月曜日からは新しいラインでの作業が始まった。出勤早々、竹内が可奈に話しかけてきた。

「このライン、大村さんが土曜日に準備したって本当?」

「ええ、私と、須賀さんと主任とで」

 実際には、主任は急な用事とかで来なかったし、須賀は朝から来たが約束どおり半日だけ働き、昼になると帰ってしまった。準備は半日では終わらず、結局可奈が一人で夕方までかけて終わらせたのだ。

「あなたまたボランティアで働いたの?」

 すると可奈の中にまたあの痛みがよみがえった。体の中の灰色の海につながり、そこから熱をくみ取って私を苛む痛み。しかしその痛みには小さな誇りの欠片が混じっている。

「ええ、ヒマだったから」

「ヒマって、ヒマだったら休んだり、自分の好きなことをしたらいいじゃない? ヒマだからって工場に来てタダで働くことないわ」

「いいじゃない別に。あなたに関係ないでしょ」

「大村さん、私あなたのことが心配なのよ。あなた、騙されてるんじゃない? よりにもよって坂上さんなんかに恩を売ってどうするの? 休みを返上してまであの人を喜ばせたって無意味よ、分かってるでしょ?」

「意味はあるわ」

 あなただって知っているはず。それは意味のある痛みだ。神秘の熱を帯びた、選ばれた者の印。

 竹内は続けた。

「分からないの? 坂上さんは、いかに自分の手を汚さずに出世するか、そのことしか頭にないのよ。そのためならみんなにタダ働きさせたって平気なのよ。そのうちにもっと酷いことだってしかねないわ」

「主任のことを悪く言うのはやめて」可奈は竹内の視線を避けるように壁の方を見た。そして、まるでその壁に話しかけているかのように、ゆっくりと、書かれたものを暗唱するような口調で言った。「あなた、私が主任によく声をかけられるものだから嫉妬しているんじゃない?」

「何を! バカバカしい」竹内は目を大きく見張ってそう言うと、急に哀れむような顔をした。「もういいわ。勝手にしたら」


 朝礼の坂上はいつになく厳しい面持ちだった。

「先週の木曜日に製造した製品に白いプラスチック片が混入しているのが見つかりました。何か心当たりのある人はいますか?」

 みんな黙っている。このところ注文が減って残業もしなくてすむようになっている。これではタダ働きによる会社の利益がなくなってしまうから、坂上は人を切りたくてうずうずしているのだ。しかし自分の不注意で辞めさせられたとなれば派遣会社にも報告が行って、次の仕事をもらうのにも差し障るだろう。

 誰も名乗り出ないまま朝礼は終わり、みんなが準備にかかったのを見計らって可奈は事務所に入っていった。坂上は机に座って仕事をしていた。

「あ。どうしました?」

「あの。混入のことなんですけど」

「ああ。何か心当たりでも?」

「心当たりという訳でもないんですけど、たぶん竹内さんじゃないかと思います。あの日は竹内さんが封入の係でした。白いプラスチック片が混じるとすればあそこしかないです」

 坂上はじっと可奈の顔を見つめたまま反応がない。可奈は緊張し、掌が急に汗ばむのを感じた。

「竹内さんがねえ」と坂上は言った。「あの竹内さんが見逃すかな」

「確かに竹内さんはベテランだし作業は速いです。でもときどき手元をよく見ていないこともあります」

「それだけ?」

「え?」

「実際に混入する所を見たわけじゃないんですよね?」

「はい、それは」

「ふん」坂上はまたしばらく考えてから言った。「分かりました。考えておきます」

 可奈は坂上がまだ何か言うかと思って待っていたが、何も言わないので軽くお辞儀をして部屋を出た。

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