第14話 十四日目
二万円。
これが昨日の成果だ。
内訳はモンスターの部位一万円、初心者ワンド一万円となっている。
初心者ワンドは宝箱から出たこともあり、その効果を期待したが、これまでと変わらないどころか、魔力の流れが悪くなって魔法が使い難かった。
買取所で聞くと、初心者ワンドは名前の通り初めて魔法を使う人用の武器で、ある程度慣れた魔法使いには邪魔になるらしい。
だからか、買取金額も最低の一万円に設定されているようだ。
因みに、武器屋では初心者ワンドは一万五千円で売っている。良心的と捉えるかどうかは貴方次第だ。
これからダンジョン11階に挑む前に、道具を揃えておこうと思う。
11階からは様々な鉱石が採れるようで、採掘している人も多いのだとか。更に、モンスターも強力になっており、これまでよりも過酷な戦いが待ち受けているだろう。
なので、今回購入するのは採掘用のピッケルとポーションだ。
治癒魔法があるからポーションは要らないと思うかもしれないが、魔力が尽きて回復できないのは致命的である。
買い物を済ませて準備万端なので、早速ポータルを使って11階 階段前に飛ぶ。
11階に来て最初に驚いたのは、他の探索者がいた事だ。
しかも十人位いる。
これまでダンジョン内で一度も他の探索者を見かけなかったのに、ここには多くの探索者がピッケルを持って採掘していた。
しかも、その殆どが高校生か大学生の二十歳前の若者だった。
もしもし君たち何してるの〜?
なんて聞けたら良かったのだが、年下とは言え初対面の人に馴れ馴れしくするほど、俺は無神経ではない。
だから、彼等の行動を背後から観察していた。
じーっと、じーっと、じーっと見ていた。
それで分かった事は、彼等は一つのグループのようで、採掘組と運搬組、護衛組に別れて行動していた。
採掘組は五名と最も多く、続く運搬組は三名、護衛組は二名といった感じだ。
護衛組は、グループの中でも最も強そうな男女が担っていた。
そんな護衛組の二人だが、さっきからこちらを見ていて護衛に集中していない。
弛んでるな、仲間は注意しないのか?
そんな事を思っていると、護衛の一人がこちらに来て声を掛けて来た。
あ、こ、こんにちは。え?な、何でもないよ、見てただけだから。ははっ、どんな事してるんだろうって気になったんだ。俺、探索者始めて日が浅いからさ、ちょっと勉強出来たらなって見てたんだよ。
え、迷惑?
視線が怖い?
……。
ごめん。
さあ、今日は11階の探索だ。
ここで出現するモンスターは、ゴブリンとビックアントだ。
ゴブリンは昨日までに何度も倒しているので問題無いが、ビックアントは初めての相手だ。
ビックアントは小型犬くらいの大きさの蟻のモンスターで、強靭な顎と口から酸を飛ばして攻撃して来る。
稀に群れを成して行動するようだが、そんな時は攻撃しなければ襲って来ないみたいだ。
ん?
なに?
さっきの奴らはどうしたんだって?
何を言っているんだ。俺は今、11階に来たばかりだぞ。
他の若い探索者なんていなかったんだよ。
分かったな。
ビックアントと対峙する。
カサカサと素早く動くビックアントは、足を狙って距離を詰めて来る。噛み付く攻撃を避けて距離を取ると、口から酸を飛ばして来た。それも冷静に避けると、今度はこちらから距離を詰めて大剣を振るう。
大剣はあっさりとビックアントの頭を真っ二つにして、その命を絶った。
余裕だな。
攻撃もさして速くないし、動きも一直線なので避けやすい。まだゴブリンの方が手強いくらいだ。
そんな評価をビックアントに下して先に進む。
ゴブリンやビックアントと何度か戦ったが、2種類のモンスターの攻撃はかすりもしなかった。
そうして12階に続く階段を発見した。
だが、これはどういう事だ。
いないのだビックアントが、これまで階段の前に群れを成していたモンスターがいないのだ。
上を見る。
何もいない。
蟻だから下からか!
気配を感じない。
宝箱もない!……いや、それはあって欲しかったな。
とにかく何も居ないのだ。
俺は涙を流して喜んだ。
もう大量のモンスターと戦わなくて良いのだと、命の危険は無いのだと喜んだ。
きっと他に探索者がいたから、そっちに行ったのだろう。
戻って来んなよお願いだから。
こうして何も無い階段に進もうとしたら、何処からか悲鳴が聞こえて来た。
いや、悲鳴だけでなく、地面が揺れているような気がする。
気になって悲鳴の出所を探すと、幾つか曲がった道の先から二人の男女がこちらに向かって走って来る。
その背後に大量のビックアントを連れて。
何やってんだ?
必死に逃げている二人には見覚えがある。
俺を迷惑そうに追い払った護衛組の二人だ。
二人には悪いが助けてやれそうもない。百匹位ならまだ何とかなったかもしれないが、千を遥かに超える数のビックアント相手では、とてもではないが勝てそうにもなかった。
南無南無。
俺は二人の無事を願って12階に続く階段に向かった。
幾つかの曲がり角を曲がり、あと少しかなともう一つ曲がったら、どうしてか目の前に必死に走る二人の姿があった。
そして、当然の如く大量のビックアントを引き連れて。
驚いた。
向こうも驚いた。
そして俺達は一緒に走った。
走りながら事情を聞くと、何でも仲間の一人が行軍するビックアントを攻撃してしまい怒らせてしまったそうな。
そんな仲間を助ける為に、更にビックアントに攻撃を加えて標的を護衛の女の子が引き受けたらしい。
それを見て焦ったのが男の子。
一人でそんな危険な目に遭わせてなるものかと、自身もビックアントに攻撃したそうだ。
そうか。
じゃあ俺は関係無いな。
この先にある丁字路でお別れだ。
俺は大きな声で「そこを左に曲がるぞ!」と声を掛けてあげると、二人は黙って頷いた。
そして丁字路を左に曲がる二人を見送り、俺は右に進んだ。
二人を見送っていると、驚いた顔でこちらを振り向いた。
じゃあな。俺、関係無いから二人共頑張れよ。
そして俺はビックアントに追われている。
いや、意味がわからない。
本当にどうしてこうなった状態だ。
護衛組の二人は左に曲がったんだから、当然、ビックアントも左に曲がると思っていた。それがどうだろう、全てのビックアントが右に曲がり、俺を追って来たのだ。
逃げながら飛んでくる酸を避ける。
魔法で土の棘を横一列に生やすが、最初の数体倒すだけで、後に続くビックアントにへし折られる。
前を向いてひたすらに走り、角を何度も何度も曲がり、そして行き止まりにたどり着いた。
…。
あかんやん。
大量の土の棘でビックアントを串刺しにし、近くのビックアントを大剣で纏めて葬る。
身体強化と空間把握、見切りを最大限に使用してビックアントを倒して行く。それでも、数の多いビックアントは仲間の死をものともせず噛み付き、酸が雨のように降って来る。
必死に動き、ひたすらに盾を駆使してビックアントの攻撃を受けないようにしていたが、少しずつ傷が増えていった。
もうくたくたで動けない。
体力も魔力も使い果たした。
胸当てと盾は戦い始めて十分で壊れた。
大剣と腕輪以外残っていない。
もっと言えば服も残っていない。
酸で溶かされて下着しか残ってない。
半身が酸に焼かれて爛れてもの凄く痛い。
俺はビックアントの亡骸の中心でポーションを飲む。
痛みが軽減され、少しずつだが治っている。
収納空間に空いた瓶を入れると、そこから着替えを取り出す。着替えは私服で、探索用の厚手の防具服ではない。
ビックアントの亡骸を見て、よく生き残れたなと我ながら感心する。
あの大群を全て倒したのかというと、それは違う。
あれを全て倒すなんて無理だ。俺が倒したのは百匹〜二百匹くらいだろう。
では、どうして生き残れたのかだが、運が良かった。これに尽きる。
ビックアントの大群に襲われて運がどうこう言うのに違和感はあるが、不幸中の幸いと言うやつだろう。
ビックアントと戦い続けていると、少し離れた位置でビックアントの群れを割って一匹の大きなビックアントが移動しているのを見つけた。
その大きなビックアントは、胸から下の部分が異様に肥大化しており動くのも大変そうな姿をしている。
その姿を見てピンと来た。
あれはもしや女王蟻じゃないか?
この大群の移動は、巣の移動を行っているのではないだろうか、以前ディスカバリーチャンネルの蟻の特集で観た記憶がある。
そして、蟻の女王は沢山の蟻に護衛されていた。
このままではどうせ死ぬ。
なら何かやってやろうと思った。
大剣を大きく振り払いビックアントを引かせると、地属性魔法で足場を砲弾のように発射させ、女王蟻に向かって飛んだ。
射線上にいる羽のあるビックアントが俺に気付くが、動き出すよりも速く大剣で羽を斬り落とす。
その勢いのまま女王蟻っぽいビックアントに突っ込んだ俺は、女王蟻が反応するよりも早く、その体を切り裂いた。
女王蟻が攻撃されてギチギチと怒り狂うビックアント達だが、立て続けに大剣で女王蟻の首を落とすとビックアント達の動きがピタリと止まった。
少しすると、ビックアント達は来た道を引き返しその姿を消した。
何か活路が見出せればと苦し紛れに起こした行動だが、劇的な変化が起こり、俺は生き延びる事が出来たのだ。
女王蟻の体に近づき、何か金に成りそうな部位はないかと調べてみる。
通常のビックアントは、その体が初心者用の防具として加工、販売されているので買い取ってくれるが、この女王蟻の体はブヨブヨで、とても防具としては使えない。
ブヨブヨの体を触って確かめる。
一体、中に何が詰まっているんだ。そんな疑問が浮かぶ。
疑問を解消する為に、俺は大剣で腹を切り開いた。
最初に感じたのは、甘い匂いだった。
裂いた腹から匂いの元であろう、琥珀の液体が流れ出て来る。
その匂いに誘われた俺は、一雫を指先で掬うと、零れないようにそっと口に運んだ。
電撃が走った。
腰が砕けて立てなくなった。
そこから俺の意識は無い。
気が付いたのは、女王蟻の腹に顔を突っ込んで琥珀色の液体、蜜が残り少なくなった時だった。
俺は蜜を舐めながら考える。
一体、何が起こったんだと。
知らず知らずのうちに俺の体は動いていた。
まったく恐ろしいもんだ。
収納空間から水の入ったペットボトルを取り出すと、カピカピになった顔を洗い流す。流れる水滴を舐めとると、また意識が飛びそうになった。
やばいな、この蜜は持って帰って調べなければならない。
俺は一滴も蜜を残してなるものかと、ペットボトルに入れるが、一本では全然足りず他のペットボトルや容器にも入れて行く。全て取り終わると、再びペットボトルや容器を収納空間に保管する。
もう無いなと最後の確認をしていると、女王蟻のお腹周りに少しだけ残っていたので、ポーションの入っていた瓶に入れておいた。
ふう、良い仕事したぜ。
俺はこれまでにない達成感を味わいながら、鼻歌まじりで帰路についた。
ダンジョンを出て買取所にビックアントの外殻を持って行くと、そこの近くに沢山の探索者が集まっていた。
受付の人に何かあったんですかと尋ねると、何でも遭難している人がいるそうな。
そうなんですね、と返すと白い目で見られたのは印象的だった。
ーーー
『クイーンビックアントの生命蜜』
ビックアントの女王蟻が稀に作り出す蜜。
市場には滅多に出回らず、出て来た際は競売となる。これまでの落札金額は1ℓ2億円〜5億円となっており、非常に高額で取引きされている。
また、その効果が知られてからは市場に出回っておらず、今では伝説の一品となっている。
(効果)
美容健康
若返り
基礎能力微増
不治の病を10%の確率で治療可能
※
ーーー
田中 ハルト(24)
レベル 11
スキル
地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り
装備 俊敏の腕輪 不屈の大剣
ーーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます