デートでことごとく失敗する男

烏丸ウィリアム

デートでことごとく失敗する男

 今日は待ちに待った初デートの日。彼が私を待っている! 少し早めに到着した私は、緊張と嬉しさとでなんだかふわふわしていた。噴水のある広場で彼を待つ。


「ちょっと早すぎちゃったかしら?」


 まだ約束の時間まで20分くらいある。私ってば張り切りすぎかも。

 今日のお食事はいい感じのおしゃれなレストランを予約してくれているらしい。それに伴って私も一張羅に身を包む。いつもは履かないヒールの靴は動きにくいし、ヒラヒラしたロングスカートも落ち着かない。彼の隣に並ぶのに少しでも釣り合いを取るためなら仕方がないのだ。

 そんなことを考えていたら、待ち合わせの時間となる。

 彼は来ない。


「まあ、こんなこともあるわよね」


 時間ぴったりでなくても、二、三分ほどで来るはずだ。そして、『ごめん、お待たせー』『ううん、大丈夫よ』となるやつだ。

 30分経過。まだ来ない。さすがに遅すぎる。


「何してるのかしら?」


 スマホでメッセージを送るが、既読はつかない。呆れた。少しおっちょこちょいな人だとは思ってたけど、こんな大事な日すら遅刻するなんて。

 ふと前を見ると、遠くから走ってくる男がいる。彼だ。


「ごめん、待った?」


 悪びれる様子もなく、へらへらと笑っている。なんて人なの? 開幕早々不安になる。走ってきたせいか、服はぐちゃぐちゃ、髪はボサボサだ。そして極めつきには……。


「ねえ……、チャック開いてるんだけど……」

「え、ヤバい!?」


 彼のチャックが全開だった。


「本当サイテーなんだけど」


 私は恥ずかしさと怒りで真っ赤になる。しかし彼はあっけらかんと笑う。


「大丈夫!」

「はあ……」


 どこが大丈夫なのかさっぱり分からない。このまま帰りたいところだが、食事の予約もあるのでそうはいかない。

 彼が30分も遅刻したせいで、いきなり食事に行くこととなった。


「それで、どこのレストランに行くの?」

「それは着いてのお楽しみだよ」


 おしゃれなレストランと言ったらイタリアンやフレンチ。この辺は探せば結構あるから、どのお店になるか楽しみだ。

 歩くこと10分。たどり着いたのは名前も知らない小さな建物だった。


「ここって……」

「ブリティッシュ料理のお店だよ」

「聞いたこともないわ!」


 ついツッコんでしまう。イタリアンじゃないの? パスタは? イギリス料理なんて聞いたこともない。やはり彼のセンスはおかしかった。


「そんな訳でイギリス料理だよ。でも、ちゃんとおいしいから」

「そういうことなら……。私イギリス料理初めて」


 黒くて綺麗な扉を開き、私たちは中に入る。内装はとてもおしゃれで、シャンデリアやテーブルクロスなど、普通のレストランにありそうなものは一通り揃っていた。知らないところに連れてこられて困惑したけど、やっぱりいいところじゃん。見直した。


「いらっしゃいませ」


 と、ウェイターが出迎える。私たちは窓側の席へ案内された。

 メニューを渡される。フィッシュアンドチップスやローストビーフなど、どれもおいしそうだ。食べ慣れたものも多いから、それほど悪くなさそう。


「ねえ、君は何食べたい?」

「私?」

「君が食べたいものを選んでよ」


 彼は笑顔だった。清々しいほどの。さっきまで遅刻してズボンのチャックが開いていたとは思えない。その笑顔に少しドキッとしてしまう。


「じゃあ、フィッシュアンドチップスで」

「分かった。僕はローストビーフにしようかな」


 彼はウェイターを呼び止め、注文する。


「今日は来てくれてありがとね」

「ううん、こちらこそ」

「なんか今日雰囲気違うね。可愛いよ」

「え? いきなり何よ……。褒めたって遅刻は許さないんだから……」


 いきなりセンスのいい言葉で褒められて、顔が熱くなるのを感じる。


「まあまあ、そう怒らないでよ」


 そんなことを言っていると、料理が運ばれてきた。揚げたてでホカホカと湯気が立ち上るフィッシュアンドチップス、赤くて美しいローストビーフ。運ばれてくる時点で私たちの食欲を刺激した。


「「いただきます」」


 二人で手を合わせて、料理を食べ始める。

 私の目の前に置かれたフィッシュアンドチップス。ポテトにソースを付けて一口目をいただく。サクッという軽い音が心地よい。


「ん〜、おいしい!」


 揚げたてのホクホクとサクサクが絶妙なバランスで合わさっている。塩加減も丁度いいし、素材の味をこれでもかと引き出している。

 そして彼はローストビーフにナイフを入れ……。


「あれ?」


 入れ……。


「ヤバい」


 下手すぎる。見ていてイライラするほど。


「ちょ、ちょっと。大丈夫?」


 ナイフとフォークの扱いが酷すぎて、ローストビーフはボロボロだった。なんだかもう見てられない。テーブルマナーもできないくせになぜ私をここに誘ったのか分からない。


「ん、全然大丈夫じゃないよ」


 彼は平気な顔をしているが、私はこんな人の隣にはいたくない。しかし一度お店に入ってしまったら席を立つのは気まずい。この残念な男との時間もしばしの我慢だ。


「しっかりしてよね」

「うん、頑張るよ」


 ☆


 なんとか食べられたようだ。あのぐちゃぐちゃの状態から巻き返せたのは逆にすごい。

 食事を終えると、彼が私の方をしっかりと見て言った。


「実は……、その……」


 彼がもじもじしながら言う。


「どうしたの?」

「とても言いにくいんだけど……」


 何か大事なことなのだろうか? 彼のことをしっかりと見て聞く。すると……。


「お手洗いってどこだっけ?」


 彼は思わぬ言葉を発した。いや、今のは完全に告白する流れだったわよね? つくづくダメな男だ。肝心な時に決められない。


「入り口のところにあったわよ」

「あ、あそこか」

「本当にしっかりしてよね……」


 今日は彼のダメなところばかりが見えた気がした。イケメンだけど、どこか抜けている。人を見た目で判断してはいけないと思った。

 彼がようやく帰ってきたが、変な動きをしている。手をぷらぷらさせて何なんだろう。新しいギャグなの?


「ハンカチ忘れちゃった。貸してくれない?」


 ハンカチも持ってこないとかありえない。清潔意識のない人はヤバい。


「もう、ハンカチくらい持っててよね」


 私はバッグからハンカチを取り出して彼に渡す。


「ありがとう」


 彼はハンカチを受け取ると、ニヤニヤしながら手を拭いてから私に返してくる。


「じゃあ帰りましょうか」

「待って! 一つ言いたいことが……」

「何よ? さっさとしてよね」


 彼はまたもじもじして、手をこねくり回しながら言う。


「その……、好き……、なんだ。君のこと」

「え……?」


 突然の告白にドキッとした。先ほどまで全くそんな雰囲気はなかったのに、不意打ちだった。


「だから……、僕と付き合って欲しいんだ」

「はあ……。誰があなたみたいなダメダメな人を好きになるのかしら?」

「え……」

「時間は守らないし、不注意だし、忘れ物も多い。はっきり言って、全然ダメだわ」

「……」

「そんな人を好きになっていいのは私だけよ」


 私はそう告げると、席を立って彼の手を握る。


「よろしくお願いします」


 私は彼に恋をした。彼のダメなところを知ったし、私以外だったら完全にフラれていたと思う。でも、そこがいい。彼の全てを受け止めたいと思った。


「こ……、こちらこそ……」


 弱々しい声で彼が言う。


「これからよろしくね!」


 私たちはしばらくの間見つめ合い、その余韻を味わった。


「ねえ、このあとどうする?」

「そうだね、そろそろ帰ろうか」

「うん」


 そう返事して会計に向かう。彼はカバンの中をガサガサと探ると、動きが止まった。


「財布忘れちゃった」

「はあ……」


 私と彼の恋愛は始まったばかりだ。

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