14話 愛憎

『ミダスちゃんってさ、結構ロマンチストだろ?』


コツコツと、酒の注がれたグラスを、肉のない骨だけの指が叩く。一見、少年のようにも見えるソレは、真紅の角と長い尾を携え、黒い眼球と紅い瞳で向かいの席に座る男を見る。


『何でお前が当たり前のツラでここにいるんだよクソ悪魔』


『いいだろ別に。暇なんだよ、わりとね』


ミダスの問いに、アモンはにこりと笑って答える。ミダスは呆れたように、一つ大きなため息を吐いて、自分のグラスに残る酒を一気に呷る。


『で、俺がロマンチストならなんだ』


『愛が憎しみを溶かす、みたいな話ってあると思うかい?』


アモンは『どうでも良い話だよ』と付け加えて、ミダスを見る。ミダスは、少し考えた後に、空のグラスに酒を注ぎ直してから口を開く。


『ないだろうよ。一度憎んだら、その先はずっと憎い。俺はそうだ』


そう言って、ミダスは再びグラスに口をつける。一口飲み込んで、グラスを置いてから『本当にどうでも良い話だな』ともう一度ため息を吐いた。


『言ったろ?どうでも良い話さ』


『お前はどう思ってんだよ強欲』


『僕?僕はそうだなぁ……』


アモンは、グラスに口をつけながら悩み、しばらく止まってから、グラスを置いて口を開く。


『憎しみは消えないだろうね。僕らみたいな呪いがいるくらいだから』


『同じ意見なら尚更話が広がらねえじゃねえか』


『どうでも良い話だからね』


アモンが笑い、自分のグラスの酒を一息に呷る。飲み干した空のグラスを置き、背もたれに深く腰掛け、天井を向いて『けどね』と続ける。


『愛とやらに憎しみが負けちまうことはあると思うぜ。人間って奴は、時に理由がないことに必死になるからさ』


ミダスは、アモンの発言に『お前も大概ロマンチックなこと吐かすな』と返して笑う。アモンはそれに釣られるように笑い出し『君ほどじゃないさ』と言った。











愛憎の願望機と名乗った白い悪魔、フォカロルが私たちを見下ろす。嵐そのものを、人の形に押し込んだモノ。水の都の街を一つ、その力で壊滅に追い込んだ天災が、私たちの前に明確な敵意を持って君臨している。


『今の私は、何者なのかしら。神子様レヴィ


『この国の敵よ。悪魔さん』


風と水がぶつかり合い、爆ぜる。その光景はまさしく嵐であり、私は吹き荒ぶ風と水に堪らず顔を覆う。


アモンの魔法は、規模や威力で言えば今以上にめちゃくちゃだったが、それに近しい魔法が、明確な敵意を持ってぶつかり合っているというこの状況は、下手すればあの時よりもとんでもない状況かもしれない。


『怪物同士の喧嘩かよ……』


絵本やら小説やらじゃないんだぞと、現実逃避を呟いてから、私はフォカロルの側面に回る。風の鎧は面倒だが、あの様子ならレヴィの相手に手一杯になるだろう。私の仕事は、レヴィをサポートし、この悪魔を可能な限り早く戦闘不能に陥れることだ。


狙い通り、フォカロルは私に気が付いた様子はない。私は一息に距離を詰め、普段よりも数段深く踏み込んで、刀を振り抜く。


『痛っ……!部外者……!』


フォカロルの腕を、今度は斬り飛ばすことに成功する。思った通り、風の鎧は万能ではない。大したことのない攻撃や、見られている攻撃ならば往なされてしまうが、不意打ちやあまりにも高威力なものはこれだけでは往なせないようだ。


『部外者は酷いな。なんなら部外者のままいたかったよ!』


腕を飛ばされたフォカロルが、私を睨む。私はあわよくばと思い、もう一太刀を振るうが、風によって弾き飛ばされる。私は舌打ちの後、体勢を立て直してフォカロルを見るが、すでに私の方へと手を向け、風の塊を構えているのが視界に映る。


やばいと思った直後、レヴィの"水鉄砲"がフォカロルを吹き飛ばした。


フォカロルは、よく見えなかったが、上半身が吹っ飛んだ状態で、錐揉みしながら建物の瓦礫へと墜落したように見えた。助かったという安堵と、心底とんでもない魔法だなという恐怖が同時にやってくる。


『私の友達に、何をしようとしているのかしら』


レヴィが水の鞭を数本作り、フォカロルが吹き飛んだ瓦礫の山に振り下ろす。大量の水が爆ぜ、そこにある全てを叩き潰し、押し流していく。その様子は、神聖な神子様とは程遠く、怒り狂った海の化身とか、そういった類のように映る。


ダンタリオンが『どっちが悪魔がわかんねえや、あの神子……』と、堪らずといった様子で口から零したのを聞いて、私は同意の意味を込めて頷く。


『レヴィと友達でよかったよ、本当に』


『敵になることがあったら、私たちはお前を捨てるからね』


『そりゃ賢明だけど死んでくれ、クソ悪魔』


ダンタリオンと一緒に、引き攣った笑みを浮かべながら、壮絶すぎる現実からの逃避を含めた雑談を繰り広げる。しかし、まるで現実から逃げることは許さないとでも言うように、レヴィの叩きつけた水を吹き飛ばし、巻き込みながら進む竜巻が、私たちに向けて放たれた。


あわよくばあれで死んでくれてないかなどと思っていたが、流石にそんなに甘い話はないらしい。幸い、闇雲気味に放たれたものだったらしく、その場から飛び退くように逃げることで躱すことはできた。逃げるのと合わせて、レヴィたちと近づく。


『クリジアさん。悪魔って死ぬことはないのかしら』


『一応死ぬらしいよ。核だかなんだかがあって、それをぶっ壊すか、殺し続けて核が限界になればね』


『それなら安心ね。殺し続ければいつか死ぬのだから』


そう言いながら、レヴィは水の塊を竜巻の発射された地点に落とす。大量の水が爆ぜ、瓦礫が舞い、その全てを飲み込み流れる。


レヴィの顔を見て、私は一瞬だが、本気で『怖い』と感じた。落ち着いているように聞こえる声色とは反対に、憤怒が仮面として張り付いているかのように、その眼光は怒気に満ちている。元々、感情的なタイプなことは何となくわかっていたが、ここまで豹変する人間というのはなかなかいない。


私以上に感情の機微には聡いダンタリオンが、若干怯えた様子で『神子様、少し落ち着かせないとやばいよ、それ』と私に耳打ちをする。


『どういう意味?』


『我を失う勢いで怒ってる。そういう奴は道を踏み外すでしょ』


ダンタリオンの言葉に、私は『なるほど』と返す。正直、レヴィの様子に漠然とした"良くないもの"を感じているのは私も同じだ。しかし、落ち着かせるにしても、どう言葉をかけたものかがわからない。


下手なことを言えば、私も消しとばされるのではないか。そんなことを考えてしまう程度には、今のレヴィはただただ"怖い"。


『レヴィ。少しだけ落ち着け』


そんなレヴィに、イラさんが声をかける。


レヴィは、固まっていた表情を崩し、怒りを露わにして『落ち着いていられると思ってるの!?』とイラさんに半ば吠えるように返す。そんなレヴィを、イラさんは変わらない様子で静止し、口を開いた。


『君は神子だ。民に顔向けできないような顔をするべきではない』


『その民が傷つけられてるのよ!!』


『そうだ。それでも、君は怒りの化身ではない。民の支えであり、希望でなければならない。君を突き動かすものは復讐ではいけない』


イラさんは、淡々と、冷静な様子で言葉を重ねる。おそらく、イラさんも内心は決して穏やかではない。その中でも、この人は"神子の護人"としての役目を果たしている。


『落ち着けレヴィ。君は何だ』


真っ直ぐにレヴィを見据え、イラさんがレヴィに問う。


レヴィはその問いに、歯を食いしばり、落ち着けるなど到底不可能なほどに煮えたぎる怒りを、無理矢理抑え込むように唸った後、自らの頭に水をかけた。


『……私は、この国の神子よ』


ずぶ濡れのまま、レヴィは決意を固めたように呟く。その表情は、先程までの憤怒そのものではなくなった。ギラつき、何もかもを焼き尽くす炎のような眼光も、海での導になる灯台の火のように真っ直ぐだ。


イラさんはレヴィに『そうだな。君は神子だ』とだけ返し、敵の方へと向き直る。


『強いね』


『ああ、私達の自慢の神子様だよ』


『あんたも十分強いよ』


『私は国を背負ったりはできないさ』


『私は神子を背負うのでも無理だね』


私は戯けたふうに舌を出し、イラさんはそれを見てふっと、小さく笑う。それとほぼ同時に、私たちの目の前に巨大な竜巻が現れた。吹き荒ぶ風の柱の中に、微かに白い悪魔の姿が見える。


『懐かしい。大海の神子……その力……』


風の中から、譫言染みた声がする。先程から、フォカロルはこの国を知っているかのような、そういった言動が多い。やはり、何か過去に関わりがあったのだろうかと一瞬考えて、私がそれを知ったところで何になるんだという結論に行きついて考えるのをやめた。


『そんなもの、無ければ良かったのに』


フォカロルが、翼で体を包むような姿勢を取った後、一気に翼を開く。それと同時に、フォカロルの身を包んでいた竜巻が、三つに分かれ、進む先の全てを巻き込みながら私たちへと向かって飛んできた。


瓦礫や水、その場の全てを飲み込みながら迫るそれに、巻き込まれれば一瞬で全身がズタズタになるだろう。そんな嫌な想像をして、肝が冷えるのを感じる。


私は三つの竜巻の隙間を縫うように、前方へと転がり込んで、哀れなミンチになるのを避ける。三つの竜巻は、私たちが元々立っていた箇所で衝突し、暴風を伴って消失した。あのままあそこにいれば、あれに巻き込まれていたと思うと笑えない話だ。


『イラさん、どんな鍛え方してるのそれ』


レヴィとイラさんは、初めの一撃と同じように、イラさんがレヴィを抱えて攻撃を避けていた。何をすれば人を一人抱えて、胸にご立派なものを携えてるのに、私と同じか、それ以上の速さで動き回れるのだろうか。


『私は龍狩のハーフでな。普通の人間より多少だが力がある』


『頼もしいでしょう?私の親友は』


イラさんが私の質問に答え、それに合わせるように、レヴィが自慢気にイラさんを見る。多少の範疇ではないとは思うが、怪力の理由については合点がいった。ソニム先輩やスライと同じ龍狩。その血が半分も入っていれば、まあ人の一人二人抱えても動けるだろう。なにせ純血は素手で岩盤を砕くような存在なのだから。


『なるほど……。レヴィはちょっと雰囲気戻って安心した』


『怒ってはいるのだけどね』


『怪物と神子様じゃ天地の差ってやつだよ』


レヴィは自嘲気味に『それはその通りね』と笑う。どうやら、完全に怒り狂った状態からは脱してくれたらしい。落ち着かせたイラさんも凄いが、落ち着けるレヴィも本当に良くできた人間だ。私なら、こうはなれないだろう。実際なれなかった成れの果てが今の私だ。


『余計なこと考えてる場合じゃないよ、クリジア』


ダンタリオンが、フォカロルの方を指差しながら言う。私は『わかってるよ』と、ぶっきらぼうに返事を返して、改めてフォカロルの方へと向き直る。


『本当に良い国になったのね。この国は』


フォカロルは、何をするでもなく漂いながら、私たちを、レヴィを見下ろす。その表情は、慈しみや懐かしさを感じているようにも、悲しみややるせなさを感じているようにも見えた。


『……貴方はこの国の何なのかしら、悪魔さん』


レヴィが問う。初めからこの悪魔は、何か様子がおかしい。というより、確実にこの国と何らかの因縁がありそうな様子だった。先程までは、レヴィの方にそれを聞く余裕も無かったのだろうが。


『国王も、神子も、私の事はもう知らないのね』


『知らないわね。貴方は何か知ってそうだけれど』


この国アトラティカを知っているわ』


フォカロルが手を薙ぎ、それに合わせて突風が、瓦礫や石を乗せて私たちに吹きつけられた。レヴィが水の盾を作り、飛来物を受け止める。あれをもろに食らっていれば、全員蜂の巣になっていただろう。


風が止んだ瞬間、イラさんが水の盾の影から飛び出し、フォカロルへと一気に肉薄する。イラさんの刺突は、フォカロルの頭を狙って放たれたが、腕に庇われてしまう。


『お前がこの国を知っているとは、随分な言い草だな』


『貴方たちが私を知らないのなら、貴方たちよりも私はこの国に詳しいでしょうね』


イラさんの剣を腕に突き刺したまま、フォカロルはもう片方の手に風を集める。剣を引き抜けないように固定されているのか、イラさんは逃げる素振りを見せない。


『お前が何かは知らないが』


風が放たれる瞬間、イラさんの最初の一撃と同じように、空気が爆ぜ、剣を突き刺されていた方のフォカロルの腕が吹き飛ぶ。


『ここは"アトラティカレヴィの国"だ』


刺突、爆破、刺突、爆破と、剣の突き立てられた箇所が次々と爆ぜていく。爆発の規模は、初撃に比べると連続している爆発の方が小さいが、それでも悪魔の身体を確実に削り取り、修復が完了する前に次の刺突と爆破がフォカロルを襲う。


『お嬢に偉そうなことを言っておいて何だが、私も相当に怒っている』


原型を留めないほどに、ズダボロになったフォカロルの胸に、真紅の刀身が突き立てられる。


『どれだけ殺せば壊れる?悪魔というものは』


暫く、突き立てられたままの剣を、フォカロルの形が七割程度修復されると共に引き抜き、斜めに深く、長く斬りつける。イラさんの武器は突剣に見えたが、振るうこともできるようだ。


『ご……のっ……!!』


『怒りは、レヴィよりも私の方が似合うな』


フォカロルがイラさんへと腕を伸ばした瞬間、フォカロルの胸の中心、イラさんが剣を突き立てていた箇所から、爆炎が花を開き、フォカロルの身体が四散する。さすがに死んではいないだろうが、かなりの魔力を削られたのではないだろうか。


『……しまった。何処に行ったかわからなくなってしまった』


『イラさんすげーね。その剣何?魔具?』


『ああ。突き刺した部分を、その時間に応じた規模で爆破する魔具だ。私は魔力が少ないから、あまり乱用するのはよろしくないのだが』


『私も水をかぶった方がいいかもしれん』と、イラさんは小さくため息を吐く。そんなイラさんに、レヴィが『かけてあげましょうか?』と笑いかける。私はその様子に、初めて会った時の二人を思い出して、特にレヴィの様子に改めて安心した。


『それにしても、あの悪魔は何を知っていて、何でこの国を憎んでいるのかしら』


『レヴィ、今更それ気にしてんの?』


『ちょっと頭が冷えたら、少し気になって。怒りも憎しみも、理由がいるでしょう?』


『教えてあげましょうか』


頭上から声が響く。空に、フォカロルが翼を広げて舞っている。直後、真上から暴風が私たちを吹き下ろした。


レヴィの水の盾を、風が貫き、地面に直撃した風があらゆるものを巻き込んで吹き荒ぶ。私たちは吹き飛ばされ、建物だった瓦礫に突っ込む。


『この国に全てを奪われた』


フォカロルが降り立ち、そこへ引き寄せるように風が吹き始める。瓦礫も、死体も、あらゆるものがフォカロルの元へと吸い寄せられていく。


私は地面に刀を突き立て、なんとか耐える。レヴィとイラさんもそれぞれ吸い寄せられないように耐えているのを横目に確認した。


『この国を愛していた』


一瞬、風が止む。


『お前たちが私を裏切り、その全てを過去から葬った!!』


フォカロルの絶叫と共に、あらゆる物を巻き込んだ巨大な竜巻が天を衝く。その様子はまるで、世界の終わりでも来たかのような光景だ。全てが風に飲み込まれ、風と共に吹き荒びながら舞っている。


『お前たちの幸福に、反吐が出る』


巻き込まれた物が、私たちの方へ向けて放たれる。小さな石ころでさえ地面を抉り、巨大な瓦礫は地面に大穴を空ける。死体は着弾と共に弾け、臓物と肉を撒き散らしている。何かが直撃すれば、軽傷だとしても、身体に穴が空くだろう。悪ければ形も残らず即死する。


『ちょっ、やば!!!レヴィ!ヘルプヘルプ!!!』


『クリジアさん!イラも!!こっち!!』


私はレヴィの元に転がり込む。同じようにイラさんもレヴィの近くに寄り、レヴィが私たちを包むように水の殻を作り出す。


飛来物が落ちるたびに土煙が舞い、すぐに視界が埋まっていく。私たちへ直撃するものは、レヴィの水が受け流すようにして守ってくれている。いつ終わるのかもわからない暴嵐から、私たちはただ小さく蹲り、言葉通り嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。







どれほど経っただろうか。残骸の豪雨が止み、周囲に静寂が訪れる。生きた心地はしなかったが、どうやら無事に生きているらしい。


周りを見れば、先程までは街の残骸だった景色が、ほぼ更地へと変わっている。殆どのものが風に飲み込まれ、残骸の豪雨で砕け、潰れ、吹き飛んだのだろう。世界が滅んだら、なんてもしもの話をすることがあるが、その時はきっとこんな光景が広がっているのではないだろうか。


『私が、私は、こんなにも、ずっと、お前たちを、この国を、私の国を、憎んでいた、想っていた、忘れるな。この国は、私は』


フォカロルが、自らの顔をその異形の手で掻き毟り、文字通りズタズタになったその顔で、狂気としか喩えようのない眼光を宿した瞳で私たちを、レヴィを射抜く。


大海の神子アトラティカだ』


風の刃が放たれる。地面を紙のように切り裂きながら進むそれを、私とイラさんはそれぞれ避ける。しかし、レヴィがその場から動かない。


『レヴィ!?何してんの!?』


レヴィは動かず、その場で腕を横に薙ぐ。その動きに合わせて、水の鞭が風の刃を薙ぎ払う。


『イラ!クリジアさん!ごめんなさい、ワガママを言うわ!!』


『は!?ちょ!?イラさん!?何言ってんのあの神子様は!!』


イラさんは、顔を覆い、深いため息を吐いてから私を見る。


『諦めろ。ああ言い出したらテコでも動かん』


『状況が状況だよね!?』


『君は雇われだ。依頼主に逆らえない。残念だったな、一緒に振り回されてもらうぞ。クリジア・アフェクト』


呆れたような、してやられたといったような、そんな顔でイラさんは笑って、私に『レヴィの話を聞こう』とでも言うようにレヴィのことを指さす。加えてイラさん本人は『もう何も言わん』と、完全に話を聞く姿勢に入ってしまっている。


『あ"ーーもう!!報酬上乗せしろよ依頼主!!ご依頼は!?』


『ありがとう!私、あの悪魔のことを何としても知らないといけない気がするの!!』


『良い笑顔でどうも!何すりゃいい!?』


『とりあえず……勝って話を聞きましょう!!』


大真面目な顔で、レヴィが言い切る。とどのつまり、私たちはあの白い嵐をはっ倒し、レヴィと会話ができる程度の状態まで落ち着けなければならないというわけだ。


普段なら、もうこの時点で仕事だろうと蹴って逃げ出す。しかし、今回の仕事は少し特殊で、直属の国の頂点からの依頼だ。加えて、一応、仮にも友人の頼み事でもある。命が惜しいのなら、そんなものに囚われずに逃げれば良いものを、私は半ばヤケクソで叫ぶことを選んだ。


『よしわかった!生きて終えたら一発殴らせろよレヴィ!!』


『優しくお願いするわね!!』


『厳しくいくわバカ神子!!』


レヴィに中指を立てながら応え、それを見てレヴィは笑う。一国の頂点に中指を立てる機会はそうないだろうが、こんな場面でくらいはやらせてくれても許されるとは思う。


とは言え、やること自体は先程までとは大差がない。依頼主がおかしなことを言い出しただけだ。私は諦めて腹を括る。


『嵐から話を聞くのは骨が折れそうだな』


『そう思ってんなら護人さんに神子様を止めて欲しいよ私は』


『残念ながら、神子様を止める方が折れる骨が多い』


再び、風の刃が放たれる。それをレヴィの水の盾が凌ぎ、私とイラさんは左右にそれぞれ散って、フォカロルとの距離を詰める。


イラさんの爆破剣は、悪魔の形を大きく削れるが私が近すぎると恐らく機能しない。つまり、私の役割はイラさんとレヴィが攻撃をしやすいように隙を作ってやるための陽動になる。


フォカロルの様子はかなり不安定なようで、小さく呻き声を上げながら、顔を手で覆うようにして、苦しんでいる。少なくともそんな風に見えた。


『なんだか知らないけど、都合はいいか』


私は肩口を狙って、刀を振り下ろす。その身体に刃が触れる直前、フォカロルが指の隙間から私を睨み、刀が空気の壁のようなものに拒まれ止まる。


『余所者……!』


『今私が一番なりたいものじゃん』


私を睨んだままのフォカロルの死角から、イラさんが斬りかかる姿が私の目に映る。目線を動かせば、レヴィも魔法を構えている様子が視界の端で確認できた。加えて、私の背後からダンタリオンが雷魔法を構え姿を出す。


誰かしらの攻撃は入るだろう、そう思った瞬間に、フォカロルが翼を一気に広げ、フォカロルを中心に暴風が巻き起こる。その風に私たちとイラさんは弾き飛ばされ、レヴィの水魔法も掻き消されてしまう。


『流石は悪魔、化物格ってわけだ!嫌になる!』 


レヴィが細かい水滴を石礫のようにばら撒いてフォカロルへ牽制をかけ、その隙に私とイラさんは一旦レヴィの近くまで下がる。


『近づくのも一苦労だな』


『ほんとだよ。無茶押し付けやがって神子様め』


『あら?無茶は好きって聞いていたのだけど』


『それは多分ミダスさんの嘘だね』


生きて帰ったら一発殴らせて欲しい相手が今増えたなと思いながら、私はダンタリオンに声をかける。


『ダンタリオン、見れた?』


『ちょっとだけ。数秒しか保たないと思うよ』


『数秒あるなら上出来じゃん』


刀を構え直し、一つ息を吐いてから、私は二人に声をかける。


『さっきと同じようにやろう。風の鎧は引き剥がさないとだから、レヴィに最初に"水鉄砲"撃ってもらうけど』


『任せてちょうだい。でも大丈夫?』


『これがヘマしなきゃ多分ね』


『これ言うなクソご主人』


『ちゃんと期待してるよクソ悪魔』


フォカロルは、やはり何かが安定しないのか、呻きフラついている。万全の状態になられた場合、私たちの勝ち目がさらに減ってしまう。全員が、今のうちにどうにかしなければならないと考えているだろう。


私たちは目線だけで頷き合い、先程と同じように私とイラさんが左右に分かれてフォカロルへと距離を詰める。


フォカロルが顔を上げ、私たちを見る。私たちを吹き飛ばすために、魔法を放とうと身体を動かした瞬間、レヴィの水鉄砲がフォカロルを射抜いた。


『っ……!』


直撃は寸前で防いでいたようだが、フォカロルは堪らず怯む。その隙に私が斬りかかる。


しかし、刀が届く前に、白い悪魔と目が合った。その腕に風の刃を纏い、私よりも速く、それを振るう。


『何度も通じると思ったの?』


斬り飛ばされた腕が宙を舞う。











『ま、何度も通じないだろうからさ』


巨大な鳥類のような、人間のそれとは違う異形の腕が宙を舞って霧散する。正面にいた私を切り裂こうとしたそれは、背後から一歩速く詰め寄ったクリジアによって、私に届く前にフォカロルの身体から離れた。


『なっ……!?なんで、今……!!』


『私が正面にいたのに、って?』


イラさんがフォカロルの眉間を貫く。私は、爆発に巻き込まれないよう離れる前に、フォカロルの翼ともう片方の腕を斬り落とす。


イラさんの側に回り込み、一歩距離置いて、私とダンタリオンは声を揃える。こういう時になんと言うか、どんな気分になるかはよく知っている。


『『ざまあみろ』』


突剣が引き抜かれ、フォカロルの頭が爆ぜる。イラさんはそのまま、斬りつけ、突き、爆破するを繰り返す。形の修復の隙を殆ど与えない猛攻は、まるで押し寄せる波のようにも見えた。


『っ……ああぁぁぁあ!!!!』


怒涛の斬爆撃に晒される中、声とも言い難い絶叫と共に、おそらく無理矢理に発生させた暴風がイラさんを弾き飛ばす。イラさんは高くかち上げられ、私の後方に落ちた。


形が半壊し、修復途中のフォカロルの様相は、美しい白い悪魔とはかけ離れた姿で、執念や怨念の塊のようだ。


この国アトラティカは強いでしょう?』


巨大な水の竜を携え、その竜の頭に乗ったレヴィが仁王立ちで、フォカロルと向き合う。フォカロルは直り切らないその身体で、千切れそうな腕をレヴィへ向け、その手に風を集めていく。


レヴィの竜が動くが、フォカロルの風の方が一歩早い。竜が悪魔を飲み込んだとしても、狂風がレヴィを貫く方が早いだろう。仮に、フォカロルを撃退できたとしても、神子が死んでしまっては水の都を守れたとは到底言い難い。


しかし、今からでは私も、ダンタリオンも、イラさんも、誰も助けに入るには間に合わない。


『貴方は一体、何者なのかしら!!』


『わた、シ、は……!!』


フォカロルが風を集め終え、レヴィへと向ける。


『逃げろバカ神子!!!』


私は叫ぶ。死なれたら後味が悪いとか、この国はどうなるのだとか、色々思うことはあるが、単純に、友人が死ぬのは嫌だ。


レヴィは、フォカロルを真っ直ぐに見据える。憎悪や怒り、あらゆる負の感情でギラつくその瞳を、人々の希望の導のような、曇りのない光で射抜く。


『私はね、向き合わないといけないと思ったの!!』





風が凪ぐ。





『私は、どうして……こんなにも』





水の竜が、悪魔を呑んだ。


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