7話 第七柱

光の柱、七十二の呪いが世界に楔を打っている。


ここには空がない。天蓋と底、それだけの世界。重苦しく、退屈で、虚に満ちている。


世界の裏側、もう一つの世界。幽世と呼ばれる虚無と静寂の墓場に、虚を照らすように炎が一つ揺蕩っている。


『フフフ……捨てたもんじゃないぜ、現世もさ。僕は好きだよ、今の世界』


色のない世界を見渡して、炎は楽しそうに揺蕩う。退屈な風景を皮肉るように、眼下に広がる虚無の世界を嘲笑するように嗤いながら。


『君はどうなんだよ、王様。フフフフフ!!』


聳える光の柱を睨み、炎が言う。


『見てるんだろ?気に入らないんだ、君のこと。傍観者なんてやめちまえよ』


虚空へと向けられた言葉に、返事を返す者は居なかった。









『……死んだかと思ったぁーーーマジで!!!つかフルーラさんいなかったら詰みでしたよねこれ!?』


アモンを退け、暫く呆けて動けなかった私は、堰き止めていた水が噴き出すように声をあげた。同時に全身の緊張が一気に解け、地面にへたり込む。ダンタリオンは声を出すこともなく、地面に墜落するようにへばってしまった。一番怖がっていたので無理もないが。


『良くやってくれた……ギルドは吹っ飛んだが、生きてりゃなんとかなるだろ』


へたり込んだ私の元に、ミダスさんが珍しく、気の抜けた顔をして歩いてくる。さすがにあんなものを相手にして、無事に済んだことに安心したのだろう。私はミダスさんに軽く手を振り、お疲れ様ですの意を伝える。


『おかげさまで私の部屋無くなったんすけどどうすりゃいいっすかミダスさん』


『うち泊めてやるよ』


『マジすか。やりぃ、3食昼寝付きじゃないっすか』


『クリジアちゃんが来たら子供達も喜びますね』


そう言いながら、フルーラさんがミダスさんに歩み寄り、先程のアモンの炎で焼けてしまった腕に応急処置を施す。フルーラさんは相変わらず、表情はあまり変わらないが、やはり安心はしているようで、気が抜けたのか足取りが若干ふらついていた。


『ダンタリオンのお二人も、ありがとうございました。クリジアちゃんと一緒に、うちでゆっくりして行ってくださいね』


フルーラさんに声をかけられたダンタリオンが、仰向けで地面にへばったまま、顔だけをフルーラさんの方へ向けて目を輝かせる。


『……私たち、フルーラさんと契約すりゃよかったなぁ』


『おいこら臆病悪魔。この強くて可愛いクリジアちゃんじゃ不満だって言いたいわけ?』


『逆に魔法の才能とか含めたらお前に勝ち筋ないだろバカ契約者』


ギャイギャイと、いつも通り私とダンタリオンはお互いの悪口を言い合い、それを見てミダスさんがため息を吐く。日常の風景が帰ってきたことに安堵するように、私たちは喧嘩を続ける。


『……元気な奴らね』


『フルーラおねーさーん。ウチも包帯巻いてくださ〜い♪』


『あ、MVPのお二人さん』


龍狩の二人、ソニム先輩とスライもこちらへ集まってくる。ソニム先輩は怪我をしている様子はなく、スライは腕が焼け爛れているものの、その腕をブンブン振りながら小走りしてるのを見るに、大した怪我ではないらしい。


あるいは、戦闘狂の殺人鬼ともなると感覚がおかしくなるのかもしれないが、今回はこの怪物に助けられたことも多いので皮肉や文句はしまう事にした。


『お前らも悪かったな。助かった』


『いやぁやばかったですねえマジで』


フルーラさんに包帯を巻かれながら、スライがへらへらと笑う。付き合いは長くはないが、この人は素の態度がかなり軽いので緊張感が本当にない。ただ、あの戦闘中の動きや目つきを見ている限り、殺し合いという場においてはソニム先輩と同格か、それ以上のものを持っているのも間違いがない。本当の狂人とはこういうことなのだろうなと、私は複雑な気分になりながらスライにも礼を言う。


ソニム先輩はミダスさんに向き合い、怪訝な顔で聞く。


『……ミダスあんた、あんなのに目をつけられるなんて何したわけ?』


『知らねえよ、俺が聞きてえ……』


『あっそ……まあいいわ、死なずに済んだし。ガキ共もおつかれ』


『先輩もおつさまです。祝勝に飯でも食いましょーよ』


『気がのればね』


ソニム先輩が背を向けつつ、珍しく乗り気な返事を返す。ひらひらと手を振ってくれた姿に貴重なものを見た気分になる。おそらく、3日後にはいつも通りに誘った瞬間に殺されそうな態度を取られるので、早めに誘おうと心に誓った。


『とりあえず、あの残骸どうにかしないとでしょ』


『後でいいんじゃないすかー?先輩も一息つきましょうよ』


ソニム先輩は振り向かずにツカツカと、ほぼ完全に崩壊したギルドの方へ歩いていく。普段からギルドに顔はあまり出さないが、古株な分、少し思うところがあるのかもしれない。


私はこういう時、変に声をかけない方が良いといろんな人に言われてきたので、一応口を閉ざし、ソニム先輩の背を見送る。







その姿が突如、炎の中に消えた。






『は?』


虚空が焼け焦げ、穴が開いている。


その穴から、嫌でも記憶に媚びり付いた、白骨の腕が伸びている。そして、その掌の先にある全てが焼き尽くされていた。


『ソニム先輩!!!』


返事はない。


ソニム先輩は間違いなく直撃の位置に立っていた。その現実に血の気が引く。死体も残らず焼き尽くされてしまったのではないかと、一気に思考が回り、混乱する。


その思考の濁流すら蒸発させるように、虚空に開いた穴が焼け広がり、触れる全てを焼き滅ぼさんとする熾炎と共にそれは現れた。


『やあ、"強欲"ぼくだよ』


先程までとは比にならない圧。


空気が軋み、視界に映る燃え盛る熾炎に反して、氷原に放り出されたかのように身体が震え始める。先程までのアモンが本気ではなかったことは知っていた。これ程までとは思わなかったが。


『……どうやって戻りやがった。幽世から悪魔は人間なしに出られねえだろ』


『世界に穴を開けただけだよミダスちゃん。裏側から表に出るなら穴を開ければ来れるだろ』


『理屈は無視ってことかよ、化物が』


『欲しいものに手を伸ばす時に理屈がいるかい?』


アモンが笑いながら、周りを見渡し、首を傾げる。


『あれ?一人減った?』


『このっ……!』


私が感情に流され、声を上げようとした瞬間、一直線に焼き払われた先から巨大な岩が飛んできた。全くの意識外からの一撃にアモンは反応できず、岩に直撃し、そのまま岩と共に吹き飛ぶ。


『んな……!?』


『どうなってんのよこの状況……!』


『先輩!?生きてたんですか!?』


ソニム先輩の声に振り返る。その姿は到底無事とは言い難く、炎に焼かれた身体は全身かなり痛々しい。特に、おそらく咄嗟に体を庇うように出されたのであろう右手足は焼け爛れてしまっており、あまりうまく動いていない様子だった。


『勝手に殺すなクソガキ……つかなんで帰ってきてんのよあの悪魔!!』


『分かったら苦労してないってやつです、とりあえず手当してもらってください先輩』


『暇があればね。構えなさい、死ぬわよ』


ソニム先輩が焼け焦げた手足で無理矢理構える。それに続いて私も構え、先程アモンと共に吹き飛んだ巨大な岩へ視線を戻す。その瞬間、岩が炎に包まれ、灰すら残さず消え失せた。もうそのくらいでは驚かなくなってきたが、状況のまずさは変わらない。


『数揃ったね。君もしかして、最初のアレに巻き込まれたの?フフフ!運がないね』


アモンが何事もなかったかのように姿を見せて笑う。その様子は心底楽しそうで、今の私たちとは対極の心情だろう。


アモンがミダスさんを指差し、グニャリと顔を歪ませ、狂気に満ちた笑みを浮かべ言う。


『フフ、フフフフフ!!!さあミダスちゃん。君のものを僕が奪っていくぜ。何を失ったら君は僕に泣いて縋って頼るかな?』


炎が揺れ、一気に燃え上がる。


『遊ぼうぜお子様の宝物。楽しみだなあ』


炎が嗤う。








アモンの動きは先程までとは段違いだった。魔法も、体術も、全てが先程の比ではない。私たちは現状、ギリギリのところで命を繋いでいるが、一瞬でも気が抜ければ、即座に灰も残らずこの世から消えるだろう。


『今度こそ全員死んだ、全員死んじゃうんだこれーーーッ!!!』


『うっさいダンタリオン!!!なんとかするしかないんだって!!』


『なると思う!?あいつミダス以外全員殺すつもりだよ!?』


『まあ殺す気なのは心読めなくてもわかるけどなんとかすんの!!』


龍狩の二人がなんとか肉薄し、私とダンタリオンがサポートする。それをひたすら繰り返して私たちは命を繋いでいた。炎魔法はフルーラさんがある程度いなし、どうしようもないものをミダスさんが奪って逸らしてくれている。しかし、正直なところ限界が近いのも事実だ。


私の魔力が尽きればダンタリオンの魔法も機能しなくなるし、ソニム先輩もスライも無事なわけではない。徐々に焼かれ殴られでダメージを負っている。フルーラさんとミダスさんの魔力も同様に無尽蔵ではない。言ってしまえばジリ貧で、生き残る術がない状態だった。


『ダンタリオン、あいつ俺のことは殺す気がねえんだな?』


心の方が先に限界になり始めているダンタリオンに、ミダスさんが聞く。


『そうだよ!!良かったじゃんお気に入り!!私たちは全員死ぬけどね!!』


『よしわかった』


ミダスさんは返事と共にダンタリオンを後ろへ引っ張り放り投げる。その直後、ダンタリオンを狙い伸ばされたアモンの腕がミダスさんの顔面を捉えた。


『ミダスちゃんなんのつもりさ、悪魔を庇って死ぬ気かい?』


『殺されねえよ、お前は俺が欲しいんだろ"強欲"アモン!!』


ミダスさんがアモンの顔面を掴み、そのまま炎魔法を叩き込む。アモンと同じ炎、万物を焼き滅ぼさんとする熾炎が、他でもないアモンを焼いた。


アモンは流石に堪らないといった様子で、頭が焼かれ消し飛んだまま無理矢理に距離を取る。形はすぐに再生したが、今までとは違い、驚いた様子で顔を抑えている。


"俺"こいつらは奪わせねえぞ、クソ悪魔』


ミダスさんの言葉に、アモンが目を見開き、溢れ出すものが抑えきれないといった様子で、不気味に笑い始める。


『フフ、フフフフ!!良ぃぃぃいいいいいいなぁぁあ〜………やっぱり君が欲しくて堪らないね』


『やらねえっつってんだろ』


アモンがミダスさんを、私たちを見て笑い、その直後に視界から消える。


『なら守ってみせなよミダスちゃん!!』


一瞬のうちにアモンが距離を詰め、ソニム先輩にその腕を伸ばす。先輩は最初の一撃をもらっていたこともあり、避け切れそうにない。アモンの腕がソニム先輩に触れる直前、スライがアモンの尾を掴み、後ろへ引いた。


のけぞる様な姿勢になり、アモンの腕は空を切る。その隙を逃さずにソニム先輩がアモンを蹴り飛ばした。


『貸しイチですねえ同族』


『その前に散々貸したわよ殺人鬼』


蹴り飛ばされたアモンが、吹き飛びながら形を直し、その手をこちらに向ける。


"緋空の鵬翼"フレル・アメニクス


巨大な鳥の形を模した、炎の塊が放たれる。魔法については詳しくないが、尋常ではない魔力の込められた魔法であることと、食らえばひとたまりもないことだけは直感で理解できた。


『君は初めて会った時からそうだ!自分以外を、自分の宝物もまとめて守ろうとしている!!』


フルーラさんが私たちの足元に門を開き、別の場所へ移動する。炎の鳥は私たちが元いた場所を焼き払い、巨大な火柱をあげて消える。そこには文字通り何も残っていない。一体今日で何度、あと一歩で死んでいたのだろうと妙な笑いが込み上げてくる。


『たかだか人間一人が!一体どうして自分以外の誰かまで欲しがるのさ!!君の手で抱えられる物は限界があるだろう!?』


アモンは叫びながら、その掌に小さな火球を作る。それは掌よりも小さいが、太陽の様な輝きを放つ極度に圧縮された炎のようだ。炸裂すればどの程度の範囲が火の海に沈むのか、想像もつかない。


『底無しの欲望、人が人たり得る象徴!!その中で一際異質な欲深が君さミダスちゃん!!自分以外を望み続けるエゴイストの君だ!!』


熾炎の種が、私たちへ向けて放たれる。


"始火の大輪"アメン・ルルディ


『自分のことしか望んでねえよ俺は。寂しがり屋なんでな』


ミダスさんが種に手を向ける。刹那、ミダスさんの手の中に種が移り、ミダスさんがそれを握り締める。肉を焼く様な嫌な音が響き、私は思わず顔を顰める。ミダスさんは自身の手が焼ける様を意に介することもなく、アモンを睨みつけた。


『こいつらがいねえと、俺がつまらねえだろうが!!』


叫びながら、アモンへと種を投げ返す。

種はアモンの目の前で爆ぜる。まさしく大輪の様に、咲き誇る熾炎の華はアモンを、そして空を焼き尽くさんとその花弁を開いた。


『ミダスさん手大丈夫なんすか?』


『あの爆炎直撃して死ぬより数倍マシだろ』


『それはそうですけど』


『心配はありがてえが死なねえようにだけ気ぃ張っとけ』


ミダスさんが大輪の散った空を睨む。その視線の先では当然のようにアモンが笑っている。多少なりともダメージがあって欲しいものだが、そんな様子は見られない。


『だから君に"強欲それ"をくれてやった』


平然と私たちを見下ろすアモンに対して、私たちは全員が満身創痍だった。ミダスさんの手は、チラリと見えただけだったが、やはり焼け爛れ、まともには動かせないし、空気に触れるだけでも相当痛む状態だろう。龍狩の二人も立ってられるのが不思議なほどだ。加えて私とフルーラさんは魔力の残りがさほど多くない。もう間も無くこの綱渡りは瓦解する。そんな状態だ。


『……やっぱあいつおかしい』


『今更何言ってんのダンタリオン。ずっとおかしいでしょアレ』


『そういうんじゃないっつの!やい7本目!!お前"核"持ってないだろ!!』


ダンタリオンがアモンを指差して叫ぶ。


『核?』


『悪魔の心臓みたいなもん!契約しないとそれがないから私たちは魔法使えないの。だけど、なんでかあいつこんだけやっててそれがない!だから壊れる心配を一切してないんだろ!!』


『へえ、チビ助。よくわかったね』


アモンが感心した様子で返事を返す。ふわりと、地面に降り立ったアモンは大袈裟な身振りと共に話し始める。


『君らが悪魔についてどこまで知ってるのかは知らないんだけどね。僕は俗に言う幽世の影みたいなもんだよ』


幽世の影、契約をしていない悪魔が姿を見せている状態を指す言葉。この状態の悪魔は魔法が使えず、ほとんどこちら側に干渉することもできないというのが私たちの世界の常識。少なくとも今この瞬間まではそのはずだった。


『チビ助の言ってることは正解だよ。契約をしないと核がない。だから僕も全然魔法を自由に使えない。ムカつく話だよね。僕の魔法を奪っちまうルールがあるなんて』


『散々魔法使っといて何言ってんだテメェ』


『フフ!僕はちょっと欲深すぎてね、欲しいものが多すぎて願いが溢れちゃってるんだよ。溢れた分の上清、それが今君たちの目の前にいる"第7柱"アモンさ』


アモンが両手を広げ、その手に炎を纏う。


『だから契約者を探してる。そしてミダスちゃんを見つけたってわけだね』


『断ってるだろうが、他に行けよ』


『僕らみたいなのが欲を諦めるとでも?フフフ!欲しいものを追いかけてる時ってのが一番楽しい、だろ?人間!!』


巨大な手を模った炎が、私たち目掛けて振り下ろされる。避けようがない位置での一撃、まともに対面していたのなら全員消し炭になっていただろう。


ダンタリオンが作った幻の私たちを焼き払い、未だ夢の中にいる様子のアモンを見る。


『……私たちと会話してくれたのはラッキーだったけど、どうすんの!?幻覚もどうせすぐ気が付かれるし!』


『どうしたもんかね……最悪な奴に目ぇつけられたもんだ』


『……私も殺人鬼もいい加減身体動かなくなってきたわよ』


『ですねえ。ウチも流石にしんどいです』


完全に八方塞がりだった。

正直、これが他人事ならば、全てにおいて滅茶苦茶すぎる相手を前に、よくやったんじゃないかと言いたくなる程度には善戦しているとは思う。しかし、問題は私たちが当事者であり、どうにかできなければ全員死ぬことだ。


相手を殺す手段は無く、封印や無力化も到底不可能。幽世に放り込んでも自力で戻ってくるとなれば、残る手段は命乞いくらいしかない。尤も、そんな命乞いが通じる相手ならば最初からこんな状況にはなっていないわけだが。


『チビ助の魔法、これ結構めんどくさいね』


アモンがこちらに向き直る。ダンタリオンがその様子を見て、アモンを指差して叫んだ。


『結構めんどくさいで片付けられるの生まれて初だよクソ野郎!』


『ヤケクソになっていつもの調子戻ったねダンタリオン』


『ヤケクソにもなるっつーの!!』


半泣きの状態でダンタリオンが喚く。私も同じように叫びたい気持ちだが、ダンタリオンが代弁してくれているおかげで冷静になっている。それでも喚き散らして逃げ出したい気持ちは山程あるが。


『さてと。君たちはここからどうする?』


『はっ、命乞いでもすりゃ許してくれるのか?』


『フフフ!やってみるかい?』


ミダスさんが私たちを庇うように前に出る。自分のことを殺すつもりがないと知っているからこそだろうが、怯える様子の一つも見せずにアレの前に立つのは、私には無理だ。


アモンはそれすらも嘲笑うように、ニヤニヤと笑っている。理不尽そのものが形になったような存在。悪魔を意思を持つ災害だとか呼んだ人間のセンスを、死ぬ直前に呪いながら褒めてやる。まさしく目の前のアレは天災だ。


『ミダスちゃんさ、契約しちゃおうよ。人も、魔女も、悪魔も全部焼き伏せよう!』


私たちを指差してアモンが続ける。


『何かを失うのは怖いだろ?』


アモンが嗤う。


『……失うのは二度とごめんだな』


『だよねえ、だからさ……』


『お前が俺の物になるなら考えてやる』


アモンが一瞬、キョトンとした顔をしてから、吹き出して笑い始める。私たちもおそらく、アモンと同じように驚いた顔をしていただろう。この状況で挑発するようなこと言うのもそうだが、契約者になってしまえば自分だけでも助かることはできるだろうに、そのチャンスをふいにするような発言を、こんなものを相手にしている前で言えるのかという驚きがあった。


『フフフフフ!!正気かよミダスちゃん?全員死ぬか、何人か死ぬかもしれないけど助かる道があるかの選択肢だぜ?』


『まだ選択肢を聞いてねえな。テメェ駆け引きの要るゲームとかしねえのか?』


ミダスさんとアモンのやりとりを、ミダスさんの後ろで私は若干びくびくしながら聞いていた。機嫌を損ねていきなり魔法を撃たれるとか、そんなことになったら私たちは全員揃って消し炭になる。私は冷や汗を垂らしながら、ミダスさんに一番詳しいであろうフルーラさんに小声で聞く。


『ミダスさんめちゃくちゃ煽ってますけどアレ止めなくて大丈夫かな』


『ミダスさん、元々がああいう感じですから……』


『嫁のあんたが真っ先に諦めんな。わたしらそのせいで全員消し飛ぶ可能性あんのよ』


『とはいえ何もしなくても結局死んじゃいますからね、このままだと』


『肝座ってますねえフルーラおねーさん』


私たちの不安と心配を気にせず、ミダスさんは変わらない様子でアモンとの会話を続ける。


『魅力的な選択肢なら契約も考えてやるよ』


『なるほどね、ならもう一つは僕がこれから3回魔法を使うから、生きてたら君たちの勝ち。死んだら負けってゲーム。どうする?』


『俺らが生き残ったらお前はどうする』


『今後は君たちに手を出さないようにしようか。君が望んだ時以外は、君の物に手を出さない』


おそらく、今アモンが話したゲームが、全員が死ぬ選択肢だろう。あの破壊力の魔法を、どうやって死なずにやり過ごすかと言われたらさっぱりわからない。ミダスさんが契約者になって何人助かるのかは知らないが、少なくとも提案されたゲームよりは希望がありそうだ。


『そうか、それなら……』


どちらにせよ、私たちには今この瞬間にアモンをどうにかする力はない。結局、ミダスさんの判断に従うしかないが、契約をする流れにはなるだろう。


ミダスさんはしばらく考え込み、顔上げるとチラリと私たちの方を見る。私はミダスさんと目が合ったタイミングで、軽く頷く。全員がより安全な可能性を考えるなら、答えは一つしかないだろう。


『……契約は無しだ。ゲームに勝つだけで全員助かるんだからな』


『うぇっ!?あれっ!?』


緊迫した空間に私の間抜けな声が響いた。


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