13話 白嵐
船が沈んだとの報せを受けて、私は水の都の国軍の船に乗り込み、海上へと繰り出した。万一に備え、海が庭とも言うべくレヴィも同行しており、私は特別枠扱いで、一応神子の護衛として参加している。
当然ながら雑談ができるような空気ではなく、レヴィは最初に出会った時とは別人のように、真剣に民を心配する神子としての顔を見せていた。私は一隻の漁船のために、ここまで真剣な表情を宿せるレヴィに尊敬すら覚えていた。国のトップが、これほどまでに民のためを思えるのは、簡単なことではない。
私がレヴィの様子を気にかけていると、イラさんが『改めて行動内容を確認したい』と、私とレヴィに声をかけた。
『今回はあくまで偵察を兼ねた難破船の捜索になる。基本的に、私たちが表立って動くことはない』
『了解。最悪の引きとして、悪魔が出たら交戦って感じだよね』
『そうなるな。それとお嬢。生存者がいた場合は救助する。だが、今回は遺体については諦める。良いな』
イラさんの言葉に、レヴィは心から苦しいといった表情を浮かべるが、一度深く息を吐いてから『わかってるわ』と返事を返す。
『生きている人がいると、願いましょう』
レヴィはそう言うと、祈るように手を合わせ、押し黙る。その様子に、普段なら絶対にこんなことは思わないが『一人だけでも生きてて欲しい』などと、顔も知らない船の乗組員を心配してしまった。
というのが、少し前の私たちのやりとりだった。
結論から言えば、生存者は一人たりともいなかった。船は完膚なきまでに粉砕され、辛うじて船だったことが理解できる残骸と、乗組員の亡骸が数体、残骸に紛れて浮かんでいるだけだった。嵐なんてどこにも見えず、雲すらない空は残酷なほどに清々しい快晴で、凄惨な現場を無関心に見下ろしていた。
その場にいた全員が言葉を失っていた折に、飛び込んできた報せがあった。
『街に突如、嵐が来た』
そして今、私とイラさん、レヴィの三人は、海の上を走り、水の都への帰路を急いでいる。
『イラ!街の状況の報告は!?』
『被害の規模はわからん!市民の避難で手一杯の状態になっているとの連絡だ!!』
まだ、水の都が見える位置に私たちはいない。この速度なら、数分もすれば見えてくるだろうが、どういう状況なのかが全くわからない現地を思いながらの移動は、不安と焦燥がどうしても先行する。私ですらそうなのだから、レヴィとイラさんの二人は尚更だろう。
『一応聞くけど、気象現象としてこういう嵐ってありえる?』
『あり得ないな。局所的すぎる』
『だよね。じゃあもう一つ聞くんだけど』
大破し、沈んだ船の状態は惨憺たるものだった。近くに避難した人がいるとか、漂流する生存者がいるはずだとか、僅かでも信じたくなる可能性を捻り潰してしまうほどの惨状。
自然災害には人の意思なんて何一つ関係ない。それ故に恐ろしく、無機質で、壮大なものだ。そこに悪意はなく、善意もない。ただただ存在するだけ。それが自然というやつだろう。
『嵐に巻き込まれた人間が、全身切り刻まれたような怪我を負うことなんてある?』
だからこそ、死体の傷跡が異常だった。
もっと言えば、船が大破しただけなら、脱出するだとか、何人か生き残りがいると思う方が普通のはずだ。嵐の中でも、大半の人は沈む船より泳いで掴む命に縋るだろう。
私が『生存者がいない』と確信めいた予感がしたのは、確実な悪意に晒された痕跡が見てとれたからだ。傷つけ、痛めつけ、殺すための攻撃の痕跡。自然はそんなことをわざわざしない。
『ないだろうな。君を呼んだ理由、という予測だけは正解らしい』
『私の引き運は絶好調ってわけだ』
私は自嘲気味に笑って、視線を正面へ戻す。視線の先には、美しい青い海と白い街の海上国。私が最初見た時に、感動した光景だ。
唯一の違いは、天を貫くような白い柱が、咆哮を上げ、うねり狂いながら、幾つも聳えていることくらいだ。人智を超えた強力な魔法、それが指し示すものは最も邪悪な天災に他ならない。
『ほんと、最高の引きだ。嫌になる』
レヴィが表情を一瞬硬らせ、私たちの乗っている波の速度がさらに上がる。
向かう先は水の都、世界で最も美しく平和とまで謳われる海上の小国。今この瞬間、おそらく世界で最も危険な国だ。
街の状態は、端的に表現するのであれば『壊滅状態』だった。石造りで丈夫な建物さえ破壊され、賑わい活気に満ちていた街は、吹き荒ぶ暴風に支配され、賑わいは当然として悲鳴さえも聞こえない。この嵐が、文字通りに全てを薙ぎ倒していったのだろう。物も、人も、なにもかもを、最大限の悪意を持って、破壊し尽くしたことがよくわかる。そんな光景だった。
争いで崩壊した街は見慣れている。私の故郷だってそうだ。しかし、それを加味してもあまりにも惨憺たる光景と言わざるを得ない。そんな状況に、私は言葉を失う。
『神子様!!イラお嬢様!!ご無事でしたか!!』
絶句する私たちの元に、軍服を纏った若い男が駆け寄ってくる。おそらくは軍部の新入りとか、そういう類だろう。
『状況はどうなっている?』
『はっ。現在この謎の暴風が発生している地域の生存者は皆避難を完了しております。被害は……見ていただいた通りとなってしまいますが、死傷者も多数……!』
男は悔やみ切れないといった表情で、姿勢は崩さないが、血が滲むほどに拳を握りしめてイラさんの質問に答える。
『大丈夫。貴方達が守ったものをまずは守り抜きましょう』
『神子様、申し訳ございません……我々が不甲斐ないばかりに……!』
レヴィは『大丈夫よ』と、子をあやすように声をかけ、男を安心させる。その様子はたしかに、レヴィではなく"神子様"と呼ぶに相応しい姿に映る。内心、はらわたが煮え繰り返るなんてものではないであろうに、その姿を見せることができるのは、やはり享楽や酔狂で神子という地位についているわけではないからこそなのだろう。
『……軍にはこのまま、被害者の救助と災害対応を続けてもらえるかしら。皆にこれを伝えるために、貴方も戻ってね』
『えっ、しかし、神子様はどうされるのですか!?』
『大丈夫。イラもいるから。それにね』
レヴィは穏やかに、落ち着いた様子で男に伝える。その直後、地鳴りのような、低く、何かが唸り声をあげたような、不可解な音が響く。この暴風が鳴らす音かと思ったが、それとも少し違う。この音は、吹き荒ぶ暴風を掻き分け、それを呑み込まんとするかのように、怒りの声をあげている。
『
その場にいた者全員が、無意識に後退りするほどの怒気を放ち、神子様は静かに告げる。
それに応えるように、海が一際大きく唸り声を上げた。
廃墟と化した街、ここにその主犯の影はない。先程の男が言うには、突如として竜巻が現れ、人や街を意図的に破壊するように動き始めたらしい。魔法の類だとは思われるが、そんな大規模な魔法がそう易々と使えるかと言われれば、当然答えは否だ。相当な準備をした魔法使いのテロリストか、それこそ悪魔でもないと説明がつかない。
この未曾有の災害の発生前後に、怪しい人影を見ただとか、そういった話は出ておらず、この災害の最中にも、何者かの姿を見たという者はいないらしい。
『元凶の手がかりはなしだな。どうする』
『次の被害が起きる前に、見つけ出したいのだけどね』
『悪魔について多少知ってても、流石に行動全部わかるとかじゃないからなんともなぁ……』
未曾有の災害の最中にいながら、私たちは八方塞がりの状態だった。足跡があるなんて話はないし、姿形を見た人もいない。当然、私もこの二人も行動心理学にものすごく長けているなんてわけもない。
しらみつぶしに探すしかないのが現状だが、そんなことをしていては冗談ではなく国が滅びかねない。二人もそれは理解しているのだろう。それ故に、私たちは悩んでいる。
『いくら小国と言えど、私たちだけで探し回って敵を見つけるのは現実的ではないな』
『そらね。でもこの惨事でさえ目撃者もいないってなると、人手があっても見つかるかどうか』
『探す必要、ないみたいよ。二人とも』
レヴィがそう言って、正面を指さす。私とイラさんは、その声に従って、レヴィが指さした方向へと顔を向ける。
そこに在ったのは、荒れ狂う暴風をその身に纏い、悠然と宙に佇む白い悪魔の姿だった。
『貴方が、今の神子?』
荒々しい暴風とは真逆の、凛とした透き通った声が悪魔から響く。
白く美しい長髪と、滑らかな身体。人の尺度で言うところの、美人の類の外見だ。しかし、その腕は鳥類の足のような形状をしており、鋭い鉤爪も窺える。加えて腰のあたりからは、一対の翼が生えている。翼を使って飛んでいるという様子はないが、悪魔の外見には理屈はあまり関係ないのだらう。
『貴方がこの惨劇の犯人かしら』
『神殿に行ったの。国王はいたけど、神子がいなかった』
『質問をしているのだけれど』
『国王は、世代が変わってもお人好しだった。懐かしい。そう、素敵な国。素敵な国だったのよ。ここは』
会話になっていない受け答えの応酬の中、突如、水が一直線に白い悪魔に向かって撃ち出される。白い悪魔に当たり、弾けた水の飛沫どころか、水滴の一つも私たちの方へ飛んでこないのが、どれほどの威力で放たれたのかを物語っていた。
『質問を、しているのだけど』
あの明るく、好奇心に満ちた元気な世間知らずと同一人物とは到底思えない、怒気を孕んだ声でレヴィが言う。
あの威力の水鉄砲を喰らったのなら、正直その声が届く距離には既にいないのではないかと思ったが、白い悪魔は何事もなかったかのように、元いた場所に佇んでいた。
『だから私は、この国を壊したいの?』
弾けた水の奥から、白い悪魔のギラついた眼光が覗き、私は身体に怖気が走るのを感じる。今のレヴィの放つ圧が、怒りによるものなら、白い悪魔のこの圧は憎悪だ。何に対する物なのかは知らないが、復讐や報復といったことを口走る奴らと似た独特な感覚。なんとなくとしか言いようがない感覚だが、確かにそれを感じた。
『ダンタリオン、仕事』
『悪魔に会いすぎでしょお前。呪われてる?』
『奇遇じゃん。同じこと考えてたよ』
言いながら、刀を構える。イラさんも同じように、突剣を抜いて構えている。真紅色の刀身は、普通の剣や私の刀よりも繊細で、芸術品のような見た目の剣だ。
『クリジア、我々の役目はレヴィのサポートになる』
『だろうね。あんな派手な攻撃できるの他にいないだろうし』
『そうだ。そしてレヴィは"戦い"に慣れてるわけではない』
『この国が平和だから?』
『強力すぎる魔法故に、大半が"戦い"ではなく"排除"になるからだ』
私は呆れと納得を込めて『なるほどね』と返事を返す。確かに、海上国でこの神子様相手に"戦い"なんて発生しないというのは頷ける。艦隊を率いてこの国を包囲したりしたとしても、人間だけなら五分と保たずに全員海底にキスして終わりだろう。
もしかしたら、海難事故として処理されてるとか、そもそも世に一切知れ渡ってないだけで、そういう一方的な蹂躙による防衛戦はあったのかもしれない。そんなことを考えて、少し乾いた笑いが出る。『戦いには慣れてない』とは随分な皮肉があったものだ。
ゆらりと、白い悪魔が手を動かす。それに合わせるように、立ち上っていた竜巻が捻じ曲がり、私たちを睨んだ。
『……イラさん、これ防げる?』
『避ける。散れ!』
『だよね!』
イラさんの掛け声で、私たちとイラさんは左右にそれぞれ散る。直後、私たちが立っていた場所に風の塊が叩きつけられる。地面が削り取られたように抉れているのを見て血の気が引く。
散る瞬間、レヴィはどうするのかと思ったが、イラさんがレヴィを抱えて離れていくのが見えた。成人女性、それもお互いに身長差はほぼないというのに、イラさんはまるでなんの問題もないといった様子で、レヴィを抱えたまま駆けていた。
『怪力とかのレベルじゃないよな、あれ』
『化け物まみれかよこの国は』と内心毒吐いて、私は白い悪魔に駆け寄り、腕を斬り飛ばすつもりで刀を振る。しかし、刀は白い悪魔の腕を捉えることはなく、擦り傷を与えるだけで終わってしまう。
どうやら風を全身にそのまま纏わせているようで、風の鎧に往なされてしまった。レヴィの水鉄砲も、この風を使って弾いていたのだろう。幸い、気付かれていない時ならば、貫けないほど強固な風の鎧というわけではない。加えて、常にこの鎧を貼り続ければ、何処かにはいるであろう契約者が枯れて死ぬはずだ。
白い悪魔が私の方を見て、少し考えるような素振りを見せてから『この国の人じゃないのね』と呟いた。
『国外の人間が、どうして神子と一緒にいるのかしら』
『さあね。友達だからかな』
『そう』
白い悪魔が手を広げ、その異形の掌に風の塊が作られていく。先程の竜巻のことを考えると、あれが直撃すればおそらくミンチになるだろう。
『貴方を殺せば、神子は顔を歪ませるかしら』
風の塊を振りかぶり、私へと放とうとしたその瞬間、白い悪魔の額から、真紅の刀身が突き抜けて現れる。悪魔は突然の強襲に驚いたのか、掌の風は霧散して消え、私へと風が放たれることはなかった。
『神子様に恨みでもあるのか。悪魔よ』
イラさんが、悪魔の背後に立っている。イラさんの突剣が悪魔の額を貫いてはいるが、悪魔にはその程度ではほとんどダメージがないはずだ。
『イラさん!!悪魔は頭貫いた程度じゃろくに──
瞬間、空気が爆ぜた。
何が起きたのか分からず、爆発音に逸らした顔を慌てて悪魔の方へと向き直す。視線の先では、白い悪魔の頭が吹き飛び、黒煙を吹いている。
『なんだ……!?』
私の驚愕を無視して、頭の形を直しながら、上空へ逃げようとする白い悪魔へ、竜の尾のような巨大な水の鞭が、しなやかな動きで振り下ろされる。
水は案外重いとか、強く叩くと一瞬すごく硬い地面と同じになるとかの雑学を聞いた覚えがあるが、それがとんでもないスケールで目の前で実践され、思わず乾いた笑いが溢れる。
『アモンの水バージョンじゃん、あんなん』
『今回は化物が敵じゃなくてよかったぁ……』
『敵は悪魔だけどね』
安堵したようにぼやくダンタリオンに、私は軽くツッコミを入れる。ただ、内心は私も相手がこの怒り狂った海そのもののような神子様ではなくてよかったと安心しているのも事実だ。
ダンタリオンにはこれも読まれてしまっているだろうが、お互い
『それなんだけどさ、あいつなんか変だよクリジア』
『変?』
『うん。なんつーか、自分の魔法にあんまり慣れてなさそうなんだよね。使う時にちょっと戸惑ってるっていうかさ』
『魔法が下手とかじゃなく?』
『上手い下手というよりは、後付けされたからわからないって感じだよあれ』
『包丁握ったことないから包丁の使い方がわかんないとかそういう感じ?』
『そ。悪魔にとっての自分の魔法って、人間が指でなんか掴むとかを当たり前にするのと同じで、生まれた時から学ばなくても知ってることなんだよ。だから変だなーって』
ダンタリオンが『人間にも生まれつき指がないのいるみたいなしょうもない話は無視で考えてよ』と付け加えて笑う。私は最初からそんなつもりはなかったが、余計なことを一つ二つ言うのはこいつらのお家芸なので無視する。
つまり、本来は手足のように最初から疑問もなく、どういうものかわかっているはずのものを、あの悪魔はどうやら理解しきっていないということらしい。
納得した直後、私に向けて巨大な竜巻が放たれる。私は慌てて飛び退いて、レヴィとイラさんの居る方へと転がり込んだ。
『クリジアさん、無事ね?よかった』
『どーもお二人さん。なんか、あの悪魔は自分の魔法の使い方よくわかってないらしいよ』
『魔法の使い方がよくわかっていない?どういうことだ?』
『ちょっと変な悪魔ってこと。あとついでに』
再び、私たちに向かって風の塊が飛んでくる。空気そのものが圧縮され、実体のない爆弾のようになったそれを、レヴィが水の盾を作り出して受け切る。爆ぜた風が、周囲の瓦礫や地面を吹き飛ばし、削り取っていったのを見るに、直撃すれば身体が言葉通りに爆散する程度には威力があるだろう。
『ご覧の通り、使い方を知らなくても私らを殺すには十分すぎるってことかな』
『それは随分と素敵な情報だな』
『イラさんもそういう返しするんだ』
『君の上司に習った』
イラさんは、真顔のまま私の茶化しを返す。私は石頭様というのは本当にその通りだなと、呑気なことを考えながら、白い悪魔へと向き直る。
白い悪魔は、形は完全に直っているようだが、なぜか頭を抱え、呻いている。
『そう、そうなの。綺麗な街、美しい国。私の大好きな、大好きだった、国、故郷、大好き、憎くて、なんで』
苦しそうな様子で、地に足をつけて、ふらふらとしながら白い悪魔は呻き続ける。言葉はバラバラで、何を言っているのかはよくわからない。
私たちがその様子に戸惑っていると、ダンタリオンが『おえっ』っと声を出し、気持ち悪いものを見たような顔をする。
『あいつ、心の中がめちゃくちゃだ』
『めちゃくちゃ?』
『よくわかんないけど。この国さ、悪魔と昔関わったことあんの?』
ダンタリオンの質問に、レヴィとイラさんはそれぞれ『知らない』と答える。
『なんか、あいつさ。この国のこと、本気で憎んでるし、喉掻きむしるほど大嫌いっぽいけど、それと同じくらい、懐かしくて大好きでどうしようも無いって思ってる』
『懐かしいというのはよく分からないが』
『私たちもその辺は知らないよ。水の都のあんたらが知らないなら尚更。けど、その感情がごちゃ混ぜになってるから、今あんな感じなんじゃない?』
そういえば、白い悪魔は国王が世代が変わってもお人好しだったとか、懐かしいとかを言っていた。もしかしたら、何かしらの関わりがあったのかもしれない。
『なんであれ、この国の敵なことには変わらないわ』
レヴィが何本もの水の槍を作り、白い悪魔へと放つ。敵にすら情けをかけそうな、そんな雰囲気を持っていたこの人が、ここまで非情に、国の敵を滅さんとする様子は、人のことを言えた義理ではないが少し恐ろしさすら覚える。
白い悪魔は未だに呻いており、水の槍に気が付いてすらいないように見えたが、直撃する寸前に、暴風によって水の槍が掻き消された。
『もうわからない。だから、神子を探していたの』
白い悪魔が、レヴィを指差して言う。
『大海の神子。アトラティカの呪いにして祝福。水の都たる者。私と同じ運命。探していたのよ。レヴィ』
白い悪魔の放つ雰囲気が変わる。先程までは、憎悪に近い威圧感だったが、今はまるで、一切の風が吹かない海上のような、静謐ささえ感じる静けさが、そのまま私たちに重圧としてのしかかっている。
人に近しい感情からくる、見知った圧ではなく、異質な者から放たれる、明らかに自分達とは異なる存在であるという直感からくる感覚。全身の毛が逆立ち、身体が芯から冷えるこれは、確実に悪魔のものだ。
『私は誰なのか、何なのか、何をしたいのか。もう分からない、何をしても晴れないから、決着をつける機会が来たの』
風が唸りをあげ、空を黒い雲が覆っていく。先ほどとは比にならない暴風が、白い悪魔の周囲に集まり、天を貫くが如き風の柱が生まれる。
『愛憎の願望機、フォカロル。私は本当にこうなのか、
空が鳴き、白い嵐が私たちを見下ろしている。
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