38話 撃鉄と切札


『さあ!生きるも死ぬも運次第だ!!カードに祈りを捧げる準備はいいか!?』


黄金の宮殿にベリスの声が響き渡る。


それと同時に、俺とアンドラスへ五枚のカードが配られる。おそらく、トランプを使ったゲームの中で最も有名と言っても過言ではないゲーム。ポーカーの前準備だ。


『役の情報は刻んでやった、この中に入った時点でご友人も理解したな?あとは互いに賭け合いだ!』


『悠長に遊びに付き合う気はないと言ったが』


アンドラスが鉄の箱のようなものを取り出し、引鉄を引く。後方に煙が噴き出ると共に、独特な風切り音を鳴らしながら弾丸が尾を引いて飛んで行く。


瞬きの間にベリスの元に辿り着いた弾丸は、轟音と共に爆炎を噴き出して爆ぜた。


『ベリス!!』


『暫くは直らん。次は貴公だ、契約者』


アンドラスが先程のものと同じ鉄箱を構え、俺に銃口を向ける。引鉄を軽く引くだけで、一瞬で目の前を火の海に変えるような破壊兵器。明らかに人間一人に向けて良いものではないそれと、ロマンスのかけらもない様子で見つめ合う。


『おっ……まえ本当に話聞けよご友人!!!いいか!?疑問を持て疑問を!!ボクのとっておきだって言ったろこの魔法!!』


『……何故、無傷でいられる?』


『そう!そうやって疑問を持つんだよ!!この空間じゃあ"遊戯"には"プレイヤー"のご友人もマスターも干渉できない!!ボクはこの"遊戯"のディーラー役、つまりご友人の攻撃は"遊戯の一部"のボクにはそもそも効かないの!!サヴィおわかり!?』


『それは先に俺にも言っておくべきじゃないかなベリスちゃん』


『説明する暇なかったのはご愛嬌だよマスター!』


『そーかい……』


溜息を吐いて頭を抱えた俺を見て、ベリスはカラカラと笑って見せる。そんな愉快でふざけた自慢の隠し玉の様子に、呆れと頼もしさを同時に感じながら、今自分が置かれている状況を整理する。


先程のベリスの話と現象を鑑みるに、今この瞬間、この空間やベリスに関しては俺もアンドラスも何をしてもほとんど影響を与えることが不可能なのだろう。理屈はわからない。このふざけた魔法はそれを理解させる気もなければ、理解しようとすることが無駄なのだと笑ってくるような魔法だ。


『……成程。だが此方に干渉が出来んのは困るだろう、契約者』


アンドラスが銃口を再びこちらに向け、引鉄を引く。ベリスに向けて放たれた爆発弾が俺の方へ一直線に空を翔る。


まずいと思った直後に爆炎が視界を埋め尽くし、自分の身体が認識できなくなる。どう考えても死んだ。そのはずだった。


『いっ………てぇ〜!!けど、生きてる!?』


全身、何もかもが痛む。自分が今どうなってるのかと手を動かそうとすれば、動かしたかったはずの腕がない。視界に映った足はありえない方向に曲がり、よくよく確認してみれば、腹や胸、顔面も焼け焦げ抉れているようだ。


そんなどう考えても自分は死んでいるはずの傷が、現在進行形であり得ない回復をして治っている。


『なんだ、それは……?』


『いや奇遇だね、同じ気持ちだよお嬢さん。俺死んだよね?今の』


そんな間の抜けた会話の間に、俺の傷は服の焦げ跡すら残さずにすっかり完治してしまった。吹き飛んだ腕も、拉げた足も、焼け爛れた胸も、抉れた顔も、その全てが何事もなかったかのように元通りになっている。


殺したはずの人間が、その人間自身も理解していない謎の力で蘇ったという困惑が生んだなんとも言えない沈黙を裂くように、ベリスのカラカラという笑い声が響く。


『命を賭けてんだから、逆に言えば賭けに負けなきゃ何しても死なねえってワケさ!これぞまさしく命"賭け"ってなぁ!にゃっはっはっはっ!!』


『なるほどね……!めちゃくちゃも大概にしろよなお前!』


『めちゃくちゃやらなきゃつまんないだろ!』


ベリスが笑い、宮殿の天井を指さす。


その動きに釣られて視線を上げれば、そこには俺とアンドラスのものと思しきチップが、透明な殻のようなものに包まれて浮遊している。おそらく、ポーカーのルールを考慮するにアレがポットの役割を担っていて、既に中にあるものはアンティだろう。


参加料アンティは貰ってる!チップはプレイヤーの命!!手持ちの初期チップはプレイヤー依存だから差はあるよ!ルールはクローズド、手札の交換回数は一回だ!さあ、楽しんでいこう!!』


クローズドポーカー。ポーカーの中でも古き良き、昔ながらのルールのポーカーだ。お互いに5枚のカードを相手に見せずに手札として受け取り、一度だけ0から5枚の間で手札を交換して役を作り、より強い役を作った側が賭け金としてポットに入れられたチップを全て獲得するのが基本ルール。


アンティは参加料で、これが払えなくなれば事実上敗北となる。アンティを払った後の選択肢は相手がベットした時に相手の賭け金と同額を賭けるコール、相手よりさらに賭け金を釣り上げるレイズ、勝負に乗らず場に出したチップを相手に譲るフォールド。この三つの選択肢を、自分の手札と相手の様子を伺いながら、自分の損害を極力少なくできるように使い分けていく駆け引きゲームがポーカーだ。


現状、命の総量がそのままチップになっているというベリスの説明を鑑みるに、俺の手持ちは悪魔であるアンドラスの手持ちよりも少ない。まずはこれをイーブンにできる程度には勝たせてもらって、その後で賭け金を釣り上げてアンドラスのチップを削り切るのが理想的な勝ち筋だろう。


無論、これは向こうが勝負にまともに乗ってくれればの話にはなってしまうのだが。


『貴公、人間が肉体的苦痛にどれだけ耐えられると思う』


『あー、俺は我慢強い方じゃないからなぁ。ナイフで指を切っただけで涙目だよ』


アンドラスは外套から武器を生み出し、無数の銃口を俺へと向けて構える。


ベリスの魔法には付き合わず、死ぬことはなくとも俺というプレイヤーを再起不能になるまで壊し続けることで勝敗を決しようという魂胆だろう。実にこの悪魔らしい合理的で非情な判断だと感心すら覚え、その冷酷っぷりに冷や汗が頬を伝う。


『死なずとも、痛みが消せないのは不幸だったな。貴公らの遊戯なぞに付き合う理由はない』


『おいご友人。あんた今、この場で"遊ばない"って言ったのか?』


引鉄が引かれる直前、ベリスが先程までのおちゃらけた様子とは違う、悪魔らしい重圧と威圧感を伴った調子でアンドラスに問う。


『貴公に手出しができずとも、契約者を排除すれば、この巫山戯た空間も消えるだろう。遊戯の祈り』


『まあ落ち着いて聞けよご友人。今、ボクは慈悲で質問をしてやってるんだ。あんたはこの"遊戯しょうぶ"を降りるって、そう言ったように聞こえたが、良いのかな?』


『付き合うつもりはないと言った筈だ』


『だったらポットに入ったあんたのチップはマスターのもんだ』


ポットからチップが消える。よく遊ぶポーカーとは違い、プレイヤーの手元にチップは見えない。なぜか、相手のチップと自分のチップの分量が情報として頭にあるという、魔法特有の不思議な状態というわけだ。ポットから消えたチップは俺の手持ちになったようで、自分のチップの枚数が増えたことが理解できた。


そして、チップの数が減ったアンドラスの身体の一部が、削り取られたように不自然に欠けた。


『なっ……』


『言ったろご友人。命"賭け"だぜ?』


削り取られたアンドラスの身体は、先程までの損傷と同じように、なんの問題もなさそうな様子で修復されている。しかし、チップの量が元に戻っている様子はないところを見るに、確実に今俺の手元に移ったチップの分はアンドラスの命が削れたということだろう。


ベリスのブレることのない態度に加えて、言葉遊びや不思議な魔法には感心するが、些か不可思議が過ぎて俺の頭もついていけるか怪しくなってきたなと思い、乾いた笑いと共に息を吐く。


『なあベリス、俺もフォールドしたらあんな風に削れるのかな』


『んーや?人間と悪魔の命の総量と形はちと違うからなぁ。怪我で死ぬようなことはないよマスター。苦痛はあるかもしれないけどね』


『それ聞いて安心できねえよ……。お互い困っちまうよな、お嬢さん』


両手を広げ、やれやれと首を振る俺にアンドラスは何も言わず、不服そうな様子でベリスと俺を睨む。それと殆ど同じタイミングで、二回戦目の手札が配られる。


『……あんたが勝負はしないって言うのなら、俺としちゃ何もしないで勝てるから嬉しいんだけどさ。あんたも折角やるなら遊びだとしても勝ちたいんじゃない?』


『安い挑発だな、貴公。此方は叩き潰す。それだけだ』


『……ははっ、いやそうだよな。負けるのは怖えか。戦争だもんな、あんた』


『口数の減らん人間だ』


『いいぜ降り逃げて。あんたの武器は死ぬほど痛えが、逃げた奴の癇癪と思えば心地良いや。戦争なんざ勝つより負ける方が怖いもんだし仕方ねえさ』


アンドラスの言った通り、これは安い挑発だ。叩き売りの廃棄処分品のような安さのそれを言い終えると同時に、目と鼻の先で爆炎と轟音が弾ける。


ベリスの魔具がアンドラスの放った攻撃を受け止め、その衝突から生まれた炎と黒煙を引き裂くように鉄の雨が降り注ぐ。鉄の雨の元凶の顔は、初めて見せる激情に塗れていた。


『知ったような口を聞くな、人間!!』


『はは!今良い顔してるぜお嬢さん!!ムカついたなら声上げろ!!スカしてちゃつまんないぜ!!』


アンドラスと俺の手札が同時に公開される。コールを声に出してはいないが、勝負に出ると意思で決定すれば勝手にゲームが進むのだろう。


アンドラスの役はキングとクイーンのツーペア、対して俺の役は3のスリーカード。カードだけなら弱いが、役そのものの強さでこちらの勝ちだ。再び、お互いの参加費が俺の手元に入って来る。それと同時に、アンドラスの身体が先程と同じように削り取られる。


『なんだよ、結構良い役持って……!?』


削れた身体を一切意に介さず、アンドラスは武器を構え、俺に向けて放つ。大小無数の鉄筒が火を噴き、鉄と炎の雨を降らせる。もはやどこが吹っ飛んで、どこが焼けたのかもわからない身体が転がってから、ベリスの魔法の力で元に戻っていく。


取り戻した視界に映ったのは、黒煙が炎に照らされ、まるで地獄を切り取って持ってきたかのような光景。戦火とはよく言ったものだと、恐ろしさを通り越した乾いた笑いが溢れる。


『恐怖しろ、此方は戦火……巫山戯た遊戯も!意思も!貴公らの全てを灰燼へ帰すモノ!!』


『やってみなお嬢さん!!遊びも知らない陰鬱な戦争に、楽しいってのが無敵だって教えてやるさ!』


三回戦目の手札が配られる。


『貴公らの勝負には乗じてやろう。その上で、その悉くを此方が焼き尽くす』


戦争が撃鉄を撃ち鳴らす。


『そんなに斜に構えんなよ。俺もベリスも楽しくやれれば嬉しいんだから』


遊戯が命を弾き、札を捲る。


対極の祈りと願いが、より鮮烈な戦いの幕を切り落とした。










現状、アンドラスの攻撃で俺が即死する可能性はない。それは理解している。恐怖心がない人間だったり、例えばスライみたいな本当の狂人であれば、なんの疲弊もなくこの燃え盛る戦火と降り注ぐ鉄雨に立ち向かえたのだろう。


しかし、残念ながら俺はそんなに勇敢でもなければ、もちろん頭がイカれてるわけでもない。当然腕が吹き飛べば痛いし、足が裂ければ痛い。焼け焦げ、引き裂かれ、死に続けるのは言葉で言うより何倍もキツいものがある。


『ってのをわかってて容赦ねえから困るよ本当!!』


『焼き尽くすと言ったはずだ』


『手札見る時間くらいくれよ!!』


爆撃と鉄の雨から、まあ心底無様な様子で逃げ回りながら叫ぶ。ベリスはどうやらゲームが始まると俺を守るという干渉すら出来なくなるようで、結果的に手札が配られてから勝敗が着くまでの間、俺は死なないだけのよく動く的になっているというわけだ。


正直、このままだと心が折れるとかそんな次元の話ではなく、本当に壊れるだろう。死なんていう劇的な経験を、何度も繰り返せば流石に人間というやつは壊れてしまう。そうなる前にアンドラスを打ち負かせなければ、ここまでやってゲームオーバーだ。


『ベリス!!手札変えて!3枚チェンジ!!』


『あいよマスター!極力死なないように頑張んな〜!』


『他人事みたいに言いやがってよぉお前!次うちの店来た時覚えとけよ!!』


『次があることを期待してるぜ』とカラカラと笑いながら手を振るベリスに返事の代わりに舌打ちをしてから、引き直した札を確認する。


『好きなだけ遊ぶと良い、貴公。今日が最後なのだから』


『最後かどうかはまだわかんねえさ!』


『その心の屈強さだけは認めてやろう』


アンドラスの銃弾が腕を貫く。痛みに顔を顰めるが、さっきまでの火傷や裂傷に比べれば幾分かマシだ。


恐らく、アンドラスはこのペースでの命の削れ方ならば、自分が削り切られる前に俺を再起不能に陥れることができると考えている。しかし、このゲームはずっと同じペースでチップが動くような単調なものではない。


『ベリス!!レイズ!!』


『お、いいねマスター!ご友人はどうするよ!?』


『ゲームからは逃げるんだろ?早いとこ降りてチップ寄越しなよ、お嬢ちゃん』


普通にやるなら、リソースに差がある時点で無理な勝負をする意味もない。勝てる手札の時に俺を削り、時間を稼げばゲームか俺自身のリタイアでアンドラスは勝てる。


しかし、アンドラスはどうやら俺たちが気に食わないらしい。怒りも、焦りも、動揺は総じて駆け引きにおいて不利条件だ。ふっかけてやれば乗ってくる。なにせ負けず嫌いなようだから。


『……乗ってやろう、人間』


『いいねいいね!さあマスター、どうする?』


『へえ、逃げないのか。なら俺はもう倍額いこうか』


アンドラスは何も言わずに、さらにチップを重ねながら、俺への攻撃の手を緩めず攻めてくる。ゲームに関しては、手札に自信があるというよりは意地で勝負を仕掛けにきている様子だ。


リスクのない範囲までなら、実際多少は賭け続けても良い。だがそれは、あくまでリスクが無い範囲でならの話だ。


『じゃあ、俺は手持ち全部で』


『はい!?おいマスター!?正気か!?言っとくけど負けたら普通にあんたも死ぬんだぜ!?』


『ディーラーがプレイヤーに入れ込みすぎんなよベリス。ほら、お嬢さん。あんたのが持ちは多いから、勝ったら俺は死んでお終いだぜ』


『血迷いでもしたか?』


『いや?あんたが負ければ俺の方が有利になる。そうすりゃ次のゲームで下手すりゃあんたが死ぬってわけだ。で?乗るの?お嬢さん』


アンドラスの顔が若干歪む。賭けてるものが命である以上、無条件で俺もアンドラスも手持ちを失えば死ぬのは紛れもない事実だ。感情の存在しない奴がいれば話は別かもしれないが、どんな存在でも命の危機というものには忌避感を持つ。


そして、負けることを忌避するのならば、負けを恐れていない相手に立ち向かうのは想像以上に勇気が要る。


『…………ゲームを降りる』


アンドラスが宣言し、俺の手元に先程までの賭け金が入る。チップの量はこれでほとんどイーブンになった。相手のチップを無くすことを目的としたゲームな以上、一枚あたりの価値は少し難しいが、命の総量はこれでほとんど同じというわけだ。


先程までより大きくアンドラスの身体が削れ、アンドラスは一度体勢を立て直すためにと俺から距離を取る。


『ふぅ、怖かった』


『余程良い役でもできたのかよマスター。あんなおっかねぇことするなんて』


『いや?なーんもできなかった。笑っちゃうくらい大外れ』


『はぁ!?』


ベリスが俺の言葉に、一拍間を空けて驚愕の声を出した。そのまま俺の近くまですっ飛んできて『こいつは正気なのか』と言わんばかりに顔を覗き込んでくる。


俺だって内心は冷や汗が滝どころか津波の勢いで出た程の勝負だったが、友人のベリスにも対戦相手であるアンドラスにも悟られたくはないので、あっけらかんとしたまま笑う。


『じゃあマスター、下手したら今ので死んでたのか!?』


『マジで怖かったよ。三枚も交換して数字もスートも掠りもしないとは……あっはっはっはっ!』


『いやぁ……いくらなんでもイカれてんだろぉ……』


ベリスがドン引きだと言わんばかりの表情で俺を見る。そんなごもっともな視線を受けながら、アンドラスの方へ俺は視線を移した。


『どうかなお嬢さん。駆け引き勝負も悪くないだろ?』


『……理解できぬ。死すら恐れないとでも言いたいのか?少なくとも狂人には見えん。なんなのだ、貴公は』


『いやいや。死ぬほど怖えし死にたくなるほど痛えよ。けどまあ、それより怖いことがあったりすんのさ』


『……何を言いたい?』


アンドラスが俺に問うとほとんど同時に、次の手札がお互いに配られる。


『あんたが勝ったら教えてやっても良いかな。大っぴらにするのは恥ずかしいんでね』


アンドラスは『そうか』とだけ呟くと。一瞬俯いてから、一際大きく身に纏ったマントを翻し、人間の身体よりも巨大な鉄の箱をその場に創り出す。


形状を見るに、爆発する弾丸を飛ばしていた兵器をより巨大にしたものといったところだろう。単純に大きくなった故に弾数も増え、そもそもの弾のサイズも大きくなっている。アレが一斉に火を噴いて、爆発するとなると俺の身体はもう形が残るのかも怪しい。


『ならば信念など意識することもできぬよう、徹底的に叩き潰してやろう』


『信念なんて大層なもんじゃないよ。楽しもう、お嬢さん』


お互いに視線を一瞬交わし、その直後に俺はアンドラスから距離を取る。それとほぼ同時に、アンドラスの兵器が火を噴いた。


白煙を噴射しながら、弾頭が無数の流星のように飛び交い、その全てが俺を目掛けて降り注ぐ。これだけの量の爆発物をその身に受けるとなると、流石にこのベリスの空間でも本当に死なないのか不安になる。


『魔札も気休めにはなるかな……!』


幾つかの札を使い、即席の盾を作る。当然大した抵抗にもならず、一瞬で爆炎に砕かれてチリと化してしまう。噴き上がる爆炎と爆風で、身体がバラバラになりながら吹き飛び、壁に叩きつけられて止まる。


アンドラスは鉄の弾を放つタイプの武器を構え、人の形を保ててるのかも怪しい俺に向かって躊躇いもなく鉄の雨を放つ。身体が殆ど吹き飛び、ベリスの魔法の力で即座に治っていく。生き地獄というのがあるのならこういう場面を言うのだろうと、既に空っぽの胃の中身をぶち撒けながら呑気に考える。


鉄の雨が途切れ、アンドラスが武器を切り替える無機質な音が響く。次に来る音は再び砲火の音かと思ったが、予想外の音が耳に飛び込んだ。


『賭け金を釣り上げる』


『……へえ?やっと楽しむ気になったかい』


『貴公、もう保たんだろう。だが、どう終わるかを選べるだけの幸運は持っていたようだな』


『自信ある手札ってワケね……』


アンドラスが再び武器を構え、俺の脳天を吹き飛ばす。無論すぐに治るのだが、一体この世界のどれだけの人間が自分の頭を吹き飛ばされる感覚を生きたまま味わったのだろう。眩暈や頭痛、怪我なのかなんなのかもわからないような悍ましい感覚が全身を走り抜ける。


『俺は一枚変えて……そのまま乗ろう』


『おい!?マスター!?そろそろマジで頭回ってないんじゃねーの!?カード見ないで乗るって……』


『せっかく乗ってきてくれたんだ、楽しまなきゃな』


朦朧とした意識を無理矢理保つ。正直な話次のゲームの前に俺はまともな状態でいられないだろう。つまり、どうあってもここで決まりの勝負というワケだ。それなら乗らない意味もない。


『さらに上げる』


『乗るよ』


至近距離で突きつけられた銃口から、鉄が拡散するように放たれ、俺の上半身を吹き飛ばす。


『……もう一度』


『乗ろう』


巨大な鉄筒から放たれた弾頭が爆ぜ、俺の身体を焼きながら吹き飛ばす。


『既に正気は無くしたか』


『……勝負は、乗った』


銃口が眉間に突きつけられる。


『貴公はこの遊戯でも勝てん』


『わかん、ねえさ……まだお互い、札見てねえし……』


傷は治っている。それでも目が霞み、目の前のアンドラスの顔すら見え難くなってきた。


アンドラスは少しの間、俺に銃口を突きつけたまま固まり、再び口を開いた。


『……全て賭ける』


『いいね……乗った……』


『ばっ……!マスター!!あんた正気か!?極限なのはわかるがまだやりようあるだろあんた!!』


ベリスの声に応える元気は到底なく、代わりに軽く笑いかけて応える。


ゲームは無慈悲に進んでいく。当然、ベリスの意思にも関係なく、カードが公開される。


『おい、嘘だろ……マジかよご友人……』


アンドラスの手札はエースのフォーオブアカインド。これに勝てる手札は、ロイヤルストレートフラッシュと、ストレートフラッシュの二つのみ。どちらもスートと数字の階段が揃うことが大前提の滅多にお目にかかることのない役だ。


『はは、やっぱ遊びの才能あるって……』


『終わり方は選んで良い。貴公はよく抗った』


『まあ、待ちなよお嬢さん……ゲームってのは、面白いもんなんだ……』


俺は自分が交換前に見ていたカードを公開する。カードは全てスペード、そして数字は9、10、Q、Kの手札。スートを揃えるフラッシュや、数字を揃えるストレート、そしてそのどちらもを満たすストレートフラッシュの狙えた手札。




交換した後の一枚は、俺にもまだわからない。




『理由だっけ、俺の諦めが悪いさ。最後だし、教えてあげようかな……』




最後の一枚のカードを開く。




『呆れるくらいカッコいいお姫様と王様が、いっつも俺の隣にいてね……。俺はその日陰でよかったつもりだったのにさ……』


正直なところ、俺は自分自身のことは信頼していない。言ってしまえば適当な奴だし、頼れるような奴でもない。聞き分けがなくて、ちょっと捻くれたただの若造。掃いて捨てるほどいるつまらない奴の一人。


だが、そんな俺をバカみたいに信頼してくれる悪友共のことは、心の底から信頼している。


だからせめて、悪友にくらいは良い格好をしたいと思った。


『カッコつけてたいんだ。あいつらと並んで立ってられるように』


俺なんかのことを親友と呼ぶ王様ミダスに、しょうもない俺なんかをいつも支えてくれる姫様ベラ。俺は意地でもその横に並んで立っていたかった。


そして、そんな悪友二人の信じてくれている"エルセス"のことを、俺は信じている。


『いつの間にか、死ぬことよりも、あいつらにカッコつかねえ方が怖くなっちまったってだけの理由なのさ』




引いたカードは、スペードのJ。




スートと数字の順序が揃った役、ストレートフラッシュが完成した。ロイヤルストレートフラッシュが出来上がるほど上手い話はなかったが、ある意味自分らしいと言えば自分らしい勝ちだろう。


『マジか、マスター……!』


『……騎士ってのはちょっと、さすがに柄じゃねえけどな』


チップが移り、アンドラスの手持ちが参加料を下回る。


どちらかのプレイヤーがゲームの続行が不可能になった時点で、ゲームそのものが破綻し、黄金の宮殿が閉じていく。


『……馬鹿な』


敗者にはペナルティがある。


黄金の宮殿は、アンドラスを巻き込んで、折り畳まれるようにして縮小していく。


『……ペナルティは封印ってとこかな。ギリギリ命は残ったが、しばらく寝てなよご友人』


アンドラスは何も言わず、折り畳まれていく空間に飲み込まれていく。その最中に、一瞬だけ目が合った。


『最後、楽しかったろ。今度は普通に遊ぼうよ、お嬢さん』


『此方は──


重苦しい、低く鈍い音を立て、黄金の宮殿は完全に閉ざされる。小さな光の結晶のようになったそれは、そのまま空中に静かに留まり、俺とベリスだけが宮殿の外に帰ってきた。その直後に俺は気が抜けて地面に座り込む。


暫く呆然としたまま、光の結晶を見つめていた俺の頭をベリスが唐突に叩き、叫ぶ。


『マァスタァ〜!!無茶苦茶しすぎだよ本当に!!お別れかと思った!!』


ベリスは半べそをかきながら、ポカポカと俺を叩き続ける。怪我はおかげさまで全くないのだが、とにかくとんでもない疲労感と憔悴に近い感覚がある今だと案外痛い。というか辛い。


『いててて……無茶苦茶しないとつまらないって言ってたのお前だろベリスぅ』


『限度ってもんがあるよ!!』


『ははは、お前に一番言われたくねえよそれ』


鉛のように重たい身体を起こし、数歩歩いたところでフラついてすっ転んだ。


『だー!ほら!怪我なくともボロボロなんだからちょっとくらい休みなって!!』


思った以上に限界が近かったらしい自分に苦笑しながら、ここは諦めて少しだけ休ませてもらおうと地面に大の字になる。


『無茶苦茶は笑える範囲で頼むぜマスタぁ〜……』


呆れと心配の混じった声で、ベリスが俺の隣に座り込こみながらそう言い、俺は『はいはい』なんていう空返事を返す。


『戦争なんて冠してても、ゲームで遊んで楽しいと思えるのはよかったよ』


『あれの感想がそれかよマスター。バカ野郎すぎるだろ』


『けど、カッコよかったろ?』


『最高にね』


ベリスと軽く拳を打ち付け合い、仰向けのまま大きく安堵の息を吐く。今の様子は、悪魔に勝った割にはカッコのつかない様子だが、全員生きて帰る。その大きな一歩には違いない。


ただこの後、悪友に散々文句を垂れてやるためにも、もう少しだけカッコをつけなくちゃならないなと考えると笑えてきた。


『つくづく、カッコつけって大変だなぁ……』


心の底から溢れた言葉に、ベリスが大笑いする声が、不気味な黒い空に明るく響いた。


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