22話 氷華と銀月

鎖国国家ワノクニ。その某所で私とダンタリオンは道なき道を北へ北へと進んでいる。


密入国者である私たちは顔は割れていないものの、極力人目につかない移動手段を取らなくてはならず、ひたすらに歩き続けるしかなかった。


今現在は周りに人の気配の一つもないような林の中をゆっくりと進んでいる状態で、私とダンタリオン以外にはおそらく獣と魔物くらいしかいないだろう。


『昔のこと思い出すなぁ。私らずっとこんな感じのとこで狩りして暮らしてたよね』


『獣の一種だったもんなぁクリジアは』


『誰が獣だよ』


談笑をしながら進んでいる最中、ポケットに突っ込んでおいたままにしていたアビィに持たされた魔具から音が鳴る。


『聴こえていますか。クリジア・アフェクト』


『うおぁビビった!!これ通話の機能もあんの!?』


『通信魔具の一種ですから。それよりも、規定通りに耳飾りとして装着しておいてください。視野に影響が出ますので』


『あぁはいはい。すんません』


アビィに言われ、私は素直にピアスのようにして魔具を耳につける。確かにこうしていれば何もしていない分には単なる装飾品にしか見えない。このサイズで通信もできれば視界を繋ぐこともできるというのだから相当便利な魔具なのだろうと感心する。


『現在は……森林ですか。何か情報は得られましたか?』


『一応。封楼塔って場所に件の魔女らしきものがいるってのと、今この国が総出で腐敗の魔女の首を狩ろうとしてるらしいね』


『ふむ。何者かが存在していること自体は間違いがないと。しかし魔女狩りについては良くない傾向の話ですね』


『良くないって、なんで?』


『我々の目的は腐敗の魔女の"確保"ひいては"保存"です。場合によっては破壊を推奨してはいるものの、確認の前に魔女を殺されてしまっては困ります』


『死んでましたーで終わりとはいかないわけ?』


『魔女の存在の真偽があやふやのままでは情報の更新が行えません。加えて、仮に実在し、それを観測できなかった場合、我々が手にする知恵が一つ損なわれます。本の頁が一つ抜け落ちるようなものですね。困るでしょう?』


私は向こうから自分の表情がほぼ見えていないのを良いことに、『うげえ』という声を出さない代わりに顔で嫌悪を一切隠さずに表現する。


ダンタリオンは私の顔と事前に話していた内容から、このアビィ・トゥールムという人間のことを理解したようで、同意を示す代わりに同じように嫌悪感を表情で物語っていた。


『兎に角、まずは確認を急いでください』


『はいはい。とはいえ徒歩移動だから明日にでもとかは言えないんだけど』


『そこに関しては理解しています。引き続きよろしくお願いします』


そう言うとほとんど同時に、アビィからの通信は切れる。


私はこの人は世間話とか冗談とかを喋ることはないのかと悪態を溢し、ダンタリオンがそれに同意する。そんな風にして、依頼人の悪口を延々と喋りながら、道すらない木々の中をひたすらに歩き続けた。





──そんなやりとりが一週間ほど前の出来事になった今日。私たちはおそらく目的地に近い街へとようやく辿り着いていた。


『な、長かった…………』


なぜこの街が目的に近いと仮定しているのかと言うと、単純にガラが悪いのが増えていること、そしてこれより先に行くと立入禁止区域として封鎖されている領域があるらしいことだ。


街の様子を見るに、おそらくこの国の外から来たものや、明らかにカタギの人間ではなさそうな者がこれだけ出入りしている。となれば、あの鍛治師から聞いた話と合わせて、ここがいわゆる前線基地のような街なのだろう。


まずは軽く情報収集をと思い、私とダンタリオンは物陰に隠れながら、街を行き交うゴロツキの様子を観察していた。


『にしても、随分徒党を組んでる感じだけどマジで国に集められてんのかなこれ』


『そうっぽいよ。どいつのこと読んでも国側の命令?みたいなのを待ってる感じだし』


『となると本当に国を挙げての魔女狩りってわけか……』


幸いなことに、この街の中でならあまりコソコソとせずに済みそうだと判断した私とダンタリオンは、ひっきりなしに人が集まっている広場へと向かう。そこには掲示板が建てられていた。その内容はこうだ。


『これより三日後に、国を脅かす悪き魔女を滅するべく忌地へと進む。此れに参加せし勇猛なる者へは等しく恩賞を与え、戦果を挙げし者へはさらなる恩賞を与える』


私が『なるほどなぁ』とぼやきながら掲示板を眺めていると、耳につけていた魔具から呼び出しが掛かった。


私は慌てて路地裏に入り込んで、周りを確認した後に応答する。


『先程の掲示の内容は此方でも確認しました。先ずは長旅の方お疲れ様です』


『見えてるなら状況確認してかけてもらって良いかなぁ!?』


『早急に今後の行動を決定しましょう。掲示の張り出された日付は昨日との記載がありました。となればあの数の賞金稼ぎが一斉に動くまで猶予がありません』


『私の文句聞いてる?』


『駒が主に文句を言うものではありませんよ。クリジア・アフェクト』


喉元まで出かかった『ふざけんな』という声をギリギリで飲み込む。


勘づいてはいたが、この依頼主にはレヴィのような親しみやすさは勿論なく、イラさんのような堅物よりもさらに堅く、冷たく、無機質で、まさしく私の苦手とする人種だ。自分の立場が今の状態じゃなければ、罵倒の一つでも添えて依頼を蹴っていた。


反りの合わない人種への心の中での罵倒を繰り返しながら、それを口から出す代わりに大きく息を吐いて『どうすりゃいいかな』と怒気混じりに言葉を吐き出す。


『今夜にでも先んじて禁足地へと潜入し魔女を確認、確保するのが最善かと。それ以外ですと、そうですね……』


『おおよそ同じ考えだけど、他もあるわけ?』


『貴方がこの場に集まった国軍や傭兵を皆殺しにできるのであればそれでも構いません』


『うん。やれたとしても断る』


これも冗談で言っているわけではないのだろうなと、げんなりしながら断りを入れる。


正直、人斬りの専門で辻斬なんて通り名の通りに、多対一の戦いの方が得意だし、やれと言われれば相当数殺せる自信はある。それでも、流石に無益が過ぎるし自分が殺される可能性もゼロではない以上安全策を取りたい。


加えて、この無機物に操作されるような選択肢はどことなく癪だったというのもある。


『では一つ目の提案で動いてください。なるべく人目につかずに動けば人を殺す必要は減りますよ』


『人殺ししたくないみたいな話じゃないから。邪魔入ったらちゃんと斬るよ』


『それは何より。では、引き続きお願いします』


ぶつりと、通信が切れる。


呆気に取られたが故の、一瞬の沈黙の後に『……会わなくてよかったかもしんないその人』とダンタリオンが溢し、私はそれに『やっぱそう思うよな』と怒り混じりに同意する。


この仕事が終わったら一晩中愚痴を吐き散らしながら酒でも飲もうと心に誓い、私たちは夜に備えて休息を取ることにした。









草木も寝静まる……はずの夜。


人の命で飯を食うような連中に常識が当てはまるわけもなく、街は未だに明るく、下世話な話と笑い声が店や雑踏から響いてくる。


人のことを言えた義理ではないが、近々恐ろしい魔女と対面するとは到底思えない気楽さだ。これが傭兵、ひいては命を金稼ぎに使う連中ということなのだろう。


『自分勝手なのはいいことだし、今はかなり都合も良いけどね』


『普段のお前らもあんな感じだしね』


『言えてる。美味しいし楽しいんだもん、酒と飯』


明るい雑踏を避け、路地裏やら屋根の上やらを駆使して人目につかずに街外れまで駆け抜ける。正々堂々戦うよりも、こういう動きの方が得意なので、内心楽でいいやと安心していた。


街を抜け、暫く進むと道を横切るように結ばれた太い縄が目に入る。位置的にもあれが禁足地への入り口、というより境界線なのだろう。周辺は木々が生い茂り、道以外には進もうとは思えない様子で、木々のおかげで道の奥がどうなっているのかもわかりそうにない。


『…‥見張りとか立ててないのか。入りたい放題じゃん』


『そんなん用意しなくても誰も近寄らないってことだろ。やっぱ相当やばいとこなんじゃない?』


『その可能性は否めないよなぁ……』


ダンタリオンの推測に同意しつつ、縄をくぐり抜け禁足地へと足を踏み入れる。入る分には特に変わったこともなく、私たちはそのまま歩き続ける。


『お、森抜けるよクリジア』


ダンタリオンが正面を指さす。確かに木々の影が途切れているのが見えたが、森が終わるにしては随分と唐突過ぎる気がして私は首を傾げる。


川が流れてるとか、でかい湖があるとかじゃなければ、森林が急に途切れて終わるということはほとんどない。崖にでもなってるんじゃないかと私は恐る恐る森の出口へと進む。


『……んだよ、これ』


視界に飛び込んできたのは一面の闇だった。


そこは川でもなく、湖でもなく、崖でもない。強いていうのなら荒野が一番近しいだろう。人里なんてものがあるはずもなく、一切の明かりがない荒野はそのまま一面の闇となっていた。


木々すらもまるでそこから全て切り取られたかのように姿を消しており、地面と空の境界線以外には少なくとも何も見えない。自然だなんだに詳しいわけではないが、それでも急に森が終わっているこの光景は異様だった。


月明かりが辛うじて地上を照らしているが、木々どころか雑草すらほぼ生えておらず、乾いた地面が剥き出しになっている。虫の鳴き声も、動物の気配も当然のようにない荒野は月並みな表現ではあるが、まるで大地の死骸かのようだ。


『静かすぎない?ここ……』


『禁足地とか忌地とか言われるわなこりゃ……』


『興味深い状態ですね』


『うわぁ!?一方的にも繋げるのかよ!!』


耳元で突然響くアビィの声に、私は反射的にその場から飛び退く。耳についてる魔具から音がする以上、全く意味はないのだが。


『生物が動植物問わずに死滅している様子ですね』


『これ件の魔女の影響なわけ?』


『不明です。現状ではなんとも言えません。警戒するに越したことはないでしょうが』


『あんたら普段仲間内にもこんな使い捨てのおつかいみたいなことさせてんの?』


『はい。それが職務ですから』


私の皮肉に、間も開けることなく淡々とアビィは返す。皮肉だなんだが本当に通じないことは分かっていたつもりだったが、それ以前の部分な気がしてドン引きの状態になってしまった。


『損失は避けたいとか言ってたくせに……』


『物事の損得とは常に天秤にかけられるべきです。十の既知で一の未知を知ることができたのなら、それは成功と呼んで差し支えありません』


『ああ、うん。もうそういうタイプだもんねあんた。うちのよりよっぽど悪魔みてえ』


『……封楼塔へ向かってください。お気をつけて』


通信が切れ、不気味なほどの静寂が帰ってくる。そんな中で私は少しだけ得意気だった。


『今の間、皮肉がちょっとは通じたかな』


『流石は私たちのご主人様だねぇ』


『褒めんなよ、照れるだろ』


『お気をつけて、だってさ』


『今更何をってね』


ざまあみろと私たちは笑う。


生命の気配がない空間はどうしても不気味だが、こういう時は相棒と呼べる存在がいて良かったと心から思う。流石にここを一人で歩かされていたら、多かれ少なかれ精神的にダメージを受けていただろう。


私とダンタリオンは、あの人形のような依頼人のことをケラケラと笑い合いながら音のない闇の中を進んだ。


暫く歩いた頃、いい加減に一つの話題では笑えなくなってきたが、景色に変化はない。


『にしても広いなぁ、ここ』


『なんもない分余計になぁ。なんかほかに面白い話ない?』


『んー……あ、こないだソニム先輩がまた動物に逃げられてしょげてた話とか?』


『あの人またやってたんだ』


いつも通りの他愛のない会話を繰り返す。


それくらい変わり映えのしないまま、何もない空間を歩いていた。そんな折に、唐突に私たちの前方から微かに音が聞こえた。


『……人の足音?』


足音らしき音は徐々に近づいてくる。


暫くして、微かに人影が見えた。数は三つ。何があったのかはわからないが、全員が武器を持っているのもなんとなく把握できた。


程なくして、先頭を走っていた男と目が合う。


『さっきの剣士の仲間か!!』


男は切羽詰まった様子で、言うが早いか私に向かって斬りかかってくる。


『なんの話で誰だよ!!』


咄嗟に刀を取り出し、男の武器を受ける。後続が追いついてきて、残りの二人も同じようにまともに話合いができるような状態ではなさそうだった。


男が二人に、女が一人。全員がそれぞれ得物を持っていて、その顔は焦りと若干の恐怖感に満ちている。得物が私の武器と同じような刀で、ワノクニの港町で見た服装に近しいところを見るに、この国の人間なのだろう。


『魔女に仲間が居るとはな……!』


『いやなんの話だって聞いてんだろ』


『あの魔法剣士は無理でも、こいつくらいはあたしたちで!』


聞く耳を持たない様子で、三人はそれぞれ私たちへ武器を向ける。パッと見てもわかる、明らかに"慣れていない"連中だった。


武器を構えているが、その武器が血に塗れたことは全くと言っていいほどないのだろう。人斬りで金を稼ぎ、戦争で飯を食ってきた私にはダンタリオンの読心術がなくても、戦いの場に立たされた時に手に取るようにわかることが一つだけある。



"目の前の人間が人を殺せるかどうか"



それは武器の構え方や、相手の目つき、目線、息遣いなど、一挙一動のあらゆるところから伝わるある種の直感。


人を殺すのはある種の狂人でなければできない。何かのきっかけでタガが外れる者もいれば、初めからなんの抵抗もない者もいる。戦争なんかで見かけるのは大体が前者で、後者はスライのような本当の狂人の類だ。


『どっちでもないの久々に見たなぁ……』


『こいつらどうすんのさクリジア〜』


『一人残そう。話聞きそうにないし、武器向けてくるなら覚悟してんでしょ』


男が刀を大きく振りかぶって、私へと斬りかかる。足を踏み込み、体重が前へとかかって止まれなくなるその瞬間を狙い、私は前へ倒れるようにして、右手の刀を前へ突き出す。


『なっ、げぇぁ』


私の刀はそのまま男の顔面を貫き、それを頭を裂くようにして引き抜く。


『一つ目』


仲間の死に、残りの二人は明らかに動揺した。


その隙を見て、刀を引き抜いた右手側にいたもう一人の男の腕を武器ごと斬り落とし、左手の刀で女の喉を突く。女は音のない悲鳴と共に微かに痙攣し、刀を引き抜くとそのまま倒れ、二度と起き上がらなかった。


『二つ目』


残った男の足の甲を突き刺す。手足を絶っておけば、下手な反撃も逃亡もそうそう起きない。


私は突き刺した刀を手放して、男の髪を引っ掴み、自分の顔へと引き寄せる。


『何があって、何をしてたか話してくれる?』


男の顔は恐怖で引き攣り、混乱で満ちている。口振りからして仮にも噂の魔女狩りに来ていたのだろうにと呆れながら、男の言葉を待った。


『し、知らねえ!おれ、俺は、魔女狩りなんて最初っからどうでも良かったんだ!!たすっ、助けてくれ!』


『……ダンタリオーン!!』


『はいはーい。いや昨今中々見ないねこんな小物さぁ』


私は男を地面に投げ捨て、足に突き刺しておいた刀を引き抜く。怯えて地面を這うように逃げようとする男の頭を次は私ではなくダンタリオンが引っ掴み、無理矢理目を合わせるように顔を向き合わせている。


あんだけ怯えてる最中に悪魔の顔面が目の前にあるというのはなんとも災難だなと他人事のように思いつつ、私はダンタリオンが仕事をしてる間にと思い、自分の刀の手入れ掃除を始めることにした。


『どう?読めそう?』


『んー、やっぱ魔女狩りに行ってたみたいだね。正義感とか拗らせて魔女退治って張り切っちゃったんだ。バカみてえ』


ケラケラとダンタリオンが笑う。男の心中はお察しするが、バカみたいというのは私も同意見だ。大方、魔女が人間だということも意識していなかったのだろう。


『んで、塔の前で……魔女の仲間?剣士……氷の魔法使いかな?それに追い返されて、逃げてくる途中だった……って感じかな』


『その魔女の仲間とやらに殺されてないのが不思議だよ私は。逃げれたんだ?』


尋問作業中のダンタリオンと雑談をしながら、一本目の刀の血を拭い、軽くいつも通りの手入れをした後にせっかくなのでと例の鍛治師にもらった砥石を試すことにした。


私はあまり物の良し悪しに機敏な方ではないが、そんな私でもなんとなく刀によく馴染んでいる、そんな気がして少し嬉しくなる。


『おおっ、ガセじゃなかったっぽいなあの鍛治師!』


『遊んでんなよお前さぁ。他は知らなそうだよこいつ。魔女そのものにも会えてないっぽいし。あとはつまんねー命乞いばっか』


『手入れは大事なんだって。にしても門番みたいなのがいるのがわかっただけかぁ』


私はため息を吐きながら、手入れ前のもう一本を持って立ち上がる。


『頼むっ、助けてくぎぁっ』


男が言い切る前に首を斬り飛ばし、刀についた血を拭う。


『悪いね。街に戻られても困るから』


『ははは、容赦ねぇ〜』


『容赦なんてして私が死ぬ方が困るだろ。魔女の仲間と思われてたっぽいし』


『それは確かに』


ダンタリオンとの雑談を続けつつ、もう一本の刀も同じように手入れをする。少なくとも、もう少し歩いた先に何者かはいて、封楼塔と呼ばれる魔女の根城がある。


手入れを終えた刀を一本は持ったままにして、私たちは再び歩き始めた。









『あれか……』


闇の中に浮かび上がるように、篝火がゆらゆらと揺れている。その灯りが微かに、何もない荒野に突き立てられたかのような石柱の外壁を照らしていた。十中八九、あれが件の"封楼塔"だろう。


夜なのもあって細部はわからないが、そこそこの高さがあり、正面にある扉以外には外に通じるものはなさそうな石塔で、封印と言うに相応しい建造物のようだ。


『あの中に腐敗の魔女がいて、それを確認できれば実質仕事は終わりなわけだけど……』


扉の前に座り込んでいるような人影が見え、私は『そう簡単にはいかないか』とため息を吐く。


人影側も私たちに気がついたのか、スッと立ち上がり、近づいてくる。


『魔女狩り?悪いこと言わないから帰ってくれないかしら』


おそらく私と同程度の年齢の女。白い髪に褐色の肌、手には蒼い刀身を持つ小柄な剣を持っている。先程の哀れな三人を追い返したのはこの女なのだろう。


ダンタリオンのことは今は隠している。直接戦闘になるとあいつらはどうしても向いていないし、存在を最初から認知されるよりは切り札の一枚としての活躍の方が期待できるのが一つ。もう一つの理由は試してみたいことがあったからだ。


『魔女狩りじゃないんだよね。ちょっと事情は伏せないとなんだけど、魔女とやらに会わせて欲しくてさ』


『はっ、もう少しマシな嘘つきなさいよ』


『嘘じゃないんだけど。敵が味方かで言えばギリギリ魔女の味方まであるよ、多分』


『あっそ』


女は呆れた様子で笑い、剣をその場でゆっくりと振りかぶる。今の立ち位置からでは踏み込んだとしても剣が届くことはない距離だが、何を考えているのかはまだわからない。


『味方ってんならさっさと帰れ!!』


女が剣を振ると同時に、冷気が走り氷塊が私目掛けて迫り上がる。私は慌てて飛び退き、二本目の刀を取り出して構える。


氷塊はすぐに砕けて霧散し、その影に隠れていた女の姿が再び目に入る。しかし、私の目を惹いたのは女の持つ武器の方だった。


その手に握られていたのは先程までの小柄な剣ではなく、身の丈を超えるほどの大剣。その刀身は鉄ではなく、冷気を絶えず放ち続ける氷で形成されている。


『随分でかいね、振り回せんの?』


『あたしより自分の身の心配したら?』


魔法剣、名前の通りに魔法が刻み込まれた武器で、その効果はモノによって多種多様。例えば、イラさんのあの爆発する突剣も魔法剣の一種になるのだが、ああいった形状から効果が予想できないような武器はかなり厄介で、俗に言う初見殺しのような側面もある魔法剣は少なくない。


そういった観点から見れば、あの女の武器は見た目通りに"氷の剣"と捉えて良さそうな分まだわかりやすい。ただ、強力な氷魔法がセットなのに加えて、純粋な質量故に下手に受ければそのまま叩き潰されそうなのは厄介だが。


『魔女様にゃ面会もさせてもらえないわけ?私も私で困るんだけど』


『刀持って会いにくる面会人なんて誰も通さないわよ!』


身の丈ほどもある氷の大剣を、女は軽々と横薙ぎに振り抜く。私はそれを躱して、長物相手ならばと距離を詰める。


『邪魔すんなよ』


人間は脆い。


派手な魔法も、最高級の武器も、人殺しには必要ない。人を殺したければ、万年筆でも使って喉を突けば良い。それくらいに人は簡単に死ぬ。あと一歩踏み込んで、刀をこいつの喉に捩じ込めばそれで終わる。


殺意を込めて一歩を踏み込み、直後に私は後ろに飛び退いた。


『よく避けられたわね。やたらと場慣れしてるじゃない』


『読めてたわけじゃないけどね』


私が踏み込んだ場所は、私が飛び退いたとほぼ同時に凍りついていた。あと少し遅れていれば、氷漬けにされて捕らえられていただろう。


そう、"捕らわれていた"。


『お前、魔女のなんなんだよ』


読めているわけではないが、私には一つだけ手に取るようにわかることがある。


『味方とでも思っておけば?とにかく、あんたは魔女には会わせない』


『一丁前に英雄さん気取り?』


この女は戦い自体には慣れている。さっきのしょうもない三人衆と比べれば雲泥の差というやつだ。だからこそおかしいとは思っていた。


そして、今の瞬間で確信した。


『お前、人殺せないだろ』


一息で距離を詰め、首筋を狙って刺突を放つ。女は大剣の腹でそれを往なし、私ごと刀を弾き飛ばすようにして無理やり距離を離された。


女が考えていることは読めないが、表情が一瞬曇った。ほとんど確信はしていたが、案の定図星だったようだ。


『お前が追い返した奴らに会ったよ。雑魚三人』


『それが何?』


『おかげさまでお前がいることがわかった』


魔法もあり、剣のリーチでも相手に負けている現状、私の勝ち筋は機動力が主体になる。加えて、相手は私を殺さない。


いや、こいつは"殺せない"側だ。


『わかっても勝てなきゃ意味ないでしょ。"氷柱槍"っ!!』


女の周囲に氷柱が作られ、剣を振ると同時に私へ射出される。冷気による斬撃と氷柱の刺突の混合、魔法剣らしい攻撃だが、殺す気のない攻撃なら怖がる必要はほとんどない。


斬撃は躱し、氷柱は直撃するものだけを刀の背で流すように往なす。元々即死に繋がる威力で放たれていない分、難しいことは何もない。


『私はお前に勝ちに来たんじゃない』


距離を取ろうと下がる女へ、再び一気に距離を詰める。足を狙って刀を振るうが、ギリギリのところで跳ねて避けられる。身体能力は相当なものなのだろう。


『お前を殺しに来たんだよ』


地面から足の離れた女の心臓を狙い、突きを放つ。大振りの大剣ではもう防ぐのも間に合わない。心臓を突いたら、あとは死に際の悪足掻きに巻き込まれないようにするだけだ。


刀が女の胸を貫くはずの瞬間、金属同士がぶつかり合ったような硬く、高い音が響く。氷の大剣の刀身部分が砕けてなくなり、初めに手に持っていた蒼い短剣のような姿に戻っている。その短剣で、ギリギリのところで刺突を防がれてしまった。


『ッ……!!』っと呻き声をあげながら、女は刺突の勢いで後方へ飛ぶ。私は舌打ちをしながらそれを追うために足を踏み込む。


『っの……!"蔵王樹"!!』


女が短剣を地面に突き立てると同時に、地面から無数の氷の樹が飛び出るように生え、私へと向かってくる。地面を剣山のようにしながら迫る氷の樹に飛び込むわけにもいかず、私は女への追撃を諦めて横に飛び退く。


お互いに体勢を立て直し、間合いをジリジリと詰めていく。女の持つ魔法剣の氷の刀身は復活し、再び大剣の形に戻っている。おそらく、核のようなとびきり丈夫なのがあの蒼い短剣の刀身で、氷の刃は自在に生み出せる可変の刀身なのだろう。


『魔女のこと守りたいわけ?』


『……だったら何?あんた、おしゃべり好きなようには見えないけど』


『別に、魔女が災難だと思ってさ。お前みたいなのが一番最悪だろうよ』


だらりと、全身を脱力させる。


ふらふらと、立っているのもやっとかのような動き。別に攻撃を受けたわけじゃないし、毒だとかを喰らってるわけでもない。


激しい緩急の差に動物は反応できない。


予測できていないものに対策はできない。


私の戦い方は剣術なんて高尚なものじゃない。相手に反撃をさせない、自分の安全を、生き残る為にを突き詰めていった殺人術。


『乱歩調──


ふらりと、前方へ身体を投げ出す。


そのまま前へと倒れ込むような前傾姿勢で一気に地面を駆ける。要領としては、居合に近い。意識外の動きと、純粋な緩急ですれ違い様に斬り捨てる技。


 ──渺茫斬』


刃が女の身体にめり込み、斬り裂く感覚が手に伝わる。


はらわたをぶち撒けてやるつもりだったが、紙一重のところで身を捩り跳ねたようで、背中を斬りつける形になり、狙いが逸れてしまった。大層な運動能力に舌打ちして、体勢を立て直せていない女の首を再び狙う。


『"雪庇"……ッ!』


大剣が砕け、女を包み込むような形の氷の盾へと変化する。私の首狙いの一撃は分厚い氷に阻まれてしまった。


『ちっ、盾にもなるのか』


私は一度距離を取り、女は肩で息をしながら立ち上がる。あれで殺すつもりだったが、一太刀入った以上、あと数手のうちには殺せる。


『あんたみたいなの、行かせないわ。あの子には会わせない……!』


『そうやって他にも追い返してきたんだろ。殺さずに』


『だったら──


『"だったらなによ。あんたに関係ある?"……正解?』


女の顔が驚愕の色に変わる。


『お前が殺さなかった奴が魔女の話持ち帰ったんだろうな。良い奴ごっこ?英雄気取り?そんなだから恐怖も恨みも伝播するんだよ』


『だからなんの話よ!あの子のことも知らないで、金に目が眩んだ人殺しが!あたしはあの子が悲しむことはしないっ!!』


女が怒りに目が眩み吠えた瞬間に、距離を詰める。焦りや怒り、感情や心の表面的な部分が微かに"読めてきた"。


『お前に人殺しとか言われたくねえよ英雄気取り』


ダンタリオンの力を私が使うこれは、レヴィが見せた"纏衣"と同じものだ。


まだ慣れていないからか、馴染むのは時間がかかるし、姿形もほとんど変わらないし、ほんの一部力を貸してもらうような使い方しかできないが、それでも心が読み取れるというのはずいぶん便利だった。


『お前が何を守るんだ』


鍔迫り合いになり、女と近距離で目が合う。


『……!?あんたのその目……!!』


『"悪魔みたいな"だろ!正解だよ!!』


驚愕の間を縫うように、女の足を払い、体勢を崩させると同時に得物を弾く。そのまま転んだ女の足を貫き、痛みに悲鳴をあげる女を見下ろす。


『どうせ明日にゃあの軍勢に殺されてたんだ。一日早まるくらいどうってことないよな。英雄気取りの人殺し』


『軍勢っ……何よそれ……!?』


私は女の言葉は気にせずに刀を握り、ゆっくりと振り上げる。


『お前の甘さが呼び込んだもんだよ』と思ったが、今更それを伝える意味もないし、私はこのあと魔女に会えればそれで良い。


『お前にはもう関係ないよ』


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