9話 吉凶混交
憎たらしいほど青い空が眼前に広がっている。平和な日常が過ぎていくのに相応しい、澄み渡った青空。人の苦労など知らん顔といった様子は実に清々しい。
ふわりと、ダンタリオンが墜落した私に近づいて、顔を覗き込んでいたずらに笑う。
『普通に落ちたけど大丈夫?ご主人サマよ』
『普通に骨にヒビいってそうで超痛い』
『だろうね』
『あと普通に腰抜けて立てない』
『情けねえ〜……』とダンタリオンが呆れたといった様子で言う。最初ガタガタ震えて泣いてたのはどこのどいつだと、言ってやりたい気持ちもあったが、疲れ果ててそれすらもどうでも良くなってしまった。心が読めるこいつらなら、そう思ってるだけでも伝わるだろうと口を閉ざす。
ミダスさんたちが『大丈夫か』と声をかけながら、こちらに寄ってくる。私よりミダスさんたちの方が重症揃いな気はするが、私はとりあえず、寝転んだまま親指を立てて『無事です』と声を返す。
見れば、ソニム先輩とスライは焼け焦げた身体を引きずるような様子だし、ミダスさんは腕がほとんど焼け爛れてしまっている。そんな状態でも、口から血を流しながら、青い顔をしているフルーラさんを背負ってるのはさすが愛妻家と言うべきなのだろう。
『助かった、ありがとよクリジア』
ミダスさんが笑う。正直、今こちらに来てくれた人たちの方が、私よりも貢献した人だらけだと思うが、感謝に対して捻くれたことをしても仕方ないので、素直に受け取る。
『あ、そうだ奢りの話。忘れてないですからね』
『元気そうで何よりだよクソガキ』
『あっ、ちょっ!蹴らないでくださいミダスさん!骨ヒビいってて響……痛っ!!痛いって!!』
ふざけ合って、お互いに笑う。ギルドは跡形もなく焼けてしまったが、それ以外の日常はしっかりと私たちの手に残ったことを実感する。誰一人として死ぬことはなく、私たちは勝ったのだ。
『ところで、フルーラさんやばそうだけど大丈夫なん?』
『だ、大丈夫です……久々に頑張ったので……疲れただけで……』
真っ青な顔で、ミダスさんに背負われたままのフルーラさんが力無く笑う。もともと身体が弱く、ちょっと変わった体質な人なので、喀血してる姿自体は見慣れていると言えば見慣れているのだが、完全にダウンしているのは初めてだった。
魔力欠乏はしばらくすれば勝手に回復するが、その過程で受けたダメージで死んでしまう事例も少なからず存在している。それを知っていて尚、あの炎を二発も凌いでくれた今回は相当無理を効かせてくれたのだろう。
『こういう時は、化け物で良かったと……思えますね……』
『ほぼ不死身でも痛いものは痛いって言ってなかったっけ……』
『それはもちろん……』と力無くフルーラさんが答える。この人がいなかったら私たちは全滅していたが、それはそれとして気の毒なほど苦しそうな様子に少し申し訳なさを感じてしまう。
『まさか一人も奪えないなんてね』
いつの間にか、アモンが地上に降り、私たちの方を見つめていた。斬り飛ばした腕はとっくに直ってしまったようで、傷一つない姿で、ポリポリと頭を掻いている。その姿は少しだけ、拗ねた子供のようにも見えた。
『強欲の名前が泣いて廃るってか?』
『あんまり傷口に塩塗りたくらないでくれよミダスちゃん』
少し気まずそうな様子で、アモンが笑う。さっきまであれほど恐ろしかった熾炎が、不思議とどこか親しみやすい存在に見えてくる。それくらい人間らしい姿だった。
『欲しいものを掴んだ君なら、僕を望むと思ったのに』
『君に覚悟があっても、他はそうじゃないと思ったのに』
アモンが天を仰ぎ、一呼吸置いて、私たちへと視線を戻す。その顔は、光悦と狂気に満ち満ちていた。
『ミダスちゃん!君ら最っ高だぜ!!本当にさぁ!!フフ、フフフ!!!思い通りにならないモノ、やっぱり欲しいなァ君のこと!!』
一瞬感じさせた親しみやすさを全て掻き消すほどの狂笑に、全身の毛が逆立つ。アモンに出会ってから、今までで一番わかりやすく恐怖が身体に響いている。
私以外も同じ感覚だったようで、ソニム先輩とスライはボロボロの身体で構えをとり、ミダスさんは私たちを庇うように立つ。
『っと。警戒しなくていいよ、もう何もしないから』
『どうやって信用すんだよ』
『チビ助いるじゃんか。読んでもらっていいよ』
言いながらアモンが自分の頭を指でさす。ダンタリオンに心を読まれても問題ないという意思表示だろう。念のためとダンタリオンに目配せを送るが、向こうが言う通りに敵意や害意は全くないらしい。
『それに、ゲームのルールを守らないことほどつまんないこともないしさ。約束とか決め事って、遊ぶ上では守った方が楽しいだろ?』
『世界の法則やら規則やらガン無視した奴が言うな』
『フフッ!自分で決めたもの以外は破った方が基本は楽しいのさ!』
アモンの語る持論に、無意識に『滅茶苦茶すぎでしょ……』と声が漏れる。それに対してミダスさんが呆れ切った声で『まったくだな』と返してくれた。
過去にも一度、アレに会ったことがあるミダスさんの同意の声が、かなりげんなりした様子だったのを聞くに、昔も割とあんな感じだったのだろう。
『それはさておき、ホントすごいよ君ら。ゲームクリア!おめでとー!フフフフ!』
カチカチと、何度か聞いた硬い音の鳴る拍手。それと共にアモンが笑っている。こっちは本気の死闘だったのだが、向こうからすれば本当に遊びやゲームの範疇だったのだろう。どちらにせよ、こちらとしてはもう二度と願い下げのゲームだが。
『……なんか報酬でもくれんのか?』
『お、それいいね!あげちゃおうかな。けどまあ、今は君らさっさと病院とかにでもかかった方が良いだろ?』
『くれんのかよ』
『ゲームクリアには報酬もないと』と言いながら、アモンが虚空に手をかざし、掴むような動きをする。それに合わせて空間が歪み、焼け焦げて穴が空いた。おそらくああやって、幽世から戻ってきたのだろう。
『じゃあねミダスちゃん、それにお子様の宝物たち!また今度会いに来るよ!』
『二度と来るなクソ悪魔』
ミダスさんの罵倒をものともせず、アモンがひらひらと手を振りながら世界に空いた穴の中に消えていく。
焼き開けられた穴は次第に閉じ、私たちの目の前には静寂と焼け野原だけが残っている。
『……天災みたいな感じだった』
『本当ね。竜種の群れに囲まれる方がマシだったわ』
『事実、悪魔は天災みたいなものですからね……』
『ま、生きてますからねえ。ラッキーラッキーですよぉ』
『スライの言う通りだな』
私たちは、全員がそれぞれ顔を見合わせて、ゆっくり頷いた。
『
アモンの襲撃から二週間ほど。私たちは各々療養していた。
私は歩行補助の杖を渡された程度で、今ではほとんど痛みもない。ミダスさんは無理矢理フルーラさんの悪魔の能力で傷を治してもらったらしく、若干焼け跡は残っているが、すでに何の問題もないらしい。フルーラさんも自宅で休んで回復したようだ。余談だが、ミダスさんはフルフルをはじめとするフルーラさんの悪魔たちから、主人に無茶をさせるなと耳が腐るほどの説教を受けたらしい。
龍狩の二人は、ミダスさんの顔馴染みの医者のところにしばらく入院の予定だったが、スライは二日で脱走し、ソニム先輩は三日で医者に駄々をこねて自宅に帰った。驚くべきことに、そんな滅茶苦茶な治療経過でも今ではほとんど傷が治ってしまっている。龍狩の血族の身体というのは本当に丈夫なようだ。
そんなこんなで、私たち自身は案外大事なく元気にやっている。今回の天災で最も甚大な被害を被ったのは、他でもない除け者の巣本体だった。
『……本拠地の再建費用とか考えたくねえな』
ミダスさんが椅子の背もたれに全体重を預けて天を仰ぐ。それもそのはず、私たちのギルドは跡形もなく吹っ飛んだ。私も自分の部屋が消し飛んだ都合上、衣類やらなんやらは大半消え失せたし、そもそも住む場所がないので、今はミダスさんの家に居候させてもらっている。
現在はミダスさんとダイニングで雑談もとい、今後の動き方について作戦会議中というわけだ。
『再建費用のアテとかあるんすか?』
『無いわけじゃねえんだが、ちょーっとめんどくせえんだよな……』
『めんどくせえ言ってる場合じゃないっすよミダスさ〜ん』
『再三承知してるっつの。エルセスに頼んでるよ……水の都の石頭様への報告も兼ねてな』
『水の都?なんで海上の小国の話が』
バタン!と、私の疑問を遮るように勢いよくドアが開かれる。そこからなだれ込むようにリオンとミダスさんの子供、リベラちゃんが出てきた。追いかけっこでもしていたのか、リベラちゃんに捕まったリオンはその勢いのまま顔から床に突っ込む。
声になってない悲鳴を上げながら、顔で床を少し滑ってリオンは沈黙した。その背中に馬乗りになって、リベラちゃんは勝利のガッツポーズをしている。お世辞にも運動神経が良いとは言えないダンタリオンが、遊び盛りで元気全開の子供に絡まれればああなるのは仕方ないかもしれない。それにしたってだいぶ無様だが。
『父さん!ジアお姉!私勝った!!』
『あんまりはしゃぎすぎんなよお前』
『やっつけちゃえリベラちゃーん』
私の応援に後押しされ背中の上でリベラちゃんがリオンにポコポコと拳を叩き込む。自分の契約している悪魔の完全敗北の姿に、思わず変な笑いが込み上がってくる。
『お前はせめて私の味方しろよクリジアァ!!!』
『いやその前に子供に完全敗北すんなよリオン』
半泣きでこちらに助けを求めるリオンを、特に助けるわけでもなく、自然と話題をギルドの修繕に戻す。元々ダンタリオンの二人とミダスさんとこの子供達は仲が良いので、あれも戯れあいの範疇だろう。人間だったら顔が陥没して戻らなくなる勢いで床に落ちてたのは置いておいて。
『んで……アテはあるんでしたっけ?』
『ん?ああ。俺らは一応水の都の軍部扱いだからな』
『えっ!?私ら傭兵でしょ!?』
ミダスさんの発言に、驚いた私は立ち上がる。傭兵というのは基本、どこかの国に属することはない。金で動く雇われ兵で、保証やら安定した給与やらはないが、その分面倒な国のしがらみとか、忠誠心とかに縛られないのが傭兵の利点だ。
水の都は小国だが、誰も攻めることのできない天然の要塞国でもある。理由は色々あるのだが、誰も攻め込めない故に大国に並ぶほど平和な国。そこの軍部に私たちが所属しているというのは初耳だった。
『秘密軍事力ってやつだ。基本は傭兵だし、繋がりはない……って扱いになってる』
『あまり公にしてねえ事情は察してくれ』とミダスさんが頭を掻く。おそらく、この人の性格的にあまり周りに話してないのが4割くらい。残りは情報守秘とか、国とのやり取り上の契約が理由だろう。ひとまず納得した私は座り直し、落ち着くために一つ息を吐いた。
『だから基本は自由だが、今回みてえな時は流石に報告しねえとあとでめんどくせーのが来るってわけだ』
『はぁ〜……援助とかも出るんすか?』
『多分な。交渉してくれてるだろーよ。エルセスが』
『その辺丸投げなんすね』
『俺ぁあんまりそういうの向いてねえんだよ』
言いつつ、ミダスさんが立ち上がり伸びをする。未だにリオンを捕まえたまま、攻撃し続けているリベラちゃんを抱えて『そろそろやめとけ』と声をかけた。リベラちゃんは満足気な様子で、無事悪い悪魔のおねーちゃんをはっ倒したようだ。
リベラちゃんを抱っこしたミダスさんが私の方に向き直る。
『エルセスが一仕事終えたらお前らも忙しくなるだろうから、今のうちに休んどけよ』
『りょーかいです』
リベラちゃんを連れて、上の階に戻るミダスさんをひらひらと手を振りながら見送る。それから、床でぼろ雑巾と化したリオンに目線を移す。これがあのアモンと同じ悪魔なのだから面白い。
『面白がるなよテメー!!あの子マジで足速いんだよ!!母親あんなに運動音痴なのに!!!』
『うわ復活した。いや面白いでしょどう見ても。てかリアンは?』
『リアンなら弟のエレフ君と本読んでるよ!!ボコられたのはあたしだけ!!』
『かっわいそ』
『笑うな』
『無茶言うな』
ボロボロの体を引きずりながら、先程までミダスさんが座ってた席にリオンが座る。割といつもこんな感じでリベラちゃんとは遊んでいるが、気は合うらしく仲は良い。ただ、今日は珍しいくらいボコボコだったが。
『まあー鈍色も、父親も療養だってくたばってたし?遊んでくれて嬉しいんでしょあの子も』
『あー、それはあるかも』
リオンと私は、それから他愛のない雑談をしばらく続けた。なんてことはない日常の風景。ほんの些細な、何者かの気まぐれで崩れ去るような、脆く儚い私たち一人一人の居場所。それを実感できる、どうでも良い時間の流れる空間。これが私が守りたかったものだ。
他の人は知らないが、少なくとも私はこの瞬間が残ったことを喜んでいる。それで良い、そんな程度で良い。私たちはちっぽけだ。だから、自分のことだけ考える。それで幸せと思えるなら、私はそれで良い。
アモンの襲撃からひと月ほど。
廃墟どころか焼け跡、というか焦げだった元ギルドが、骨組みだけだが形を取り戻していた。
ミダスさんが言っていた通り、エルセスさんが水の都から援助をもらえる約束を取り付けて戻ってきてから、私たちは復旧のための資金とか、材料とかを集めるためにと仕事を再開した。本拠地がないまま仕事が始まるもんだから、ミダスさんとエルセスさんは本当に大変そうだった。というか今も大変そうだ。
その忙しない日常の合間を縫って、私たちは今日、各々時間を合わせてギルドの再建の様子を見に集まっていた。
『マジで苦労したな……』
『今もしてるだろ親友……』
顔から疲れが滲み出ているミダスさんとエルセスさんを見て、少し同情する。ソニム先輩がその姿を見て『あんたら相当疲れてるわね』と、珍しく気の毒そうな声を出していたくらいだ。
久々に顔を合わせる面々もいて、自然と会話が弾む。お互いに近況はどうだとか、怪我の具合がどうとかの話で盛り上がっていた。
『そういやスライさん今までどこで暮らしてたん?』
『女将さんとこに居ましたよぉ。お世話になりましたベラさーん』
『いーよ別に。一人増えてもそんなに変わらんさ』
スライは変わらない様子で、焼けた腕も元通りに治ったようだ。病院から脱走したくせにとは思ったが、さすがは龍狩の治癒力ということだろう。そういえば、ソニム先輩も火傷痕すら残っていなかった。あれ以降、初めて会った時に一体どうなっているんだと無事を祝う前にため息が出た程度には、龍狩というのは規格外の存在だった。
『でも思ったより早く直りそうですね。良かったです』とフルーラさんが笑う。私たち全員がそこには同意見で、お互いに『それは確かに』と笑いあった。
『ほんと、割と早く直ったね!フフフ!』
『いや本当ね。水の都からの援助がこっそりととは言えマジで出るとは……』
ここまで話して、私ははっと声の方を振り向く。そこには、私たちを襲撃し、ギルドを焼き払った張本人。強欲の祈りを冠する悪魔、アモンが『やあ』と気さくな挨拶と共に手を振っていた。
咄嗟に刀を抜き、アモンへ向かって振り抜く。しかし、『おぉ?』っという気の抜けた声と共に、するりと躱されてしまう。相変わらず並外れた身体能力だ。
『危ないなぁ銀髪ちゃん。そんなに慌てないでよ、殺す気ないってわかるでしょ?』
『なんでいるかってとこだよ!!』
『ゲームクリアの報酬の話。覚えてる?それを渡しにきたんだよ』
アモンがニヤニヤと笑いながら、私たちの前を漂う。敵意はないが、こいつに限っては敵意や悪意などなくても私たちを殺すくらいは造作もないだろう。
私たちの警戒と恐怖などお構いなしに、アモンは魔術鞘に手を突っ込むと、ずるりと布袋を取り出し、私たちの方へ放り投げる。袋からはドシャっと重たい音、硬いものが擦れ合うような音が響いた。袋の口から、キラリと光る何かが見えた。
『これ……貴金属!?宝石とかの類も入ってない!?』
『趣味で集めてるんだよね。使わないし要らないから』
本当に興味がないといった様子で、アモンは『早く拾いなよ』と袋を指さす。ミダスさんが袋を拾い、中身をいくつか確認し、怪訝そうな顔でアモンの方を見る。
『お前、強欲なのに要らねえのかよこういうの』
『手に入ったら興味ないよ。自分のものを欲しいなんて誰も思わないさ』
『……よくわかんねえなお前』
『わかりやすく言おうか?例えばあの時、君が契約するって言ったら、僕は君含めて皆殺しにしてたってことさ。追いかけてる時が一番楽しい、フフフ!僕はそういう強欲だよ』
ミダスさんが苦虫を噛み潰したような顔をして『お前とは絶対に契約しねえよ』と吐き捨てる。アモンはその様子も楽しいようで『そうじゃないと困る』と言いながら笑っている。
『僕が焼き払っちゃった分の金はそれでどうにかなるだろ?』
『釣り銭が来るレベルだけどなこれ』
『釣り銭分は後で話すよミダスちゃん』
ふわふわと滞空していたアモンが、急に私の方へと距離を詰める。骨の手が私の顔に触れ、恐ろしい悪魔の顔が目の前に来る。私は恐怖と驚愕で硬直し、隣にいたダンタリオンは『ヒュッ』と短い悲鳴をあげた。
『君とダンタリオンのチビ助、混ざれるんじゃないかな。報酬のもう一つはそれだよ』
『は?』
パッと、アモンの手が私の顔から離れ、アモンが元いた位置にふわりと戻る。
私はアモンの言葉の意味を考えるが、全く意味がわからない。悪魔と混ざる、どういうことなのか見当すらつかない。助け舟を求めるように、横にいたダンタリオンの顔を見るが、こちらも全く理解できていない様子だった。
『僕ら悪魔はね、意思はあっても本質は魔法だ。それはチビ助もわかるだろ?』
『わ、わかるけど。いやでもお前の言ってる意味は全くわかんない』
『私も同意見なんだけど』
アモンは『んー』と声を出しながら、しばらく悩む素振りをした後、改めて口を開く。
『悪魔ってね、契約者の魔法なんだよ。だから、銀髪ちゃんが"ダンタリオンを使う"ことができるんじゃないかなってこと』
『今銀髪ちゃんは、というかフルーラちゃんもそうかな。悪魔が魔法を使ってる。けど、悪魔を使うことができる人間もいる。波長が合うとか、魔力の質とか、簡単に言うと相性があるんだけどね』
『多分フルーラちゃんはできない。ミダスちゃんが
『いや、わかんないって………』とダンタリオンと声が揃う。アモンはそんな私たちを見て『これ以上は教えない』といたずらに笑って見せた。本当にさっぱり意味がわからないが、おそらくこれ以上聞いても本当に教えてくれないし、そもそも聞くのも怖いので、口を閉ざす。
『さて、僕からの報酬は以上かな!』
『なら早く帰れクソ悪魔』
『慌てないでよミダスちゃん。最後に僕から君たちに依頼があるんだ』
アモンはミダスさんの持つ袋を指さし『そのために多めに用意したんだからさ』と笑う。一体何を企んでいるのかと、私たちは全員が身構えた。
アモンは特に私たちを気にする様子もなく、指を立てて、教師か何かのような素振りで『別に君らに僕が何かするわけじゃない。ただ、今は君らが思ってるより世界は瀬戸際だ』と話し始める。
アモンが語るにはこうだ。
悪魔は、もうすでに幽世から出られないなんてことはなくなっていて、契約者を探し求め、いつでも自由に現世へと来れる状態となっている。封印が弱まったとか、人が悪魔を望んだとか、悪魔が人を望んだとか、理由はわからないが事実としてそうなっているらしい。
一応、契約者もなしに魔法を使えるのは知り得る限りではアモンだけとのことだった。しかし、力を求める者と、契約者を求める悪魔が揃えば、そしてそれが揃いやすいこの時代ならば、比較的簡単にアモンと同等か、それ以上の"意思を持つ天災"が発生するのは想像に容易い。
"世界が瀬戸際"と言うのは、幽世の悪魔という呪いが、現世に跋扈し始めるという血の気が音を立てて引いていくような意味らしい。
『悪魔の王様はね、今の世界がそんなに好きじゃないらしい』
『悪魔の、王……?』
『形式上の呼び方。始まりの悪魔、僕らの中で一番古いモノさ。あいつは現世の終わりを望んでる』
そう語るアモンの顔は、今までに見せたことのなかった嫌悪や、沸々と激らせ続けた怒りの感情が滲んでいた。
『けど、僕は現世が好き。君たち人間は面白い!醜くて、必死で、愚かで、馬鹿で、美しくて、優雅で、聡くて、賢くて、欲深い君たち人間が大好きなんだよ!フフフフ!』
ミダスさんが小声で『褒めてるつもりなのかよ』と呟く。アモンには聞こえてないようだが、私もミダスさんと全くの同意見だ。どう考えても、特に前半は暴言の類だったと思う。しかし、アモン本人としては本心から褒めているつもりなようで、興奮気味に語るその姿は、ダンタリオンが心を読まずともわかるほどに楽しそうだ。
『だから、負けないでね。祈りから生まれた呪いにさ。それが僕の依頼だよ』
アモンが私たちを指さし、不敵に笑う。
それと同時に、アモンの身体が足元から燃え上がり、炎となって消え始めた。
『君らの前に、現世に、呪いが幾つも立ちはだかる。もう既に地獄の蓋は壊れてる。恐れるなよ、掴み取れ。欲しいものは決して離すな。期待してるぜ、強欲な人間たち』
言い終えると同時に、アモンは燃え尽きるようにして消える。死んだわけでも、消滅したわけでもないだろう。分身だったのか、瞬間移動のような魔法なのか、はたまたそのどれでもないのかはわからないが、嵐のように言いたいことを言って消えてしまった。
私は呆気に取られた頭を軽く振って、ミダスさんに向き直る。
『受けるんすか?あの依頼』
『受けてやろうぜ。俺たちゃ生きてりゃ勝ちってのは変わらねえしな』
ミダスさんの言葉に、私たちは軽く頷いて応える。悪魔から"世界に負けるな"なんて依頼をされる傭兵集団など聞いたことがない。だが、依頼内容は簡単だ。生きてれば勝ち、いつも通りで良い。それなら、やってやろうじゃないか。
私たちは皆、もとより世界から嫌われた除け者だ。世界に負けた時は、死ぬ時と言っていいだろう。喧嘩なんて腐るほど売られて来た。一つ買い取る喧嘩を増やしても、今更何か変わるわけでもない。
私のより良い明日のために、私は世界とやらに抗い続ける。そう改めて心に誓った。
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