37話 命火を賭して
世情が、戦争が、貧富の差が、生まれた場所が、あらゆる不条理と理不尽が俺たちにそれぞれの形で降り注いでは、我が物顔で俺たちの人生とやらを踏み潰していく。俺はなんとなく、本当になんとなくそれが物凄く嫌だった。そんな漠然とした理由がきっかけで、昔から運命というやつが嫌いだった。
運命が嫌いだというのは今も変わっていない。利口な奴らはそのうち、運命とやらを受け入れてしまえるんだろうが、俺は親友と比べたら聞き分けのないガキだったし、とにかく不真面目なままだったから。
『いやぁ、まさか戦争そのものに対峙する日が来るとはね……』
だからこそ、運命とかいうやつに雁字搦めにされた奴のことはわかるようになった。
そういう奴は、昔の自分の姿とよく被る。目の前の悪魔はまさしくそれだった。そして、そういう奴に負けるというのは、何となく、ただ何となく。ガキくさい理由だが癪な気がした。
『貴公、余裕だな。此方を畏れぬか』
『いやいや、怖ぇさ。俺は喧嘩苦手だし、そもそも戦いに向いてないしね』
『ならば何故背を向けん』
『カッコつけたいんでね。柄にもなく頑張ってみようと思ってんだ』
『理解に苦しむ』
悪魔が鉄筒を構える。
形状は魔札の派生系で、兵器利用を主体にした魔法を撃ち出す魔具によく似ているが、射出されるものは鉄の玉。加えて魔力や魔法を使用した形跡が見て取れない正体不明の鉄筒だが、威力や速度に関してはまだやりようはある。
『ベリス!勝負の時間!!』
『おうよマスター!楽しくやろうぜ!つまんねえ顔したご友人に目にもの見せてやろうじゃないか!』
ベリスはそう言うと、悪魔を指さして叫ぶ。
『シューターはお前だ仏頂面!"クラップス"!』
ベリスの声と共に、悪魔の頭上に二つのサイコロが現れる。
悪魔は突然現れたサイコロに向けて手にした鉄筒から弾を放つが、サイコロは無傷のまま悪魔の頭上に佇んでいる。
『何だ、これは』
『んだよ、サイコロも知らねえの?』
『貴公には此方の質問の意図が伝わっていないようだ』
『サイコロ知ってるなら説明はいらないな!レッツダイスロール!』
悪魔は動き出したサイコロを警戒してか、ベリスへ向けていた銃口を降ろし、俺とベリスから距離を取る。先程までのベリスの様子に『そこはお前の魔法も説明してやれよ』と内心つっこみながら、回り始めた悪魔の頭上のサイコロを見る。
ベリスの魔法は心底変わった魔法で、端的に言えば遊びの魔法だ。サイコロ、トランプ、物によってはワノクニでの札遊びやルーレット、ダーツ、ビリヤードなど、ありとあらゆる遊びを引っ張り出してくる。ゲームにはゲーム以外で干渉することはほぼ不可能で、その不可思議なゲーム全てが賭博となり、賭けるものもかなり自由が効く。そんな不思議で奇怪愉快な魔法がベリスの魔法だ。
『何なのだこの賽は……!』
『7と11は出さないでくれよ、お嬢さん!』
ベリスの"ゲーム"は勝手に進む。遊びを強要する魔法と言い換えても良いだろう。俺はとにかく悪魔を行動不能か、うまく撒ける状況を作らないとならないわけで、ゲームの進行を気にかけつつ、魔札を用いて悪魔に仕掛ける。
札から吹き出した炎魔法に、悪魔は軽く怯んではくれたが、当然決定打になった様子はない。
『ちなみにチップは一先ず悪魔の情報にしといたぜマスター!あんたのチップは!?』
『魔力で頼む!』
両者のチップが出揃い、サイコロが止まる。
『出目は2と3、ポイントは5!ナチュラル喰らわなくてよかったねえ、マスター!』
『ははっ、流石にナチュラル喰らったらしょげてるとこだよ』
出目が確定し、サイコロが俺の頭上へと移り回り始める。
今行われているゲーム、クラップスは互いに二個のサイコロを振り合い、出目を競う形式のものだ。最初の一投目、カムアウトロールでは7、11が出れば無条件勝ち、2、3、12は無条件負け、それ以外の出目はポイントと呼ばれる数字になり、シューターが交代になる。第二投はポイントの数字を出せば勝ち、7を出すと無条件負けとなる。それ以外の出目ならシューターがまた交代となって、どちらかがポイントの目を出して勝つか、7の目を出して負けるまで勝負が続く。
つまり、俺は5を出せば勝ちで、7を出すと負ける。それ以外ならゲームが続行、相手のターンというわけだ。
『勝っときたいとこだね、得体も知れないし』
『奇怪な魔法だ。早急に契約者を排除させてもらう』
鉄筒が向けられ、弾が放たれる。
俺に弾が届く前に、ベリスが割って入り、金色のサイコロを模した魔具を開き、壁のようなものを作り出して弾を防いだ。
『プレイヤーがやられちゃつまんないからな!合理的だが、本当につまんねー奴だねご友人!』
『巫山戯た魔具に、巫山戯た魔法とは』
『当然さ、ボクは楽しく在りにきた!ふざけ倒すのが丁度いい!』
『そんで、俺たちは勝ちに来たんだ、戦争の祈りの願望機アンドラス』
『此方の名を……?』
『最初のゲームは俺の勝ちだったってわけ』
そう言って頭上のサイコロを指さす。出目は1と4。ポイントの目である5になったのでゲームは俺の勝ちで、チップになっていた悪魔の情報を獲得できたというわけだ。
正直、この魔法もベリスの持つ魔具も理屈を説明しろと言われたら全くわからない。本人が言う通り、ふざけた魔法であり、それが楽しければもうそれで良いのだろう。ただ、この滅茶苦茶で無法な魔法が今の俺の、俺たちの唯一とも言える勝ち筋だ。
『にしても、ふざけた魔法って言うならあんたも相当だろお嬢さん。この世界に、鉄と火薬を使った武器なんて』
『此方の魔法すらも知り得ているのか』
『時間経過で武器の火力も上がるんだって?今の鉄筒ですら俺にはオーパーツに見えるくらいなんだが』
『此方は戦火。時と共に苛烈になるのは当然のこと』
報酬で得たこの戦争の祈りを冠する悪魔、アンドラスの情報は、他に話せば与太話かなにかと笑われるものだった。
魔法を用いているのはアンドラスの扱う兵器を作り出す瞬間だけであり、作り出された兵器は全て鉄や火薬など、廃れた技術である科学を用いて作られた殺戮兵器。その威力と性能はアンドラスの戦闘継続時間によって上昇し、作り出された兵器は実態を伴うため消滅することはなく、使い方さえ誤らなければ他者も利用可能だそうだ。
『お互い無法者同士ってわけね……戦わない選択肢は本当にないかな。明確に敵同士ってわけではないと思うんだけど、俺たち』
『戦火の終わりは、灰燼のみだ』
『それじゃ当然すぎてつまらない話だよ、お嬢さん』
俺の頭上でサイコロが回り始め、止まる。出目は6と1。カムアウトロールでの7は無条件勝ちのナチュラル。今回、俺の賭けたチップは身体能力で、勝ちのギフトによって一時的に身体能力が強化される。
龍狩程とは言わないが、並の人間よりは強くなる。身体強化の魔法は本来ならば超高等技術の類で、命魔法に長けた者でも滅多に使えないが、リスクとリターンを賭けたベリスのゲームなら許されてしまう。
ゲームに勝ち続ければ、一時的に無敵とも言える程にもなれる。それがベリスの魔法の恐ろしさだ。
『どうせやるなら予想外の大番狂わせだ。楽しい奴が勝つ世界の方がいいだろ』
地面を蹴り、自前のナイフをアンドラスの眉間に突き立てる。特殊なものでもないので、決定打になることはないが、少なくとも今ので対応しずらい速度にまでギフトで強化できたことは確認できた。
突き立てたナイフを引き抜き、アンドラスを蹴り飛ばす。普段の蹴りでは信じられない勢いでアンドラスは後ろへと吹き飛んでいく。
『これでソニムやスライよりも全然貧弱なんだから恐ろしいね』
仲間の顔を思い浮かべ、乾いた笑いを小さく吐き出してから、吹き飛び体制を崩しているアンドラスへと再び距離を詰める。
『厄介な……!』
『厄介じゃなきゃ困る、歯牙にも掛けない程度じゃ、君ら人間なんて息するように殺せちまうだろ!』
ナイフで何度か切りつけて、反撃をもらう前に思いっきり蹴り飛ばす。
『ベリス!!次のゲームにいこう!』
『おうよマスター!ご友人も楽しめよ、仏頂面じゃあつまんねえままだぜ!!"ブラックジャック"!!』
アンドラス、ベリス、そして俺自身の頭上にトランプのカードが浮かび上がる。アンドラスのカードは俺に一枚だけ見えるようになっているのを見るに、このゲームのディーラー役はアンドラスのようだ。
『また遊戯か……』
『その通り!こいつはあんたが……つまりディーラーが不利だって言われることもあるんだけど……まあ、諸説あるってやつさ!勝負といこうご友人!』
ブラックジャック。トランプを使った賭け事の中ではかなり有名なゲームの一つ。端的に言えばカードの合計数を21に近づけるゲームで、22以上はバーストと呼ばれ無条件負けとなる。絵札は全て10扱い、Aは11か1として扱うことができる。
ディーラーはカードが一枚公開された状態でスタートし、カードを17以上になるまでは引き続けなければならない。そのため、ディーラーの最終的な手札は17から21までの数字のいずれか、または22以上のバースト負けに絞られる。この仕様故に『ディーラー側が不利』と言われることもあるというわけだ。
しかし、12以上の持ち札からヒットする際には常にバーストの危険がある故に、プレイヤー側が不利と言われることもあり、ベリスの言った通り"諸説ある"ゲームで、個人的には五分五分なんじゃないかと思える良いゲームだ。
『ギフトは勝利でバフ!負けで魔力の没収!覚悟を決めたらゲームの開始だ!!』
『悠長に貴公らの遊びに付き合う義理はない』
『俺たちとしては付き合ってもらわないと困るのさお嬢さん!』
鉄筒を構えたアンドラスに魔札を投げ付け、アンドラスの眼前で閃光と雷撃が炸裂する。魔札にはギフトはかかってないので、威力はたかが知れてるが、狙いを見据えて放つものな以上、視野を奪えれば十分すぎる成果と言える。
アンドラスが魔札の炸裂に怯んだ隙に、距離を詰め、アンドラスの手にした鉄筒を弾き飛ばす。それと同時に、ベリスのゲームがスタートした。
『最初は挨拶代わりにいっとこう!引きは天運、ボクも操作なんてできやしない!ゲームはルール以外は公平じゃないとつまんないからね!!』
アンドラスの手札でこちらに見えているカードは6。ディーラーからすれば、バーストを踏み抜く可能性が高く嫌な数字だろう。逆に言えばこちら側としてはありがたい話だと思いつつ、自分の手札を見る。俺の手札はKと9。初手の札としては上等だ。加えてこれ以上を狙うのはリスクが大きすぎる。
『俺はステイかな』
『ボクは一枚ヒット!あ〜……ここでステイかなぁ……さてさて、ディーラーオープン!』
ベリスの掛け声と共に、アンドラスのカードが公開される。見えていた6に加えて、開示されたカードはQ。10としてカウントされるのでアンドラスの合計数は16。ディーラーとしてアンドラスは一枚ヒットし、その札は8。合計が24となりバーストする。
『ボクは18、マスターは19!ギフトで魔力の回復もできたしガンガン回していこうぜマスター!』
『……燃え上がれ、戦火よ』
ベリスの掛け声で、二回目のカードが配られる。それと同時に、アンドラスの火力が上がった。先程までの鉄筒は、一発で撃ち切りの形のもの。厳密には弾を込め直せば再使用できるものらしいが、無尽蔵に生成できるアンドラスの魔法を加味すると弾を込め直す意味はない。
新たに取り出された鉄筒は、先程までのものより一回り小柄になった。しかし、ギフトで得た情報から、あれが先程までの鉄筒よりも威力と命中制度が向上し、弾の込め直しも容易になったものだと理解できた。
『貴公らの遊びに付き合い続けるのは得策ではないな』
銃口がこちらに向けられ、弾丸が放たれる。手にしたナイフで弾丸を弾くことはできたが、その威力と性能に対する手軽さに顔が引き攣る。
自分が今、ギフトを得て身体能力が向上していなければこの一撃で致命傷を負っていただろうと確信するには十分な衝撃だったし、そんなものがまるで酒場の酒瓶のように次から次へと出てくるのだから、心底とんでもない魔法だ。
『無事かいマスター?死んだら当然ゲームは続けられないから気をつけてくれよ!』
『いやぁ、悠長にやってたらマジでゲームどころじゃなくなりそうだぜこれ……』
『なら勝ちまくらないといけないわけだね』
『ナチュラル出されたらと考えるとゾッとするね』
二回目の札は、アンドラスのオープンカードは9、自分の手札は10と2。バーストの危険は少ないが、ヒットなしで勝つのはほとんど不可能という盤面だ。
アンドラスの放つ弾丸から逃れつつ、ゲームに勝つための頭を同時に回す。
『ヒット』
カードが一枚、手札に加わる。数字は8。合計は20になり、十分すぎるほどの点数になった。
ベリスと俺がステイの宣言をし、アンドラスのカードが公開される。アンドラス自身はカードには興味関心がないようで、自身の結果をガン無視しながら、俺たちへと攻撃を加えてくる。
『おまっ、自分のカードくらい興味持てよご友人!!』
『貴公らを排除すれば、この遊戯は意味をなさない』
『ほんっとにつまんねーなぁあんた!!』
ベリスがアンドラスから放たれた弾丸を罵声と共に防ぎ、俺はその影に隠れながら魔札を放つ。
『その程度の魔具で此方を退けようとは』
『どこまでがその程度かな、お嬢さん』
魔札が弾け、先程と同じように閃光と雷撃が放たれる。しかし、先ほどのものとは比べ物にならない威力を伴い、アンドラスごと空間を焼きながら雷光が走り抜ける。
『何っ……!?』
『こっちはこれでも真剣なんだ。ガキ共の手前、カッコつけたいんでね』
続け様に魔札を投げ、それぞれが炎や氷などを本来ならばあり得ない規模で噴き出し、アンドラスを飲み込んで吹き飛ばす。
まともにアンドラスとやり合えば、同じ悪魔であるベリスはともかく俺はひとたまりもない。おそらく、数分保てば上出来といったレベルだ。その差をベリスの魔法は埋めてくれる。ギフトによる強化はハイリスクハイリターンなのは否めないが、最初から不利な勝負な以上、これくらいの賭けには出ないと何も出来ずにゴミみたいに死んで終わりなのだから、やらない理由はないだろう。
『はっはっはっ!予想外だろうご友人!!驚愕こそ楽しむべきだ!』
『同意しかねる……!』
アンドラスが自身の形を直しつつ、鉄の塊のような物をいくつか作り出し、こちらへ放る。手榴弾という名称の、鉄の玉に火薬を詰め、炸裂させる魔力を用いない爆弾のようなもの。火力の上昇に伴い、兵器の威力も種類もさらに増しているらしい。
ギフト込みでも直撃すれば致命傷、よくて行動不能になるであろうそれを、ベリスが賽子を模した魔具を放って撃墜する。
『どこまでも、巫山戯た同胞だな……』
『何度も言わせるなよ、それが"
『……どうやら、視界すらも巫山戯ているらしい』
『んだとぉ!!あんたのつまんなそーな目ん玉より爛々と輝いてるっつーの!!』
ベリスの持つ魔具、あらゆる遊び道具を再現し変形する奇怪な魔具が、ベリスの的外れな怒りの声と共にベリスの手元に戻り、巨大な金槌に球がぶら下がったような形に変化する。ベリスはそれを勢いよくアンドラスへ振り下ろし、直撃をもらったアンドラスは遥か後方へ吹っ飛んでいった。
『ストラーイッ!ってな〜』
『ベリス、それ何?』
『たしかワノクニの玩具だよ。こんなおっきくないけど、皿に玉を乗せたり、この棘に玉を刺したりするやつ』
ベリスは身の丈ほどの巨大な玩具を、ひょいひょいと動かして、玉を金槌の面の部分に乗せたりして遊びつつ説明をする。
悪魔をあの威力で吹っ飛ばす代物を何故こうも軽々しく扱っているのかの理由はわからないが、アンドラスも言っていた通りにこの心底ふざけた愉快な悪魔にはまともな道理はほとんど通じない。理解しようとするより、楽しんでしまうのがベリスとの付き合いのコツだ。
『へぇー、帰ったら遊んでみようぜ』
『上手くできた方が奢りなマスター!』
『奢りも何もお前はまずツケ返してからだよ』
『今協力してんじゃんか!?これツケ分の返済だろ!?』
俺はベリスに『全額分には足りねえな』と返し、それにベリスが『暴利も良いとこだ』と抗議の声を上げる。
そして、その声を掻き消すように、吹き飛び埋もれた瓦礫の山を爆炎で吹き飛ばしながらアンドラスが再び姿を見せた。
『望まれた形を、望まれた通りに、それが悪魔だ』
『いいや違うね、もっとボクらは自由だ。望んだままに在れるんだから』
『俺は人間だからよくわからないけど、ベリスみたいなやつの方が楽しいと思うよ』
会話の最中、ベリスの魔法はまだ続いている。アンドラスの頭上に現れたカードのうちの一枚は2。大きな数字じゃない分、ヒットのあたりによっては強い札になるだろう。対して、こちらの手札はキングとジャック。二枚とも10として扱うので、合計20。これ以上ないほどの手札だった。
それでも、この勝負に負ける可能性は微かにはある。そして、一度でもアンドラス側にギフトが渡れば俺たちの勝ちの目は一気に薄くなる。このゲームが終わる前に勝負をつけてしまうか、今のゲームで勝つか、この二つが考えられる中での最善のパターンだろう。
『なんにせよ、さっさとあんたを倒して行かないと、可愛いガキ共に会いに行けないからね』
『嫁さんにも会わねーとだもんなマスターは』
『もちろん!もし帰れなかったらあの世に逃げても殴られるだろうからな!』
俺はナイフを構え、ベリスは魔具を元のサイコロの形に直して構える。アンドラスの魔法は情報を得たとはいえ未知数だが、今のままなら完全な破壊はできずとも、無力化するくらいまでは押し切れる。
地面を蹴り、アンドラスが鉄筒を構える前に距離を詰める。悪魔との戦い方は、契約者を殺せれば一番だが、そうもいかない場合は削り続けて何もさせないのが正解だ。未知数の魔法を持つ、攻撃や破壊に特化した悪魔相手ならばなおさらだ。
『信念や感情だけで勝てる程、戦争は甘いものではない』
アンドラスに刃が触れる、その直前に炎と音が爆ぜる。
『ッ……!?自分ごと……!』
マントに隠していた鉄塊を起爆させ、アンドラスは自分ごと俺とベリスを吹き飛ばす。軽く熱に焼かれはしたが、すぐに体勢を立て直し、爆発の中心を睨む。
巻き上がった粉塵と炎がアンドラスの姿を隠し、その頭上に浮かぶカードも隠していた。
『巫山戯た魔法も、児戯も、もう終わりだ。人間』
ガチャリと、重い音を立てて現れる、今までのものよりも圧倒的に複雑で、重厚な鉄筒。威力も、性能も、先程までの物とは段違いに優れた殺戮兵器。
戦火が煌々と燃え上がる。
『おいマジか……ゲームの才能あるよ、お嬢さん』
粉塵と黒煙に隠れていた、アンドラスの頭上のカードが目に映る。引いたカードは9とジャック。元々見えていた2と合わせて21、最強の役のブラックジャックが完成している。
ベリスの魔法はゲームである以上、相手も俺も同じだけコストを払い、同じだけリスクを背負う。そしてゲームにはベリス自身も関与できないほどに公平だ。確かに、ゲームは盤上の上という最低限の公平がなければ本当にくだらないものになる。その公平の中で、アンドラスはこのタイミングで勝利を引き寄せた。
『教えてやる。戦火の前に、貴公らの戯れなど塵も残らぬと』
アンドラスが武器を構え、引き鉄を引く。ベリが魔具を盾にし、その影に隠れて俺たちは建物の瓦礫の影に身を伏せる。
放たれた弾丸は石すらも易々と削り、先程までの攻撃が玩具か何かに見えるほどに強力になっているのがよくわかる。アレが体にでも当たれば、穴が開く程度のことでは済まないだろうとまで考えて血の気が引いた。
『んだよあいつ〜!ちっとも喜ばねえじゃん、勝ったのに!』
『はは、真面目なんだろうさ』
『やっぱ気に食わないぜあいつ。あんだけ強くてとんでもねえのにずっとつまんなそうだ!見てて気持ち良くねえ!』
ベリスは子供が駄々をこねるようにしながら文句を言って、地面を平手で叩く。ベリスの怒りの論点はイマイチわからないが、アンドラスが見ていて何か引っ掛かりを感じることにだけは同意できた。
『とは言ってもどうする?ベリスはともかく、俺なんて頭出した瞬間には死んでそうだよこれ』
『いーやマスター、まずは今すぐ走らないと次の瞬間にはバラバラに吹っ飛ぶみたいだ』
ベリスが言うが早いか、俺を引っ掴んで飛び退くようにしてその場を離れる。その直後に、元々俺たちがいた場所が爆炎と共に吹き飛んだ。
瓦礫すらも残さず、巨大な火柱と黒煙をあげて爆ぜたそれは、先程までの鉄塊とは威力も範囲も到底比べ物にならない。アレが魔法ではなく科学なんてものを用いた道具だというのだから恐ろしい話だ。魔法などなくとも、人は人を山程殺すものを作り出したのかもしれない、そう思わせてくれるには十分すぎる光景に、恐ろしさと同時に嫌気が走った。
『諦めろ。……この国の戦争も、いずれ終わる』
黒煙の中から、アンドラスが姿を見せ、突き刺すような眼光でこちらを睨む。
その目が何故か苦しそうに映るのは、変わっていない。
『……諦めろって、一回勝ったくらいで随分じゃないか。勝ち星の数で言えば俺の方が勝ってるぜ』
『言葉も通じないか、貴公』
武器を構え、銃口をこちらに向けたアンドラスと俺の間に、ベリスが飛び込むように割り込み、アンドラスを指さして叫ぶ。
『やっぱりあんたムカつくぜ!!アイツと同じだ!諦めて、つまんねー顔して、なーに眉間に皺寄せて泣いてんの!?気に入らないったらないね!!』
『……貴公の話は初めから一つも理解ができぬ』
『こんなのがご友人たぁ笑わせる!!ボクらは願いだ祈りだに首輪つけられた飼い犬じゃあねぇんだよ!!なぁマスター!?やりたいようにやらなきゃ今この瞬間に何の価値がある!!そうだよなぁ!?』
ベリスの叫びに、アンドラスは眉一つ動かすことはなく、引き鉄を引くために構えた指に力を込めようとする。
『そりゃそうだ。大勝負といこうぜベリス。お互い譲りたくない意地の張り合いってやつらしい』
『貴公ら、これ以上何かできると思っているのか?』
銃口が火を吹き、弾丸が放たれる。無数の弾が、瞬きより速く迫り、ベリスと俺の身体を貫いて、吹き飛ばす。そのはずだった。
『"
空間がベリスのサイコロから溢れ出る。勢いよく吹き出たそれの奔流に飲み込まれた弾丸は消え失せ、その勢いのまま俺たちとアンドラスは黄金の宮殿の中へと誘われる。
『何だ、これは……』
『楽しめよ、ご友人!これがボクの切り札だってやつさ!!』
遊びを強制するベリスの魔法。その極地にして最強の切り札。
お互いの生存を賭け、文字通りに命を賭け合う賭博場。現世の法の全てを無視した、世界で何処よりも愉快で公平な地獄を生む魔法。
『勝負といこう、戦争』
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