第37話 三十六日目〜三十七日目
今日はダンジョン20階のボス攻略を目指して潜る。
20階までの通路は把握しているし、ボスがどのようなモンスターなのかも調べている。
その上で、十分に攻略可能だと判断して今日から挑むのだ。
支度をして家を出ると、まるで俺の勝利を約束してくれているかのような大雨。5m先も見えないような大雨である。
昨今多発している線状降水帯と言うやつだろうか、天気予報を見ていないから分からないが、きっと天気も俺を応援してくれてるに違いない。
辛うじて電車は動いていたが、ダンジョンのある駅で降りた瞬間に電車運休のお知らせ。
どうやら思っていたよりも深刻な状況のようだ。
ダンジョンに潜る前に探索者協会に寄ると、天気のせいかいつもよりも人は少なく職員も疎らだ。
売店に売ってある探索者用グッズの中から、ホント株式会社印のモンスター除けを5つ購入してダンジョンに向かった。
ダンジョン19階
ここに来るまでに、既に八時間経過している。
最短とは言わないが、可能な限り戦闘を避けてこの時間である。このまま、19階の水の湧くフロアを目指して行くつもりだが、そこに辿り着くのにもかなり時間が掛かるだろう。
到着したら直ぐにキャンプの準備だな。
大剣を持って進んでいると、正面から四体のモンスターが近付いて来る。
ジャイアントスパイダーとスケルトン、そしてこの階で新たに出現するモンスターのコボルトだ。コボルトは二足歩行の犬のモンスターで、その手にはスケルトンと同様に武器を持っている。
今回、二体のコボルトが持っている武器は剣と弓。
そう、コボルトは遠距離攻撃を仕掛けて来る個体がいるのだ。
射られる矢を避け、接近するスケルトンとコボルトに備える。スケルトンは二本足で走っているが、コボルトは剣を口に咥え獣のように四肢で駆けて来る。
コボルトは高く跳び上がると、空中で剣を手に持ち勢いをつけて振り下ろす。大剣でそれを受け止めるが、勢いのついたコボルトは止められずに後退る。
力任せに振って引かせるが、身軽なコボルトは軽く着地してこちらの出方をうかがっている。
俺は更に飛んでくる矢を盾で落として、背後から飛び掛かって来るジャイアントスパイダーを大剣で斬り捨てる。
それを隙と見たのか、スケルトンとコボルトが同時に剣を繰り出して来る。スケルトンの剣を避け、コボルトの剣を大剣で受けると、土の散弾を飛ばしてコボルトの腹に風穴を空ける。
スケルトンには効きが悪いが、肉体を持つコボルトには魔法が有効だ。
スケルトンを大剣で粉砕し、残ったコボルトに向かって走る。
コボルトは矢を番えて放って来るが、盾で落とせる威力しかなく、一直線に向かって袈裟斬りにした。
戦いを終えてモンスターから部位を採取する。
コボルトは毛皮が買取対象となっているので、ここでの回収は諦める。なので、武器とジャイアントスパイダーの糸袋を取って収納空間に納めていく。
探索に戻り、水場を目指して進む。
それから何度かの戦闘をこなして、水場に到着…する前に宝箱を発見した。
当たり前だが宝箱は必ず開ける。
たとえトラップがあったとしても、得られる物が大きすぎるからだ。
宝箱を慎重に開ける。
その中には、ポーションのような小瓶が入っており、中身は銀色でとても体に悪そうな色をしていた。
トラップは何も無いようで、取り敢えずひと安心だ。
改めて水場に到着すると、そこには誰もおらず俺一人だけである。
水場の近くにキャンプを張り、食事の準備をする。
寝袋を敷いて、モンスター除けを発動する。悔しいが、ホント株式会社のモンスター除けは優秀らしく、ネットでも高評価を付けていた。
ゆっくりと食事をして、一人しかいないのを良い事に水場に飛び込んで体を洗った。
誰かに見られたら恥ずかしくて死んでしまう。かもしれない。いや、平気な気がするな。
一応、テントの周りを地属性魔法の魔法で周囲を土の壁で囲って防御を固める。そして新たにモンスター除けを使用して就寝した。
就寝中にモンスターに襲われる事は無かった。
だが、朝目覚めると土壁にダンジョンの掃除屋であるダンゴムシが集っていた。
どうやら土壁は排除対象のようだ。
今日も朝から女王蟻の蜜を一杯やってクィー!!と気合いを入れる。
うむ、今日も絶好調である。
荷物を全て収納空間に入れると、20階に向けて出発する。地図を見る限り、階段までは三時間もあれば到着する予定だ。
順調に探索は進み、モンスターを最小限に排除して20階に到着した。
ダンジョン20階
この階では新たなモンスターは出現しない。出るのは16階から19階までに現れたモンスター、スケルトン、ジャイアントスパイダー、岩トカゲ、コボルトだ。その四種がエンカウント率高めで襲って来る。
少なからず魔力を消費して、少々梃子摺りながら進んで行く。戦闘の回数が多いのもあるが、岩トカゲの存在が地味に魔法を使わせて来るのだ。どのモンスターも大剣で対処は可能ではあるが、岩トカゲは一度ひっくり返して倒す必要があり、工程が他のモンスターよりも一つ多くなる。ならばと魔法の土の棘で倒した方が早いのだが、魔力は無限ではなく、ボスモンスターがいる部屋の前に到着するまでに半分以上の魔力を消費していた。
体力も魔力も消耗して辿り着いたのだが、このままボスに挑戦しても問題はない、はずだ。
20階で出現するボスモンスターはソルジャースケルトンと呼ばれるモンスターで、鎧を装備して物理魔法攻撃にも耐性があり、武器の扱いも卓越したものなのだそうだ。
それが四体現れる。
四体の武器は其々違う武器を持っており、その連携はロックウルフ以上らしい。
ボスモンスターらしく強敵ではあるが、それでも弱点はある。
なんでも聖魔法や治癒魔法に弱いようで、アンデッドらしい特徴を持っているのだ。因みに、スケルトンに治癒魔法を掛けてみたところ、日光浴でもしているように気持ち良さそうに昇天していた。効果は抜群のようだ。
だから、俺は楽勝だろうと休憩も取らずにボスモンスターに挑戦すべく扉を開いた。
ボス部屋に入り油断なく構えていたのだが、部屋の中央で待つモンスターを見て首を傾げた。
ボスモンスターはスケルトンソルジャー四体のはずだ。話に聞いた限りでは間違いないはずなのだが、今、部屋の中央で佇んでいるのは、体長2mはあるコボルトだった。
そのコボルトは兜以外の鎧を装備しており、こちらを見定めているのか舐めるように見て来る。左手には兜を持ち、右手にはハルバードと呼ばれる戦斧を持っている。
俺はヘルメットのフェイスシールドを下ろすと、気持ちを更に引き締める。
コイツはヤバい。
何がヤバいって、このコボルトが発する気配が只事ではないのだ。
ただのコボルトではない、まるで格上の武人を目の前にしているようなプレッシャーがある。
コイツがボスモンスターだ。
スケルトンソルジャーではなく、この武人コボルトがボスモンスターだ。
ガセネタを掴まされたのかと悪態を吐きたくなる。
やるなら先制攻撃だと、土の弾丸を放ち、足元から土の棘を仕掛ける。
武人コボルトはつまらなそうに戦斧を振って、弾丸を逸らし、棘は避けもせずに踏み潰した。
その隙に身体強化で高めたスピードで接近した俺は、背後に周り大剣を振り下ろす。だが、武人コボルトはこちらを見もせずに避けて蹴り飛ばされた。
スキルの見切り、空間把握はしっかりと発動していたお陰で、盾で受け止める事は出来たが、その衝撃は盾とスキル頑丈を貫いて体にダメージを与えていた。
血を吐き出す。
内臓がやられた。
急いで治癒魔法で治療するが、本来ならこんな余裕は無い。弱った敵を見逃すほど、モンスターは生易しくないからだ。
だが、武人コボルトはこちらをつまらなさそうに見ているだけで動こうとはしない。
つまり、こちらを敵と見ていないのだ。
…なめるなよ。
治療を終えて、再び魔法で攻撃を仕掛ける。
今度は先程までとは違う、動かないのならそれに合わせた魔法を使うまでだ。
武人コボルトの足場を崩し、動きを阻害する。
意外な攻撃だったのか動こうと足を動かすが、周囲から土の杭を何本も勢い良く生やし、武人コボルトを貫かんと攻撃を仕掛ける。
だが、上半身まで届く鋭い杭は、武人コボルトの鎧に当たると砕け散った。
まさかの現象に驚くが、それでも動き出していた俺は止まる事なく武人コボルトに斬り掛かる。
必ず斬ると心に誓って大剣を振り抜く。
会心の一撃。
だが、その攻撃も当たってこそ効果を発揮するもの。
上体を逸らされるだけで躱され、また蹴りが襲い掛かる。
俺は武人コボルトの蹴りを足の裏で防ぐ。だが威力は貫通して衝撃が駆け抜ける。それでも神鳥の靴に鉤爪を生やし、武人コボルトの足を掴む。
その足を軸に回転し、もう一度大剣を武人コボルトに叩き込んだ。
武人コボルトもこの動きが予想外だったのか、驚いた表情を浮かべる。咄嗟に戦斧で大剣を防ぐが、威力を殺しきれなかったようで壁際まで吹き飛ばした。
ようやく攻撃を当てれた。
防がれたが、俺の攻撃は当たるのは確かだ。
その分、ダメージを負ってしまったが、ポーションで回復可能だ。魔力に余裕はないが、そこは言っても仕方ない。
ポーションで回復した俺は、武人コボルトを見る。
武人コボルトはこちらを睨んでおり、どうやらその気にさせたようだ。
壁際にいる武人コボルトの雰囲気は変わり、左手に持った兜を被る。戦斧を構えた姿からは、圧倒的なまでの圧力が発せられた。
冷や汗が流れる。
まるで別人ならぬ別モンスターだ。
俺はその気にさせた事を後悔しながら、大剣を構え直した。
ダンジョンに潜るようになって何度死にかけただろうか。
まだ一月やそこらだと思うが、既に数え切れないほど死にかけているような気がする。
それでもダンジョンに潜るのを辞めようと思わないのは、俺自身が狂い始めているからかもしれない。
左腕を失い、右足は膝から先が転がっている。
武人コボルトとの戦いで、右足は戦斧で斬り落とされ、左腕は食い付かれて噛みちぎられた。
右足はまだ繋がれば回復出来るだろうが、左腕は武人コボルトの腹の中だ。たとえ腹から取り出したとしても、ミンチになっていて使い物にはならないだろう。
ダンジョンに潜るのを辞めようとは思わないとは言ったが、これでは強制的に引退である。
更に言えば、次の就職は絶望的かもしれない。障碍者枠で就職出来そうだが、その事は後で考えれば良いか。
右腕を動かして右足の元まで這って移動する。
ポーションは飲んで体力を一時的に回復しているが、早く治癒魔法を使わなければ出血多量で死んでしまうだろう。
斬られた右足に辿り着いた俺は、無理矢理傷口を合わせると、治癒魔法を使って治療する。
少しずつ、神経と細胞が繋がるイメージをして魔法を施す。
治療しながら横目で武人コボルトを見る。
首と胴体を切り離して命を奪ったはずだが、その頭はこちらを向いて睨んでいる。いや、正確には首だけの状態でも生きている。体から未だに鼓動を感じるので、完全には死んでいないだろう。
流石はモンスターと言うべきか、その生命力のしつこさには恐怖を覚える。
腕を犠牲にして命を拾い、戦斧を足で防いで首を切り取った。捨て身の特攻で漸く倒せたのだ。
武人コボルトも諦めて欲しい。
指令を送る頭部を失った体では動くことは出来ないだろうが、治療が終わったら止めをきっちり刺してこの戦いの終わりとしよう。
あと少しで足の治療が終わる。
そんな時に異変は起こった。
黒い霧が突如として発生し、武人コボルトを包み込んだのだ。
黒い霧は武人コボルトを侵食していき、その肉を削いでいく。そして全ての肉を取り払い、骨だけとなると体がのろのろと動き出し、離れた位置の転がっている頭部を拾った。
そして頭を体の上に置くと、生きていた頃のように滑らかに動き出したのだ。
足の治療を終えた俺は、うんざりした気分で立ち上がる。
捨て身をしてマグレで勝ったような相手と、また戦わなければならないのかと思うと嫌気がさす。ましてや片腕が無いのだ。勝ち目は薄いだろう。
片手で大剣を構えて、スケルトンと成った武人コボルトと対峙する。
スケルトンと成った武人コボルトは弱体化していた。
それでも、武器を操る技量は俺を軽々と超えており、トレースして動きを読み学習しても、対処するのに苦労した。
結局最後は、捨て身で武人コボルトに仕掛けるしかなかった。
手刀で腹を貫かれ、血を吐きながら武人コボルトに抱き着く。
そして、最後の魔力を振り絞って治癒魔法を使い、武人コボルトに致命的なダメージを与えた。
黒い霧を吐き出し消える武人コボルトを見送り、最後に見せた表情は、骨だけなのに満足しているように見えた。
今度こそ本当に終わった。
膝を突いて血を吐き出す。
腹を貫かれて、内臓に深刻なダメージを負っている。しかも、もう魔力が残っておらず意識も朦朧としていた。
このまま気を失えば死ぬ。
どうしたら…。
そこで、ふと思った。
昨日、宝箱に入っていた薬品は、もしかしたら腕を生やしたり、傷をあっという間に回復してくれる奇跡のような薬品かもしれないと。
あの薬品の色なら十分にあり得る。
きっとあれを飲むと、失った腕が銀色になって復活して、血液も銀色の何かで補充してくれるはずだ。
そんなのを、漫画で見たような気がする。
俺は動きの鈍くなった体を必死に動かして、収納空間から昨日の薬品を取り出す。
蓋を口に咥えて開けると、中身を一気に飲み込んだ。
クソまずい。
口直しに女王蟻の蜜を飲む。
すると負った傷は…治る事はなくそのままだった。
当たり前だ。
そんな都合の良い事が…あった。
傷は治っていないが、魔力が回復していたのだ。
朦朧とした意識ははっきりとし、代わりに痛みが蘇る。
再び治癒魔法で治療を開始する。
また以前トレースした姿を思い浮かべながら治癒魔法を施していく。
途中で喉が渇いて女王蟻の蜜を飲むと、更に活力が湧いて魔法のキレが増した。
程なくして治療は完了した。
腹に空いた穴は塞がり、ついでに左腕も復活していた。
これには流石にビビった。
まさか、治癒魔法は病気だけでなく、欠損した部位まで治療する能力があるとは思わなかったからだ。
…これ、医者になれるんじゃないか?
正式なのは無理でも、顔の色が半分違うキャラみたいな闇医者になれないかな。
転職に失敗したらチャレンジしてみよう。
俺は密かに決意した。
治療を終えた俺は、武人コボルトの遺品を回収する。
武人コボルトが残した物は、戦斧と鎧、その体は灰になって消えたので残っていない。
そして鎧の中には、黄色いガラス玉が入っていた。
その黄色いガラス玉を手に取り、眺めているとゆっくりと砕けて手の中に吸い込まれて行った。
戦斧と鎧を収納空間に回収すると、部屋を出た所にあるポータルに登録する。
そして、そのまま起動して1階に戻った。
本当に疲れたなと思いながら、夕日を眺めていた。
今日は一杯引っ掛けて帰ろう。
偶には良いだろう。
一人だけど、BARならマスターが相手してくれるはずだ。
二日酔いになっても良いように、明日は休みにしよう。それに、いくらなんでも毎日潜りすぎている気もするしな。
こうして20階の攻略を終えた俺は、夜の繁華街に足を向けた。
次の日、父からの『母危篤スグ帰レ』の知らせに、実家に帰るのだった。
ーーー
ハイ・コボルト・ソルジャー(ユニーク)
(別名:武人コボルト)
400分の1というパチンコの大当たりのような確率で、20階ボスモンスターとして出現するレアなモンスター。
魔法耐性のある魔鎧を装備し、暴君の戦斧を手にしている。武術、武器術を習得した強力なモンスター。30階で出現するボスモンスターよりも強く、20階適正レベル10で挑めばまず死ぬ。必ず死ぬ。人間諦めが肝心ってくらいに死ぬ。
《スキル》
武技 浸透 震脚 見切り 空間把握
《装備》
魔鏡の鎧 暴君の戦斧
ーーー
ーーー
田中 ハルト(24)
レベル 16
《スキル》
地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破
《装備》
俊敏の腕輪 不屈の大剣 神鳥の靴
《状態》
デブ(各能力増強)
ーーー
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