第31話 幕間3(田中タエコ)
田中タエコは今年で56歳になる女性である。
三十二年前に結婚して子供を三人授かった。
既に三人とも成人しており家を離れている。
長男と長女は結婚しており、子供もいる。つまりタエコは、お婆ちゃんになっていた。
本人からしたら、まだまだ若いつもりでいたが、孫の顔を見ると自らの年齢を自覚する。だが、それ以上に、良い人生を歩んで来たなと満足していた。
休みの度に、長男と長女が孫の顔を見せに帰って来ており、旦那と一緒にデレデレになっている。これからの人生はまだ長い、曾孫の顔まで拝めたら良いなと思いながら毎日楽しく過ごしていた。
そんなタエコには気掛かりがある。
次男のハルトだ。
俺は自由だと叫びながら地元を出て行ったが、あの子は考えなしに行動する事があるので心配なのだ。こちらから連絡しなければ返しても来ない。そんな子なので、定期的に連絡をして、生存確認をしておかなければならない。
人様に迷惑を掛けてなければ良いのだが…。
そんな心配を他所に、本人は楽しくやっているのだろうが、心配しているこちらのことを少しは考えてほしいものだ。
今度帰って来たら、小言の一つや二つ言ってやろうと思っている。
そんなタエコは、今日もパートを終えて帰っていると、鳩尾の辺りに違和感を覚えた。
ジクジクした痛みはあるが、少ししたらそれも治る。
何か胃もたれするような物でも食べたか考えると、昼に唐揚げ食べたことを思い出した。
それが原因だなと思い、この時は気にしていなかった。
それからも偶に胃の辺りが疼き、違和感があるのだが、特に病院にも行くこともなく、そのうち治るだろうと放置していた。
『大腸ガンの検診を受けましょう。日本人が…』
テレビのCMで不安を煽るようなものが流れている。
私はまだ若いんだ、まだまだ元気だ。あと五十年はいける。それくらい元気だから大丈夫だ。
ハルトの我を通す性格は、タエコ譲りだったりするのかもしれない。
体調に変化があった日から暫く経った。
あれから時折、ジクジク痛む時はあるが、気にすることなく過ごしていた。そんな事で休んだら、パート先に迷惑が掛かってしまうと、日本人特有の使命感があったのも原因で病院には行けていなかった。
「いいから、一回病院に行って検査して来い」
胃が痛み出して蹲っていると、見かねた旦那が言ってきた。だが、明日もパートが忙しく抜けれない。
「明日、仕事があるからいい」
「アホか。明日、俺も休むから病院行くぞ」
旦那が強制的に病院行きを決定してしまった。
思えば、旦那は昔から強引だった。付き合う時もそうだし、プロポーズの時も「式場決めておいたから」の微妙に断り難いものだった。
仕方なくパート先に休む旨を連絡して、次の日は朝から病院に向かう。
「…腎臓癌…ですか?」
検査結果はステージ4の腎臓癌だった。
既に他の臓器にも転移が見られ、かなり進行していた。
「…あの、治るんでしょうか?」
医者からの返答は、治らないだった。
そして、その余命は三ヶ月だろうとの見解だ。
人によって違うようだが、タエコの状態まで進行していると、治療しなければ持って三ヶ月なのだそうだ。
医者に旦那を呼ぶように言われ、今後のことを伝えられた。タエコは医者の話を聞いてはいたが、心ここに在らずで、現実を受け止められずにいた。
車で家に帰り着くまでの短い間に、旦那と話し合った。
そんなに話す内容も多くはなく、治療は受けるのかとか、子供達には伝えるのか、伝えるなら誰にするのかを決めていった。
それから、タエコはパートを辞めて家にいるようになった。家にいると言っても、ずっといるのではなく、旦那が休みの週末は遠出したりもしていた。
近くに住む長男と長女には病気のことを伝えており、今まで以上に頻繁に会いに来るようになった。おかげで、寂しいと思う事はなかった。
ただ、次男のハルトには伝えていない。
一人だけ遠方に住んでいるのもあるが、ハルトの性格上、仕事を辞めて帰って来そうな気がしたのだ。
いや、もしかしたら何の反応も見せない可能性もあるが、そんなに薄情な子ではないと信じたい。
何となくだ。
何となく、ハルトの声が聴きたくなって電話を掛けた。
もしもし、お母さんだけど。
うん、元気してる?
ちょっと声聞きたくなったね。
いいやん、子供の声聞くぐらい。そんぐらいの親孝行せんね。
そんで、次はいつ帰って来んの?
まあ、仕事忙しかったら無理せんでいいけんね。
ああ、なんか送ってくれるん?
じゃあ何かご当地の物と…あとは何でも良いわ。
うん、分かったLIN◯しとくね。
じゃあ待ってるからね。
久しぶりのハルトの声を聞いて、少しだけホッとした。
やはり子供というのは、幾つになっても可愛いんだなと思った。
ハルトと電話をして五日後、荷物が送られて来た。
荷物の中身は、ハルトが住んでいる土地のご当地お菓子と、何故か大量のメンマ。他にもいろいろと入っているが、その中に、ナマモノと書かれた小瓶が入っていた。
「早めにお召し上がり下さいって、あんた常温で送って来てるじゃないの」
ナマモノならクール便で送れと文句を言いたいが、相手は遠くにいるので、また会った時の愚痴の内容に追加しておこうと決意する。
小瓶を手に取り、腐ってないか確認するために蓋を開ける。
蓋を開けると、甘い香りが部屋中に広がっていく。
かなり濃い香りが充満しているが、タエコは瓶の中身に釘付けになり、他を気に止める余裕が無くなっていた。
体が求めているのが分かる。
この小瓶の中身を飲めと訴えて来るのだ。
既に腐っているとか、そんな事はどうでも良くなっていた。
小瓶を唇に当て、ゆっくりと傾けて中身を口の中に入れる。容量は一口で無くなる程度の量しかないが、しっかりと味わってから胃袋へと流し込んだ。
「ケェーーーッ!!!」
脳を揺さぶる極上の美味さと、体に広がる衝撃で奇声が上がる。
奇声が収まると、タエコは気を失って倒れた。
妻の奇声を聞いて駆けつけた旦那は、気を失っているタエコを見て、もうお迎えが来たのかと絶望するが、まだ息をしているのに気付き、急いで救急車を呼び病院に連れて行った。
病院に到着するまでの間、意識の無いタエコは小瓶をしっかりと握りしめ離そうとしなかったそうだ。
倒れたタエコは、再び病院で検査を受けることになった。
検査の結果は異常無し。
異常無しだ。
異常が全て無くなっていたのだ。
つまりは、癌などの病気が全て治っていたのだ。余命を宣言された患者がである。
検査結果を見た医者は驚き、そのことを知らされた旦那も驚いた。
医者はどうして治ったのか、なぜ治ったのかを聞きたかった。分からなくても、心当たりがないか、日常生活でどうだったかを知りたくて、旦那に聞き取り調査を行った。
当人のタエコに聞けたら良かったのだが、何せ意識を失っており話を聞く事は出来ないでいたのだ。
旦那は何を話して良いか分からず、とにかく気になったことを上げていく。その話の中で、タエコが気を失った状況になり、甘い匂いと小瓶を握りしめていた事を伝えた。
「小瓶…。これですか?」
「はい、それです。中には何もありませんが」
「これをお借りしてもよろしいですか?」
「…それは、タエコの物なので何とも。本人が了承すればいいんですが」
「…そうですか、ではタエコさんが目覚めてから改めて聞きましょう」
小瓶の中身はほぼ無くなっていた。
ほぼ無くなってはいるが、まだ一滴二滴は残っていた。
医者はその中身の成分調査をしたかったのだが、タエコが目覚めるまでお預けとなる。
そして、タエコが目覚めたのは三日後の夜だった。
その姿は以前より活力に満ちており、何よりも若々しくなっていた。
ーーー
『クイーンビックアントの生命蜜ポーション漬け』
ビックアントの女王蟻が稀に作り出す蜜をポーションと混ぜた物。
ハルトがポーションの小瓶を洗わないで蜜を詰めた結果出来た物。また収納空間で保存したことにより、腐ることなく熟成されている。
生命蜜とポーションの相乗効果でその効果は増しており、擬似霊薬エリクサーと言っても過言ではない効果を有している。
効果
美容健康
若返り(大)
基礎能力微増
不治の病を50%の確率で治療可能
ーーー
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