第9話天才とは

「ネージュ、次の獲物が来たよ」


その言葉を聞いて切り替えたぼ僕は視界に映っているウサギのようなモンスターに「識別」のスキルを使う。


種族:ホーンラビット


相変わらず種族名しか読み取れないが、要するに角が生えたウサギだ。それが3匹。さっそく倒そうと刀を抜いて歩み寄ろうとすると、先輩に杖で制された。


「次は私がやる」


どうやら次は先輩が1人で戦うようだ。大人しく僕は引き下がると


「頑張ってください、シエルさん」


先輩を応援する。


「ん、」


短く返事をした後、杖を構えて詠唱を始める。


10秒程の詠唱の後、杖の先端が光り魔法が発動される。


「ファイヤボール」


直径10cm程の火の玉が3匹の中で1番油断していたホーンラビットのもとに一直線に飛んでいき命中した。


小さくないダメージを与えたが倒すには至らない。今の攻撃で油断していたホーンラビットも警戒体制になった。


己の持つ角で、先輩を貫かんと突進してくる。初見でかわすのは素人には難しいのではないかと思われるスピードをしているが先輩は危なげなくかわしてお返しの魔法を発動する。


「ウィンドアロー」


文字通り風の矢が先ほどファイヤボールを食らった個体に向かって飛んで行く。当たったら死んでしまうであろうその攻撃をホーンラビットは何とかかわした。


お互い攻撃をかわされる展開になっているが有利なのは先輩だろう。ホーンラビットの方は何とかギリギリ避けているのに対し、先輩は相手の攻撃のタイミングを完璧に読んで危なげなくかわしている。


そして先輩は同じ失敗を2度もするような人ではない。そもそも失敗と呼べるようなものではないが。攻撃のタイミングを読んで相手が突進してきたタイミングでクールタイムがとけた魔法を発動する。


「ファイヤボール」


なかなかのスピードを出しているためとっさに避ける事ができなかったホーンラビットは2回のファイヤボールに耐えられず倒れた。


これで後2匹。


1匹倒れたことで更に攻撃的になった残りのホーンラビットは2匹でタイミングを合わせて突進するが、攻撃手段がそれしかないため先輩に完全に避けられている。


また、先ほどと同じように突進してきたところに魔法をぶつけるのかと思いきや先輩はかわした直後に魔法を発動した。


「ウィンドアロー」


さっき避けられた時の二の舞になるかと思いきやそもそも放ったウィンドアローがホーンラビットの横1匹分ずれた所に向かっている。


これは当たらない。そう誰もが思ったその瞬間本来まっすぐにしか飛ばないウィンドアローがクンッと曲がった。当たらないと油断していたホーンラビットに命中する。


その後、突進したら避けられないタイミングで魔法を発動され、当たらないと思った魔法が曲がったり落ちたりして当てられたホーンラビットたちは何も出来ずに先輩に完封されるのだった。


「お疲れ様です。シエルさん。さすがでした」


先輩に労いの言葉をかけると、


「ん、ありがと」


表情もあまり変えずに返事をする先輩。


「あの、魔法が曲がってたのはどうしてですか? 魔法ってまっすぐにしか飛ばないはずですよね?」


先ほどの戦闘で気になった点を先輩に質問する。


「ん、確かに普通はまっすぐにしか飛ばない。だけど私はマニュアルで魔法を発動させてるからある程度軌道を変えられる」


…なんて事の無いような言い方をしているがマニュアルで魔法を発動させるというのはトンでもない技術がいる。そもそも魔法というのは詠唱を終えたら後はその魔法が設定されている軌道を描く。


つまりプレイヤーは詠唱と最初のエイムさえ合わせれば良いわけだ。しかしマニュアルで操作しようとすると桁外れの空間把握能力と演算能力が必要になる。まっすぐ敵に向かって発動するのでさえ普通は難しいのだ。


その上曲げたり落としたりするのがどれだけ難しいかは語る必要も無いだろう。もちろんこの高等技術ももっと遥かに時間が経てばトッププレイヤーの何人かは使えるようになっているだろう。


しかし、今このタイミング。正式サービス初日にこの技術を使っているのははっきり言って異常だ。これが先輩、如月天音が天才たる所以である。


僕は天才と呼ばれる人種には2種類いると考えている。


1つ目はある特定の分野にずば抜けた才能を持っている人。自分で言うのも何だが僕の戦闘に関する才能もここに分類される。ここに分類される人の中には他のことは平均と比べても全く出来なかったり、独特な自分だけの世界を持っていたりと変わっている人がいるのも珍しくない。


もう1つは何でも人よりありとあらゆる面で優秀な人だ。仮に先輩を分類するならここに分類されるだろう。先輩の場合もし幼い頃から努力していたら女性初の棋士だったりオリンピックで金メダルを取ったり、ノーベル賞を取ったりする事が出来ただろうと思う。そもそもある分野で世界のトップレベルの場所で戦おうと思ったら才能は必須だ。


こんなことを言うと努力が1番大事だと主張する人が怒るかも知れないが、僕の考えだと1番大事なのは才能だ。とはいっても努力が必要ないと言っているわけではない。例えば学生の部活であれば才能が無くても一生懸命努力すれば自分より才能がある人にも勝てる可能性は十分ある。


ただし、世界のトップであれば話は別だ。はっきり言ってこのレベルになると限界まで努力をするなんて至極当然のことで周りも全員そうしている。そんな中で才能が足りない人が勝つことが出来ないのは自明だ。


そんな中で先輩は異常だと言っていい。先ほど言った何でも人より優秀なタイプの天才だが本来はあくまで他の人よりある程度優れているだけだ。イメージで言えばあらゆるジャンルで偏差値60を超えるぐらいだろうか。間違いないく優秀だがそれ1つだけを見ると別に天才と呼べるレベルではない。ありとあらゆる面でそうだから天才と呼ばれるのだ。


しかし、先輩はありとあらゆる面で偏差値75以上を取れると言えば良いだろうか。1つだけを取ってみても天才と呼べるラインにいるのにそれがたくさんある。神は二物を与えない、何てよく言うが先輩を見ても同じ事が言えるのだろうか。


そんな事を考えていると、コメント欄が賑わっている。


{マニュアル操作とかヤバすぎw}


{シエルちゃんとネージュ君のコンビマジで最強まであるぞ}


{シエルさんさすが}


どうやら先輩を称賛しているらしい。確かに称賛されるべきプレイだったが視聴者は先輩の異次元さを正しく感じ取れているのだろうか。はっきり言って、ドン引きしてもおかしくないレベルなのだが。


そんな風に僕は先輩の凄さを改めて肌で感じるのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る