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その日の夕方の作業の後、坂上は作業着から着替えの終わった竹内を事務所に呼んだ。
「竹内さん。悪いけど、今日で辞めてもらいます」
竹内は眉間にしわを寄せて言った。「どうしてでしょう?」
「混入の原因があなたの不注意によるものだという報告がありました」
「私の不注意? でも私はあの日は一番上流の、材料を入れる係だったんですよ。混入があるとすれば封入機じゃないでしょうか? あの日は封入機は須賀さんの担当でした。それに、あれは機械が劣化して、プラスチックがぼろぼろになって取れやすくなってるんです。表面に落ちればまだ最後の点検で分かりますけど、中に入ったらどうしようもありません。その件についてはすでに報告しているはずですけど」
「あなたがその封入機の係だったのでは?」
「違います。誰がそう言ったのか知りませんけど、それはその人の勘違いじゃないでしょうか。チーフに聞いてもらえば分かります」
「そのチーフが、あなただったと言ってるんです」
「大村さんが?」竹内の顔色が変わった。「大村さんが、私だったと言ってるんですか?」
「ええ」
「それはきっと……大村さんがウソをついているんです」
「ウソを? どうして大村さんがそんなウソをつくんですか」
「それは……坂上さんへの忖度でしょうね。私が残業を規則通りにつけるものだから、まずそういう私を辞めさせたいという坂上さんの気持を、大村さんは忖度しているんでしょう」
「それはあなたの勝手な憶測に過ぎませんよね」
「いいえ。機械の作業記録を見れば、誰が操作していたかは分かります」
坂上は一瞬たじろいだが、先を続けた。「しかし今は残業もないし、あなたと他の人と、給料に違いはないじゃないですか。それにね、作業記録なんてどうにだってできますしね。何の証拠にもなりませんよ」
「どうしても私に辞めさせたいんですね」
「もうご存知でしょうが、ここのところ、業績が思わしくなくてね。私も辛い立場にいるんです。これは上からの要請なんですよ」
「分かりました。それじゃあ辞めてあげます。これ以上この議論にエネルギーを使うのも馬鹿馬鹿しいので。ただし、」と竹内はポケットから携帯電話を少し出して見せた。「今の会話は録音させていただきました。残業のことやら、作業記録のことやら。ですから、私が辞めた理由は会社都合ということでお願いします。派遣会社にも私について悪い報告は出さないでもらいます。そうしていただければこの録音はどこにも出しませんから」
竹内は坂上の反応を待たずに事務所を出た。すると坂上に呼ばれていた可奈が部屋の外で待っていた。
「あなたは病気だわ」竹内は可奈に軽蔑の眼差しを向け、そう言い残すと出口の方へ去っていった。
可奈は竹内と入れ替わりに事務所に入った。
「竹内さん、辞めたんですか?」
「ああ、辞めるって」
「うまくいきましたね」
「うまくいった? 何がうまくいったんです?」
可奈はただ曖昧な笑みを浮かべて黙っている。
「困りますよ、大村さん。竹内さんが封入の係だったって、ウソなんでしょう?」
「いいえ。ウソじゃありません」
「竹内さんが、あの日は須賀君がその係だったって言ってましたよ。あなたに聞けば分かるって」
「だから、竹内さんだったって言ってるじゃないですか」
「機械の作業記録を見れば分かるとも言ってましたよ」
「あんなもの証拠にはなりませんよ。どうにだってできますし」
すると坂上は駄々っ子のような泣きそうな顔をして、体をひねりながら言った。
「困りますよホント、そういうことをされちゃあ」そして机の上で手を組んでしばらく考え込んでから言った。「悪いけど、あなたにも辞めてもらいます」
「辞める? 私がですか?」
「そう。あなたに」
可奈の中にあの痛みがよみがえった。意味のある痛み。灰色の海。
坂上は続けた。「今までみんなをうまくまとめてくれたことは感謝してます。でも、残念ながら業績が思わしくないので。誰かにもう一人辞めてもらわなければいけないんです。申し訳ないですけど、私に協力してくれませんか?」
可奈はうつむいたまま黙っていた。自分が主任にあまり好かれていないことは分かっていたのだ。私を好いてくれたのは<あの人>だけだ。そして、主任もきっとその上司に好かれていないだろう。私にはそれが分かる。なぜなら、私と主任は似たもの同士だから。主任は自分と同じにおいがした。私たちの中の弱さや、心の歪んだ部分が立てるかすかなにおいだ。
坂上がその髪に隠れた顔をよく見ると、可奈は立ったまま静かに泣いていた。坂上は不思議そうな顔で可奈を見ていたが、何かを感じた風でもなく、淡々とした口調で先を続けた。
「これはあなたのためにも言ってるんですよ。悪い条件でこのまま働くよりも、ここでのチーフとしての経験を生かして新しい職場に移る方が、きっとあなたのためになる。派遣会社にもきっと良いように報告しますよ。僕を信じてください。くわしくは言えませんが、どうすればあなたにとって一番の利益になるか、僕には分かっているんです。いいですか? 協力してもらえますか?」
「はい」
「ありがとう。じゃあもういいですよ。いままでどうも、お疲れ様でした」
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