第22話 二十一日目

 起きたら昼だった。

 きっと昨日一睡もせずに行動したせいだ。

 もしかしたら、フリーター生活に体が慣れたのかもしれないが、それはないと信じたい。


 起きて収納空間から女王蟻の蜜を取り出してクイッと一杯。


 クィーーー!?


 相変わらず美味しさに腰が砕けそうになる。

 以前は朝のコーヒーがルーティンだったが、それが蟻蜜に変わってしまった。

 量に制限があるので、考えて飲まなければ直ぐに無くなってしまう。だから朝の気付に一杯だけ頂くように制限したのだ。


 最初は長期保存出来ないから、さっさと飲んでしまおうと思っていた。だが、収納空間に入れていると、冷たい物は冷たい状態で保存され、熱いものは熱いままで保存されていたのに気付いた。収納空間の中は時間の経過が無いか、恐ろしく遅いのではないかと考えたのだ。

 その考えは的中したようで、収納空間に入れていると時間が経過しても劣化した様子は見られなかった。


 何て便利な能力なんだ。

 この能力だけでも探索者をやってよかったと思う。


 遅い朝食を摂り、家を出る。


 スマホを見ると、愛さんから連絡が来ていたが、正直なところもう関わりたくないので返信しないでおいた。

 仕方ない、それだけあの会社に良い印象が無いのだから。





 ダンジョン13階


 俺は最近気付いたことがある。


 一定期間、無職な奴らを強制的にダンジョンに放り込む法律を作れば、世の経済はより良くなるのではないかと。


 病気や異常を抱えた人は別にしても、健康な体を持った無職は十分な労働力になり得る。

 専門的な知識が必要になる現場では通用しないだろうが、ダンジョンならばその心配もない。モンスターを倒して、それを持って帰れば良い。そんな単純な行動でお金が貰えるのだ。知識も何も必要ない。

 それにこのような法律が出来れば、ダンジョン行きを嫌がった人達も就職するのではないかと考えたのだ。


 その考えを隣に立つおじさんパーティに伝えると、馬鹿じゃねーかと鼻で笑われた。


 そんな法律が制定されるとして、人権団体が反対運動を起こして認めさせるわけがない。仮に施行されたとして、そいつらがどれだけ働けるのかも分からない。もし死んだりすれば、遺族からは一生恨まれるだろう。更に、もしも余計な力を付けた無職達が反乱を起こせば、国が滅びる可能性だってある。そんなリスクしかない法律を認めるはずは無い。


 グゥの音も出ないほど論破された。

 そんな極端な理論を言われたら、何も言えないじゃんとも思うが、何も言い返せなかった時点で俺の負けである。


 おじさんパーティは昨日より人数が倍になっており、その内の一人が異様に体調が悪そうだ。


 大丈夫ですか?と尋ねると、他のメンバーがコイツは危ないから近付くなと忠告してくる。


 何が危ないのか分からなかったが、髪の合間から覗く目が、今にも人を殺しそうな目でこちらを睨んでいた。


 俺は忠告に従って距離を取る。

 どうしてか、俺は彼から凄く恨まれてるような気がした。

 初対面のはずだから、何か俺がやったというのは無いはずだ。でも、あの目を見ると背筋が冷たくなる。



 おじさんパーティ達が去って行くのを見送り、俺も行動を開始する。


 今日は昨日に引き続き、14階に続く階段を探索するつもりだ。なので、ここは早足で通り抜けようと走って移動する。


 道中のモンスターは極力相手にせず、壁から壁に跳んで移動して行く。五匹のロックウルフがいつまでも追って来るので、そいつらだけは始末する。


 そうこうしていると、昨日ロックウルフの大群に襲われたフロアにたどり着いた。


 既に昨日の戦いの痕跡は消えており、ダンジョンのどこにでもあるフロアの一つとなっている。ただ、そのフロアの中央には、先程別れたはずのおじさんパーティが集っていた。


 何かあったのだろうかと近付いてみると、俺に気付いたおじさん達は驚いた顔でこちらを見た。


 おじさん達は、

 お前だったのか。

 こんな事なら、昨日サクッとやっちまえばよかったな。

 昨日、どうやって生き延びたんだ。

 このデブは強いのか?

 弱そうじゃないか。

 油断はするなよ、全力で殺すぞ。

 囲め、逃げられても厄介だ。

 なあ、実よ。コイツで間違いないのか?

 ああ、コイツだ。俺の計画を邪魔したのはコイツだ!


 などと、好き勝手に言っている。


 正直、何を言っているのか全く分からないが、昨日のロックウルフの一件を何かしら知ってそうな発言が聞こえたので、ちょっとそこら辺を教えてほしい。


 あと、殺すって言うなら…


「敵に時間を与えるなよ」


 おじさん達の足元から土の棘が生え、三人が足を貫かれる。

 避けた一人に接近して足を切り飛ばす。

 そこで、ようやく動き出したおじさん達は武器を手に取り、殺意を向けて来る。だが、既に四人を動けない状態に追い込まれているので、警戒して直ぐには動かないのだろう。

 まあ、ポーションで回復されたら復帰出来る程度の傷ではあるが、それでも数分は稼げる。


 おじさん達から火球の魔法と風切りの魔法が放たれるが、左右ジグザグに避けて距離を詰めて行く。

 魔法使いは厄介だ。

 自分もそうだから分かるが遠距離、中距離、近距離、どの距離からでも攻撃は可能だ。しかも大技のような魔法を持っている恐れもある。早々に片付けるべき対象だ。


 それはおじさん達も分かっており、魔法使いをカバーしようと戦斧や長剣を持って横から妨害して来る。

 何度か攻撃を大剣で対応するが、正直言って拍子抜けだ。

 何故なら、以前戦った大人ゴブリンと比べて、圧倒的に武器の扱いが下手だからだ。

 せめて何か学べないかとトレースを発動していたが、無駄になってしまった。


 今度はこちらの番と大剣で二人纏めて吹き飛ばす。

 

 吹き飛ばされた二人は地に足を付けると、戦斧のおじさんが引けと長剣に向かって叫んだ。

 直後に足があった場所で土の棘が生える。

 避けられるとは思わなかった。

 タイミングは合っていたはずだ。

 何かのスキルだろうか?

 どうして避けられたのか目を細めていると、また別のおじさんが襲い掛かって来る。次に来たのは、おじさん達の中でも一番厄介そうな巨漢のおじさんだ。


 無骨で大きな斧を片手に、鋭い一撃が振り下ろされる。


 大剣で受け流し、返す刀で斬ろうとするが、手が痺れてしまい上手く動けない。手が痺れた衝撃で、巨漢のおじさんから目を離してしまったのがいけなかった。前蹴りを体に受け、壁際まで吹き飛ばされる。


 壁に衝突した俺に向かって魔法が放たれる。

 先程とは違い、大量の火の槍と一面に展開された風の刃だ。

 避けきるのは無理と判断して、身体強化を極限まで上げると、火の槍の射線から逃れ、風の刃を纏めて大剣で切り裂いた。


 すると、何か、そう、どこかで見た黒い霧が俺の上に降り注ぐ。

 途端に気分が悪くなり、動きを止めてしまう。

 苦しくなって大剣を落とす。

 何が起こったのか冷静に考える。ここで焦れば、きっと失敗するからだ。

 アレは見た覚えがある。

 前は対処出来たはずだ。

 そうアレは…。


 動けなくなり蹲っていると、止めを刺しに来たのか、巨漢のおじさんが斧を持って目の前で立ち止まる。

 何か喋っているが、反応するつもりはない。


 そして、巨漢のおじさんがその大きな斧を振り下ろす瞬間、俺は大剣を持って立ち上がり、巨漢のおじさんの手を斬り飛ばした。


 あと五人。


 俺は残りのおじさん達に向かって歩き出した。







 ふう、終わった終わった。

 まさか、さっきまで話していたおじさん達から命を狙われるとは思わなかった。

 標的は俺で間違いないのだろうが、俺の顔を知らなかったと言うのが腑に落ちない。何かしら恨みを抱えているなら、それなりに相手を知っているはずだ。それが、あのフロアに着くまで、おじさん達は俺がその対象だと知らなかった。


 よく分からんな。


 というわけで説明よろしく。


 俺はおじさんに理由を尋ねた。


 ん?殺してないよ。動けないくらいに痛めつけただけだ。

 危なそうな奴は、腕やら足を切ってあるから直ぐには動けない、魔法使いの二人は気を失わせているし、よく分からん気分の悪そうなおじさんは勝手に気絶していた。


 ふむ、ふむふむ。


 ふーん。


 どうやらホント株式会社に関連する話みたいだな。


 本当にあの会社が嫌いになりそうだ。


 おじさん達の中に社長の息子がいるようで、何かに失敗してダメージを受けたのだとか。どうやってダメージを与えたのか分からないが、誰がやったのか何となく分かったそうだ。

 それには息子のスキルが関連しているそうで、それが何かは知らないらしい。

 昨日のロックウルフを襲わせたのも、そのスキルを使用したものだが、失敗してまたダメージを受けたらしい。


 そこまで聞いて興味を失った。

 ロックウルフの事は興味があったから話を聞いていたが、あの会社関連の話は、正直どうでもよかった。

 スキルの中にはモンスターを操る力がある、それが知れてよかった。この襲撃を退けて得た情報はそれだけである。他は本当にどうでもよかった。


 迷惑料としておじさん達の装備を全て剥ぎ取ったが、命は見逃してやるのだから文句はあるまい。


 まあ、殺す勇気もないけどね。



 俺はおじさん達が持つポーション以外の物を回収すると、14階に続く階段を探す。

 フロアから出て少しすると、14階に続く階段を見つけた。


 今日はここまでだなと来た道を戻る。

 そして、おじさん達がいるフロアに着いた時、俺はある失敗に気付いた。


 なんと、おじさん達がモンスターに襲われて絶命していたのだ。


 身動きが取れない状況ではポーションなんて使えない。気を失っているのに回復なんて出来るはずもない。


 完全にやらかした。


 俺はおじさん達の仇を取ると、遺族に遺品を届ける為に、その場を後にするのだった。



ーーー


田中 ハルト(24)

レベル 13

《スキル》

地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 

《装備》 

俊敏の腕輪 不屈の大剣

《状態》 

デブ(各能力増強)


ーーー


 

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