第32話 二十九日目〜三十日目

 今日も朝から女王蟻の蜜が美味い。

 最近の流行りは炭酸割りだ。これを一気飲みした時の幸福感は、そのまま昇天してもおかしくないくらいだ。


 一度、女王蟻の蜜を飲んだ直後にバケツを被ったのだが、クィーの声が耳に直撃して、鼓膜に深刻なダメージを受けてしまった。


 今度からタオルを当ててからやるようにしよう。



 さあ、今日から明日に掛けて、泊まりがけでダンジョン探索を行うつもりだ。

 荷物は全て収納空間に入れてある。

 念のために物資は多目に入れているが、それが死亡フラグならぬトラブルフラグにならない事を祈るばかりだ。


 何だか、そわそわした気持ちでダンジョンに向かう。

 気持ちは、遠足に行く小学生のようだ。

 電車に揺られているとクネクネしてしまい、小さいお子さんに泣かれてしまったが、駅員を呼ばれたくらいで特に問題は無かった。




 ダンジョン16階


 昨日の探索で、運良く16階に続く階段を見つけていて良かった。

 モンスターとのエンカウントもそんなに多くはなく、順調にここまで来れた。


 16階で出現するモンスターは一種だけ、歩く亡者スケルトンである。

 スケルトンは骨が武器を持ったモンスターで、動くとカタカタと鳴るので、先に発見するのは容易い。戦う上で注意すべきは手に持つ武器だけであり、その体は脆く鈍器のような武器に弱い。


 振り下ろされる鉄棍を避けて、大剣を横薙ぎにしてスケルトンの腰を砕く、バラバラに落ちた骨は少しの間、カタカタと音を鳴らしたあと動かなくなった。

 続くスケルトンの足を砕くと、倒れて起き上がろうするが、バランスが取れずにまた転ぶ。止めに頭部を砕くと、その動きを止めた。


 スケルトンの武器は棍棒や鉄棍が多く、偶に剣や斧が混じって来る。また、スケルトンに採取部位は無く、その手に持つ武器を持ち帰り換金しなければならない。


 もしも、スケルトンを相手に金を稼ぎたいのであれば、持ち帰る武器を選定して、台車を使って運搬するべきだろう。

 パーティで行うなら良いかもしれないが、ソロでは嵩張って仕方ないだろう。まあ少なくとも、俺には収納空間があるので問題ないが。



 スケルトンを倒して進む。

 エンカウント率はそんなに高くはなく、順調に探索が進んでいる。

 15階に比べて、16階は楽である。

 モンスターの強さとしては、スケルトンの方が上なのだが、一度に出現する数は三体と少なく、15階で出現するモンスターより倒しやすいのである。


 この調子で探索出来るのなら、無理に泊まりがけで探索する必要はなかったのかもしれない。


 順調過ぎる探索に、鼻歌を奏ながら進めて行く。

 いっそのこと、熱唱しながら行こうかな。

 ここで、大声で歌えたら気持ちいいだろうなと思い、大きく息を吸い込む。


 すると、離れた所から戦闘音が聞こえて来た。


 危なかった。

 旅の恥は掻き捨てと言うが、それで割り切れるほど神経は図太くない、と思う。

 案外平気かも知れないが、まあ良かったと思っておこう。



 戦っているのは五人の男性で、その内の四人が剣を持った前衛、残る一人はスリングを使い石を投げて攻撃を加えている。

 三体のスケルトン相手に少しばかり梃子摺っていたが、特に目立った怪我などは無く勝利していた。


 男性五人はスケルトンが落とした武器を拾うと、離れた場所に置いてある台車に乗せて移動して行く。


 やはり、荷物を持っての移動には台車が必要になるようだ。



 その後も探索を進めて行くと、水が湧いている場所を発見した。

 ダンジョンには、各階に水が湧くスポットがあり、探索者は大体ここで休憩を取っている。


 まあ、俺は利用したことないがな。

 だいたい誰かいて、近寄り難いのだ。それに、日帰りで探索しているので、休憩を取らない事が多いのも理由の一つだ。


 そんな水場だが、水が湧いているからと言って、ここがセーフティーゾーンという訳ではない。モンスターは普通に徘徊しているし、排除しなければ休憩は出来ない。

 それでも、水があるというのはありがたく、大抵の探索者は、この場所を選んでキャンプを張るのである。


 その例に漏れず、俺も時間になったらここでキャンプするつもりだ。



 それから時間まで探索を行なっていると、水場から一時間ほど離れた場所で17階に続く階段を見つけた。


 明日は起きたら、直ぐに向かおうと決めて水場に戻った。



 水が湧くフロアに戻ると、そこには四組のパーティがキャンプを張っていた。


 水場の周りは既に占領されており、少し離れた場所でキャンプ道具を取り出して設置して行く。ものの十分で設置を終えた俺は、水を貰いにバケツと鍋を取り出して向かう。


 水を汲みに行く途中で、見知った顔を見つけたが、俺は知らんふりをして通り過ぎる。


 だが、何無視してんだよとハーレムメンバーの弓使いの女の子に腕を掴まれてしまった。


 え、何ですか貴方、やめて下さいよ。

 何で無視するのかって?

 関わるなって言った手前、こっちから関わったらカッコ悪いじゃないですか。だから話し掛けないで下さいよ。

 一方的だって?

 …確かにそうだな。分かった。また明日話し合おう、俺もこれから準備に忙しいから。

 納得してくれたようで何よりだ。

 そっちも忙しそうだし、また明日な。


 面倒になって適当に言ってしまった。

 まあ、明日朝一に出発すれば問題無いだろう。



 一人で寂しく食事しながら周囲を見ていたが、どこも五人以上でパーティを組んでおり、俺のようなソロはいなかった。

 パーティは一人ずつ人を出しているようで、交代で見張りをしている。俺もそうした方が良いのかと思ったが、彼等とは離れた位置でキャンプをしているので止めておいた。


 やがて眠くなり、テントの中に入って就寝する。


 眠ろうとして直ぐにカタカタと音がしたので、大剣でさっさと始末して、テントの中に戻った。

 その後も、何度か夜中にスケルトンが訪ねて来たが、いずれもお引き取り願い朝を迎えた。




 クィーーー!!


 今日も気付の一杯が美味い。

 朝目覚めた俺は、汲んできた水で朝シャンをすると、朝食を食べて出発した。

 まだ他のパーティは眠っているようで、見張りだけがこちらを見ていた。



 ダンジョン17階


 朝からスケルトンを蹴散らし、17階に到着した。


 17階から出現するモンスターは、ジャイアントスパイダーだ。名前の通り大きな蜘蛛で、16階で出現したスケルトンとは真逆で、静かに近寄って攻撃を加える隠密型のモンスターだ。


 腹の先から出される糸は強力で、絡め取られると身動きが取れなくなる。また、牙には毒が含まれており、噛まれたら神経毒に侵され動けなくなる。


 空間把握のスキルに反応があり、背後にいるジャイアントスパイダーを魔法で串刺しにする。

 スケルトンを倒していると、上から反応がして、横にステップを踏み落下するジャイアントスパイダーを避ける。ブーツに鉤爪を生やしてジャイアントスパイダーを掴むと、そのまま力を込めてバラバラにした。


 ジャイアントスパイダーは厄介だ。

 ジャイアントスパイダー自体は複数で現れる事はないが、スケルトンに気を取られて、糸で絡め取られれば、動きを止められ生きる道を失う。

 そんなジャイアントスパイダーの採取部位は、その腹にある。

 倒した後に腹を切り裂くと糸袋が収まっており、それを回収して買取所に持って行くと、一個五千円で売れる。


 かなり美味しいモンスターでもある。


 どんどん倒して回収して先を急ぐ。


 すると昨日、スケルトンを倒していた男性五人組が立っていた。

 正直、この五人の見栄えは良くない。

 顔が悪いとか、体型が悪いとかではなく、装備の隙間から見える肌に刺青が見えるのだ。

 何も刺青、タトゥーを否定するつもりはないが、この五人の目がこちらを獲物として見ており、あからさまに良くない事を考えているのが分かる。

 反社会勢力、もしくは半グレのような雰囲気があり、余り近寄りたくない人種である。



 あのー、何か用ですか?

 えっ?その大剣置いていけ?

 それは嫌ですね。

 怪我はしたくないですけど、これも手放したくないですね。

 レベル何だよって言われても…。

 人数差は分かりますけど、だから何だって言うか…。

 いや、止めましょうよ。

 暴力沙汰は不味いですよ。

 だから、渡す気は無いんですって。

 えっ?もういい。

 あの、渡さなかったらどうなるんですか?



 石が飛んで来る。

 頭を直撃するコースだ。

 それをしゃがんで避けると、姿勢を低くしたまま特攻する。

 予想外のスピードだったのか、上手く反応出来ていない前衛の足を斬り落とす。

 落下する前に男を蹴って、スリングを使う男に当てて転倒させる。近くの男が剣を振り下ろして攻撃して来るが、ブーツに鉤爪を生やすと勢い良く伸ばして、男に突き刺した。


 前衛の二人が挟むように攻撃して来る。

 上手く連携が取れており、間断なく攻撃を繰り出して来る。それを盾で受け、大剣で受け流し、土の弾丸を体に撃ち込んだ。

 血を吐き出して膝を突く二人、その顔面を殴り飛ばして意識を奪い、残り一人のスリング使いの元に行く。


 スリング使いは石を飛ばして来るが、そんな物に当たるはずもなく、蹴り飛ばし、殴って無力化した。



 で、何で襲ったの?

 ん?昨日のスケルトン?ああ、夜の。

 あれ見て、この大剣が特殊な物だと思ったと。

 売れば金になると思った?

 だから襲ったのか。

 お前ら同じような事してるだろう?

 えっしてない?

 あー、それ嘘だね。

 手慣れた感じだったじゃん。あれは一回や二回じゃ身につかんよ。



 俺は五人組から武器を没収すると、その場を後にした。

 前は装備一式回収したからモンスターに襲われていたが、今回はちゃんと手加減して武器だけにした。

 防具とポーションがあれば、帰るのに問題はあるまい。



 ……。



 そして、一泊二日の探索を終えた俺は、家に帰るべく来た道を戻っていると、ジャイアントスパイダーに吊るされた五つの塊を見つけるのであった。



ーーー


田中 ハルト(24)

レベル 14

《スキル》

地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考

《装備》 

俊敏の腕輪 不屈の大剣 神鳥の靴

《状態》 

デブ(各能力増強)


ーーー

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