31話 絵空を描く
『と、まあそんな経緯があって私とエダは一緒にいるわけなの』
『思ったより壮絶な話だった』
私の率直な感想にベルフェールさんは『私もそう思う』と頷いて返してくれる。
ベルフェールさんが話してるうちに戻ってきたフルーラさんも驚いた様子で、エダと呼ばれた少女のことを見ている。当の本人は特別気にする様子もなしに、そこはかとなく満足そうな様子で大皿に盛られた料理を黙々と楽しんでいる。
『もう一年以上前の話だから、今あそこがどうなってるのかとかは全然わからないけど……すでにちょっと懐かしいくらいの話だもんなぁ』
『一歩間違えたら誘拐犯じゃねえか?お前』
『指名手配されたとしても後悔する気はないから任せてよ。今のところそんなことはないけどね!』
ベルフェールさんはそう言って胸を張る。少し呆れも襲ってくるが、この人は本当に人格者というやつなのだろう。このご時世、ただの世間知らずではこんなことは言えないし、世間を知っていればいるほど尚更こんなことを口走ることはできない。
平和ボケとか楽観主義とか、酷い言い方をしようとすればいくらでもあるのだろうが、きっとその程度の話ではないくらい、月並みな言葉だがこの人なりに色々あったが故なのだろうと素直に感心してしまった。
『それ言い切れるあたりお前らしいが……娘も居んだからマジで気をつけろよ特級魔具』
『相変わらず手厳しいよフルーラの旦那さん』
『私も今の話についてはベルはそう言われても仕方ないと思いますけど……』
『ちぇ、まあその通りだから何も言わないけどさ』
ベルフェールさんは自嘲するように笑ってから、机に頬杖をつく。そしてイタズラな顔で『でも、この後はもっと手厳しく言われるかもね』と私たちに向かってウインクをしてみせた。
それとほとんど同時に、奥の部屋から足音が聞こえてくる。この場の誰のものでもなく、ソニム先輩やスライのものでもない。前者ならこんなに人の集まってる場には出てこいと言われなければ出てこないし、後者ならすでにこの場で騒いでいるか、出てこれないように柱か何かに縛り付けられているだろう。
『……おはようございます』
『おはよ。具合どう?』
奥から現れたのは、聖職者といえばといった服に身を包んだ女性。ベールやウィンプルはつけていないが、そうでなくとも黒白が基調の清楚なローブなんてものは修道服くらいしかない。俗に言うシスターがこんなところにいるのは十分驚きなのだが、私の驚きはそこにはほんの少ししか向かなかった。
『問題ないです。お手数をおかけしてすみません』
そのシスターらしき人物は両手両足が枷で拘束されていた。
腕は正面で両手首に枷がはめられ固定され、足枷の方は辛うじて歩ける程度の余裕はあるが、走るどころか速足で歩くこともできないようにされている。流石に鎖と錘が付いてるとかはないようだが、どう見てもあまりにも異様な光景。私の驚愕はほとんどそちらに持って行かれてしまった。
『どういう趣味してんのあんた!?』
『ベルさん今すっごいまずい誤解されてる予感がする!!違うからね!?』
『言っとくが俺らもそのシスターについて詳しく聞いてねえからお前に対してクリジアと同じ不信感を抱いてるからな』
『説明する説明する!ヴィエラもとりあえず座って!そして私の誤解を解いて!!』
ヴィエラと呼ばれたシスターは『わかりました』と言って、私たちの横を会釈しながら通り過ぎ、ベルフェールさんの横に座る。
『まず私がどのようにしてここに来たのかは記憶がないのですが……』
『わざと誤解させるように前振るのやめてね!?』
『冗談です』
慌てふためくベルフェールさんとは対照的に、ほとんど真顔でヴィエラさんは言う。なんというか、エダちゃんもそうだがベルフェールさんとは真逆のタイプで、少し暗い雰囲気がある気がする。
『と言っても、記憶が曖昧だというのは事実なのですが……一先ず、私のこの状態について説明します』
『そうだな。お前のその拘束の意味が今のところ一番理解できねえ』
『例えばですが、貴方の隣の人が突然人を殺そうとしたらどうしますか?』
ミダスさんが『は?』と聞き返して首を傾げる。私も同じような反応で一緒になって首を傾げた。話の繋がりが見えないし、質問の意図もよくわからない。
『突然、前触れもなく人を殺そうとする人間が近くにいる。ならば、安全の為にはこのように自由を奪っておくしかない。そう思いませんか』
『まるで自分がそういう奴ですみたいな言い分だけど……』
『そうです。話が早くて助かります』
『待て待て待て。どんな話だそりゃ』
困惑しきったミダスさんの反応に、ベルフェールさんが『私も混ざりつつ詳しく話すね』と事情の説明に混ざる。その説明によると諸事情の内容はこうだ。
ヴィエラさんの元々の所属は、魔法崇拝が捻じ曲がりに捻じ曲がった果てに生まれた邪教の類、悪魔信仰に近しい教団だったらしい。孤児として教会に拾われ、そこで信徒として育てられた。もっとも、信徒と言えば聞こえはいいが、邪教の信徒などは当然まともではなく、殺しを生業とする暗殺戦闘集団のようなものだったらしい。
『生まれつき、突発的な発作のような加虐、自傷癖はありました。まともではなかったことは自覚してましたが、それを利用され、便利な殺戮兵器に早変わりというわけです』
『私と会ったのは偶然だったんだけど、その時はほんと自我がほとんど壊れちゃっててね。どうしようもなくて無理矢理止めて、その後しばらく一緒にいたのさ』
『……ベル、俺は確かにお前に噂話や黒い話を聞いてきてくれとは頼んだが、その象徴みてえなモンを連れてこいとは言ってねえよな?』
『まあまあ、これだけ話せるまで回復したのもすごい事なんだよ。アインがそう言ってたから』
今日一番深い溜息と共に、ミダスさんが頭を抱えて唸る。ミダスさんがこのレベルで露骨に顔を顰めて困っているのは初めて見たかもしれない。
ベルフェールさんはやはりと言うか、多分お人好しすぎてちょっとおかしい類の人までいっているところもあるのだろう。
世の中で狂人と呼ばれる人間にも種類があって、殺戮快楽主義のスライが狂人なら、誰にでも手を差し伸べることができてしまうベルフェールさんも一種の狂人だ。自分の魔法の力に自信があるが故というのもあるだろうが、それにしたって普通の領分に収まるレベルではない。
『で、ベルさんが君たちに相談したいのはヴィエラのこの殺戮衝動を緩和ないしは解決できる手法を何か持ってないかどうかってこと!』
『え、いや私のことは気にせずとも良いのですが』
『さらにはヴィエラからの依頼もあるよ、大盛況だね除け者の巣!』
ベルフェールさんは"ばちーん!"と効果音が聞こえてきそうなほど清々しいウインクと共に、よくわからない決めポーズを自信満々に取る。ミダスさんをはじめとした私たち除け者の巣の面々は言うまでもなく呆れており、ベルフェールさんの隣に座るヴィエラさんとエダちゃんもわりと呆れた顔をしている。
『いつもこんな感じなんだろうなぁ』と私が心の中で納得したあたりで、ミダスさんが再び溜息と共に口を開く。
『おいそろそろ一回くらいこいつのこと殴っていいか?どう思うフルーラ』
『まあ……そうですね。私は止めませんよ』
『止めてよ!?親友でしょ!?』
『親友の前に妻なので……』
『くそう優先順位で勝てないっ!!』
悔しがるベルフェールさんの頭にミダスさんが何の躊躇いもなく、スナップの効いた平手を叩き込む。パァンと乾いた音が鳴り響き、全員が、おそらく殴られた本人も『本当に殴った……』と思ったあたりでミダスさんが何事もなかったかのように会話を再開する。
『で?まずお前の依頼はお前の旦那じゃ解決しねえのか。うちも世話になることあるが名医だろありゃ』
『ここから普通に会話を再開できることにベルさん驚きだよ』
『グーじゃねえんだからいいだろ』
『グーだったらこの場でなりふり構わず泣いてた可能性まであるからね』
『とにかく今後お前にこういう話題振るのはマジでやめると心に誓った。罪滅ぼしに話聞いてやるからさっさと話せ』
ベルフェールさんは不貞腐れた様子だが、隣のエダちゃんに頭を撫でられたことですぐに元気になったようだ。この様子を見るに、ミダスさんとベルフェールさんの仲は普段からこんな感じなんだろう。
『アインにはもちろん相談したんだけど、怪我とか病気とは違うから難しいらしくてね。フルーラの悪魔たちとかに解決できそうなのいないかなって期待してたり……』
『確かにたまに治療をお願いすることはありますが……一応、聞いてはみましょうか』
そう言うと、フルーラさんがいつものように門を開く。程なくしてスッと、静かに人影が姿を見せた。
私は何度か会ったことがあるが、ちゃんと話したことはない程度の存在。片目を眼帯で隠し、人が良さそうな柔らかい笑みを浮かべた緑髪の男性。ツノやらなにやらがないため、パッと見ると長いマントに身を包んだ男なのだが、腕がなく手だけが宙に浮いており、加えて腰から下が存在しない姿はなかなか印象が強い。
『おや?人の形をとっておくべきでしたか?これは失礼しましたお嬢様』
『あ、いえ大丈夫ですよ。少し聞きたいことがあって』
『それは珍しい。期待通りにお答えできると良いのですが』
柔らかい笑み、丁寧な口調、加えて怪我の治療やら何やらで世話になることもあるので、決して悪い印象があるわけではないはずなのだが、フルーラさん以外の除け者の数面々ほぼ全員がこの悪魔に対して『薄気味悪い』と言っている。そんな不気味な存在がこの悪魔だ。
『はじめましての
『……少々不気味な方ですね』
『これは手厳しい』
ヴィエラさんの言葉にレライエは笑って応える。気にしてる様子はないが、不気味に映るのはほぼ共通認識のようでなぜか安心した。
『さて、聞きたいことというのはどのような?』
『えーっと、実はこう、殺人衝動みたいなのを抱えてる子がいてね。君が怪我治したりはできるって聞いたから、どうにかならないかなと……』
『成程。それは難儀な。しかし残念ですが、私では力になれないかもしれません』
『やはり難しいですか?』
『ご期待に添えず申し訳ありませんお嬢様。私の魔法は物事の促進ですから。傷ならば治すも膿ますもできますが、心の機微に関しては私には難しいのです。しかし……』
レライエがスッと私の方へと視線を向ける。反射的に目を逸らしそうになるが、敵意を向けられているわけでもないのでなんとか耐えた。ただ見られているだけなのに、心臓を撫でられているような感覚に鳥肌が立つ。
『な、なに?私?この流れで?』
『貴女自身というより、貴女の悪魔ならば解決するのではありませんか?あの双子は貴女が考えるよりも数段、凶悪で優秀ですよ』
『ダンタリオンが?いや、あいつ治すとかどうとかには向いてないでしょ。騙す方は上手いけど』
『心など騙せば壊れるものです。壊れたものを繋ぎ直して新しいものを作るのも、触れられるのならば自由でしょう。いやはや、羨ましさすら覚える力です』
『いやよくわからんけど………じゃあ呼んでみる?ダンタリオーーン?聞こえるー!?ちょっと降りてきてくんなーい!?』
私の声の後、少ししてからダンタリオンが足音もなく食堂に顔を見せる。顔を出した瞬間に声には出していなかったが『うわっなんだこのメンツ』と言いたげな顔をしていて、少し面白かった。
そんなダンタリオンを私の近くまで手招きで呼び、先ほどまでの事情をざっくりと伝える。
『ふ〜ん……話はわかったけど、なんでレライエの方がお前より私たちに詳しいわけ?』
『めんどくさい交際相手みたいなこと言うな。で?できんの?』
『そこの目死んでるおねーさんでしょ?ちょっとちゃんと見てみないとなんともだけど見てみようか』
ダンタリオンがふわりと飛び、ヴィエラさんの顔を両手で押さえて目と目を合わせる。悪魔の顔があそこまで近くなるのは、普通に生きてるとそうそうないだろうし、無表情にも映るヴィエラさんの顔が若干引き攣っている。
暫くそんな状態で見つめ合った後、ダンタリオンが離れ、私の横に戻ってくる。
『どう?なんかできそう?』
『んー、結論から言うと無くすのは私たちでも無理だね』
『おや、貴方たち双子でも難しいですか』
『そのおねーさんの殺人衝動はもう本当に生まれつきってやつだからさぁ。家から柱引っこ抜いたら壊れるでしょ。そういうこと』
ベルフェールさんが項垂れて『やっぱり難しいのかぁ……』と溜息を一つ吐く。ヴィエラさん本人はあまり気にしている様子はない。というか、元より自分のことは諦めているような感じだ。
『おねーさん、暗示とかそういう洗脳っぽいことされてるでしょ。それは外付け品だから、私たちがぶっ壊してあげよっか』
『暗示ですか……?よくはわかりませんが、そうなのでしょうか』
『洗脳の類だろうね。その生まれつきのものにスイッチが入りやすいようにとか、ブーストかかるように色々弄られたんでしょ。おねーさんどんな人生だったわけ?』
『成程……それを聞いて、私のしたこと自体は間違ってなかったと確信はできました。それがわかれば私の事は充分で……』
『ちょっと待って!えーっと、ダンタリオンちゃんだよね?その暗示?をどうにかしたらせめてマシにはなるの!?』
ヴィエラさんの言葉を遮り、ベルフェールさんが前のめりになりながらダンタリオンに問う。ダンタリオンはその勢いに若干気圧されながらも『ま、まあ多分』と曖昧な返事をする。
『何がどこまでまともになるかはわからないけど……あたしがメチャクチャに壊して、僕が組み直せば今よりは良くなると思うよ?』
『できることがあるならやってほしい!報酬はミダスの言い値で払うから!』
『って話ですけどミダスさんどうします?』
私が聞くと、それまで不貞腐れたように頬杖をついて、ジョッキを片手に酒を啜っていたミダスさんは、しばらくそのまま固まって、舌打ちを一つするとジョッキをドンと机に置いた。
『……っはぁ〜、わーったわぁーった。やってやれ。一応言うが間違っても殺すなよ。あと報酬は要らねえ』
ミダスさんが深い溜息と共に、呆れたといった声色で返す。人と話しててここまで疲れてる姿のミダスさんを見るのは初めてな気がして、私はもはや面白くなってきていた。
『あの、ベルさん。何故私のためにそこまで……』
『君が友人の話したくてたまらないのと同じ!!』
ベルフェールさんの勢いに気押されてか、ヴィエラさんは『わかりました』と言って、納得しきってはいなさそうだが、そのままスンッと押し黙ってしまった。
『やるのは良いけど、やったら多分この後一日くらいは寝込むから先に話あるなら話した方がいいと思うよ?』
『一日寝込むってそれ大丈夫なの?』
『パズル崩したら組み直す時間要るでしょ。ご主人様はそんなに都合の良いのがお好きなわけぇ〜?はー嫌だ嫌だねぇ〜』
『ぶっ飛ばすぞクソ悪魔』
『今私たちが全部魔法解いたらお前痛みでのたうち回るの忘れんなよクソ人間』
『よし、ひとまず次の話だな。シスターからの話もあるんだろ。ヴィエラだったか?もうここまできたら聞いてやるから話せ』
私とダンタリオンが言い合いを始めてすぐ、それを全く気にすることもなくミダスさんが強引に話を進める。私たちは特に喧嘩を止めることもなく言い争い続け、少ししてからミダスさんに揃って叩かれて押し黙る。
『……皆様に頼むような話なのかはわかりませんが』
『何言われても全部そこのバカ作家のせいになるから好きに言って良いぞ』
『これ後で私めちゃくちゃ怒られるやつだったりする?』
『未だに怒られねえと思ってんのか?』
『お慈悲が欲しいなぁ……』と懇願するベルフェールさんを、無慈悲にガン無視してミダスさんはヴィエラさんへと目線を向ける。ヴィエラさんの方は相変わらず表情はほとんど無いが、若干申し訳なさそうな様子を見せつつ、口を開く。
『その、私の友人を……探していただきたいんです』
『友人?元々は孤児なんだろお前。宗教団体での知り合いか?』
『はい。とは言っても幼い頃に私が逃しているので、私のようにおかしくなってはいません。ただ、今は生きているのかどうかもわからないのですが……』
『先に言っとくが、全く力になれねえ可能性もあるぞ。情報屋もいるが、話が進むかはマジでわかんねえ分野だからな』
ミダスさんの言葉にヴィエラさんの表情が少しだけ沈む。心中は察するところだが、話を聞いた限りミダスさんの言い方は少しきついが間違えてはいない。人探しをあてもなくするのは殆ど不可能だし、ヴィエラさんの話を加味すると、そもそもその目的の人物が生きているのかも完全に不明だ。
このご時世では人の生き死にに関してはあまり期待しない方が良い。それに、元々おかしな宗教団体にいたと言うのなら、その組織側に追われてなんて話も考えられるだろう。
『希望が薄い話というのは、わかっています。ただ、あの子は良い人なんです。私はどう足掻いても人殺しですが、報われていて欲しいと、願い続けているのです。どういった結果であれ、諦めてしまえればと……』
『それは美しいお話ですね、淑女』
ヴィエラさんへ言葉を返したのはレライエだった。腕のない、宙に浮いた手をパチパチと叩きながら、人の良さそうな笑みを浮かべている。
『しかし宛もなく彷徨うのは私も賛同しかねます。旦那様の仰る通り、話が進む可能性は低いでしょう』
『それは……』
『そこでですが、何か思い出の品はお持ちではありませんか?』
『思い出の品?』
『はい。我々の仲間には優秀な猟犬がおりましてね。狩りではないので不貞腐れはするかもしれませんが、お嬢様から頼めばアレも従うでしょう』
猟犬と聞いて、私には心当たりがなかった。それにいくら優秀な犬でも、おそらく何十年も前の友人を、思い出の品一つから探し出すなど到底不可能だろう。というか、悪魔が犬を飼っているようなことがあるのだろうか。
私が本題とは少し違うところで考え事をしていると、フルーラさんが口を開いた。
『あの、猟犬……というと、グラーシャってそんなこともできたんですか?』
『はい、お嬢様。まあ、現状の我々は守る側にあることが多いですからね。あれは探し、追い立て、殺すというのが一番得意なのですよ』
『今回は殺してはいけませんがね』とレライエが付け加えて笑う。フルーラさんはのんびりとした様子で『そうなんですね〜』と返しているが、そんなとんでもない猟犬、もとい悪魔が一応身内にいたのだと考えると背筋が冷える。
見れば、ベルフェールさんは露骨に顔が引き攣っているし、ヴィエラさんも少し不安そうな顔つきになっている。エダちゃんはいつのまにやらゼパルちゃんと遊んでいるようで、あの歳の子にこんなとんでもない世界を全部聞かせずに済んでるのは良いことなのかもしれない。まあ、その遊び相手も怪物なのだが。
『……思い出の品というのは、友人から貰ったネックレスなどでも良いのでしょうか』
そう言いながら、ヴィエラさんが首から下げていた十字架を外す。いわゆる聖職者がよくつけているなんの変哲もないものだが、案外大事なものだったらしい。
『ええ、勿論です淑女。と、言いたいところですが、こればかりは猟犬次第ですね』
『一応、他に外見だとかも聞いといて良いか?ガキの頃とはいえ髪の色やら目の色くらいはわかるだろ』
『はい。髪は水色、目の色は薄い黄色で……あとは、その、
『尚更生きてるか怪しいな……』
『ただ、代わりになのか異様なほど耳が良く、音があれば一般人と遜色なく生活できる程です。なのできっと……』
少し俯くヴィエラさんの頭に、ベルフェールさんがポンと手を置いて、優しく撫でる。
『良い方向に願っておこうよヴィエラ。きっと大丈夫って、気休めかもしれないけど大事だよ』
『それはバカ作家様の言う通りだな』
ミダスさんがそう言いつつ、伸びをしながら立ち上がる。そして特にそれ以上何かを言うわけでもなく、スタスタと自分の書斎へと歩いて行ってしまう。
ヴィエラさんは変わらず俯いたままで、おそらくだが自分の言ってることが夢物語なのだということは理解してしまっているのだろう。ミダスさんの態度に、見放されたというように感じたのかもしれない。
『……どこ行くんすか〜ミダスさーん』
『エルセスに話聞いてくる。ベル、お前らどうせ少し滞在すんだろ?話動くまで滞在期間伸ばせ。あーそうだクリジア、ダンタリオンの言ってた処置にお前も同席して付き合ってやれ』
『言ってから席立ってくださいよー。怒ってるみたいじゃないすか』
『うるせぇ。お前らがカバーしろその辺は』
ミダスさんは振り返らずにそう言い残して書斎へと姿を消す。私はヴィエラさんの方へ視線を戻し、その顔を見る。若干驚いたような様子ではあるが、どうやら誤解の方は解けたらしい。
私はフルーラさんと顔を見合わせた後に、お互い呆れたように一つ笑って正面に向き直る。
『素直じゃないんですよ、あの人』
『厳しいこと言った手前気まずかったんじゃないすかミダスさん』
『あっはっは!ミダスも大概優しいよね』
ひとしきり笑った後、私たちは残っていた食事をつまみながら、談笑に花を咲かせ、しばらくの間はとりとめのない話を続けた。
ベルフェールさん達の旅の話や、ベルフェールさんの知る昔のミダスさんの話、フルーラさんとベルフェールさんの出会った時の話など、今までは聞いたことのなかった色々な話に、私も興味関心が尽きることなく盛り上がった。
今この卓を囲んでいるのは、私やフルーラさんといった傭兵業に、世界的作家の有名人、よくわからない怪物、怪しげな宗教団体に属していた聖職者、魔女の力を持つ女の子、そして天災とすら称される悪魔たち。何も知らない人間に、魑魅魍魎と言われても否定できないような面々だろう。それでも、居心地は悪くない、良い空間だと私は思えた。
そんな賑わいも少し落ち着いてきた折に、レライエが口を開く。
『それではお嬢様。私はそろそろお暇させていただきます』
『はい。すみません、急に呼び出してしまって』
『いえいえ、素敵な淑女たちとの楽しい時間でした。皆様、ひいては麗しい聖徒様の探し物が、見つかることを心ばかりながら願っていますよ』
レライエはスッとお辞儀をすると、フルーラさんの作る門の中へ姿を消す。若干不気味ではあるが、心底礼儀正しい紳士的な悪魔だなと少しばかり感心して溜息を吐く。
うちの悪魔もあれくらいとは言わないが、もう少しおとなしければなと思ったあたりで、ダンタリオンが耳元に寄ってきて小さく耳打ちをする。
『お前、アレに騙されてるようじゃ心配なんだけどご主人よぉ……』
『レライエのこと?騙してる要素あった?』
『はあー……いや、知らない方が良い気もするけどもう。あいつ、フルーラさん以外にはみんな手を見て話してたんだかんね』
『手ぇ?なんでまた』
『手を"レディ"って呼んでんだよあいつ』
ぞわりと、体が内側から凍るような感覚が全身を走り抜ける。そういえば"ダンタリオンの契約者の私"を呼ぶ時には確かに『貴女』と言われた。ということは、人と手を別物として見ているということなのだろうか。そこまで考えてから想像するのが嫌になって思考を断ち切った。
『クリジアちゃん、ダンタリオンちゃん。ヴィエラのことお願いできるかな?私も一緒に付き添うから』
私が若干青い顔をしていると、ベルフェールさんがそう言って両手を合わせる。私はパッと向き直って、少ししどろもどろしながら現実へと完全に戻ってきた。
『えっ、あ、そっか。それじゃ、寝る前にダンタリオンの言ってたやつやっちゃおうか。ヴィエラさんもさっさとその手足のやつ外したいでしょ』
『夜も遅いですし私はいつでも……』
『ヴィエラのことお願い、します。本当は、優しいの』
遠慮しようとしたヴィエラさんの服の裾を掴みながら、エダちゃんがヴィエラさんの影に少し隠れて呟く。なんだかんだ言って初めて声を聞いたような気がするが、生い立ちも含めれば人が怖くなるのは仕方ないのだろう。
そんな子が、勇気を出してこう言っているというのは、他の人のお願い事よりもいくらか重みが出る気がした。
『ほら、エダもこう言ってるよヴィエラ』
『……わかりました。わかりましたからその目をやめてください。私には眩しいんですよ貴女の空色の目は』
ヴィエラさんは溜息と共に観念した様子で『お願いします』と言いながら私たちに頭を下げる。ベルフェールさんとエダちゃんは、顔を見合わせたあとに、少しだけ得意気な様子で喜んでいる。その姿に家族っぽさがあって、どこか懐かしくなった。
『というわけで、お願いできるならお願いしちゃいたいな』
『まあ任せてくださいよ。頑張るのこいつらなんで』
『先に寝るとかほざいたらお前の怪我の痛み倍にしてやるからなクソ人間』
『頼まれたんだから流石に起きてるわクソ悪魔』
ギャイギャイと揃って言い合う私たちをみて、ベルフェールさん達が笑う。
『では私もそろそろお暇します』
『フルーラもありがとうね。また明日もよろしく』
『ベルはクリジアちゃんに迷惑かけないでくださいよ』
『フルーラの中でベルさんの扱いは一体どうなってるのかなあ……』
『手のかかる友人ですよ……。ゼパルも帰りますよー。エダちゃんともまた明日です』
フルーラさんに呼ばれるとほとんど同時に、ずるりという音と共にフルーラさんの横にゼパルちゃんが現れる。パタパタと袖で手が隠れた腕を振って『またねー』と笑っている。それに対してエダちゃんは照れくさそうに小さく手を振って返していた。
そうして各々が各々の帰る場所に帰って行き、ベルフェールさん達と私とダンタリオンだけになると、先程まで大人数だったこともあり、少しだけ寂しさが込み上げてくる。
『手のかかる友人ねぇ。最初は私がそう言ってたのにさ』
『ほんとに仲良いんすね、フルーラさんと』
『まあね。仲良いというか、私が勝手についてきただけだけど』
『……シンプルに疑問なんだけど、なんでそんなにお人好しなんすか?』
『笑ってる人が多いと嬉しいからさ。どんな形でもいいから、誰かの笑顔に私が勝手に関わりたいんだよ』
ベルフェールさんは少しだけ考えた後に、へにゃりとした優しい笑顔を見せて笑う。
それがあまりにも眩しくて、真っ直ぐで、思わず私は目を逸らしてしまった。
『そりゃ、カッコいいね。ヒーローみたい』
『君もカッコいいことやったって聞いてるよ』
『……私は気取ってるだけだよ』
『私だって夢見がちなだけさ。それでいいんだよ』
ベルフェールさんはそう言って笑うと、ヴィエラさんとエダちゃんの二人と手を繋いで、元気になるといいねとか、眠かったら無理しないでねとか、そんな会話を始めている。
青空のような透き通った瞳を持った、太陽みたいに明るい人。嫌いではないし、むしろ好感ではあるのだが、やっぱり私はそういうものが苦手らしい。
『つくづくカッコ悪ぃや、私って』
『醜いくらいが愛嬌あるよ、鈍色』
『これ以上カッコ悪くならないようにしっかり仕事の方頼むよ、相棒』
そう言うと、ダンタリオンが『任せとけ』と胸を張る。それに苦笑いで返して、宿泊用の空き部屋へとベルフェールさん達を連れて歩き始める。
相変わらず空が嫌いで、カッコ悪い奴なのだが、最近一つだけ違うことがある。案外、私は今の自分が嫌いじゃない。今はそれでいい、そんなふうに思えるようになれたのは、きっと悪いことではないのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます