦士ゴブリンに向かって真っ直ぐに飛んだが、それを危険と感じた戦士ゴブリンは、上体を逸らして体を狙った捕縛玉を避けた。そして足を狙った捕縛玉は見事に直撃した。


 足を地面に縫い付けられた戦士ゴブリンは、驚いて足を動かそうとするが動けない様子だ。


 そうこうしていると、魔法ゴブリンの魔法が発動する。

 この魔法には矢のような形はなく、吹雪となって全てを凍らせんと放たれる。


 最も魔法の近くにいるのはダイコである。

 矢を番えて射るが、魔法の効果により凍って地面に落ちる。

 その様を見て、絶望に染まる。

 それはダイコだけでなく、他の三人も同様だった。


 身体強化を施し、ダイコの前に即座に移動すると不屈の大剣に魔力を流す。

 今回は念のために魔力を多めに流す。

 そして大剣を振り抜き飛び出した剣閃は、吹雪を切り裂くと魔法ゴブリンの片腕を奪って霧散した。


 止め。


 そう魔法ゴブリンに向かおうとすると、捕縛玉から逃れた戦士ゴブリンに邪魔される。足に付いた糸を見ると、剣で切って来たのだろう。


 戦士ゴブリンは怒りに満ちた表情で俺を睨み付けていた。





 うむ。

 なんとかなったな。

 倒すのは簡単だったが、四人に戦わせて倒すのには苦労した。

 もしも、戦いに参加しなかったからといって、スキル玉を得られないなんて事になったら責任を取れない。

 だから四人には、しっかりと戦いに参加してもらう必要があった。

 どのくらい弱らせればいいのか、どの程度戦えばいいのか分からないので、戦士ゴブリン含めて片腕を落とすと、捕縛玉で機動力を奪ってから攻撃させた。なぶり殺しとも言う。

 最初は戸惑っていた四人だが、理由を説明すると納得して攻撃してくれた。

 ダイコは最後まで嫌がっていたが、ダイコテメーやる気あんのかと怒鳴ったら、純イケに剣を借りて止めを刺していく。

 案外、思い切りの良い子である。


 なんだ、やれば出来るじゃんと褒めて上げると、泣いて喜んでくれた。


 ボスモンスターの周りにはスキル玉が転がっており、それを拾おうとするが、何故か触れる事が出来なかった。

 どうやら、ボスモンスター討伐では一人に一つのスキルしか手に入らないというのは本当のようだ。以前のボスモンスターとは違えど、10階ではもう手に入らないのだろう。


 ボスモンスターが使っていた剣と杖を拾うと四人に手渡す。あちらは遠慮していたが、俺は使わないので無理矢理押し付けた。


 ただ、あとで売ればええやんと気付いて後悔したが。


 ポータルに続く扉の横には四つの宝箱が置かれており、新人探索者と同じ数なので、それぞれが宝箱を開ける事になった。一つくらいどうぞと言われるだろうと期待していたが、そんなのは一切なく、俺は宝箱を開けるのを腕組みして見守る。


 宝箱の中身はネックレスやらブレスレットやらの装飾品で、これらが俊敏の腕輪と同じならば、何かしら能力向上の能力が付与されているだろう。



 最後に金イケが嬉しそうな表情で、動画をアップして良いかと尋ねて来た。


 俺は笑顔で、


「ダメに決まってるだろバカヤロー」


 と答えておいた。




ーーー


ホブゴブリン 戦士&魔法使い(大人ゴブリン)


400分の1で出現するあれ。

個体では、以前戦った大人ゴブリンよりも少しだけ劣るが、二体の連携は脅威であり、大人ゴブリンを凌駕する。


ーーー

ーーー


田中 ハルト(24)

レベル 16

《スキル》

地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破

《装備》 

俊敏の腕輪 不屈の大剣 神鳥の靴

《状態》 

デブ(各能力増強)


ーーー

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