8話 死闘遊戯

『じゃあ、ルールを改めて説明しようか!』


アモンが心底楽しそうな様子で言う。その顔はまるで明日遠足に出かけるとか、誕生日が近いとかで浮かれている子供のようだ。悔やまれるのは、こんなにも楽しそうに考えられているのが、私たちの最期の瞬間であることだろう。


『まあ難しいことはないさ!僕が三回、君たちを殺すために魔法を使うから、生きてたら君たちの勝ち。死んだら負けだよ』


『それさっきまでと変わんないよね』


『三回生きてたら助かるって考えると温情だろ、銀髪ちゃん』


『一回死んだらゲームオーバーなんだけど』


『それが嫌なら普通に戦ってみるかい?フフフ!』


『普通に戦っても死んだら終わりだっつの』


変わらずに楽しそうな様子のアモンを見て、私は深いため息を吐きながら顔を覆う。この調子だと、どちらにせよ私たちは揃って殺される。ミダスさんが契約を結ぶ気がない以上、生き残る可能性が微かにでもあるのはアモンの言うゲームに乗ることだろう。


ダンタリオンに続いてヤケになった私に、ミダスさんが声をかける。


『アレ相手に軽口叩けるようになって頼もしいなクリジア』


『ミダスさんマジで契約する気ないみたいですし諦めの境地ってやつですよこれは』


『逃げてもいいぞ』


『いやぁ、立ち向かった方が砂粒ひとつ分くらい生き残れそうなんで』


『悪ぃな。付き合わせちまって』


『生きてたら色々奢ってください』


ミダスさんと叶うかはわからない約束事をして、改めてアモンへ向き直る。アモンは私たちのやりとりがひと段落したのを見ると、にっこりと笑う。


『じゃあ、合図と共にスタートしようか。死ぬ気で生きなよ、お子様の宝物』


『お手柔らかに、災害野郎』


私たちの死闘、アモンの遊びの始まりを告げる炎が弾けた。










『で、実際何回あんた動けんのよミダス』


『悪いが一回デカイの防いだら多分もう無理だ』


『奇遇ですねえ〜ウチら龍狩もそんな感じですよお。一回派手に動いたら限界です』


『私とダンタリオンも魔力の残とかろくにないっすよ』


『私も門はそうそう作れませんね……』


各々の簡潔な現状報告に『ま、揃って満身創痍ってわけだな』とミダスさんが肩を竦める。


話しながら、私たちは誰が合図するでもなく揃って空を見上げる。視線の先には私たちを焼き尽くさんと燃え盛る太陽が佇んでいる。陽の光自体元々あまり好きとは言えないが、ここまで憎たらしく見える太陽は人生で初めてだ。


まだ、魔法を使った様子はない。残りは三回、この内の一回でも死んだらゲームオーバーだ。


『"紅蓮の災渦アル・ディネ"』


アモンが手を掲げ、そこに炎が渦を巻いて集まっていく。炎はすぐさま巨大な槍のような形となり、アモンがそれを掴み、構える。


『さあ、一つ目だ。気張ってね、フフフ!』


炎の槍が放たれる。それは私たちを一撃で焼き払って余りある火力だろうことは想像に安い。悲しいことに放たれてしまった以上私にできることはないが。


『悪いが残りはなんとかしてくれ』


ミダスさんが放たれた槍に手を向け、槍を奪う。アモンの魔法からミダスさんの魔法へと変わった槍を、ミダスさんが握り、アモンへと投げ返す。


しかし、魔法を奪うと言えど、完全に無害なものに昇華できるわけではないのがミダスさんの魔法だ。ミダスさんの腕はさらに焼け焦げ、もはや元通りになるのかも怪しいような状態にまでなっていた。


投げ返された自分自身の魔法を、アモンは指先で触れるだけで往なし、弾き飛ばす。あれほどの炎魔法を、ほんの小手調や余興程度で放っていたということをいやでも痛感させられるその姿に、私は苦虫を噛み潰したような顔をしてアモンを睨む。


『ミダスさん、指残ってますか?』


『もうろくに動かせねえが残ってる。生きてりゃ治せるだろーよ』


『便利だったんですけどねえリーダーの魔法。あと二回、どーしたもんでしょ』


第二波に備え、私たちは再度構える。

アモンは高度を落とし、ふわふわと私たちの前を漂っている。加えて楽しそうな様子で笑い、切迫した私たちに対して、手をカチカチと鳴らし、称賛の拍手を送っていた。


『いやぁ流石ミダスちゃん!けどもう限界かな?僕が混ざってるとはいえ、焼けないわけじゃないもんねえ』


『混ざってる……?』


聞き覚えのない言葉に、自然と口から疑問が漏れる。


『そ。君らはおかしいとか思わなかった?ミダスちゃんの魔法は僕があげた魔法、僕の力だ。君らがあの炎に触れたら即座に灰になっちゃうのに、ミダスちゃんは無事なのはなんでだろうってさ』


『ミダスさんがお前の仲間だって言いたいわけ?』


『人間は違うものを怖がる生き物だろ?』


アモンはにやにやと笑いながら、私たちを舐め回すように見る。その目の奥には、興味や期待、奇妙なものへの好奇心が宿っているように見えた。皮肉なことに、今までで一番アモンが人間らしく見える。どういうわけかはわからないが、今この瞬間はアモンから殺気すら消えていた。


『んー、ミダスさんとお前だったらお前の方が怖いし、敵が味方かで言ったらで怖いのは敵だよ』


私の答えに続く形で、各々がアモンの問いかけに答える。


『悪魔から見ても、どー考えても化物のお前の方が怖いね!今まさに殺されそうなわけだし!』


『わたし達は全員同じ除け者だから、ミダスを怖がる理由もないでしょ』


『ウチからしたら、ただの嫁さん好きのおにーさんですからねえ。あと飼い主?なははー』


『私はミダスさんの妻ですし……知り合った時からこうですから、怖くはないですね』


各々の答えを聞いたアモンは満足そうな様子で小さく息を吐くと、私たちを真っ直ぐに見据え、指をさす。


『誰も逃げないんだね』


アモンが笑う。その顔は今までとは違い、どこか柔らかく、慈しむような笑みだった。


しかし、その笑みはほんの一瞬のもので、すぐに歪んだ笑顔、邪悪な悪魔の顔に戻る。


『他人のために命賭けちゃって、馬鹿みたいだぜ人間』


『他人のために使う命なんてねーよバカ悪魔』


アモンの言葉に、反射的に、ほとんど無意識に声が漏れる。


『自分のためにやってるんだ。恩があるとか、居心地がいいとか、全部ひっくるめて私は自分のためにやってる』


そうでなければ、私はこの場に既にいない。


『お前の勝手で私たちを話すなよ』


誰かのために命を賭けるなんてヒーローのやることだ。


そんなものは存在しない。あってはならない。いてほしくもない。私はそうはなれない。それだけはどうしても譲りたくなかった。


アモンの言葉に、そんな意図はなかったのかもしれない。そもそも私に興味関心すらほとんどないだろう。そんなことは理解している。それでもそれを、否定しなければならなかった。自分に言い聞かせなければならなかった。


『自分の巣を守るのに自分以外の理由はいらねえからな』


強迫観念に取り憑かれたような状態から、ミダスさんの言葉で我に帰る。疲労か、恐怖かはわからないが、呼吸が浅い。フッと視界が開けるような感覚に、一瞬の目眩と動揺が襲ってくる。


『いつも通り頼むぜ』とミダスさんが私の肩を軽く叩いた。


『……生き残ったら、奢りで飯でしたっけ』


『俺は財布の心配だけしとくよクソガキ』


改めて、眼前のアモンを睨む。

空中に漂っていたアモンは、地上にふわりと降り立ち、俯き、顔を押さえながら『本当に君らしい宝物だぜミダスちゃん』と笑いを堪えるように言った。


『他の奴らも銀髪ちゃんと同じ感じかい?あくまで自分のため、勝手にミダスちゃんを守ってる。そんな風に言うのかな』


『さあ?どうなんすか先輩』


『わたしは職探し直すのが怠いだけよ』


ソニム先輩とのやりとりを聞いて、『やっぱり似た風なこと言うんだね』と大袈裟なジェスチャーを交え、納得した様子でアモンは言う。


『残念。逃げ出す奴がいたら真っ先に殺してやるつもりだったのに。フフフ!』


笑いながら、アモンが両手を広げる。左右の掌に炎が集まり、腕を覆う鎧のような形状で炎を纏う。明確に炎魔法として形が与えられたそれは、この死闘が始まる前に使われていた炎とは別格であろうことが本能的に理解できた。


『"火天の両掌ドラニ・イェルト"』


熾炎の籠手、万物を焼き滅ぼそうとする熾炎がその形に静かに収められている。形状からして、先程の槍とは異なり、そのまま身に纏って使う魔法なのだろう。


つまり、龍狩に比肩する身体能力で、即死の一撃が繰り出されるということだ。


『二つ目だ。守ってみせなよ、人間』


視界からアモンが消える。


『伏せてくだせーよ皆様ぁ』というスライの気の抜けた声とほぼ同時に、ソニム先輩が私たちを地面に伏せさせる。正確には、ミダスさんとフルーラさんの頭を掴んで下げさせ、私は足払いを喰らって転ばされたわけだが。


瞬間、風を切る音と共にスライの大鎌が振るわれる。ソニム先輩が気がついてなければ全員真っ二つになるような軌道で振るわれたそれはアモンを捉え、腰から下を斬り飛ばしてみせた。


熾炎の籠手を纏った腕の残る上半身を、スライが大鎌を振り抜いた遠心力をのせて蹴り飛ばす。吹っ飛んだアモンの腕が地面に触れた瞬間、その接触部が文字通りに消えた。


正確には、おそらく焼き尽くされているのだろう。ただ灰すらも残らず、ほんの一瞬で焼かれているのであれば、それは消滅となんの違いもない。何の比喩でもなく触れたら終わりというわけだ。


『二重で危なっ!!』


『死ぬよりマシでごぜーましょ?』


なははと、スライが笑いながら答える。ソニム先輩が気がつかなければこの人のせいで全員焼け死ぬ前に真っ二つになっていたのだが。今まさに、一人巻き添えにされ呻いているダンタリオンのように。


『私たちのこと見捨てんなよ!!!』


『元気そうじゃん』


『痛くてもあんたら死なないでしょ』


私とソニム先輩の雑な返しに『死ななくても痛いんだけど!?』とダンタリオンは異を唱え続けるが、一先ずは元気そうなので置いておく。私たちはまだ二つ目の魔法をどうにかできたわけではない。


『僕なら痛みなく殺してやれるよチビ助』と、すでに形が直り切ったアモンが言う。


『だってさダンタリオン』


『死ぬよりは痛い方がマシだっつーーの!』


ダンタリオンがアモンに中指を立て、舌を出す。子供の口喧嘩みたいな様子だが、向こうの意識を持っていくには充分すぎる言動だった。ダンタリオンは私たちにギリギリ聞こえる声で『3、2……』とカウントダウンを始める。


『ゼロ!!』とダンタリオンが叫ぶと同時に、スライがダンタリオンへ向かって大鎌を振り下ろす。その大鎌は、ダンタリオンを掠めつつ、ダンタリオンを狙い飛んできたアモンの左腕を肩ごと斬り飛ばした。斬り飛ばされたアモンの左腕は、炎の籠手と共に霧散し、消滅する。


『何っ……!?』と、アモンが初めて本気で驚愕した声を出す。それもそのはず、今までは龍狩の二人が反応するのが精一杯だった動きを、完全に捉えられた上に、カウンターまで喰らったのだから、流石に驚きの一つや二つ見せてもらわないと困る。


アモンが右腕で、スライを焼き払おうと腕を伸ばすが、一瞬の驚愕故に出遅れ、先にスライがアモンの顔面を掴み、地面にそのまま叩きつけた。


『クリジア、刀貸しなさい』


『はいはい。……使ったことあるんすか?』


言いつつ、ソニム先輩に刀を一本渡す。先輩は刀を受け取りながら『叩っ斬るだけなら技術もクソもないわよ』と言って走りだした。


それとほぼ同時に、スライがアモンを放り投げる。


『追いつきやがってくださいよ同族!!』


『誰に向かってその口訊いてんのよ蛮族』


頭が潰れ、体制が安定しないまま放られたアモンに向かって、ソニム先輩が走る。かなりの速度で放り投げられたアモンに追いつき、渾身の一振りでアモンの右腕を、右半身を殆ど持っていくような形でソニム先輩が斬り裂いた。


幸い、下から上に振り上げる逆袈裟のような斬り方で刀を振り抜いてくれたので、刀は無事な様子だが、あれがもし振り下ろされていたら、地面に叩きつけられた瞬間、私の刀は粉微塵になっていただろう。刀に特別な思い入れはないが、今折られても困るので別の意味でも安心した。


叩き斬られたアモンに、ソニム先輩がおまけにと言わんばかりに渾身の蹴りを叩き込み、さらにアモンを吹き飛ばす。もう姿が見えない距離まで吹き飛んだが、遠くで岩壁か何かに当たった音がしたのでおそらくそこにめり込んで止まったのだろう。


ソニム先輩がその場でフラつき、それをフルーラさんの門が回収する。


『大丈夫ですか?ソニムさん』


『どうも……もう無理ね、ろくに動かないわ』


門を通って私たちの方へ戻ったソニム先輩は、刀を私に戻して座り込む。


『そんだけ焼けててよく動けましたねえ』とスライが笑うが、スライも腕は焼け焦げ、肩で息をしている様子を見るに殆ど限界な様子だった。


『た、助かってよかった……鎌は痛かったけど……』


ダンタリオンが冷や汗を浮かべたまま呟く。


『ハーフちゃんズナイス機転でしたよお。頑張って避けたんですから巻き添えは許してくださいねえ』


スライの言葉に『誰がハーフちゃんズだよ気狂い女め』とダンタリオンが舌を出して反論した。スライは気に留める様子もなく笑って流しているが、この人は悪魔に対しても恐怖心はないんだろうか。


ただ、そのおかげか突発で考案された作戦はうまく行った。ダンタリオンが意識を引いて、誰に攻撃が来るかを絞ればカウンターを仕込めるという作戦を、ダンタリオン自身が念話で伝えてくれたのだが、アレにカウンターを仕込むとなれば龍狩くらいにしか無理だ。


そのためには、付き合いが浅いダンタリオンを、得体の知れない悪魔を、スライが形はどうあれ信用しなければならなかった。スライに疑いや迷いがあれば、あの時点で全滅か、半数くらい死ぬかだっただろう。


『スライさん、よくこいつら信用したね』


『勝ち馬に乗り続けるのが生き残る術ですよう可愛い子ちゃん』


へらへらと手を振りながら、私に向けてスライがウインクをする。この軽い様子を見るに信用というより、本能的なものなのかもしれない。あまりこれに期待しすぎると痛い目を見る気もするので、私は適当に『このゲームも勝ち馬ならサイコーだね』と返して、アモンが吹き飛んだ方向へ視線を戻す。


『あれで死んでくれりゃ御の字なんだがな』


『生きてるよ。流石に驚いたけどね』


頭上から声が響く。私たちは一斉に声の方を見上げ、視線の先にアモンを映す。先程までの炎の籠手はなくなり、単なる骨だけの腕に戻っているようだった。


『その腕を見るに、あと一回か?』とミダスさんが問う。


『そうだね。本当はあれで殺しきるつもりだったのにさあ』


『人間の可能性とか、そういうやつなのかな』と言いながら、アモンは初めて見せる不服そうな顔で、頭を軽く掻く。しかし、不思議と態度とは逆に、楽しそうにも見えた。


『それだけやれるなら、本当に逃げられたんじゃない?フルーラちゃんの魔法もあるんだしさ』


『一生追われることになるのは絶対嫌だね。現にミダスさん今追われてるし』


『それは賢い判断だね』とアモンが笑う。わかってはいたが、最初から逃すつもりはなかったのだとある意味で安心する。


『さあ、最後だ。お子様の宝物』


アモンが、ふわりと高度を上げ、天に向け手を伸ばす。


『いや、違うかな……訂正しようか』


空そのものが燃え上がったかのように、一気に熾炎に覆われる。


『最後だよ、欲深い人間共。命も、居場所も、仲間も!掴んで見せてみなよ!フフフフ!!』


空を埋め尽くす熾炎が、徐々に集まり、形を成していく。その形は竜種の顔のようにも見える。三つ首の熾炎の怪物が、私たちを見下ろすように現れた。


『"悪鬼の怒咆イルフレーレ・ツォルン"』


アモンが手をこちらに向け、構える。あの三つ首の炎がこちらに放たれるのであろうことは予想できるが、問題はその大きさだ。一つで小さい町の一つや二つなら丸ごと焼き払えるのではないかと思えるほどの極大の熾炎。それが三つあるのだから、私たちだけなら二、三千回くらいは焼き尽くせそうだ。


『ミダスさん、あれ奪えます?』


『いや、万全でも無理だなあれは』


もはや笑うしかないと言った様子で、ミダスさんは薄らと笑いながら答える。


私もおそらくミダスさんとは同じ気分で、確かにアモンは『三回魔法を使う』とは言ったが、最後に一回で三発分ある魔法が来るとは思わなかった。死んだらあの世でルールの不備だとか、インチキだとか言って呪ってやろうと、現実逃避の冗談を考える程度には無茶苦茶な規模の魔法だった。


『……これは私が防ぎます』


フルーラさんが、一歩前に出る。


『皆さん、一発だけ。一発だけ逸らす方法を考えてもらえますか。それで私たちの勝ちですから』


フルーラさんがそう言った直後に、一つ目の熾炎が放たれる。


極大の熾炎の塊を、フルーラさんが巨大な門で飲み込む。一発目はこれでどうにかなる。しかし、門を開いたままにすれば当然二発目では避けられてしまうし、一度閉じればその瞬間、次に門を開け切る前に焼き破られてしまうだろう。そもそも、この状況でこのサイズの門を作れば、いくらフルーラさんと言えど魔力が殆ど限界のはずだ。


『フルーラさん流石に無茶……!』


慌てて視線をフルーラさんへ移すと、やはりと言うべきか、喀血し蹲っている。典型的な魔力欠乏による症状だった。魔力は急激に消費され、自身の基準を下回ると一気に身体に負荷がかかる。こうなると、立ち上がることすらしばらくはまともに出来ない。


『フフ、一発凌げるだけでもすごいけど、その後どうするつもり?』


アモンが嘲笑うように問いかける。


フルーラさんは、蹲りながら、アモンに向けて指を二本、立てて見せた。


『私が凌ぐのは、二発です』


アモンの背後に門が開く。


その内に、触れる全てを焼き滅ぼさんとする熾炎を携えて。


『フッ、フフフフフ!!流石に滅茶苦茶だろ!合鍵の魔女!!!』


アモンは驚愕が混じったような声で叫ぶと、堪らずといった様子で振り向き、二発目の炎を、自分自身に向けられた一発目を相殺する為に放ち、その両方が爆ぜて消えた。


『自分の魔法でも、流石にアレ喰らったらヤバいみたいだね』


至近距離で爆ぜた熾炎から、身を守るように腕で顔を覆うアモンを見て、煽るような口調で言う。


『門で飛んできたのかい?銀髪ちゃん』


一瞬だが驚いた様子で、アモンがこちらを見る。あの距離で爆ぜた炎だったが、流石に自分の魔法故か、ほとんどダメージはない様子だった。


アモンの魔法の起点は、形状はどうあっても掌だった。それならばと、アモンの腕を斬り飛ばす為に刀を振り下ろす。


『惜しかったね』


刀は、あとほんの僅かといった位置で躱される。人間には当然飛行能力なんてないし、自由落下しながら、後一歩届かなかったその腕を、炎の悪魔を睨む。


『君たちの負けだ、人間』


アモンが、私たちに手を向けて嗤った。














『ぱんっ』と、手を叩いた音が響く。


まるで夢から覚めろと言うように、唐突に、軽快に。


『ははっ!!"私たち"が、人間に、ご主人様に見えたかな、七本目!!!』


『は?』とアモンが間の抜けた声を出し、炎を放つのを止める。そうなるのも無理はない。今、アモンは落ちていく"クリジア"と、地上にいる全員を焼き払おうとして、"下に手を向けて"勝利を確信していたはずだ。


実際は、飛んでいる"ダンタリオン"に向けて、"空に手を向けて"いたというのに。


ダンタリオンがとびっきりの笑顔で『ざまあみろ!』とアモンを指差して嗤う。今回ばかりは、ダンタリオンと同じ気分だった。


『"欣快"っ……!ダンタリオンッ!!』


アモンがしてやられたと言うように、怒り混じりに吼え、慌てた様子で地上へと振り返る。その瞬間に、私とほとんどゼロ距離で、目が合った。


すれ違いざまに、アモンの両腕を斬り飛ばす。私に飛行能力はない。これはスライが私を、大鎌の腹に乗せ、アモンに向かって吹っ飛ばしただけだが、今の私たちにできる最速の移動手段がこれだった。


腕を斬り飛ばしたことで、残る一つの熾炎は放たれることなく霧散した。それを見届けると同時に、推進力を使い切った私は地面に向かって自由落下を始める。


これだけ散々な目にあった日だというのに、熾炎に焼き尽くされたのか、はたまたずっとこんなだったのかは覚えてないが、雲ひとつもない晴天が視界には広がっている。まるで全てを太陽が奪い去ったような、何もない空だった。


地面へと落ちていく私を、見下ろすアモンと目が合った。魔力も、気力もほとんど尽きた身体で、私はアモンに刀を向ける。


『私たちの勝ちだ、"強欲"』


何もない空に、他の何よりも似合う欲深い太陽へ、私はそう告げて地面へ落ちた。


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