6話 お気に入り


業火が爆ぜる。


ほんの一瞬で、熱と光が世界を覆った。


死の瞬間に何かを思うことはないとか、走馬灯が走るとか、色々な話を聞いたことがあるが、正解は何も考えられないことらしい。


荒れ狂う業火が濁流のように迫っている、そのことだけははっきりとわかるが、それだけだった。何もできないし、何もわからない。


『無事かァ馬鹿共!!!』


ミダスさんの声で私ははっと我に返る。私はまだ生きているらしい。周りを見れば先輩達も無事な様子だった。私たちを囲む炎は明らかに何者かの干渉を受け、一点に集まっていっている様子が窺える。その集う先はミダスさんの声がした位置だ。


『ひとまず無事!!ミダスさんは!?』


『生きてる!問題ねえ!!』


未だ炎に囲まれている状態のため、様子ははっきりとわからないが、ひとまずは全員無事のようだった。炎の切れ間から微かに空が覗いているのを見るに、私たちがいた広間は少なくとも屋根を含めて吹き飛んだのだろう。


『随分と礼儀のなってねえ挨拶だな……』


炎が一気にミダスさんの方へ集まり、視界が開ける。やはり、ギルドの大部分があの一瞬で吹き飛んだようだった。そして、その主犯と思しき嗤う炎だけが変わらない様子で中空に揺らめいている。


『なあオイクソ悪魔!!』


ミダスさんが叫び、集めた炎を嗤う炎へと投げつける。爆炎が炸裂し、残っていたギルドの一部をさらに焼き焦がして消し飛ばす。並大抵の相手なら今ので跡形もなく吹き飛んで終わりなのだろうが、今回はそうもいかない。


炎の悪魔は、爆炎の中から悠々とその姿を表した。


『フフ、フフフフ!!ちゃんと握れてるじゃないかミダスちゃん!今ので1つも取り零してないなんて、さすがの欲深だ!』


愉しそうに、無邪気に笑いながらそれは姿を見せる。


ぱっと見の外見は少年だった。顔つきは幼く、無邪気な笑みが不気味なほど似合っている。しかし、その目は闇よりも黒く、瞳は黄昏時の燃える空のように紅い。さらには竜種のようにしなやかな尾と、赤黒い溶岩のようなツノを携えている。


それは拍手をしているようだが、パチパチといった軽快な音は鳴らず、かちゃかちゃと硬い物をぶつけたような乾いた音が鳴っている。それもそのはず、腕が完全に白骨だった。そしてその異様な風体を、揺らめく業火が衣のように包んでいる。


『久しぶり、ミダスちゃん。大きくなったね』


無邪気さとは程遠い、空腹の獣が獲物を見つけた時のような、不気味なほどに口角が吊り上がった笑みでそれは嗤う。


『そして初めまして、お子様の宝物』


見下ろされ、冷汗が噴き出す。私たちは誰一人として動けずにいた。突然の強襲、正体不明の敵というのもあったが、そんなことは些細な理由だ。今私たちが、一歩も動くことができないのは、目の前のアレが放つ異様なまでの重圧故だった。


同じ悪魔のはずのダンタリオンとも、フルフルとも違う圧。というよりそもそもの格が違うのであろうことを本能的に理解できる重圧。それがこの場に満ちている。どんな命知らずのバカでも、この場に放り込まれたら足を止め、息を忘れてしまうだろう。


『勝手なこと抜かしてんなよクソ野郎。俺に付き纏うのを今日でやめてもらうからな』


『やめるかよ、君が死んでも求めるぜ。君は僕と同じなんだからわかるだろ?強欲を冠する者同士さ!』


『てめえが勝手に寄越したんだろうが』


唯一、ミダスさんが炎の悪魔と会話をしている。少なくとも私はそのおかげで息の仕方を思い出した。幸いにも、現状ではアレに攻撃の意思はなく、ミダスさんとの対話を楽しんでいるようだ。


そうだ、私たちはアレを撃退しなければならない。というより、できなければこの場でまず間違いなく全員死ぬ。


『……ダンタリオン』


私は、ムカつくが頼れる相方の名前を呼ぶ。普段はお互いに各々別個に動いているが、今回はすぐ来てもらえるようにと魔術鞘へ入ってもらっていた。


しかし、ダンタリオンの様子は普段と全く違っている。


『……見てたよ、聞いてもいた。お前らの話……けどさ、なんであんなのがここに居んだよ……!!』


明確に恐怖の表情を浮かべ、触れずともわかるほどに震えている。普段は他者を嘲り、嗤い、貶め愉しむ邪悪な悪魔が、心が読めなくても恐怖一色になっているのがわかるほどに怯えていた。


『お前らなんか知ってんの?アレのこと』


『知ってるよ!悪いこと言わないから逃げた方が良い!!アレはダメだって!』


『そうもいかないんだって!情報!!』


ダンタリオンが私の肩を揺すり、涙目になりながら懇願する。この異様な状況を普段ならここぞとばかりに馬鹿にしてやるところなのだが、私たちの置かれている状況が状況なだけにダンタリオンの様子に恐怖と不安が募る。


『あれっ、ダンタリオンのチビ助たちもいるんだ』


『ひっ』


ミダスさんとのやり取りの合間、不意に炎の悪魔がこちらを、ダンタリオンを見る。


ダンタリオンは聞いたこともないような短い悲鳴をあげ、硬直して震えている。私の肩を掴む手に力が入ってるのを見るに、本当に怖いらしい。


『ちょっとクリジア、そいつら大丈夫なの?』


『私に聞かないでください先輩。私も初めて見ますよこんなこいつら。ていうか私も今泣きそうなんで』


『そんなに怖がられたら流石に傷つくな、同じ悪魔なのにさ』


『そりゃたしか………に!?』


反射的に刀を振り抜き、いつの間にか正面に来ていた炎の悪魔を斬りつけながら後ろへ飛び退く。もっとも、刀はあの距離で避けられてしまったが。


私の近くに来ていたソニム先輩も気がつかなかった様子で、同じように飛び退いているのを横目で確認した。龍狩が気がつけない速さなのかと思うと嫌気が差す話だが、もはや異常事態が起きすぎてこのくらいが当たり前のような気さえしてきている。


『契約者ってフルーラちゃんだけじゃなかったんだ。へえ、ミダスちゃんも良い宝物を集めてるねえ』


宝飾品の品定めをするような目で、炎の悪魔は私とダンタリオンを見る。そしてすぐに視線は私たちから外れ、ソニム先輩とスライの方へ向いた。


『そっちは龍狩かぁ、しかも2匹も。僕は興味ないけど、人間的にはレアモノなんだっけ。奴隷商とかだと高値なんだろ?』


『……そういう話もあるわね。何?こいつ1匹売ったらこの場を許してくれたりするわけ?』


『さらっとウチを売りやがりましたね』


『すでに一回買われたんだから中古品でいいでしょうが』


ひりついた緊張感の中、案外気の抜けたようなやり取りが行われている。私は怯えたままのダンタリオンをなんとかまともな状態になるよう軽くどつき、ミダスさんとフルーラさんの安否を目線だけで確認する。


どうやら最初の炎はミダスさんが無理矢理凌いでくれていたようで、フルーラさんの悪魔の内の一本が治療を行なっている様子が確認できた。遠目だが、その悪魔には今のダンタリオンのように怯えている様子は見えない。


ダンタリオンの異様な様子も気になるが、ひとまずは目の前の悪魔に視線を戻す。変わらずにひりついた空間が広がっていたが、視線を戻したその瞬間に悪魔が動いた。


『龍狩は要らないかな』


『あっそ。なら帰れ火葬死体』


悪魔がソニム先輩の顔面を掴もうと伸ばした腕を、ソニム先輩が蹴り上げる。人には決して向けることのない本気の蹴りは、悪魔の腕を焼き菓子のように砕いた。目で追うのが精一杯のやり取りに、私は思わず引き攣った笑みが溢れる。


『おぉ?速いね』


『どうも』


振り上げた足を一気に下ろし、その勢いを乗せ、ソニム先輩が悪魔を蹴り飛ばす。躱せなかったのか、躱さなかったのかはわからないが、悪魔は吹き飛び残骸と化したギルドへと吹っ飛んだ。


『ヒュウ、平和ボケしてると思ってましたけどやるじゃねーですか』


『うっさい。あんたちょっと時間稼いできなさいよ。好きなんでしょ殺し合い』


『へいへーい。人使い荒いですねえ』


『ついでに焼け死んでくれても良いわよ』


『ひっでぇ〜』


ソニム先輩とスライが何やらやりとりをした後に、スライが吹き飛んだ悪魔の方へと向かっていった。まあ、あの人ならそう簡単に死んだりはしないだろう。


私は未だに普段からは想像がつかない様子のダンタリオンを宥めつつ、ソニム先輩の方へ視線を戻す。ソニム先輩はミダスさんの方へ向かい、様子を見ているようで、声は聞こえないが、やり取りの雰囲気を見る限り大事はなさそうだった。


私が一先ず安堵の息を吐いた瞬間、雷のような怒声が耳をつん裂く。


『クリジアぁ!!あんた無事なわけ!?その怯えてるガキ連れてさっさと来い!!』


『悪魔より怖えんだけどあの人!!』


この状況下で普段と変わらない調子のソニム先輩に、少しだけ感謝する。ただ、声の怒気と殺気が本気すぎて、今のところ今日一番怖かったのもこの人かもしれないと、現実逃避染みたことを考えながらソニム先輩の元へ急いだ。





『で、あんたは無事なわけ?ミダス』


『おかげさまでな』


『焼け爛れた腕を治した分の体力は持っていかれてるんですから強がらないでくださいね』


ミダスさんは傷こそ治っているが、フルーラさんに怒られている通り体力はかなり消耗している様子だった。フルーラさんの治癒魔法はあくまで状態の促進なので、傷を治す分の体力を持っていかれるらしい。


『そっちのガキは?』


『怯えたまんまっす。私は無傷ですね』


『お前ら本気でアレとやりあう気!?やめときなって!!』


若干落ち着きを取り戻した様子のダンタリオンが叫ぶ。どう考えても普段からしたら様子はおかしいが、それでもようやく震えてるだけではなくなった。


『向こうがその気できてるんだって。負けたら全滅だし』


『逃げなっつってんじゃん!!いや無駄かもしんないのは分かるけど!!生き汚いの得意だろお前!!』


半泣きの状態のダンタリオンの頭を、ソニム先輩が掴み、自分の顔に引き寄せる。


『なんか知ってんなら教えなさい。駄々こねるなら死ぬよりマシって気分になるまで殴るわよ』


ソニム先輩の脅迫に、ダンタリオンの顔が青ざめる。悲しいことに心が読めてしまうその魔法のせいで、ソニム先輩が嘘でも冗談でもなく本気で死なない悪魔を、死ぬほど辛い目に遭わせてでも知ってることを喋らせようとしていることが理解できてしまっているらしい。


『あの、流石にめずらしく可哀想なんで追い討ちかけるのやめたげてください先輩』


『ううー〜もうわかったよ!あいつは七本目、強欲の祈りの願望機アモン!それはミダスも知ってるね!?』


『ああ。それくらいしか知らねえが』


『アイツは悪魔を殺した悪魔なんだよ!!核を壊すとかなにとか関係なく悪魔さえも殺す、そういう魔法を持ってるヤバい奴なの!しかもめちゃくちゃ強いし!!』


『悪魔ってそもそも死ぬもんなん──


私たちの疑問を遮るように、私たちの方へ何かが吹き飛んできた。派手に土煙をあげ、着弾したそれが喋りだす。


『……悪魔も死ぬってのは良い話聞きました』


『スライさん!?』


『どーも。時間稼ぎ限界でーす』


『いてて』と気の抜けた声と共に、吹き飛ばされてきたスライが起き上がる。よく見ると、左腕の皮膚が焼け落ち、肉が焦げ付いている。見るだけで痛々しい状態だが、本人はさほど問題ない様子で、焦げ爛れた腕を気にすることもなく大鎌を構え直す。


『あと5分くらい稼ぎなさいよ殺人鬼』


『無茶いいなすってえ。向こうさん全然本気じゃなくてもこのザマですよ』


スライの口調は変わらず軽く、口角は吊り上がっているが、その目は今まで見たことがないほどにギラついている。楽しさも滲んでいるが、それ以上に死ぬかもしれないという緊張がそうさせているのだろう。わかってはいたが、今私たちを襲撃してきた悪魔はそういうモノだということを改めて思い知る。


『一先ず、全員死ぬな。他のことは一旦考えなくていい』


『それ一番むずいやつっすよミダスさん』


『軽口叩ける余裕あんなら心配なさそうだな』


ミダスさんの言葉の直後、ギルドの残骸を焼き払いながら私たちの方へ炎が走ってくる。到底避けられる速さではないし、範囲も私たちを丸ごと飲み込んで有り余るほどのサイズの火球。


それが私たちの眼前で、"門"の中に消えた。


『とりあえず、お返ししましょう』


火球を飲み込んだ門が閉じ、別の門が再び開く。中から先程の火球が現れ、炎の悪魔、アモンがいると思しき位置へと飛び、弾けた。


天さえも焼き尽くすような火柱が上がり、アレが今私たちに向かって放たれていたという事実に血の気が引く。


『フルーラちゃんのそれ便利だね。思った以上にやるねえ、お子様の宝物』


火柱の中から、まるでそよ風の中にいるかのような落ち着いた様子でアモンが姿を現す。自分の炎で焼けることはないのか、別の手段でいなしているのかはわからないが、少なくともダメージを負っている様子はない。


悪魔はそもそも傷を負ったところで所詮は魔力の集合体、肉体という面倒な容器がない分すぐに修復されるのだが、それを加味しても全くダメージがないように見える。


『私は皆さんに向けられた炎をできるだけ別所へ飛ばしますから』


『フルーラさんとこの悪魔は使えない感じ?』


『手当に一人、別所の護衛で他を回してます。申し訳ないですけど……』


『そりゃ仕方ない……本人いるだけだいぶ良いか。ダンタリオン、いつまでも震えてないでやるよ』


言いつつ、ダンタリオンの様子を見る。これが怯えて動けなくなるとなれば、本当に相当な恐怖に襲われてるのはわかるが、残念ながらこいつ無しであの化物を私が相手するのは不可能だ。ダンタリオンは頭をガシガシと掻き毟った後、ヤケクソ気味に叫ぶ。


『あ"ーもう!!そのイカれ乳女までやる気な訳!?わかったよ腹括るよ!!クリジア死んだら私たちもつまんないからね!!』


『フルーラさんにそんなこと言うと後が今より怖いよそれ』


『後があれば良いけどさあ!!』


『お二方、そこ危ねえですよ』


スライさんがそう言いながら、私とダンタリオンを大鎌で突き飛ばす。結構な勢いで吹き飛ばされ焦ったが、その直後に私とダンタリオンがいた場所に火柱が上がり、アモンの姿がそこへ現れた。


『そんなに怖いかな、チビ助』


灼熱もぬるま湯のように映る炎の切れ間から、陽光さえ凍りつくような殺気の込められた視線が私とダンタリオンを刺す。私に向けて言われているわけではないだろうが、内心そりゃ怖いに決まってるだろと悪態を吐きつつ、殺し合いへと意識を切り替える。


『一先ずフルーラちゃんからかな、面倒だし』


『させねーですよ。ウチまだその人に乳揉ませてもらってねーんで』


フルーラさんに向かって腕を伸ばすアモンをスライが大鎌で斬りつける。地面を易々と抉り、振り抜かれたそれは直撃こそしなかったものの、大鎌を避けるために飛び退いたアモンの腕を斬り飛ばしてみせた。


『マジで速えですねぇ。けどまあ、避けるってこたぁやっぱ死ぬってことですか』


飛び退いたアモンにスライが仕掛ける。それに合わせる形でソニム先輩も動いているのが見え、私も続くためにと動き出す。


『龍狩の援護、出来っかなぁ〜私に』


『やりようは色々あるでしょ、とりあえず……』


ダンタリオンが息を吸い、大声を張る。


『全員そいつの手に触れないように!そいつ、自分の手に異様な自信を持ってる!!多分直接触れられたら死ぬよ!!』


『へえ、なんでわかるのかな。あのチビ助』


アモンがダンタリオンの声に釣られ、こちらに視線を向ける。私とダンタリオンを始末しようと考えたようだが、スライがその一瞬の隙を見て大鎌をアモンの顔面に叩き込む。顔面が横に真っ二つになるが、依然として動いてるアモンの身体が、スライを掴もうと腕を伸ばす。


『頭飛ばして終わった気になってんじゃないわよ』


その腕をソニム先輩がへし折り、アモンを地面へと蹴り伏せる。地面がその勢いで砕けるほどの蹴りに、流石にアモンの身体の形もぐちゃぐちゃになっているようだ。


人間相手であれば、間違いなく死んでいるのだが、ぐちゃぐちゃの身体のままアモンは飛び退き、即座にその形が再生され始める。私はその再生の隙を狙い、距離を詰め、直りかけた腕を再び斬り飛ばす。


『……痛み?その武器、細工でもされて』


『教えるわけないじゃん』


もう一撃と、その首に向かって刀を振るうが、切断には至らず避けられる。並大抵の相手なら確実に首を飛ばせるはずだというのに、深く切り込みが入った程度で躱されてしまうのだから嫌になる。


『うん、やっぱり痛いな。変な武器だね』


アモンの形はほとんど直り、私が斬りつけた首を撫でながら、自身の身に起きた現象に若干の混乱を見せている。私の武器は昔、私がキャラバンを襲ったりして森で暮らしてた頃に奪った盗品なので、実の所私も仕組みは知らないが、悪魔に効果的な魔具の類らしい。昔そう聞いただけだけど。


『名刀なんでね、虫ケラだと見くびってたかな化物ヤロー』


『いやいや、ミダスちゃんの宝物だからね。質はいいんだろうと思ってたよ』


『クソガキ共、そこ退きなさい』


ソニム先輩の声とほぼ同時に、先程先輩に蹴り砕かれた岩盤がこちらへ飛んでくる。


『それ私も当たったら死にますけどぉ!?』


間一髪、悲鳴と共に躱す。石ころのように放られた巨大な岩盤がアモンに直撃する寸前に燃え上がり、灰となって消えた。


『うげっ、アレが一瞬で消えるわけ?』


『君ならもっとすぐに消えるぜ契約者』


アモンの手が私の目の前に迫っている。それを認識した瞬間にはすでに、顔面を鷲掴みにされていた。


『まずは1つ』


熱が、私を焼いた。











『……通じるじゃんダンタリオンの魔法!!ナイス!!』


『すぐ気付かれるって!!あいつの炎、物の例えじゃなく本当に"なんでも焼いてる"んだから!幻も魔法も焼けちゃうよ!』


アモンが私の姿に見えているであろう瓦礫を掴み、一瞬で焼き尽くす。ダンタリオンがいなければあの瓦礫が私だったと思うと卒倒しそうな話だが、目が合えば、ダンタリオンを見ていれば、一瞬だとしてもアモンの目を狂わせることができる。それは私たちにとっては大きな武器だ。


まだ幻覚から抜け出せていない様子のアモンを、駆け寄ったソニム先輩が蹴り上げ、スライがそれを叩き斬り、殴り飛ばす。


『あんだけ騙されてくれれば十分ね』


『先輩は先に私たちに岩盤の件を詫びるべきだと思いますけど』


『避けれたでしょ。文句あんの』


『ありまくるんで生きて終えたら言います』


『いやーあれクリジアちゃん死んだなーって思いましたよウチぁ』


『笑い事じゃないんだよこの野郎』


『呑気やってる場合じゃないってバカ三人衆!!!』


ダンタリオンの罵声の直後、火球が私たちへ、そしてアモン本人がミダスさんとフルーラさんがいる方へと飛ぶ。私たちに向けられた火球はまだどうにかなるが、あの二人の方へ向かうアモンに対しては、ダンタリオンがアモンの視界にいない以上、誤魔化しも効かない。


『やばっ!!ミダスさん!フルーラさん!!』


『はい。クリジアちゃん、呼びましたか?』


『うぉあ!?なんで!?』


『お前フルーラの門よく使うんだからビビんなよ……』


『突然出てきたら驚きますよね……っと』


おそらく、自分たちの足元に門を開き、こちら側に繋いで飛んできたのだろう二人が虚空から顔を出した。フルーラさんは話しながら火球を先程と同じように門に飲み込み、私たちの後方へ逸らす。


『お、おお……フルーラさん落ち着いてるね……』


『いえいえ、普通にかなり怖いです。顔に出ないだけで……』


『アレ、全然本気出さねー感じなんで怖えのはわかりますよぉ』


言いながら、スライが指をさす。その指の先にはアモンがのんびりと、楽しそうに笑いながら、こちらにゆっくりと歩いてきている。宙に浮くことができて、龍狩さえ反応できない速度で動ける奴が、わざわざ歩いてだ。


『ダンタリオン、アレどういう心境?』


『楽しそうだよ。あー……例えるなら、こう、ペットと戯れる感じで』


『ペットね……俺ら揃って完全になめられてんなこりゃ』


ミダスさんが溜息を吐き、小声で『好都合かもな』とつぶやき、ダンタリオンに耳打ちをする。


『何か相談?いや本当にすごいね君ら!まだ生きてる!本当に良いよ!』


『……ダンタリオン伝いに話は通ったな、頼むぜ馬鹿共!!』


ミダスさんの掛け声と共に、スライがアモンに斬りかかる。何度かアモンを切り裂いてきた大鎌だが、今回は振り下ろした先でアモンの尾に受け止められた。


『君は使い捨ての役?フフフ!』


『いやいや、ゴムよか長持ちしますよおウチぁね!!』


手を避けつつ、大鎌と体術だけでスライはアモンに肉薄する。アモン側は魔法を使っている様子はないが、それでも龍狩と肉弾戦で渡り合えるほどの動きを見せている。この短時間で思い知ったが、つくづく化物だ。それと競り合って笑っているスライも大概だが。


『笑ってる場合じゃないでしょ殺人鬼』


『楽しまなきゃ損じゃねーですか同族』


スライに加勢する形で、ソニム先輩がアモンへ拳を叩き込む。アモンは"全く見えていなかったように"ソニム先輩の一撃をもらい、後方へ吹き飛んだ。


『龍狩は魔法は使えないはずだけど』


『化物でも混乱するんだ。うちの悪魔も役立つじゃん』


『感謝しろよ本当にさ!今でも泣きそうなんだから!!』


吹き飛んだアモンの首を、今度は完璧に斬り飛ばす。ダンタリオンの見せる幻覚、この魔法でアモンは今、スライ以外の姿をろくに認識できなくなっている。時間をかけなければ大した精度の幻覚は作れないが、相手が油断していることと、スライの戦闘能力の高さが噛み合って、大したことのない幻覚で混乱を生み出すことができているようだ。


『痛み……なるほど。ダンタリオン、君らか!』


『気が付い……た……!?』


首からアモンの身体が再生すると、すぐさまアモンが自分の両目に手を突き刺し、眼球を焼いた。ダンタリオンの魔法は見ること、目に起因する魔法だ。それが焼かれたということはそのまま魔法が解けたことを意味する。


焼け落ち、再生が始まっていない眼孔が、一点の光さえ見えていないその双眸が、私とダンタリオンを睨みつける。


『お気に入り諸共灰になれ"欣快"』


『やらせるかよクソ悪魔』


私とダンタリオンを焼き尽くさんと放たれた炎が、ミダスさんの元へ集まり逸れていく。ミダスさんの"強欲の魔女"の性質、他者の所有物を奪う力。その力でアモンの炎そのものを奪い、自分のものにしているらしい。しかし、身体が耐え切れるものではないようで、やはり奪った腕が焼けてしまっている。


『ミダスさんそれ大丈夫なんすか!?』


『死にやしねえ!!』


アモンの眼球が再生し、ミダスさんを見て嗤う。その目は爛々と輝き、欲しい物を目の前にした子供のようにも映る。


『僕の炎を奪るなんて命知らずだなぁ!!ミダスちゃん!!』


『俺の物を奪おうなんざ命知らずだな!!アモン!!』


二つの炎がぶつかり合い、爆ぜる。


空気が焼き切れ、視界が熱で埋まる。炎魔法の威力は互角のようで、どちらかが押し負けている様子はない。


『厄介なのは君だなチビ助』


炎の中から、白骨の腕が伸びる。その腕が標的を掴んだ。


『うわっ!?助け………なんつって!!』


アモンが木片を焼き尽くす。もっとも、アモンにはダンタリオンの姿に見えていたのだろう。咄嗟の幻覚だったがゆえに、アモンはすぐに本物のダンタリオンへ手を向ける。視線は外し、掌だけでダンタリオンを捉えているが、その腕を私が斬り飛ばす。


『アレでも付き合い長めの相棒なんでね、焼かれると困るんだよ』


一瞬、アモンが痛みで怯んだ隙に、もう片方の腕を斬り飛ばす。手が魔法の始点な以上、大した時間ではないが、直るまでの間炎はない。


『先輩!あとよろしく!!』


『上々ね、さすが辻斬』


ソニム先輩が、私の掛け声とほぼ同時に、アモンを渾身の力で蹴り抜く。踏み込んだ軸足で地面が砕け、振り抜かれた脚で空気が揺れるような一撃。大型の竜種相手だろうと一撃で葬り去れそうな蹴りをアモンはモロにくらい吹っ飛んだ。


その吹き飛んだ先には、フルーラさんの門が口を開けている。


『幽世に帰れ、クソ悪魔』


ミダスさんが中指を立て、吹き飛んでいくアモンに言う。


『フフフッ!ミダスちゃん、君らほんっとに……!』




アモンを呑み込み、門が閉じた。


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